十八センチと一ミリ
あたしは、彼の背後から小声で話し掛ける。
「珍しいわね、十吉がここにくるなんて」
「おれっち、本を探してるんだぴょ」
十吉がいつも通りの大きさの声で話すから、あたしは右手の人差し指を、自分の口に当ててみせた。
「十吉はバカだから、覚えてなくても無理はないけど、ここは騒いだり大声を出したりしちゃいけない場所よ。初等部の図書室を使う時に、教わったでしょ?」
「おお、そうだったおー」
今度は、小声で話す十吉だった。お猿よりかはマシね。
でもこいつが本を求めて、図書館にやってくるとは意外だったわ。マンガでもあると思っているのかしら?
「おれっち分からないぴょ」
「どういうこと?」
「ミステリーな本だっぴ」
「あんたマンガ以外も読むの?」
「読まないぴよ」
たとえ小声だとしても、こんなところで立ち話をしていると他の人がきたら迷惑になるだろうから、あたしたちは場所を変えることにした。
三階まで上がると、「談話ラウンジ」というスペースがあって、そこでなら普通の声での会話は許されている。
円卓がいくつかあるので、あいている場所を見つけ、丸く窪んだチェアに、十吉と対面になって腰掛ける。通学カバンは隣りのチェアに置く。
「このチェア、落ち着くね」
「おケツが楽だぴょん」
まあ確かにそうね。クッションがついていれば、もっとよかったのに。
「それよりあんた、読まない癖に、どうして本を探す必要があるのよ?」
「ミステリーなことを試したいだよ~ん」
「でも、読まないのでしょ?」
「オチャコ、この図書館にまとわるミステリー、聞いたことないきゃ?」
「え、なにそれ!? というか、《まとわる》じゃなくて、《まつわる》でしょ」
「この図書館にまつわるミステリー、聞いたことないきゃ?」
あたしの知らないところで、そんなウワサが立っているのかしら。
そうだとすると、これは事件の匂いがするわねえ。
「十吉、それ誰から聞いたのよ?」
「おれっちは共康ぴょんから聞いたんだけど、共康ぴょんは官平ぴょんから聞いたらしいぴょ」
「官平ぴょんって、黒田くんのことよね?」
「そうだきゃ」
「ウワサの出所は、同じクラスの黒田官平くんか。あの男もお腹の奥底に、なにか黒い陰謀でも隠していそうな雰囲気があるけど、そのウワサの信憑性の方は、どうなのかしら?」
「シンピョーセーってなんだきゃ?」
突如、背後から人の気配が漂ってきた。
それで、あたしは反射的に上半身をひねる。
「あ、滝川くん!」
「あ、一馬ぴょん!」
あたしの背中側に立っているのは、竹組の滝川一馬くんだった。
「二人でなにを楽しそうに話してるんだ?」
「なあなあ一馬ぴょん、この図書館にまつわるミステリー、聞いたことないきゃ?」
「十八センチと一ミリの謎ミステリーのことか?」
「そうだぴょ!!」
「それなら聞いた。梅組にいる黒田からな。そういや、お前ら同じクラスだったよな、官平と」
ウワサの出所が黒田くんだというのは、どうやら正しそうね。