表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

希望(3)

 それから俺は三か月間、体を鍛え続けた。学校をほとんど休み、筋トレと走り込みをした。親は何も聞かなかったし、何も言わなかった。諦めてしまっているんだろう。俺だってそうだ。親には何も期待していない。諦めた。何かを期待するだけ酷だろう。だから、何も言わなかった。


 黒岩は、最近は長峰と一緒にいることが多くなった。長峰を犯人と確信したのか、犯人じゃなくても利用価値はあると判断したのか。いずれにしろ、利用しているようだった。

 だが――、


「どんどん酷くなる」


 ――上手くは、いっていないようだった。


「今日なんて、ずぶ濡れだったもんな」

「神人の時は、向こうから勝手に近付いてきた。今回は違う。私から近付いた。やり方を間違えてるんだ。

 もしくは、やっぱり長峰では無理だった。犯人じゃないから」


 並走しているドローンからの黒岩の通信には、どこか非難の色を感じた。

 お前が犯人なんだろ。利用させてくれ、と。


「黒岩。本当にお前は碌でもないな」

「なんでだ」

「西茂森殺しの犯人を利用しようとしてる」

「どうして、それが碌でもないの?」


 まったく、どいつもこいつも、俺も含めて碌な奴がいない。

 俺は黒岩の疑問には答えず、トランスミッションを五速に蹴り上げた。答えられなかったから。よく分からなかったから。誤魔化すように速度を上げた。

 他人を利用することは、碌でもないことなのか。異常なことなのか。


『私、生きたい』


 黒岩はそう言った。

 生存のために、他方を利用するなんてことは、この世には溢れている。俺のような高校生ですら、そう感じる。そして、たまに利害関係が一致したりもする。そうなれば、対等な取引と言っていいのではないか。


『彼女は俺が守るからさ』


 俺を人目のつかない場所へ押し込んで、長峰は確かにそう言った。

 利害は一致している。しかし、思うようには事が運ばないんだろう。そういうことも、ある。地下シェルター街という狭い世界。その世界の、更に狭いコミュニティでも、そういうことで溢れている。

 ならば、碌でもないなんてことは、ないのかも知れない。“普通”ってやつなのかも知れない。

 少なくとも、西茂森のような奴や、人を殺す俺のような奴よりは正常だろう。


「どうして、それが碌でもないの?」


 聞こえていないと思ったのか、追い付いてきたドローンが同じ言葉を届けてきた。


「すまん。聞こえてなかったわけじゃない。考えてた」

「なるほど。それで?」

「面倒くせぇや」

「なにそれ。もしかして、隠された意味がある?」

「ねえよ。明日は学校に来るな」

「ん? なんで? 話が逸れてる」


 黒岩の声は無視して、俺はエンジンが悲鳴を上げそうなほど速度を上げる。

 吹っ飛ぶか、道が途切れるか。防毒フィルターや、エンジンの吸気フィルターが限界を迎えるか。それとも、俺の生還か。チキンレースの始まりだ。


『私は、この身をさらして歩きたい』


 黒岩の夢は叶わない。

 自身の頑張りとは関係がないところで、もう潰えている。


 そして、それは俺も同じだった。

 西茂森を殺してまで手に入れた新世界も、長峰に取って代わられた。

 箱舟に載せた俺の夢は、貨物ロケットの墜落と共に(まぼろし)になった。


 まともに生きようと、人を殺して生きようと、現実はさほど変わらなかった。

 俺たちは、もうどうにもならないところまで追い詰められている。死んでいないだけ。ただ生きているだけ。何も感じず、何も考えず、まるでエンジンのピストンのように行ったり来たり。


 ピストンに圧縮された可燃性の想い(ガソリン)の熱効率は、もはや最大級だ。


 早く。

 早くしろ。

 放電を望んでいる。プラグが火を灯すのを待っている。

 エンジンに火が入るのを待っている。

 早く。早く。早く。

 プラグのスパークを待っている。シリンダ内の可燃性ガスに火を点けろ!


 その結果がどうなろうとも、たとえ断罪されて死ぬことになろうとも、俺はそれを――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