キャスティング
一週間が経ち、あたしたち脚本担当五人と、クラス委員の柴田さんが協力し合って、初版の脚本ができ上がった。
六時間目、ホームルームが始まった。
教壇に立っているのは松平くん。彼は脚本担当のリーダーだからね。
今は、プロジェクターを使って、初版脚本の内容をスクリーンに映し、クラスの皆に読んで貰っているところ。
ページをめくりながら、必要なら松平くんが説明を口頭で伝えている。
全部読み終えたら、その次は配役を決める、いわゆる「キャスティング」を行うことになっている。
担任の足利先生も、クラス委員の柴田さんも、黙ってスクリーンを見つめ、松平くんの声に耳を傾けている。もちろん、あたしたちクラスの皆もそうよ。
最後のページの表示が終わった。
「それじゃ役決めをしようぜ。まず主役、A警部捕をやりたいやついるか?」
「はい」
手を挙げたのは一人、明智くん。
「他にはいないか? それなら、A警部捕は明智にやって貰う。明智警部捕だ。B巡査をやりたいやつは?」
「はーい!」
「お、浅井がやるのか?」
「ええ、やるわ。あたしなら主役でもいいのだけど、今回はバイプレイヤー、つまり助演者を見事に演じてみせましょうぞ。ふふ」
「よし。浅井巡査決定な。次は被害者C、タコ焼屋をやる三年梅組の生徒だ」
「ほーい! おれっちに任せろおー!」
「羽柴、お前殺される役だぜ。いいのか?」
「おれっちなら天下人役でもいいのだけど、今回はバンパイヤー、つまり死体役を見事に演じてみせましょうぞ。きゃきゃ」
「十吉、あたしの口調、猿マネしないでよ! というか《バンパイヤー》って、吸血鬼のことを言ってるのかしら?」
「さすがオチャコ、おれっち、そう突っ込まれるのを想定してたぴぃ」
「ウソばっかり」
ここで教室内に笑い声が上がった。
別に受けを狙ったのではないけれど、ちょっといい気分かも。へへ。
「バカな夫婦漫才はそれくらいにしようぜ」
この言葉で、教室内がさらにドッと沸く。
おいしいところを松平くんに持っていかれた。ちょっと悔しいかも。
「次、タコ焼にクレームをつけるチンピラ風の客Dをやるやつは?」
誰も手を挙げようとしない。
あたしが挙げる。
「おいおい浅井、一人二役はなしだぜ」
「違うの。推薦したいのよ」
「ほう、誰をだ?」
「織田くんよ。チンピラ客がピッタリでしょ。ふふ」
「おいコラッ浅井!」
「ん? なに??」
「なんで俺様がチンピラ客なんか、やらなきゃなんねえんだっ!! 窓から湖までぶん投げるぞテメエ! それがイヤなら、罰金として十万払え!!」
「刑法第二百四十九条、恐喝。人を恐喝して――」
「黙れポンカン! 刑法いらねえって、何度も俺に言わせるな!!」
「ねえ織田くん、あんたそうやって怒鳴ってばかりだけど、ホントは劇に出る自信がないから、ただ吠えてるだけなんでしょ? あたしの推理バッチリよね?」
明智くんのことを睨んでいた織田くんが、またあたしの方へ向き直る。
「おい浅井、言ってくれたな? あ、この俺様が劇に出る自信がないだと? フザけるな!! チンピラみたいなセコい役じゃなくて、どうせやるなら、お前を刺し殺す役だ!」
「あら、白いスーツを着た覆面の男Eをやるの?」
「おうよ、やってやろうじゃねえか!!」
「そうか、それじゃ白いスーツの覆面男Eは、織田で決まりだな」
ふふ。うまうまとあたしの戦術に乗せられたわね、織田くん。
チンピラ客にあんたを推薦したら、こうなるって想定してたのよ。