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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2021『かくれんぼ』

宿題のかくれんぼ

作者: 小畠由起子

「先生、宿題はやったんですけど、かくれんぼして見つかりませんでした」


 健人(たけと)がへらへら笑いながらいいました。担任の先生はあきれてものがいえないといった様子です。小さくため息をついてから、クラスのみんなを見まわしました。


「……とにかく、来週からは夏休みに入るが、夏休みの宿題はみんな、くれぐれもちゃんとやるように。間違っても健人みたいに、かくれんぼさせたりしちゃダメだぞ」


 健人はへへへっとほくそ笑みます。先生はもう一度大げさにため息をついてみせるのでした。




「だいたいよ、宿題なんてかったるいこと、やってられるかってんだよな。夏休みも、計算ドリルに漢字ドリル、自由研究に読書感想文、絵日記とかもあるし、はぁー、考えただけで頭痛くなるぜ」


 サッカークラブで仲のいい勇気に話しかけますが、勇気はそれどころではない様子で、ガタガタふるえています。


「た、た、た、たけちゃん、さっきの話、ほ、ほ、本当かな?」

「さっきの話って、あぁ、墓場におばけが出るってやつか?」


 健人は鼻で笑いました。今日は夏休み初日です。健人たちサッカークラブのメンバーは、サッカーの合宿もかねて、海の家に泊まりに来ていたのです。


「あんなのうそに決まってるじゃんか。せっかく肝試しするから、雰囲気を盛り上げようってコーチが考えた作り話だよ。勇気はガキだなぁ」


 ハハハと笑う健人に、勇気は少しムッとした様子で口をとがらせました。


「で、でもよ、コーチの話じゃ、出てくるおばけは悪い子ばかりを驚かすらしいぜ。宿題いっつもやってこないたけちゃんは、真っ先に狙われるんじゃないのか?」

「バカだなぁ、それもうそだって。どうせコーチのことだから、おれたちを怖がらせて宿題させようって思ってんだよ。その手には乗らないぜ」


 少しも怖がる様子もなく、健人はケラケラと笑っています。勇気は不機嫌そうに黙りこくってしまいました。


「それによ、もしコーチの話が本当なら、勇気は大丈夫だろ。練習も真面目にしてるし、宿題もちゃんとやってんだから。だから安心しろって」


 ぶすっとしている勇気の背中を、健人が軽くたたきます。勇気はまだ口をとがらせていましたが、その目は少しだけ明るく輝いています。


「よし、それじゃあ肝試しのルールを説明するぞ。これからみんな、墓場のそばの小道を通って、その先にある(ほこら)へ行ってもらう。で、祠に置いてあるお札を取って帰ってくること」

「こ、ここ、コーチ、たけちゃんといっしょに行っていいんだよね?」


 こわごわ聞く勇気でしたが、コーチは首を横にふります。


「ダメだ、一人ずつ行ってもらうぞ。サッカーの試合だって、最後は相手フォワードと一人で戦わないといけないんだから、キーパーであるお前がそんな弱気でどうするんだ?」


 勇気はうぅっと口ごもってしまいました。練習ではどんなシュートもキャッチできる勇気でしたが、試合になるととたんにガチガチに緊張して、イージーミスを繰り返してしまうのです。コーチにいつも、ハートを強く持つようにいわれていたことを思い出して、健人は一人でうなずきました。


「それじゃあコーチ、一番手はおれでいいか?」


 健人が手をあげたので、コーチはわずかにまゆをあげました。


「ん? ああ、別にいいが、ずいぶん積極的だな」

「へへっ、まあね。勇気もおれが無事に帰ってきたら、ちっとは試合でもガチガチにならずにすむだろ?」


 にやっとする健人を見て、勇気は一瞬目を大きく見開きましたが、すぐに口元をゆるませ、うなずきました。


「それじゃあ決まりだな。まぁ、もしなにかあったら大声出せば、助けに行ってやるからな」


 コーチが健人に懐中電灯を渡します。健人は懐中電灯の光を自分の顔に当てて、おどけたような顔をします。


「へっ、そんなカッコ悪いことしないよ。じゃあ、お先に!」


 勇気に手をふって、健人は元気よく暗い小道をかけていったのです。




「……さすがに墓のそばは気味わりぃな」


 最初は鼻歌なんかを歌っていた健人でしたが、墓石が見えてくるにつれて背筋がぞっとしてきたのです。風が木の枝を鳴らす音が、やけに大きく響きます。


「……って、おれがこんな弱気でどうするんだよ! 勇気に笑われちまうぜ」


 ひとりごとをいってなんとか自分を奮い立たせようとする健人でしたが、ふと、風の音に交じってなにか別の音が聞こえてくるのに気がつきました。音……というよりは、それは誰かの声のように聞こえてきます。


