オチャコ去年の事件
それは一年前、八月十六日のことなの。
あたしは両親と一緒に、二泊三日でお婆ちゃん家にきていた。その最後の日だった。
それでお昼の少し遅くに親子三人で、ここのお店「讃岐うどん本舗 麦斗屋」に食べにきていたの。それを終えて少し休憩したら、自宅へ向けて列車で帰ることになっていたわ。
あたしが「冷やし海老天うどん」を食べている時、お客さんの一人が浪江さんと話している会話が聞こえた。
ちょっと気になることを話しているから、あたしは聞き耳を立てていたの。
なんでも、そのお客さんがお店に入ってきた時、ここの丼鉢に似ているけど、少しだけ違っている模様の鉢を手に持った人が、外へ出ていったらしいの。その丼鉢の中身は、温かいうどんの「天かすネギ大盛り」だったそう。
十数分ほど前のことで、お客さんの数も多かったから、「外で食べるのだろう」くらいに思って気にしないことにしたのだって。
でも、うどんを食べながら考えていると、やっぱり怪しいと思えてきて、一応は浪江さんに伝えておこうと思ったそうなの。
ここへまた別のお客さんが、食べ終えた食器を載せたお盆を運んできて、浪江さんに、「俺も、そいつがやってた一部始終を見たよ。うどん玉が入ってる丼鉢を持ち込んで、食券を買わずに、天かすとネギをタップリふり掛けて、熱い汁をぶっ掛けていた。それを持って、なに食わぬ顔でソソクサと出ていきやがった。俺も最初は、そんなには気にならなかったけど、うどん食いながら考えてみると、やっぱりあいつは変だって思うようになったんだ」と言うの。
あたしは、ことの次第を一瞬にしてバッチリ理解した。これは事件なのよ!
だって、天かす、刻みネギ、汁だけでも、歴然な「無銭飲食」という犯罪になるのだから。
浪江さんと一緒に話を聞いていたアルバイトのお兄さんが、「それって万引きじゃねえか、許せねえ!」と怒りをあらわにしたわ。
あたしも、まだうどんを食べている途中だったけど、もう我慢できなくなって立ち上がり、浪江さんのところへ走った。
「その犯人、あたしが必ず見つけてみせるわ!」
まだ小さい十二歳の女の子が、突如そう叫んだものだから、お店の中では、そんなあたしの勇姿に、猫も杓子も釘づけとなったわ。
でも、浪江さんに告げ口をしていた二人のお客さんは、怪訝な表情をして、あたしの顔をジロジロと見ている。まるで、「ちびっ子のお前なんかに、なにができるものか」とか「お嬢ちゃんは引っ込んでな」とでも言わんばかり。
それであたしも、ちょっと怯んじゃったの。