大切な仲間の一人のために仲間と相談したうえでパーティリーダーとして彼を【追放】することに〜全てが片付いたら必ず迎えに行くからそれまで逝くな!
蝋燭の灯りが暗がりを照らす中。
白衣の解術師の言葉を飲み込めなかった俺は、もう一度聞き返した。
「……何だって? 悪いがもう一度言ってくれないか」
寝不足気味なのか眼元に隈を作った解術師のリンドウ先生が眉間の皺を伸ばしながらゆっくりと、そしてはっきりと今度は聞き逃さないように告げる。
「ですから貴方の仲間……ジリオスはもう長くないと」
訳が分からない。
もう長くないって、それはつまり……ジリオスが死ぬってことか?
あの殺しても死なないような男が?
だってアイツは単身でドラゴンの群れに突っ込み、付与魔法だけで蹂躙するようなヤツだぞ。
それにパーティ全員に強化を施した上で敵全体を弱体化させるようなパーティの要のアイツが?
そんなアイツが長くないって。
「冗談だよな?」
嘘だと言って欲しかった。
だが、俺の願いはリンドウ先生が左右に首を振ったことであっさりと否定されてしまった。
如何してこんなことに。
いや、そもそもの原因ははっきりしていた。
その原因を取り除けばまだジリオスが助かる可能性が有る。
「先生の力でジリオスの呪いを解術できないのか!?」
「無理です。わたしが最初に診断した時は単なる小さな意味も持たない呪いという概念だけでした……ですが」
そうだ。最初に俺達がジリオスの呪いに気が付いた時は、単なる小さくて弱々しい呪いだった。
いつ誰に呪いをかけられたのかは分からない。
呪いなんて誰かの怨みや討伐した魔物の思念なんかでかけられるものだからだ。
問題のはその呪いがどんな種類なのか判らないことだった。呪いを解術するにはその呪いに対する解術魔法を唱える必要がある。
そのためにはあらゆる呪いの知識に精通しなければ解術は難しいものだった。
「先生でも呪いの性質が判らないんだな」
先生が言い淀んだ言葉を告げる。
すると彼は悔しそうに顔を歪め、静かに涙を流していた。
「……わたしの知識がもっと広く深ければ、……彼を蝕む呪いを解術できたかもしれません」
正直先生は悪くなかった。
というのも彼はジリオスの呪いを調べるため寝る間を惜しんでまで調べてくれていた。
俺達にはジリオスの呪いを解術する術がないが、もしかしたら【賢神の塔】に何か有るかもしれない。
伝承では賢神が試練を与えるために創り上げた塔らしいが、中には見事試練を突破した者にはどんな願いでも叶えてくれるというものまで有った。
単なる伝承と噂の域に過ぎない話しだ。
だけど他に心当たりがない。
「……【賢神の塔】なら」
考えを口にすると先生は何か思案するように考え込むと何か心当たりが有るのか。
「そういえば……わたしが調べた書物には賢神しか知らない呪いが有ると」
それは俺が即決するには充分で情報だった。
「なら明日から俺達は【賢神の塔】に挑もう。……ジリオスはあといつまで保つんだ?」
「……ダメなんです。呪いはジリオスが戦えば戦うほど身を蝕む。つまり彼は戦闘するだけで寿命を減らすことになるんです」
「それじゃあ、戦わなければ?」
「恐らくは一年、いえ半年の猶予も無いと思って頂きたい」
半年以内、いやそれよりも早く【賢神の塔】を攻略しなければならないのか。
ジリオスを置いて行く必要が有るが、その為には多少強行手段に出る必要も有る。
本当にそれで良いのか。俺一人の独断で決めていいのか?
次第に迷ってる自分に対して苛立ちが募る。
パーティの人命が掛かっているのに何で俺は決断ができないんだ!
