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2.肉壁確保

 地獄は、基本的に他所とのかかわりを持たない場所であり、閉鎖的な役割を持っている。


 その役割とは、罪人の刑務所であるということ。

 死後、その全ての人間は地獄宮殿へと『魂門』を通して招かれ、そこで父上によって裁かれる。

 罪を犯していれば地獄行き、徳が高ければ天界行きだ。分かりやすい。


 地獄行きの人間は基本的に刑期を持つ。

 ある一定の決められた時間を地獄で過ごすこと。それが魂に課された罰である。

 勿論、あまりにも業が深い魂は各所に存在する拷問所に送られる。ちなみに魂の洗浄地なんて呼ばれているが絶対嘘。そんなサディストの欲を埋めるためだけの呈のいい、言葉通りの地獄ってやつも存在する。


 そして、地獄の役割はそれだけだ。

 他に天より任されし責務はない。罪人の吹き溜まりであることこそが、地獄という場所に求められている役割なのである。


 そのため、地獄は拒絶の場所である。


 罪人は根が腐っている。

 そんな野郎共に「地獄で大人しく過ごして刑期を消化してください」と言ったところで、逃げ出す困ったさんが少なからずいるのだ。

 それを防ぐべく、地獄は各階層に番人を置いている。罪人が万が一にでも地上に逃げ出しなんてすれば大問題だ。輪廻の円環が崩れる一因にもなるし、何より悪辣な魂は地上に悪影響を及ぼす。それだけはあってはならないことなのである。


