トシヨンの仔猫ちゃん
頼まれていた食材をお母さんに渡してから、仔猫ちゃんのことを伝える。
「お母さん、事件なのよ!」
「は?」
「事件は事件でも、いい事件なの!」
「オチャコ、落ち着きなさい。そしてちゃんと分かるように話しなさい」
「トシヨンがね、仔猫ちゃんを飼ってるんだって」
「あらそう。でも、別に事件というほどでもないでしょ。あなたはいつも大袈裟なのだから」
「猫ちゃんだよ、《なぁーお》って鳴くのよ?」
「そりゃそうでしょ。猫が《ヒヒヒーン!》と鳴けば、事件かもしれないけど」
お母さんには、「なぁーお」って鳴く仔猫ちゃんの威力が通じない。あたしも四十路を越えたら、こんな風にトキメキを失うのだろうか。
このまま話していても埒があかないので、会話をやめることにした。
そして二階、あたしのお部屋へ行って、スマホでトシヨンに電話を掛ける。
「もしもし、トシヨン!」
「オチャコ、どうしたの?」
「聞いたわよトシヨン! あんた、仔猫ちゃんを飼ってるんだって? その猫ちゃん、《なぁーお》と鳴くのでしょ? ねえそうでしょ?」
「ふふ。そうよ」
「でもなんで教えてくれなかったの!」
「だってオチャコ、お婆さんの家に行ってるし、もし伝えたら、せっかく遊びに行ってるのに、気になってソワソワしちゃうでしょ?」
そう言われてみれば、確かにその通りだわ。
「それもそうだね。あんた優しいよ。きっといいお嫁さんになるわ」
「ふふ。仔猫ちゃん、見にくる?」
「行く行くー、絶対に行くもん!」
「それじゃ明日きて」
「明日の朝行く。八時でもいい?」
「いいよ」
あたしも、仔猫ちゃんとの接見が決まった。
トシヨンには、香川のお土産を持っていってあげなきゃと思っていたから、これは丁度よかった。
《あ、しまった! 猫ちゃんの名前を聞けばよかったのに!》
もう一度電話を掛けて聞くのもちょっといやだし、SNSを使ってメッセージを送ることにした。
あたしが「仔猫ちゃん、キミの名は?」と送信。
そしたら、すぐに「なぁーお、ぼくランマルくん。仲よくしてね、オチャコ」と返ってきた。
《ランマルくんだって! きゃあー、絶対可愛いわ!》
この翌朝、約束通り、トシヨンの家を訪ね、愛くるしい仔猫ちゃんとの接見を果たすのだった。
その帰り道、知り合いの男子二人と出会った。
「よう、浅井」
「あ、こんちは」
あたしを呼び止めた丸坊主は、去年同じクラスだった武田信健くん。
その横にいる、今年あたしと同じクラスになった松平共康くんも、話し掛けてくる。
「浅井、嬉しそうだな?」
「え、分かるの!?」
「そんな顔をしてるからな。なにがあった?」
「ヒ・ミ・ツ、だよ。うふふ」
ここに武田くんが割り込んでくる。
「女子は秘密が好きだな。行こうぜ共康」
「そうするか。じゃあな浅井」
「お前ヘラヘラして、こけるなよ」
「うん。あたし、そんなにドジじゃないからね。バイバイ」
男子二人と別れ、真っすぐ浅井家へ帰るあたしだった。