神のご加護?
二年梅組の教室で、新学期恒例の席替えが始まった。足利先生が握っている紙のクジを順番に引く。
一番手は明智くんで、次があたし。一学期は出席番号順に席が決まっていた。
外面では冷静を装ってはいるものの、あたしはまだハートどきどき全開モード。
それにしても、男の子から告白されるのは凄いことだわ。こんなに威力があるとは。嬉しくて恥ずかしい気持ちなのは分かる。それに加えて、空腹感に似ているけど、それもまた違う、そんな変な感覚を伴っているの。
そのせいで、この席替えの時間に推理を進めるという予定が狂っちゃう。
ほとんどまともに考えられなくて。ほっぺも頭もお祭り状態だから。
少し時間が経って、あたしの胸を打ち鳴らしていた太鼓も静まった。
さっきあたしが引いたクジは「3‐6」だったわ。中央列の一番後ろの席。
そこは教室全体を見渡せるポジションだから、クラスの皆を観察するのに絶好のポイントになるのよ。いひひ。
《それは兎も角として、大福くんにどう返事しようか?》
いや違う違う! これは悩むまでもないことよ。
トシヨンの恋が優先! それに事件だって、早期に解決しなきゃだ!
大福くんにはスパリと断るわ。そして脅迫状の犯人を見つける。
《そうねえ、やっぱり怪しいのは十吉だわ》
男子であたしのことをオチャコと呼ぶのは十吉だけだし。でも、それを知っている別の誰かが、あいつが疑われることを狙ったのかもしれない。
《とすると、松平くん?》
あの人は心の内になにがあるのか、分からないところが多いからね。
ムダに計算高い男なのよ。でも犯人とみなすには、まだ決定的な根拠が見つからない。
こんなことを考えていて、もうすぐ席替えも終わる。
最後まで残った席はあたしの左隣り。そのまた左、窓側列の一番後ろには大福くんが座っている。
これがラストだからクジを引くまでもなく、そこは細川さんの席に決まった。なんという強運! というか、これこそ神通力かしら?
「大福様、やはり神のご加護です」
「細川、あのなあ……」
「あなた、浅井さんでしたね」
おおっと、細川さんがあたしに手を差し延べてきた。これはつまり「握手をしましょう」という意味だよね?
少しおそれながら右手を出して、彼女の手を握る。
《なにこの子の手、すんごく温かいしぃ!》
「うふふ」
細川さんは微笑んでいる。
ここは、こちらからなにか話さないとね。
「あの、あたしは浅井茶子よ。仲のいい友だちからは、《オチャコ》って呼ばれているの」
「そうですか。ではお茶子さん、今後ともよろしく。うふふ」
やだ、「おオチャコさん」だって。なんだかくすぐったい気持ち。
「……うん、こちらこそ、よろしくね、細川さん」
「玉紗でも、構いませんよ」
「分かったわ、玉紗さん」
そして、先生が明日以降の予定などを話して、ホームルームがなんとか終わってくれた。ああ、もう帰ってすぐ寝たいくらいに疲れたわ。
ふと左隣りを見ると、玉紗さんがさっそく大福くんを誘っている。
「よろしければこの後、わたくしの新居でランチはいかがです? 一流の料理人が準備しておりますから」
「オレはこれから購買でパン買って、それ食ったら部活だ。だからお前はさっさと帰れよ。オッサンきてるぞ」
あ、気づかなかった。いつの間にか黒板側の出入り口に、あの黒服の運転手、剣道三段・柔道五段の松永さんが立っている。
というか時間ピッタリ。さすがはプロの執事だわ!
「残念です。でも近いうちに、是非いらして下さい」
「そんな暇ができたらな」
「うふふ。ではお先に失礼します。お茶子さんも、さようなら」
「えっ、うん。サヨナラ!」
玉紗さんはアッサリ行ってしまう。
その背中からは、どういう訳か、底知れない余裕を感じるわ。