劇を決める会議
先週、イヤな中間テストも終わってくれたわ。
これで、いよいよあたしの、秋本番が到来したと思えるような天高く青い空、そんな今日は、十月二十三日だよ。
あたしら二年梅組の教室では、今、ホームルームの真っ最中なの。
担任の足利先生は、さっき教頭先生が呼びにきたものだから、一緒に職員室へ行っちゃった。
教壇に立っているクラス委員の柴田勝恵さんが、教室の皆に問い掛ける。
「劇を決めたいと思います。なにをやりますか?」
なぜ劇かというと、十一月の真ん中に北琵琶学園中等部の学園祭があって、二年生は劇をやることに決められているから。
一年生が展示で、三年生は模擬店を出すというのも、学園中等部が決めているお題目なのよ。
だから、学園祭でなにをやろうかと、あれこれ迷う必要がない。
それでも、どんな劇にするかは、自分たちで決めないといけないの。まあそれくらいの自由度がないと、面白くないものね。
一人も手を挙げていないから、柴田さんがもう一度問い掛ける。
「誰か意見を出して下さい。なにかありませんか?」
「ほ~い」
手を挙げたのは十吉だった。
「羽柴くん」
柴田さんから呼ばれ、十吉は席から立った。
「おれっち、戦国時代の劇がいいと思うんよ。おれっちなあ、豊臣秀吉とかやってみたいんだ。うきぃ、きっきぃ~、ぴよぴよ。きゃきゃきゃ!」
十吉は、お猿とかヒヨコとかの鳴きマネをして、自分で笑っている。
クラスの何人かも、そんな彼を見て笑っている。
この十吉というやつは、こういうお調子者なのよ。あたしとは、もう長いつき合いだけど、今まで彼のスタイルは、ずっとこんな感じ。まあ悪いやつではないのだけどね。調子に乗り過ぎるのが欠点よ。
進行役の柴田さんは笑ったりせず、黒板に「戦国時代劇」と書いている。
「他に意見はありませんか?」
「はい」
「松平くん」
呼ばれた松平くんが席を立ち、どういう訳だか、教壇まで歩いていく。
《どうするつもりかしら?》
クラスの多くの人たちも、一体なにが始まるのだろうかと興味津々の様子で、歩く松平くんの姿を目で追っている。
松平くんは教壇を通り過ぎ、引き戸を開き、廊下へ出ようとする。
ここで柴田さんが、すかさず注意する。
「松平くん、勝手に教室を出ないで下さい。どこへ行くのですか?」
「決まってるだろ。トイレだよ」
「おトイレは、休み時間のうちに済ませておいて下さい」
「休み時間は満員だったんだよ。あ、そうだ、一つ思いついた。トイレの数を増やしてくれるよう、次の委員会で提案してみてくれないか?」
「そんなこと提案しません」
「おおそうか、まあ仕方ない。漏れそうだから、俺もう行くぞ」
「分かりました。ちゃんと戻って下さいよ」
「もちろんだとも。あ、俺の帰りを待たずに、会議続けてくれ」
「言われなくてもそうします」
松平くんは廊下へ出て、静かに引き戸を閉めた。
「続けます。他に意見はありませんか?」
「はい」
「明智くん」
「英語でやるのはどうでしょう?」
明智くんが座ったままで、そう言った。
それで教室内には、「えー」とか、「なにそれ」とか、「誰が主役やれるんだ、お前か」、「セリフ覚えれるのかよ」というような言葉が飛び交った。
あたしはできれば明智くんを応援してあげたい。
手を挙げようと思った時、勝手に立ち上がった男子が一人。
「おいポンカン、英語とかってカッコつけてんじゃねえぞ! どうせお前が頭いいとこ見せつけて、自慢したいだけだろがっ!」
「織田くん、勝手な発言はやめて下さい。座って下さい」
「うっせぇーな柴田。お前が男だったら、丸坊主にしてやるところだぜ」
「それはいけないよ。刑法第二百二十二条、脅迫。生命、身体、自由、名誉または財産に対し――」
「おいコラッ光男、黙れ!! ホームルームで刑法なんか、いらねえんだよ!」
「織田くん、暴言はやめて下さい。早く席について下さい」
「分かったよ、鬼柴田」
「それも名誉毀損だよ」
「やかましいなポンカン。刑法いらねえって言ってるだろ!」
「織田くん、いい加減にして下さい。座って下さい」
「はいはい、柴田さん。分かりましたよ」
やっと織田くんが席に座った。この男も、いつもこんな感じなのよ。
今、教室に先生がいないからって、やりたい放題してるし。