 故に――――、


「どけったら」


「……………………」


 目の前には、鎧を着た兵士がいる。


 ここは最下層『ヘルヘイム』から第三層『ニヴルヘイム』へと向かう道中だ。


 地獄の道中には、敵が存在している。

 敵と言ってもそれは俺にとっての話で、地獄にとっては「守衛兵」に近い。


 こいつらは地獄の出入りを選別している。

 簡単な話、こいつらを倒さなければ先へは進めない。下から上へと逃げようとする罪人共は、まずこの兵士を潜り抜けなければならないのである。


 ちなみにこの守衛兵の強さは罪人二人分くらい。

 そんなのがヘルヘイム中にわらわら配備されているのだから、並の罪人では脱獄不可能だ。しかも上に行けば行くほど強くなるし、階層の途中にはちゃんとした番人もいる。


 まぁ仕方ないね。悪いことした奴らだし。

 言っても聞かないアホはもう一度殺して『魂門』に送り返すのが手っ取り早い。逃げようとする罪も加算されて、またスタートからやり直しである。


 ただ、それは有象無象の魂の話だ。


「はぁ……またメルキオールあたりに怒られちまう」


 嘆息しながら、俺は拳で守衛兵をぶん殴る。

 ジャンガラジャンと面白いぐらいに吹っ飛んだ守衛兵は、部屋を飾っていた装飾もろとも壁に打ち付けられ、そのまま沈黙した。


 俺と罪人とでは魂の格が違うのだ。

 移住民と先住民の差とでも言えばいいのか。神格の宿っている地獄の神の系譜にとって、そこらの雑魚は敵でもなんでもないに等しい。


 故に、懸念しているのは階層ごとに配置されている番人の存在。

 番人は基本的に強い奴が配置される。そして、地獄において強い奴とは地位のある奴のことと言ってもいい。魂の格の違いが強さの違いなのだ。


 そして、地獄の地位ある奴とはだいたい顔見知りである。というか俺が向こうを知らなくても、向こうがこっちを認知してしまっている。

 奴らに出会った時が問題だ。会えば絶対父上に報告されるだろうし、そもそも本気出して戦って勝てる奴が来てくれるかどうかも怪しい。俺は強いが、最強ではないのである。


「……まぁ、なるようになれだ」


 道中急ぐに越したことはない。

 第四層『ニヴルヘイム』の門までは、軽く走って三時間といったところ。

 この脱獄の旅路はかなり長くなるし、おそらく全力で戦う場面が何回かある。急ぎつつ、しかし体力を温存した状態を保たなければならない。


 また襲い掛かってきた守衛兵をワンパンでふっ飛ばしながら、俺は『ヘルヘイム』を突き進むことにした。




――――――――――――――




 などと、道中については楽観視していたのも一時間前の話。


「多すぎんだろ……」


 げんなりしつつ絶賛ランニング中だ。

 後ろからはもう数えるのも面倒なほどの鎧の山が、一定の速度で俺を追いかけてくる。


 『ヘルヘイム』は多くの部屋で構成された階層だ。

 一つ一つの部屋の大きさはマチマチで、会議室のような広さの部屋から舞踏会上みたいなバカでかい広間まで様々であり、そこに守衛兵とトラップなどが配置されている。


 一番特筆すべきは、全ての部屋には入口と出口があって通路で繋がっており、床があって天井もあるということ。


 元は岩石の層だったところをくりぬいて作った関係上、非常に閉鎖的なのだ。部屋には扉がついていないため開放的だという見方もあるが、これより上の『ニヴルヘイム』や『ムスヴルヘイム』はどれも吹きさらしの開放感あふれる造りになっていることを考えると、明らかにこの階層だけやけに凝っている。


 まぁ、言ってしまえばここで罪人を止めたいのだろう。

 部屋と部屋とを廊下でつないだだけのこの階層は、必然的に逃げ隠れの出来ない階層だ。どこへ行っても同じような部屋と敵とトラップのため、常に戦うことが義務付けられている。

 地獄の管理という点においてよく出来た造りだ。『ニヴルヘイム』に通じる門まで辿り着けば門番が殺してしまえばいいし、門まで行けなくとも必ず『ヘルヘイム』の中でストップを喰らう。


 だからこその、この閉鎖的な造り。

 それは理解していたのだが。


「物量で来るのは卑怯だろ、クソが!」


 夥しい数の鎧は、もはや通路の横幅を埋め、縦すら埋めようとしている。

 すし詰め状態だ。しかも見えてはいないが守衛兵の後ろは列というかだんごになってる。絶賛増加中でもある。


 俺は強い。

 こんな奴らに群がられようと簡単に倒せるし、例え数十体に馬乗りになられたところで生き埋めにされるなんてことはない。簡単に跳ねのけて脱出できるだろう。


 だが流石に数百の鎧で道を塞がれると先へはすすめない。

 鎧は鎧なのだ。壊せばそこに鎧の残骸が残る。

 その残骸を踏みつぶしたり、圧縮したりしたとしても、後から後から無尽蔵に追加され続ける瓦礫の山が進路を埋めてしまってはどうしようもないのである。


 これはまずい。

 絡め手というか、いきなりの番外戦術だ。こんなのってねえよ。

 男なら拳で勝負しろと叫んでみたが、相手は無言の守衛兵。騎士道精神も張り合いもない、ついでに言えば打開策がない。


「やべえぞ、やべえやべえ……!」


 ここまで言えば分かると思うが、俺は今逆走している。


 『ヘルヘイム』の地図は頭に入れていた。だからこそ最短距離で『ニヴルヘイム』の門を目指していたのだが、大挙して前から守衛兵が押し寄せてきたため、撤退を余儀なくされている。


 『ヘルヘイム』の部屋割りは知っているのでなんとか迂回路を思い出して向かったりもしてみたが、全て守衛兵の鎧の壁で埋め尽くされており、そこでもUターン。

 俺が憶えている限り全ての『ニヴルヘイム』に続く道がシャットアウトされていることに気付いたのが少し前で、今ではどうしようもなく逃げ回るだけの兎と化していた。


「あーーーーイライラするイライラするイライラするイライラする……っ!」


「……………………………………」


「普通に戦えば負けねえのになんで俺は逃げてんだ!!!! あーーーー!!!! クソクソクソクソ!!!!」


「……………………………………」


「なんとか言ったらどうだ木偶どもが!!!!!」


「……………………………………」


「あ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」


 このやり取りも何度目か。

 まーじでイライラする。俺はイライラするのが嫌いなんだ。温厚な俺をイライラさせてくるんじゃねえよだーからお前ら地獄に落とされんだよ。


 と、返事のない一人芝居をしていると、今度は答える者がいた。


「助けてあげよっか?」


「あ?」


 隣を見ると、俺と並走する生き物が一つ。


 並走、というと語弊がある。正しくは浮いている。ホバー移動って言うのが一番的確か。

 全身黒づくめの女だった。長い黒髪に、黒い瞳。黒い魔女帽子を被っており、黒いマントを羽織っている。手には漆黒の大鎌ときており、全身ブラックとかファッションセンスゼロである。


