足利先生の談
梅組担任の足利先生が入ってきた。
教室にいる生徒たちは、全員が着席している。空席は一つだけ。
「皆、おはよう。あ、松平はまた遅刻か? 本当に仕方ないやつだなあ」
「先生!」
「おお黒田、どうした?」
「松平は昨日の夕方、図書館で姿を消したんです。それ以降、連絡がつかない状態が続いてます」
「なに、図書館で姿を消しただと!?」
「そうです、叫び声を一つ残して、忽然と姿を消しました。松平のやつ、ウワサのミステリー本を見つけてしまったみたいです」
黒田くんの話を聞いて、生徒たちがドッと沸く。「なんだそれ!?」とか、「超こえぇー」とか、「おおっ、そのウワサ俺も聞いたことある!」などと多くの声が飛び交う。
それで足利先生が口調を厳しくして言う。
「おい皆、静かにしろ! ここは劇場でも遊園地でもない。動物園でもない。皆は理性ある人間じゃないか。だから落ち着いて、僕の話を黙って聞け!」
「先生、クラスメイトが一人消えたんですよ。それを知った今、落ち着いてなんかいられますか?」
「いや黒田、そしてクラスの皆、お前たちの気持ちは痛いほど分かる」
「先生、適当なこと言ってませんか?」
「黙れ黒田! 僕は真剣に話しているんだ。実はな、僕の兄貴も、十八年前に同じ目に遭い、行方不明になって、しまったのだよ……」
この言葉で、教室内が騒然となった。
「先生、それマジですかっ!!」
「足利先生のお兄さんって、ここの生徒だったんですか??」
「死んだってことですか!」
「姿が消えて、どこかで死体になって発見されたんですか?」
二年梅組では、蜂の巣を突いたかのような、ブンブンと騒がしい状況になってしまったの。この場は、あたしがビシッと引き締めないといけないかもね。
「皆、静かにして下さい。勝手な発言をやめて下さい! 立っている人は、すぐに着席して下さい。クラス委員として皆に命じます。さあ静まりなさい!」
先を越されちゃった。
クラス委員が、彼女の役目を立派に果たしたのだもの。
「柴田、ありがとな。そして皆、どうか落ち着いて、僕の話を聞いてくれ」
これで教室がようやく静まった。
少しは冷静さを取り戻した生徒たちは、十八年前に起きた事件について、聞きたいと思っているはず。だから静かにするのは道理よ。
「十八年前、僕はこの学園の初等部三年生だった。僕の兄貴もここの生徒で、中等部の一年だった。ある日、兄貴は附属図書館から本を借りてきたのだが、その翌朝、僕らの家の二階にある勉強部屋、兄貴の机の上に、その本が開かれた状態になっていた。しかし、彼の姿はなかった。忽然と消えたんだ。警察や消防がどんなに捜しても、兄貴は見つからなかった……」
足利先生は、まるで昨日そんな悲しい事件に遭遇したかのように、とても悔しそうな表情をして、うつむき黙り込んでしまった。
クラスの皆も、たぶん、どういう言葉を掛ければよいのか分からないのだろう、誰一人として声を上げる生徒はいなかった。