サヨナラをするオチャコ
お母さんが東京への引っ越しの件を、二学期が終わるまで、あたしに話さなかったのには、ちゃんとした理由があった。
お別れが待っていることを知りながら、クラスの人たちと数日間を過ごさないといけないのは、オチャコが苦しいだろうからってね。
冬休みの間に、トシヨンとも、明智くんとも何度か会った。それで、転校することを先に話しておいた。二人とも凄く驚いたし、凄く悲しみもした。伝えたあたしだって、同じように、つらく悲しかったよ。
明智くんは、「僕は必ず東京大学の法学部に入るから、四年と三ヶ月後には茶子さんの近くへ行けるよ」と言ってくれた。
トシヨンも、「わたしも大学は東京か、その近くにする。できればオチャコと同じところがいい」と言ってくれた。
あたしは、これまで大学進学について、ほとんど真剣には考えていなかったのだけど、ついつい勢いで、「あたしも絶対トシヨンと同じ大学を受けて、絶対合格してみせるわ!」と宣言しちゃったのよ。だから、勉強をもっと頑張らないといけなくなった。
これから毎日、「オチャコ、ファイト!」という自己叱咤激励エールが必要になるね。
十四歳の冬休みが終わり、あたしにとっては、北琵琶学園最後の日を迎える。
ついに、この瞬間がきたのだわ。
「あたし、今日で、この二年梅組の皆とお別れなの」
「おいコラッ浅井、それどういうことだ!」
「あたしね、転校してゆくのよ」
「なっ!」
織田くんの口は、開いたまましばらくの間、ふさがらなくなった。
その代わりのつもりなのか、十吉が尋ねてくる。
「オチャコ、どこに行くっぴ?」
「東京よ。聖アガサ女学院に入るわ」
「あらまあ、そうですの?」
「そうよ。玉紗さんが一学期までいたところだよね」
「ええ、そうですわ。あちらへ行かれたら、皆様によろしくお伝え下さい」
「うん」
開いたままだった織田くんの口が言う。
「であるか。是非もなし」
「であるわ。是非もなし。おほほ」
この時の織田くんは、文句を言わなかった。
それどころか、いつもと違う言葉をくれた。
「お前なら、東京でもやれる。頑張れ」
「うん、ありがと。織田くんもね」
「おう」
他の男子たちもそう。
「浅井、元気でな」
「オチャコ、元気できゃ」
「都会のやつらに負けるな」
「ありがとね。松平くん、十吉、黒田くん」
他にも、「メール送るね」とか、「東京のこと伝えてくれよな」とか、「向こうで調子に乗り過ぎるなよ」などと多くのエールを貰えた。
柴田さんがクラスを代表して、花束を渡してくれた。それは足利先生が考えて、用意していた。
あたしは、この後の授業を受けずに、すぐ東京へ向けて出発する。
こんな風にして、北琵琶学園中等部、二年梅組にサヨナラをしたのよ。
最後、涙を流しちゃったわ。我慢できなかったのだもの。
トシヨンも、他の女子たちの多くも泣いていた。ホントつらい冬だわ。