「なんだよ、誰かいるのか? あ、そうか、コーチたちだな。おれを驚かそうと思って、先回りしてたのか? ふん、その手には乗らないぞ!」


 さっきよりも声を張り上げて、気合を入れるように太ももを手でたたきます。と、勢い余って懐中電灯を落としてしまったのです。フッと光が消え、さすがの健人も「うわっ!」と情けない悲鳴を上げてしまいました。


「……ま……よ……」

「なな、なんだよ、くそっ、コーチだろ! いい加減にしろよ!」


 まとわりつくような闇にさえぎられて、懐中電灯が見つかりません。そんな遠くへ落としたはずはないのですが、手を伸ばすと指先が見えなくなるほどの暗さで、なかなか懐中電灯にさわることができないのです。それでもやみくもに手を伸ばしていくと、指先になにかがふれました。


「ん、なんだこれ……? 懐中電灯じゃないぞ?」


 さらさらした感じの手触りに、健人はまゆをひそめます。と、突然ぼうっとわずかな明かりがついて、指が照らされたのです。それと同時に、指先にある、ありえないものの正体も知ることができました。


「えっ……うわぁっ!」


 あとずさってしりもちをついてしまう健人ですが、またしても手にさらさらした手触りを感じました。


「ひぃっ!」と悲鳴を上げると、またもや指の先が光に照らされます。

「ななな、なんだよ、なんのじょうだんだよ!」


 こんなところにあるはずのないものを見て、健人はブンブンと首をふりました。と、今度はぼうっ、ぼうっと、明かりがそこかしこを照らしはじめたのです。それと同時に、たくさんの「それ」が、健人のまわりに浮かびあがってきたのです。


「ひぃぃっ!」


 思わずその場にすわりこみ、健人は頭をかかえます。そんな健人をとりかこんでいたのは……大量の宿題たちでした。すべて白紙です。健人が「かくれんぼしました」といって、やらずに隠してきた宿題たちの怨霊でした。


「……まー……だだ……よ……まー……だだ……よ……」

「ひぃ、ひっ、ひっ、ひぃぃっ!」


 引きつった顔でガチガチと歯を鳴らす健人に、宿題たちの低くぞっとするような声が聞こえてきます。必死で耳を押さえますが、それでも声は耳の中に流れこんできます。


「……まーだだよ……まーだだよ……まーだだよ……まーだだよ……」

「なんだってんだよ、もうっ! やめろやめろ、消えろ、消えてくれよぉっ!」

「……まーだだよ、まーだだよ、まーだだよ、まーだだよ」

「ひぃぃぃぃっ!」

「まーだだよまーだだよまーだだよまーだだよまだだよまだだよまだだよまだだよ」

「ぎゃああああっ!」

「……もういいよ!」


 大合唱が、最後の言葉を健人にぶつけました。そのまま意識を失ってしまう健人でしたが、まだ悪夢は終わっていませんでした。




「……ん……ここ、は……」


 目を覚ますと、健人は思わずうーんと伸びをします。どうやら机につっぷして眠っていたようです。宿題をしているうちに寝落ちしてしまったのでしょうか?


「ちぇっ、いやな夢見ちまったぜ。がらにもなく宿題なんてやるから、こうなるんだよな」


 へへっと安心しきった様子で笑う健人に、四方八方から声が襲ってきたのです。


「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「うぇぇっ! うぎゃああああっ!」


 いったいどうなっているのでしょうか? 健人の勉強机は、墓場のど真ん中にあったのです。さらにそのまわりには、あのぼんやりと光る宿題たちがぐるぐるとまわって、健人をとりかこんでいたのです。めちゃくちゃな悲鳴をあげながら、健人は立ち上がろうとしましたが、おしりがいすから離れてくれません。その間にも、宿題たちは鼓膜が破れそうになるほどの大合唱を繰り広げています。


「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「ななな、なんなんだよ、もう! おれがなにしたっていうんだよ、なぁ、助けてくれよ、助けてぇっ!」


 頭がもげそうになるほど首をふり、頭をかかえる健人ですが、宿題たちはさらに責めたてます。


「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「許してくれぇっ! わ、悪かった、かくれんぼしたなんていって悪かったから、だから、おれを元の世界へ帰してくれよ!」


 必死の頼みも、宿題たちはまったく聞いてくれません。


「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「助けてよ、ねぇ、助けてってば! もうやだ、もうやだよぉ!」

「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「これからはちゃんと宿題します、だから、だからお願いだよ、許してくれぇっ!」