 おそらくは飛行魔術を行使しているのだろう。

 そいつは薄っぺらい笑顔を浮かべながら、また俺に問いかけてくる。


「ねぇねぇ、助けてほしい?」


「襲われてる奴に対してかける言葉がそれか? さっさと助けろ」


「うわ、生意気な男。ボクさ、お願いされないとやる気出ないんだよね。神様だから。だから、助けてほしいならこう……誠意ってやつを見せてほしいかな、って」


「神様、神様ねぇ……『深淵』出身か? 神には間違いないが、お前地獄の神じゃねえだろ」


「――――驚いた。何、視える(・・・)の?」


「俺を誰だと思っていやがる」


 俺の目は特別製で、だいたいの生き物の魂を見通すことができる。

 地獄の長の息子、神々の系譜なら使えることの多い権能の一つであり、宮殿でも俺の他に何人か使うことはできる、まぁまぁレアレベルの権能だ。


 故に、それを以って目の前の女を視たわけだが――――結果から言うと分からなかった。


 魂を見通すと言っても、分かるのは天より定められた名前・主要魔力の属性・善悪の大まかな識別程度だ。

 だがこの見通しには問題が存在しており、自分より神格が高い生き物のことは見通せないのである。

 感覚としてはもやがかかっているのに近い。普通は浮かび上がってくる名前は文字化けし、体内を巡る魔力属性は灰色を示し、善悪も何も分からない状態でしかこの目には映らないのだ。


 俺の神格はかなり高い。

 地獄の宮殿において、俺が見通せなかったのは父上のみだ。姉上や妹たちだって見通せたし、他の地獄の神々も全てが俺の目にははっきりと仕分けできていた。


 だが、こいつは映らない。

 父上の時と似たような阻害がかかっているし、何より名前が分からん。そんな存在は聞いたことがないし、そもそも地獄にいるのであれば隠居していようが隠匿されていようが全て俺の知るところだ。


 つまり、こいつの出自は地獄よりも下層――――深淵出身であることに辿り着くのは、そう難しい話じゃあない。


「参ったなぁ……ボク、お忍びなんだけど。盗み見とか卑怯じゃない? えっち」


「人を舐めた態度取ってるからだクソアマ。良いから早く助けろ。俺を助けることを許可してやる」


「偉そうなクソガキ……ま、いっか。興味湧いたし助けたげる」


 言うや否や、女は鎌を振ると俺に何らかの魔法をかけた。


「立ち止まってもいいよ。気付かないから」


「……」


「本当だってば。君も認識阻害の魔術くらい齧ってないの?」


「いや……まぁいい」


 俺は幾つか不審に思ったことがあるものの、女の言葉通りに立ち止まった。


 守衛兵共は速度を落とした俺に追いつき――――そして、追い越していく。

 さながら一分程ガシャガシャと重い鎧の音が鳴り響き続け、やがて最後尾の守衛兵が目の前を通り過ぎて行った。


 その様子を茫然と眺めながら、ようやく一息つく。


「……ったく、なんであんな数用意されてんだか」


「『ヘルヘイム』の部屋数からすれば、あれでも一部じゃない? 全部が押し寄せたら消滅系の権能持ってないと攻略は無理じゃないかなぁ」


「げ、そんなに兵隊用意してんのかよ」


「聞いた噂だけど、取るルートによって動きが変わるらしいよ。ボク一人で遊んでる分にはここまで多くなることもなかったし」


 となると、俺のルートが悪かったという話になる。


 しかしなんで最短ルートだとハメ殺しみたいなことしてくるんだ。ルートを知ってるということはそれなりに地位ある神のはず。その神たちに対してこのような手法を取っているのだとしたら、『ヘルヘイム』は地獄神の移動すら嫌っているということに他ならない。


 まぁだいたいの地獄神は『ヘルヘイム』から出ないし、出るとしてもそれは正規に『移動門』やらを使っての階層ワープとかになるため問題はないのだろう。


 うーん、訳が分からん。

 しかし問いただそうにもこちとら脱獄中の身だし、あのクソ父上が懇切丁寧に教えてくれる訳もない。またどこかで他の奴に会ったら聞いてみよう。


「で? お前誰?」


「ちょっと。お礼の一つも言えないのかい?」


「礼もクソもここにいる時点で同じ穴のムジナじゃねえか。ほら、お前は何の目的でここにいるんだよ。言わなきゃハデスにチクるぞ」


「えぇ……ホント、偉そうだね君。親の顔が見てみたいよ」


 深淵の神とあってか、どうにもこいつは俺のことを知らないらしい。

 女は「はぁ……」と嘆息すると、髪をかき上げながら名乗りを上げる。


「深淵の主神カオスの息子、ティタン族のクロノスだよ」


「クロノス……豊穣神じゃねえか。なんで地獄にいるんだお前」


「……や、親が親だからさ。農耕の神とはいえ、深淵に住んでるんだよね」


 深淵は地獄より更に下層、無の空間に位置する場所の総称だ。

 俺は行ったことがないし、多分知らない奴の方が多い。だがたまに深淵側へと繋がる『穴』のようなものが地獄のどこかに空くという噂話と、父上から幾つか深淵について言い含められていることもあった。だから、俺はその存在を知っていた。


