希望(1)
授業をすっぽかして、俺は地上に出た。
前に見た貨物ロケットの墜落現場が気になって、いま俺は建物の屋上にいた。玄関のボロボロのキャノピーには、“市民総合医療センター”という文字が微かに浮いていた。ここは以前、医療施設だったのだろう。
横浜ベイブリッジより内側の海は、“輝く海”だ。さすがにそこまで近付くわけにはいかない。だから、崩れかけの高速道路を走り、そこそこ高い建物を探して上ったのだ。
地上は風で黄色い砂が地吹雪のようになっているが、上空は思ったよりも見通しが良かった。
しかし、横浜ランドマークタワーがぎりぎり見える程度で、圧し折れた横浜マリンタワーはよく見えなかった。
貨物ロケットの墜落地点。爆心地。
その場所をもう一度見たいと思ったのは、あの墜落を見た時に抱いた気持ちを確認したかったからだ。そして、それは長峰に対して抱いた苛立ちや、怒りのようなものと通じている気がする。
あの感情は、いったい何なんだろう。
そういえば、あの貨物ロケットの墜落の原因は、“地球再生技術研究会”とかいう国際テロリストの仕業だとニュースで聞いた。どこまで本当なのか知らないが、地球を再生するのにロケットの墜落は必要ないように思う。俺の知らないところでも、圧縮されて爆発した奴がいるのかも知れない。
「警告。警告。ここは一般人立ち入り禁止区域です」
「え!?」
羽虫のような音と共に、防護ヘルメットに短距離通信が届いた。監視警戒ドローンだった。
「いますぐ退去してください。繰り返します――」
いままで、ドローンが俺に対して何かアクションを起こしたことはない。驚きのあまり、俺は屋上の端を踏み外しそうになった。
「おっととと……」
「気を付けて」
「あ、はい。ありがとうございま……す。……ん!?」
いつの間にか、短距離通信から届いている声質が変わっていた。録音された無機質な定型文ではなく、明らかに俺の状況に対するリアクションが行われている。
「鶴ヶ坂は、そこで何してるの?」
「そ、その声……黒岩か!?」
「うん」
ドローンは俺の傍らに浮遊して、黒岩の声を届けてくる。いったい、どういう状況なんだ。
「なんで黒岩がここにいるんだ?」
「え? まことに遺憾。私はそこにいない。これはドローン。私は遠隔操作してるだけ」
そうだった。
不意打ちだったから失念していた。黒岩との会話は難しいんだった。
「何の用だ?」
「犯人は現場に戻る、と聞いたことがある。だから、神人の死体付近を探索してた」
「やつの死体を見つけたのか?」
「うん、見つけた。地上で」
地上で。黒岩は、そこを少し強調して言った。
各地の地下シェルターに電気を届けている大量のケーブルすら、ほとんどメンテナンスされずに放置されている状況。地上を闊歩している人間なんて、極々僅かだ。そいつと、地上に放置された死体を結び付けてしまうのは意外なことじゃない。しかも、動機がある。
「黒岩は、西茂森が地上で死んだと予想して探していたのか?」
「違う。ドローンを飛ばしてたら、偶然見つけた」
「じゃあ、どうして黒岩はドローンを扱える? 一般人には縁がないもんだろ?」
基本的に監視警戒ドローンは、設定されたコースを自動で飛び、自動で走査するはずだ。しかも、その所属のほとんどは関東中央宇宙港だ。だから、シェルター所属のドローンで、しかも手動で飛ばしているなんて滅多に見ない。それこそ、旧車で地上を走る馬鹿野郎くらいレアだ。
「趣味」
「一般人向きの趣味じゃない」
「港北ニュータウン第二地下シェルター街。その二番ゲートに、親代わりみたいな人たちがいる。好きに使って良いって言われてる」
短距離通信が、淡々とした黒岩の声を届ける。
港北ニュータウン第二地下シェルター街。それは、俺たちの故郷であり、終の棲家だ。
「俺から見たら、黒岩のほうが犯人に思えるけどね」
「私から見たら、やっぱり鶴ヶ坂が犯人。ドローンだけじゃ人間を撲殺できない」
どうにかしてやり過ごそうと思ったが、大した屁理屈も出てこず、誘導もあえなく失敗した。
しかも、“撲殺”と言った以上、死体を見つけたというのは嘘でもハッタリでもなさそうだった。
もしかしたら、隠し通すのは難しいかも知れない。だからといって、べらべらと話す気はない。やっぱり、どうにかやり過ごすしかない。
「互いに、決定打には欠けるといったところか?」
「しぶといな、鶴ヶ坂は」
そう言って、黒岩――ドローンは横浜マリンタワーのほうにカメラを向けた。