「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」

「頼むから聞いてくれよ、なぁっ!」

「まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ! まーだだよ!」


 なにをいっても、宿題たちは合唱をやめません。健人は恐怖と怒りで思わず顔をあげました。と、机に白紙の宿題が広げられていて、さらにえんぴつと消しゴムもあることに気がつきます。それを見て健人はピンとひらめいたのです。


「……そうか、これ、宿題をしたら、許してもらえるんじゃ」


 耳が痛くなるほどの大合唱が、ようやくピタッと止んだのです。それがあまりにうれしかったのでしょう、健人は何度も首をたてに振って、それから急いでえんぴつを取りました。




「……はぁ、はぁ……、これで、最後だ……」


 計算ドリルの最後の文章題を解いて、ようやく健人は机にぐったりとつっぷしたのです。少しでも休むと、「まーだだよ!」の大合唱をしてきた宿題たちも、一つ、また一つと消えていき、とうとうこれが最後の宿題となっていました。そしてそれもようやく終わらせることができると、墓場のおどろおどろしい闇が消えていき、気づけば健人は自分の部屋に戻ってきていました。


「……あぁ、助かったぁ……。おれ、やっとで戻れたんだ……」


 うっ、ううっ、と、すすり泣きながらも、健人はいすから立ち上がりました。どれだけ逃げようとしても、おしりを浮かせることができなかったのに、今ではうそのようにすんなり立ち上がることができます。健人は大きく息をはきだしました。


「よかったぁ……。おれ、助かったんだ……」


 フラフラになった頭で、本当に久しぶりの部屋を見てまわります。どこも変わりはありませんでした。好きなサッカー選手のポスターが壁にかけてあり、本棚にはマンガ本と、サッカーボールが飾ってあります。カレンダーも8月に変わっていて、ゲーム機もずーっと見ていなかったように思えます。ベッドのシーツは相変わらずくしゃくしゃでしたが、それもよく見慣れた光景です。


「……ん?」


 ふと、健人は首をかしげてもう一度部屋を見まわしました。なにかがおかしかったのです。その違和感が確信に変わったのは、ベッドのまくら横に置かれていた、デジタル時計を見てからでした。時間だけでなく日付も表示されているデジタル時計は、8月26日になっていました。


「はっ……はぁぁっ?」


 すっとんきょうな声をあげる健人でしたが、突然ドアがノックされました。まだ現実を受け入れられない健人に、お母さんの声が聞こえてきます。


「健人、開けるわよ?」

「……あ、ああ」


 ようやく返事をすると、ドアがガチャリと開き、お母さんが顔を出しました。


「なにをうるさくしてんのよ。……まぁいいわ、明日から学校なんだし、今日は早めに寝なさいよ」

「あ、母ちゃん、その……今日さ、8月……26日じゃ、ないよな?」


 青い顔で聞く健人を見て、お母さんは目をぱちくりさせました。


「はぁ? なに変なこと聞いてんのよ。8月26日じゃないの。……あんた、まさかとは思うけど、宿題やってないとかいわないわよね?」


 お母さんの追及に、健人は激しく首をふってどなります。


「おれはやったよ! 十分すぎるほどやったってば!」

「ちょ、どうしたのよ、びっくりさせないでよ……。まぁ、やってるならいいじゃない。とにかくもう夜なんだから、あんまり大声出したら近所迷惑になるし、静かに寝なさいよ」


 お母さんは首を引っこめました。ドアが閉められ、健人はカレンダーを、そしてデジタル時計を凝視しました。


「……まさか、おれの夏休み、終わっちまったのか? そんな、肝試しで、ずーっと宿題してて、終わったっていうのかよ……」


 思わずほっぺたを引っぱる健人でしたが、もちろん夢から覚めるなんて都合のいいことはありませんでした。それでもさらにほっぺたを引っぱっていると、またしても、どこからともなく声が聞こえてきたのです。


「……だ……よ……」

「ひっ!」


 聞き覚えのある声でした。ガチガチと歯を鳴らして、健人は恐る恐るランドセルを開けたのです。


「あ……、あああああっ!」


 ランドセルの中には、宿題が山のように入ったままになっていました。もちろんそのどれもが白紙です。絶望でぽろぽろと涙を流す健人に、あの大合唱が聞こえてきました。


「まーだだよ!」

お読みくださいましてありがとうございます。

夏休みが始まりましたが、学生の皆様は、くれぐれもこのお話の健人のようにならないように、しっかりと計画を立てて宿題にとりかかってくださいね(^^♪

ご意見、ご感想などお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気読みでした。とても読みやすく、主人公と友達に魅力がありました。 [一言] 怖かった以上に健人君が可哀想でした。このあと、どうなってしまうのかと考えると……。これに懲りて真面目に宿題に取…
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