4.攻略開始
もぞりと、力の抜けた体が動き出す。
クロノスと話していた俺はすぐそのことに気付くと、近寄って顔を覗き込んだ。
「起きたか?」
「……ここ、は」
「『ヘルヘイム』の部屋の一つ、『泉部屋』だ」
地面に敷いた布に仰向けになっていた人間。
そのすぐ傍には、小さな泉があった。
地獄の各階層には泉が存在する。
地獄の泉と言っても毒があるわけでもないし、薬の効果もない。綺麗な水が上から流れ落ちてきて、泉を形作っており、底の方からは更に下の階層へとまた流れているだけのただの泉だ。
なぜこんなものが侵入者を排除する目的の地獄にあるかと言うと、単純に水場がないと運営上の支障が多いのだ。地獄に清掃の必要はあまりないのだが、しかし汚れるものは汚れる。魔術で水を生み出そうにも限度があるし、水くみ場を置いた方がよほど効率が良い。
あと、純粋に階層設計者の趣味である。正直こっちの意味合いが強いらしく、俺にはよく分からん価値観だ。
「あー……倒れてたお前を解放するために、ここまで運んだ。俺はエレボス、横のはクロノスだ。よろしくな人間」
「……はい」
矢継ぎ早に説明をすると、人間は茫然と天井を見上げたまま、瞬きをした。
俺たちにもこの人間に聞きたいことが山ほどあるように、おそらくこいつも俺たちに聞きたいことがあるだろう。と言うか、何が何やら訳が分からないと言った戸惑いの表情すら感じ取れる。
「起きたってことはある程度回復したんだろうが……まぁゆっくりでいい。俺たちは敵じゃねえし、むしろ協力し合えると思っている」
「……」
「聞きたいことがあれば聞いてくれ。大体は答えてやる」
人間の反応はどこか夢見心地と言うか、希薄だった。
予想していたものだと、敵対や疑惑、果ては起き上がり様にすぐ逃走されるかとも身構えていたのでかなりアタリな部類である。女と言うから警戒していた面も多々あるだけに、暴れ出さないだけで第一関門突破みたいなものだ。
言葉通りゆっくりしている暇はないのだが、しかしタイムアタックというわけではない。少なくとも『ニヴルヘイム』の門番を倒すまで、俺の時間はそれなりに余裕があるのだから。
せっかく得た情報源だ。
取り合えず仲良くなることから始めようと、俺は人間の質問に片っ端から答えていく。
「――――では、お二方はその……神様であると?」
「あぁそうだ」「そうだね」
「……ここは地獄で、貴方たちは脱獄中。そして私はその地獄に迷い込み、目的地とは逆方向に進んでいたと」
「お前が地上を目指していたのなら、そうなるな。一応もっかい確認するけど、地獄の制覇に来たんじゃねえんだよな?」
「違います。そのことに嘘偽りはありません」
色々と話した結果、この人間の現状が理解できた。
この人間は、元は地上に住んでいた人間だ。
地上で生活中、穴とやらに落ちて地獄に放り出されたらしい。ちなみに話を聞く限りでは落ちた階層は第3層『ムスペルヘイム』っぽい。『ニヴルヘイム』の次の階層である。
彼女の目的は地上へ戻ること。
何やら事情もあるらしく、出来る限り早く戻りたいらしい。しかし敵が強く進めど進めど終わりがないため、もはや死を覚悟していた。
そこを救ったのは俺たち二人というわけだ。
命の恩人である俺たちに向かって、人間は頭を下げる。
「本当にありがとうございます。それどころか地上まで付いてきてくれるなんて」
「別にいい。こっちも戦力になりそうだから助けたわけだし」
「期待に沿えるよう頑張ります」
三つ指をついて深々と礼をする人間。
礼儀正しい生き物だ。和の神たちがそんな作法を取っていたなぁなどと思いつつ、俺は頭を下げる人間に顔をあげるように言う。
「あー……堅苦しいのは面倒だからいらん。ギブアンドテイクなんだ。別にこっちは手間暇かけてるわけじゃねえんだし、気楽にいこうぜ」
「……しかし、それでは神に対して示しがつきません」
「人間が神を信仰してるのは知ってるけど、地獄神はどっちかというと悪神みたいなもんだしな。つーか硬すぎると俺の息が詰まる。フランクに、後はキレて敵に回らないでくれるならそれでいい」
「キレ……? はぁ……分かりました」
マジでキレなきゃそれでいいぞ。
礼儀とか態度とかよりそっちのが大事だ。気に入らないとすぐ首飛ばされるようなのを仲間に引き入れるわけにいかんからな。俺みたいに普通でいてくれるならそれでいいんだ。
「取り合えず地獄についての説明はこんなもんでいいか? 俺は地上の様子とかお前の大量に持ってる加護の話とか、此処までの道中の情報が知りたい」
「はい、今度は私の番ですよね」
「歩きながら話そう」
――――今のところ、この人間は悪くないと思った。
従順で物分かりが良いし、目的が同じであちらも急いでいるため協力的である。うーんマジでいい。こういうのが善性の魂ってやつなんだろうな。隙あらば刑期軽くしようとする罪人共にも見習ってもらいたいものである。
人間も回復したらしく、一人で起き上がって武具を確かめながら歩き出す。
面倒がなくていい。俺と、ずっと空中を浮いてるクロノスも動き始める。
この泉部屋から『ニヴルヘイム』まではだいたい一時間弱といったところだ。
人間は道順を知らないためこの階層で二日ほど彷徨っていたらしいが、道は俺が知ってるから問題ないし、クロノスの魔術で道中を悩むこともない。
守衛兵共を素通りしながら、俺は門番まで人間へと質問することにする。
「取り合えず、実利ある話から聞こう。お前って強いのか?」
「人間の中では強い部類だと思います。疲れて醜態を晒しましたが、休めるのであればこの階層も一人で攻略可能です」
「……んー」
聞いてみてなんだが、俺にはそもそも分からん話だった。
「クロノス、それって強いことなのか?」
「僕に聞くの? エレは地獄の王子様でしょ? この階層の敵の強さとか知ってるんじゃないの?」
「階層管理者は俺じゃねえし、話も聞いたことがない。つーか、俺は割と世間知らずなんだよな。宮殿近辺から離れたことねえし、この辺来たのも初めてだ。稽古つけてもらったりはしたけど、世間一般の戦闘技能の指標とか分かんねえ」
「そんな見た目しといてお坊ちゃまなの?」
「お前ちょくちょく失礼だよな」
クスクスと笑いだすクロノスを横目で睨む。見た目を弄るなクソが。人間の方も笑っていいのか迷って変な表情してるだろうが。
取り合えず俺はその辺にいた守衛兵を指差して、人間に指示する。
「アレ、倒してみてくれるか?」
「わかりました」
言うや否や、白い剣戟が舞って守衛兵の首がすっ飛んでいく。
首のない守衛兵はそのまま中身が霧散し、鎧だけがガランと岩の地面にたたきつけられた。
「はっやーい! 武器は剣なの?」
「他にも色々と使いますが、基本は剣ですね。慣れているのと、加護が一番多いのが刀剣の類ですので」




