十吉の歪んだ恋心
今度は、この場に残った十吉が話し掛けてくる。
「オチャコ、まだ信じないのきゃ?」
「その本がホントに存在するって、ハッキリした確信が得られない限りはね。でも書名どころか、作者とかジャンルすら知られていないのなら、とてもじゃないけど探しようがないわ」
「その本、見つけたいぴょ」
「ねえあんた、十八センチと一ミニを計って、一冊ずつ本の前に立って、見つけようとしてたのでしょ?」
「そうだっぴ。オチャコ、なんで分かったおー!」
「あんた、三十センチ定規を持ってたじゃん。そんなの推理なしで分かるわ」
「そうだおー、おれっち順番に探してたぴょ」
こんな暇な人は、中等部の中で十吉くらいなものね。
「ここの図書館の蔵書が十万冊近くあるってこと、知らないのね」
「ええーっ!」
「それを一冊一冊、十八センチと一ミニを計って調べてたら、もの凄い時間が掛かると思うよ」
「そうなのきゃ?」
「たまたま最初の百冊くらいの中に見つからない限りはね。そもそも三十六年もの昔からあった本だとしたら、新しいやつは調べる必要ないのよ。あんた一体、何冊確かめたの?」
あたしなら、十冊まででイヤになるだろうけどね。
「十四冊だおー。十五冊目をやろうとしたら、オチャコの声がしたっぴ」
「邪魔して悪かったわ。でもね、もしそのミステリーが真実で、もし十四冊目までに見つかってたとしたら、あんた今頃、この世に姿がないのよ?」
「えっええーっ!! おれっちが消えるのかぴょ!」
「あんた松平くんから、ちゃんと話を聞いたの? というか、さっき滝川くんが話したの、あんたも聞いてたでしょ?」
「そうだおー。でも共康ぴょんから聞いたのと、ちょっと違ってるんだよ~ん」
まさか松平くんが意図的に話をすり替えて十吉に教えたのかしら。
「どんな風に違うのよ?」
「共康ぴょんは、人間を消す力のある本が図書館にあるって言ってたぴょ。それを見つけるには、十八センチと一ミニを計って確かめる必要があるって、おれっちに教えてくれたんだっぴ」
松平くんは、言い方を変えただけで、話の内容は同じだね。
「そもそも、どうして十吉はその本を見つけたいのよ?」
「消したい人間がいるっぴ」
「えっ、まさか織田くんとか?」
「違うぴよ。おれっち、真田を消したいっぺな」
「どうしてよ?」
「恋敵だからぴょ」
「あはは!」
そういうことね。よく分かったわ。
歪んだ恋心って怖いものね。ライバルの人間を消したいだなんてさ。
「オチャコ、笑うなおー!」
「もし大福くんが消えたとしても、あの玉紗さんが十吉のことなんか好きにはならないと思うよ。なのに、それでも彼を消したいの?」
「そうだぴょ!」
「あんた大物になるのかと思ったけど、今はまだまだ小さいわね。男なら、恋のライバルとは、正々堂々戦わなきゃ」
「目的のためには手段を選ぶ必要なしだっぴぃ」
「それって、松平くんが言ってたのでしょ?」
「よく分かるんだおー。今日のオチャコは覚めてるっぴ」
「十吉、それを言うなら、《覚めてる》じゃなくて、《冴えてる》でしょう。まあ確かに目は覚めてるけどね」
「今日のオチャコは――」
「だから言い直さなくっていいから!」
「賢いっぴょ」
「あら、言い直そうとしたのじゃないのね。もう一回言ってもいいわよ」
「今日のオチャコは冴えてるっぴ」
「そっちじゃない!」
兎も角、ムダに時間をロストしちゃったわ。
あたしは、書架に戻って、『はてしない物語』を探すことにした。
十吉は、自分が消えちゃうのはイヤなので、謎のミステリー本を見つけるのを諦めることにして、先に一人で帰っていった。