 しかしティタン族か。

 確か天界の主神ゼウスの直系だったはずだ。


 ティタン族は公には十二柱いるとされており、その全てはゼウスと何らかの縁がある。

 だが、カオスとやらは知らない。天界にも地獄にもそこを統率する主神が存在するので深淵にもそりゃいるのだろうが、初めて聞いた名前である。


 うーん、世の中って広いな。知らないことだらけである。

 今となっては宮殿の大図書館に行くことも出来ない。まぁいつの日かこいつの話の真偽はどこかで確かめよう。


「で? なんでこんなところに?」


「ボク、深淵って場所嫌いなんだよね」


「……なるほど?」


「知ってる? 深淵って誰もいないの。暗くて広くて、僕らが灯した明かりしか存在しない。話し相手も遊び相手もいないし、景色も一面黒ばっかでつまんなくってさ。だから、よく地獄に遊びに来てるんだよね」


 おぉ……何やら聞いたような話である。


「奇遇だな、俺も似たような感じだ」


「で? キミは一体誰? どこの神様?」


「あー……」


 嘘を付こうか迷ったが、一応は助けてもらった側である。


 深淵の神に正体を知られたところで脱獄に影響はないと判断し、俺は正直に話すことにした。


「地獄の主神ハデスの息子、五人が内一人エレボスだ」


「……ホント?」


「嘘じゃねえよ。次会う時はケルベロスでも見せてやる」


 天界の主神がゼウスなら、地獄の主神はハデスだ。

 我らが冥府の王ハデスこそが俺の父親であり、言うなれば俺は地獄で一番偉い奴の一人きりの男児というわけである。


「なんでそんなお偉い様がここに? 王子みたいなものでしょキミ?」


「あー……俺もお前と同じだよ。地獄に嫌気がさしたから、脱獄真っ最中だ」


「ひゅー! かっこいー!」


「バカにしてんのか」


 口笛を吹きならすクロノスの頭を叩きながら、しかし妙な縁もあったものだと感慨にふける。


 互いに主神の子供同士で、しかも目的も似ていると来た。

 運命とやらを感じなくもないが、しかし俺の脱獄旅は始まったばかり。見ようによってはこの邂逅はアクシデントのため、先行き不安という見方もある。


 まぁ助かったしいいか。

 俺は自分にかけられた魔術の具合を確かめると、手を振って別れようとした。


「それじゃあな」


「ちょっとちょっと」


「ん? まだなんかあんのか? 礼は言わんぞ?」


「いや礼は言ってよ。そうじゃなくてさ、一緒に行かない?」


「……なんで?」


「だってボクたち、目的一緒だよ? それにボクって結構強いし、旅は道連れとも言うじゃない?」


「お前自分が言ってる意味分かってんのか? 俺は脱獄中だぞ? 『ヘルヘイム』で遊ぶだけならまだしも、階層間にある門まで行けばほぼ確実にバレる。そうなりゃ今度は地獄出禁にされるぞお前」


「あれ? もしかしてボクのこと気遣ってくれてる……!?」


 目を輝かせうるうると涙目になりだすクロノス。

 何やら勘違いしているところ悪いが、俺が心配しているのは俺のことでしかない。


「そんなこと気にしなくていいよ! 僕だって地上は見てみたかったことだし」


 気遣ってオブラートに断ったはずだが、なぜか笑顔で協力を申し出る怪しい女。

 仕方がない。俺はクロノスに本音を打ち明ける。


「あー……ハッキリ言うと、俺は女が嫌いなんだ。身内が女ばかりで、一緒にいて良い思いをしたことがない。だから、女のお前とは一緒に行きたくねえのが正直な話だ」


 身も蓋もない拒絶の言葉をつらつらと並べる。


 俺がこれを言わなかったのは、女はこう言うと決まって怒るからだ。

 クロノスの権能は知らないが、うちの女共は怒らせるとマジでヤバい。宮殿は壊すし空間は裂けるし地獄門を召喚してゲテモノパレードをおっぱじめたりもする。言葉が通じない奴なんてちょっとでも機嫌を損ねると音速を超える回避不能の拳が飛んでくる有り様だ。だから、俺はこの話をしたくなかった。