「………誰だって迷う時は有ります。そんな時こそ仲間に相談すべきですよ」
先生の助言に俺は立ち上がり、
「ありがとう先生! 俺さっそく行ってくるよ!」
こうして先生の解術所を去った俺は宿屋に戻り、ジリオス以外の仲間を広間の部屋に集めてから全員に現状説明と今後の目的を話した。
そしてジリオスをどうするのかという本題に入り、
「ジリオスはこのまま戦闘を続ければ死ぬ。俺は彼をパーティから一度【追放】する他にないと思っている」
【追放】はパーティメンバーの同意が半数以上に達した場合に成立する契約魔法の一種だ。
同時に一度【追放】した者は、パーティメンバーの満場一致で再び【雇用】することが可能になる。
問題は二つ。ジリオスが納得するのかどうか。こればかりは彼と話し合う必要がある。
そしてパーティが最後の最後までジリオスと共に有ることを願った場合だ。
その時は【追放】は成立しないし、仲間達の意思を尊重して例え一人になろうとも塔に向かう。
俺が改めて仲間達に視線を向けると、青髪に黒いローブを着こなした女性。治療魔法使いのアイリが手を挙げた。
「ジリオスを救う方法は【賢神の塔】……望みは薄いですが、彼を救えるなら私は賛同です」
これで俺を含めて賛同ニ。
あと一人の賛同で【追放】は成立する。
俺が視線を向けると熊のような体型を誇る戦士のハーヴェストが頷く。
「……当然俺も賛同する」
あとは【追放】にパーティリーダーの俺が契約魔法を唱えることで完了する。
だけどその前にジリオスの意思も確認しなければならない。
それが【追放】を発動させるための必要条件だからだ。
その前にもう一つ大切な事が有る。
「なあアイリ……お前はジリオスの側に付いてやってくれないか?」
アイツはアイリのことが好きだ。それはもう誰が見ても分かるほどに。
そしてアイリもジリオスのことが好きだった。
もしもを考えれば、せめて二人は一緒にいさせてやりたい。
「それは! ……確かに側に付いてあげたいですよ。ですが、もしも私が付いて行かず二人が死に、ジリオスの解術も間に合わない最悪の結果になったら……きっと私は後悔します」
彼女の言うことも気持ちも分かる。
呪いに蝕まれた彼と一緒に居たいが、何もせず後悔はしたくない。
それに俺たちの安否を気に掛けてることが痛いほど伝わる。
「……ハーヴェストはアイリの【追放】に賛同するか?」
「死地に向かうのは冒険者の常だ。それによぉ三人で行って全滅する危険性を考えれば、アイリとジリオスの【追放】には賛同だ」
「そうだ。それにアイツは寂しがり屋だからさ、きっと一人になったら心細くて死期を早めちまう」
ジリオスを一人にさせたくない。そんな独りよがりな想いが伝わったのかアイリは苦悶の表情を浮かべながら頷いた。
「……お二人がそう言うのでしたら。ですが、必ず生きて帰ると約束してください!」
「分かってる。また四人で楽しく冒険するために約束は果すさ」
こうして話し合った俺達はジリオスの部屋を訪れた。
ジリオスはベッドで横たわり、苦しそうに汗を滲ませ銀髪を掻き挙げながら、
「……どうした?」
弱々しく紡がれた声に、俺達は思わず眼を逸らしたくなった。
呪いに侵され弱った彼をこれ以上見たくない。
そんな想いを呑み込み、
「なあ、お前は自分の事がよく分かってるよな?」
「あぁ、もう長くないってことも理解してる。お前達のそんな顔を見たらなおさらな」
「すまない。……ならこれから話すことも分かるよな」
「……呪いに蝕まれた俺を【追放】か。だけど俺は、死ぬなら戦って死にてえなぁ」
「それは、リーダーとして承諾できない」
「誰よりも仲間想いのお前がそう言うのも無理はないか。……けどよ、ベッドで横たわってただ死ぬのを待つなんて……あぁ、辛えよぉ」
今まで彼が弱音を吐いた事なんか今まで一度も聴いたことがなかった。
それ程までにジリオスは呪いに蝕まれ、心まで弱ってしまっている。
「大丈夫だ。俺とハーヴェストがどんな方法を使ってでもお前の呪いを解術してやる。だからお前はアイリと待っててくれ」
そして俺は最後の言葉を告げる。
「そんで、呪いを解術したらまた四人で冒険に出ような」
「……分かったよ。二人を信じて待つよ……それとそん時はまたよろしくな」
こうして俺は【追放】を発動させ、一度ジリオスとアイリの二名をパーティから追放するのだった。
▽ ▽ ▽
それから俺とハーヴェストはその日の内に王都を出発し、【賢神の塔】に挑んだ。
塔の中は罠と魔物だらけ。しまいには悪魔の類いなんかも居たが、俺とハーヴェストはこれまで冒険者として培った経験と他者から得た知識で最上階まで昇り詰めた。
そして目的の【賢神】に会えた俺達は、仲間の呪いを解術して欲しいと頼み込んだ。
そしたら【賢神】は対価を要求してきた。だから俺とハーヴェストはソイツに言ってやったんだ。
「「対価は俺達の命だ」」
すると【賢神】は微笑んで、
「……仲間の為に命を差出す貴公らの心意気に久方振りに心が動いた。褒美じゃ、ジリオスの呪いを解術してやろう」
彼がそう告げると光が空に飛んで行った。
あれが解術なのかと色々と疑問と心配は有るが、これでジリオスが助かる。
そう理解した時は、もう俺とハーヴェストは地面に座り込んでいた。
正直無理もないと思う。ここまでろくに休まずに来たんだ。疲労で立てなくなるのも仕方ない。
「ふむ、二人も貴公らに会いたがってる様子じゃのう。ならば王都まで送ってやろう」
【賢神】が柔和な笑みを浮かべ、そんな事を告げると俺達の目の前が光に包まれ、気が付くと俺とハーヴェストは王都の宿屋の前に立っていた。
そして駆け寄るジリオスとアイリの姿に、俺とハーヴェストは互いに笑い合って二人の下に駆け出した。
こうして無事にジリオスの呪いを解術し、パーティも再結成させた俺達は【賢神の塔】に今度は四人で挑むべく出発するのだった。