オチャコ頑張る
教室内に静けさが戻ってきたので、あたしが手を挙げる。
「はい」
「浅井さん」
「あたしは、明智くんの案に賛成します」
「おいおい浅井、お前そんなに光男のことが好きなのか」
また織田くんが口を挟んできた。
あたしは今度ばかりは言ってやると決めた。
「あたし、明智くんのこと好きだよ。級友としてね。なにか文句ある?」
こんなことを言っちゃったものだから、教室内がドッと沸いてしまう。
「浅井は明智にラブラブってか!」
「お熱いねぇ~」
「ひょーひょーっ!」
「佐久間くん、丹羽くん、黒田くん、勝手な発言はやめて下さい」
織田くんはなにも言わず、座ったままニヤニヤしている。
ここに足利先生が戻ってきた。
「おいこら皆、廊下まで大声が聞こえているぞ。ちゃんと静かに話し合わないとダメじゃないか。柴田、クラス委員のキミがしっかりまとめないといけないだろ?」
「はい、済みません」
「先生」
「どうした明智?」
「柴田さんは悪くありません。織田くんがフザけて、それで佐久間くん、丹羽くん、黒田くんが騒いだのです。柴田さんは何度も注意しましたが、それでも織田くんは無視しているのです」
先生がいるから、織田くんは黙っている。
それでも、席から明智くんを睨んでいる。まるで、「ポンカン、覚えてろよ!」とでも言わんばかりに。
あたしも頑張ってみることにした。
「先生」
「浅井、どうした?」
「明智くんの言う通りです。織田くんが、明智くんと柴田さんを侮辱したり、あたしをからかったりしたから騒ぎになったんです」
足利先生は織田くんの方を見た。
「織田、またお前の仕業か。あんまり酷いと、また斉藤さんに話さないといけなくなるな」
先生の言っている「斉藤さん」というのは、織田くんの保護者代わりをしている親戚の伯父さんよ。織田くんは、もう両親を亡くしちゃってるからね。
その斉藤さんに引き取られて、そこのお家で暮らしているのよ。
織田くんがちょっと荒れているのも、そういうところに原因があるのかも。彼も十吉と同様に、決して悪い人ではないと思うけどね。
「あ、それより、松平がいないなあ。どうした?」
突如、引き戸が開いて、松平くんが入ってくる。
「俺なら、ここにいますよ」
「どこへ行っていた?」
「先生、個人のプライバシーを詮索しないで下さい」
「いや、ホームルーム中に教室から出ていた生徒のことを心配して、どういうことなのか、ちゃんと尋ねるのは担任としての責任だよ。分かるだろ?」
「確かにそうですね。俺はトイレに行ってたんです」
「なんだ、そんなことなら最初からそう言えばいいだろ?」
「俺だって思春期だから、恥ずかしくて口に出したくないこともありますよ」
「いや女子じゃないだろ、お前は」
「先生、教師が男女差別発言ですか? PTAに伝えましょうか?」
「いやいや、待ってくれ。そういうつもりは一切ない。誤解だ」
今日のあたしはどうしたんだろう、また頑張ってみることにした。
「先生」
「浅井、どうした?」
「あまり相手にしない方がいいと思います。松平くんってば、先生のことからかってるだけだもの」
「松平、お前この僕を、からかっているのか?」
「いいえ。決してそのような、おそれ多いことは」
「足利先生」
「なんだ柴田」
「会議が停滞してしまってます。クラス委員の私がしっかりまとめないといけませんから、ここはハッキリ言わせて貰います」
「言ってみろ」
「足利先生、松平くん、早く席について下さい」
「おう分かった。僕が悪かった。謝るよ柴田、済まなかった」
「分かればいいです」
松平くんは自分の席に戻り、足利先生も教壇の端にある席に座った。
再び、柴田さんが主導権を握り、会議を進める。
「浅井さん」
「はい」
「さっき、明智くんの案に賛成すると言いましたね?」
「うん、言ったよ」
「では、具体的になにか意見はありますか?」
「英語の劇なんだけど、例えば、シャーロック・ホームズの『緋色の研究』という作品を題材にしたらいいと思うのよ。あたしこの前の誕生日に、それの英語版の本を貰ったんです。だから、あたしが脚本を担当してもいいよ」
明智くんがプレゼントしてくれたってことは言わない。
言えば、また外野が煩いだろうからね。
「分かりました。着席して下さい」
あたしは座る。今日のあたしは、なかなか頑張れている。
自分で自分を褒めてあげたい、なんてね。えへへ。