 さぁこいつはどうやって怒るのか。

 少し身構えながらクロノスの反応を伺うが――――彼女は眼を点にすると、爆笑しだした。


「え!? もしかしてクロノスってば奥手なの!? その顔と喋り方で!?」


 器用にも空中に浮かびながら、腹を抱えて笑い出すクロノス。

 予想していた反応とは違ったため少し気が抜けるが、バカにされていることに変わりはない。


 顔をぶん殴りたくなる気持ちを抑え、円満解決したと前向きに話を終わらせる。


「……うるせえな。とにかく、女は好かん。そういうわけだからじゃあな」


「ごめんごめん! 待っててば!」


 ひーひー言いながら涙目で俺のマントを引っ張ってくる。

 このクソアマ失礼のバーゲンセールしてんじゃねえぞ。マント引っ張るな伸びるわ。


「だからお前が良くても俺がダメなんだって」


「あぁ、それなら問題ないよ。ボク女じゃないし」


「…………は?」


「いや、だから女じゃないんだってば。勘違いさせちゃったかな?」


 にやーっと笑いながら、クロノスは黒いマントをひらめかせくるっとその場で一回転した。


 クロノスの見た目は、絶対に言ってやらないが美しい。

 基本的に神は皆見た目が整っているのが通説だが、その中でもとびきりだ。少なくとも俺が人生で出会った生きている女の中では堂々一位のガワをしている。


 中性的な顔立ちは、子どもと大人との間をとった生物として魅力的な年齢を表している。

 魔女帽子よりこぼれる黒髪は絹のように柔らかく、クロノスの動きに合わせて艶のある漆黒の波を形作る。

 体形こそマントに覆われていて分からないが、おそらくは造形的に黄金比を外していないことは明らかだ。


 全身黒づくめの中、不健康なまでに白い顔を見ながら何度も性別を判定してみるが、どこからどう見ても女にしか見えん。


 ……マジで男?


「美人すぎるって罪だよね……ボクってば最高に可愛いから、勘違いするのも無理ないけどね」


「……ついてんの?」


「触ってみる?」


「……いや、いい」


 好き好んで野郎のいちもつを触る趣味はないし、付いてたら付いてたでなにかが壊れそうだ。

 地獄にはパンドラの箱というものもある。知らない方がいいこともあるのだろう。俺はそこで思考を止めた。


「ボクってば役に立つよ? 流石に第一層までは行ったことないけど、ある程度道案内もできるし。何よりエレボスってば脳筋でしょ? 魔法使いの一人ぐらいパーティーに入れてもいいと思うけど」


「だーれが脳筋じゃヒョロガリ」


 罵倒に罵倒で返したものの、それは願ってもない話である。


 俺は別に単独で脱獄することに拘っていない。

 と言うか、脱獄できればなんだっていいレベルの必死さはそれなりにあるのだ。門番戦でどんだけ苦戦するか分からないからな。


 このクロノスとかいう……男は少なくとも戦力にはなる。俺より神格の高い神であるという時点でもう百点。

 しかも性格がよろしくないときた。見捨てるのに一切良心が痛まない仲間というのは得難いものである。


 俺が女を嫌う理由は、一緒に行動すると疲れるからだ。キレると味方から敵にジョブチェンジする奴なんか願い下げなのである。

 クロノスも別の意味で一緒に行動すると疲れそうな男だが、女に比べれば百倍マシだろう。


 俺は色々と考えた上で、クロノスを配下に入れてやることにした。


「ちょっと待って。なんで僕が下なの?」


「お前が俺と一緒に行動したがったからだ。つまり主導権は俺にある」


「みみっちいなぁ……ま、いっか。よろしくねエレ」


「サラッと略すな。その呼ばれ方はあんまり好きじゃねえ」


「エレもボクのことクロって呼んでいいからね」


「話を聞けクソガキ」


 仲間が増えたはずなのに幸先不安である。おかしい。


 まぁ協力してくれるのだから少しは我慢してやろう。俺は寛大な男だからな。

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