図書館での叫び声
今日は木曜。図書館のミステリーを聞いてから三日が過ぎたことになる。
たった今、あの日と同じように、また雨が降り始めたところなの。
トシヨンは少し熱っぽくて、授業が終わるとすぐに帰ったわ。風邪とかじゃなければいいのだけど。
あたしは、読んだ本を返却して別のを借りたいから、また今日も付属図書館にやってきたの。
図書館利用のルールとしては、一度に三冊まで借りることができる。
だけど、まとめて借りたりすると、一冊目を読み終えてすぐ二冊目を読み始めて、つい止まらなくなることがあるのよ。だから自分自身の決まりとして、一度に一冊しか借りないことにしている。
生活のリズムを壊してまで、読書に熱中しなきゃならない道理はないものね。
いつも小説ばかりを読んでいるので、たまには歴史書だとか科学に関する本なんかも選ぶべきだと、少しは思っている。というか、お母さんから、よくそういう注意を受けるからね。
趣味の読書くらい好きにさせてくれてもいいじゃないかと思うのだけど、あまりお母さんの言葉を無視し続けると、後が怖いから、今日は小説以外を探してみるつもり。なにがそんなに怖いかというと、「お小遣い」に影響することが一番おそろしいのよ。
あたしが怠けたり、言うことを聞かないでいたりすると、まるで「伝家の宝刀」を抜くかのように、お母さんってば、「オチャコ、お小遣い減らすわよ」なんて言うのだもの。こっちにしてみたら、たまりゃしないわよ。
色々と悩み多きあたしが、歴史書が並ぶ書架の近くにやってきた時、あろうことか、「うわあぁーっ!」と叫び声が上がった。
《えっ、今のって、松平くんの声じゃん!?》
あたしは小走りで、声のした方へ向かった。
見ると、床に本が一冊落ちていた。それは真ん中くらいのページが開いた状態になっている。
すぐ拾い上げた。書名は『浅井長政』よ。
突如、「どうした!」、「オチャコ、なにしてるぴょ!」と別の方向から声が届いた。
そちらを見ると、黒田くんと十吉の姿がある。二人で駆けてくる。
「ねえあんたたち、松平くんの叫び声、聞こえなかった?」
「聞こえたよ、《うわあぁーっ!》ってな。間違いなく松平の声だった」
「そうだっぴ。それでおれっちたち、こっちへきたおー」
「松平くん、ここにいたのかしら?」
「いたはずだ。俺ら三人で手分けして謎本を探してたんだからな」
「謎本って、人間が消えちゃうミステリーな本のことよね?」
「そうだ。浅井も誰かから聞いたんだな」
「この前、滝川くんから。十吉からもね。でもあんたち、その本を見つけたら消えちゃうから危ないでしょ?」
「なに言ってるんだ。雨が降ってなければ大丈夫なんだよ」
黒田くんたちは、雨が降り始めてることを知らないみたいだわ。
「今、もう降ってるのよ!」
「ええっ、それマジかよ!?」
「危ないぴょん!」
やっぱり知らなかったのか。
「うわっ、そしたら松平のやつ、謎本を見つけちまったんじゃないのか!!」
「おっおー、だから共康ぴょんが、消えたのかっぴぃ!」
「まさかね。どうせあんたちのイタズラでしょ?」
「いや違うよ。松平の姿がないのが、なによりの証拠だろ!」
「きっとどこかに隠れてるのよ」
「じゃあ、捜すか」
「そうね。必ず見つけて白状させてみせるわ」
「なあオチャコ、それ借りるのか?」
あたしは手に持っている本のことを思い出した。
そういえば、開いた状態で落ちてたわねえ。これってまさか!
「どうしたんだ浅井」
「あのねえ、これ床に落ちてたの。さっきあたしがここへきた時に」
「え、お前、それが謎本なんじゃないのか!?」
「ひぇ!」
あたしは思わず、本を落としそうになった。背筋がゾクッとしたの。
黒田くんが、ここぞとばかり攻め込んでくる。
「おい浅井、激ヤバだぞ。その本、さっさと元の場所へ戻せ! 羽柴、すぐに浅井から離れろ。決して立ち止まるんじゃないぞ」
「ほいほい、分かったぴょん!」
十吉はジャンプして、あたしから数十センチの距離を取った。
「ちょちょ、あんたたち!」
「さあ浅井、早く本を戻してすぐ離れろ! 立ち止まらずこっちへこい!」
あたしは、まだ本のミステリーなんて信じちゃいないけど、万が一ということもあり得る。だから、手に持っている『浅井長政』を、おそらく元の場所だと推測される、本と本の間にできている一冊分の隙間に差し込んだ。
そして一目散で駆け、十吉たちのいる場所へ移動する。
黒田くんが言う。
「ふぅ~、これで俺たちは消えずに済んだ」
「オチャコ、助かったぴょ」
「うん、まあ……」
信じちゃいないはずなのに、なぜか怖かったし、今は少し安心できている。
これって、少しは、本のミステリーがホントなのだと思っている証拠。
《本って、ある意味で危険だわ》
月曜に借りて読んだ『はてしない物語』だって、そんな内容だったもの。
結局、松平くんの姿は見つけられなかった。どうせとっくに図書館から出たのでしょうよ。
今日のあたしは、小説じゃない歴史書として、ミステリー小説の歴史に関する本を見つけ、借りて帰ることにした。