オチャコに立ちはだかる大都会
一月十日の朝、あたしは聖アガサ女学院中等部、二年三組の教壇に立つ。
三十数人もの女子たちが、あたしに鋭い視線を浴びせ掛けてくる。
「皆さん、転校生を紹介するわね。さ、浅井さん、自己紹介なさって」
「はい」
そう返事してから、あたしは一つ、静かに息を吸った。
最初が肝心、「浅井家ご先祖様、推理の神様も、オチャコをお守り下さい」と心の中で唱えて、ゆっくりと口を開く。
「S県、北琵琶学園から本日、この聖アガサ女学院へ転校してきました。浅井茶子です。前の学校では、親しい友だちから《オチャコ》って呼ばれていたの。このクラスの皆とも早く仲よくなって、そう呼んで貰えるようになりたいなって、心から願っています。だ・か・ら、よろしくねっ!」
完璧な挨拶ができたと思った。
でも、教室内の空気が微妙なことを、あたしの推理脳が察知したわ。
小声なのだけど、「S県ですって、どこの端くれにあるのかしら?」とか、「山奥か辺境か、ご老人ばかりの過疎地じゃありませんこと」とか、「制服の着こなしがマルでダメ、田舎者はこれだから……」などと、あたしを蔑む心を表わす、多くの雑言が飛び交っている。
《ああ、とんでもない学院にきちゃったのかも……》
あたしの新しい担任、井伊虎奈緒先生は、黙っている。
元担任、足利輝義先生とは違って、こちらは冷たい感じのする女性。
《私語してる生徒に注意する気もないみたいね。どうしよオチャコ》
突如、一人の生徒が席を立った。
どことなく、二年梅組のクラス委員、柴田勝恵さんに似た雰囲気がある。
「皆さん、級長のあたくしが命じます。お静かになさい! この転校生さんが、どういうお方なのか知らないのでしょ。こちらに立たれている浅井茶子さんは、一学期までこのクラスで級長をなさっていらした、細川さんのご親友ですのよ」
「まあ!?」
「そ、そうでしたの!」
「これは大変失礼を、致しましたわ!」
さっきまで小声であたしを蔑むようなことを言っていた人たちが、突如、豹変したのよ。玉紗さんが、ここの現級長さんに連絡を入れてくれたみたいね。
今、オチャコの推理脳がフルパワー全開モードで働く。
「細川玉紗さんは、あたしのいた北琵琶学園中等部、二年梅組で、お元気になさっておいでですわよ。およそ四ヶ月の時を隔てることになりましたけれど、玉紗さんと入れ替わるようにして、北琵琶学園から、こちら聖アガサ女学院へとやって参りました、この浅井茶子なれば、皆様どうぞよろしく。おほほ」
今度は、誰もヒソヒソ話などキッパリせず、全員で拍手をしてくれた。
でもここで気を緩めると元の木阿弥だから、最後の締めをバッチリとね。
三十数人もの女子たちを前に、あたしは、ゆっくり上品に、健気さをアピールするために、深々と頭を下げてみせるのだった。
《相手が大都会のお嬢様でも、オチャコは絶対、負けないんだからね!》