A氏の見解とM氏の戦略
ここに、今まで黙って聞いていた明智くんが口を挟んでくる。
「盛り上がっているところ悪いのだけど、ちょっといいかな?」
「おう明智、遠慮なく言ってみてくれ」
「今キミが話してくれた筋書きは確かに面白いと思う。でもねえ、劇は劇中人物だけで閉じていなければならない。少なくとも中学生の僕らにとっては、その道理を曲げてはいけない。そもそも、大勢の観客をダマそうとする、そんな姑息な演出を、先生が承諾してくれる訳がない」
「ほう、姑息な演出ってか。言ってくれるじゃないか、明智よお。ははは」
「明智くんの見解は尤もだわ。松平くん、今日もまた一本取られたわね?」
「いや違うな、俺はそれを想定していたんだ」
「えっ、どういうこと??」
負け惜しみじゃないのかしら。
うーん、いつものことながら、この松平くんの心の内は、読み取りにくいわ。
実におそるべき男、まるで、虎視耽耽と天下を狙う徳川家康のようにね。
「俺たちのクラスは、学園祭で、殺人なんていう凶悪犯罪が起こる内容の劇をやろうとしてるんだぜ。しかし、現実の先生や親たちは、もっと中学生らしいハツラツとした劇をやって欲しがるだろうなあ。それでも俺たちが殺人事件をやろうとするなら、なにかと制限が課されるはずだ。それは仕方ない。ただ、制限を受けるにしても、ギリギリのラインになるような内容の劇をやりたいじゃないか?」
「松平くん、なにを言いたいの? あたし、よく分かんないのだけど?」
「そうか。だが、明智なら分かるよな?」
「うん。つまり百のことをやりたくて、百のことを先生に示しても、制限のためにいくつか削られ、その結果、八十までしかやらせて貰えない。だったら最初に、百二十のことを示せば、制限で削られても、百に近いことができるようになる。とまあ、こういう理屈なんだよね?」
うーん、A氏にしても、M氏にしても、なんでそこまでのところへ考えが及ぶのかしら? あたしは認めなければならないのか、彼ら二人には敵わないのだと。
でも、どこかにつけ入る隙があるんじゃないのかな?
うん、そうよ、そうだわ。一つあったわ!
「ねえ明智くん、松平くん、百二十のことを示しても、結局は八十までしかやらせて貰えないってこと、あり得るのじゃないかしら?」
「それは可能性として、もちろんあるぜ」
「うん。僕もその点は理解しているつもりだ。ただねえ、教師の立場として、できることなら、生徒のやりたいようにやらせたいと思う気持ち、そういうのがあることは確かなんだよ。となれば、削るべきところに優先順位をつけて、より削るべきところから削られることになる。それが普通だよ。だから百を示すのか、それとも百二十を示すのか、その違いによって、結果もまた違ってくるはず。浅井さん、分かるかい?」
「さすがね、明智くん。あたしも明智くんなら、きっとそう言うだろうって想定していたわ。だから今日のところは、あたしと五分五分と言えなくもないわね」
これは咄嗟に思いついたこと。いわゆる「切り返し」の作戦に出たの。
でも、松平くんが割って入る。
「おいおい浅井、見え透いたウソを言うなよ。そんな負け惜しみを言っているようじゃあ、いつまで経っても、明智と五分五分どころか、二対八で負けるところへすら届かないと思うぜ。ははは」
くー、尤もだわ。
でも、「二対八で負けるところへすら届かない」というのは認めたくない!
ここに柴田さんが割り込んでくる。
「松平くんの戦略は分かったわ。せっかくだから、明日じゃなくて、今すぐにでも足利先生に示してみましょうよ」
「あたしも柴田さんの案に一票。今から皆で職員室へ押し込んじゃおう!」
「それはダメです。職員室は運動場でもないし、遊園地でもないのだから。私だけで行って足利先生を呼んでくるわ。だから、あなたたちは待っている間、脚本について、より細かい部分をつめておいて下さい」
「おう、そうだな」
「分かったよ」
「さすがは柴田さん、あたしもそれを想定――」
「おいおい浅井、往生際が悪いぜ」
松平くんに話の腰を折られちゃった。やはり手強い男だね。へへ。
そして、柴田さんは、あたしの言葉を気にもしないで、廊下へと出て、職員室に向かうのだった。