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1.だから俺は逃げ出した

 地獄ってところはクソだ。


 俺にしてはかなり言葉を選んでる。

 実際はゴミである。ゴミクソカスミソだ。


 ゴテゴテとした骸骨の装飾、陰気で薄暗い荒廃した土地。

 生臭い血と肉の匂いと、絶えず漂う死の香り。

 しかも地獄には夜しかない。全体的にテイストが暗すぎる。


 なんかの書物で、日の光を浴びないと人間ダメになるみたいな記述を見た気がする。故に、地獄って環境は生物が住むべき場所ではないのだろう。

 まぁ俺は人間じゃぁないし、地獄ってのはそういうところだってのは分かってはいるが。それにしたってもう少しこう、なにかあってもいいと思う。


『何を言っているのだお前は。良い暮らしはさせてやっているだろう』


 ゴミな理由は環境にもあるが、ここに住んでいる奴らにも問題があると思っている。


 生前罪を犯したゴミ共の魂が毎日ひっきりなしに行列を作ってやってきて、それらの一部は地獄に留まり続ける。

 魂はその業によって格付けが為され、罪を地獄流の方法で払い終えるまで、奴らは地獄の住人として漂うこととなるのだ。

 必然、負の感情の強い奴らしか地獄には来ないというわけだ。まさにゴミの掃きだめである。


 住人が陰気だからこんな環境になったのか。

 それとも環境が劣悪だから住人が陰気なのか。


 卵にわとり問題というやつだ。

 正直どっちでもいい。どっちもクソである。


『誰かがやらねばならぬ。それをワシがやっているだけに過ぎぬ』


 クソ共の行列を裁きながらふんぞり返っているクソもいる。


 裁かれる方もクソなら、裁く方もクソだ。

 あんなのと血が繋がっているなんて考えたくない。頭は固く、隙あらば否定を好み、現状維持にばかりかまけている。

 隠し事と立ち振る舞いだけは一人前のくせに、何一つとして家族らしいこともしないし、口を開けば堅苦しい小言ばかり。ああはなりたくないものだ。


 図体ばかりがでかくなっちまったもんだから、小心者なところが余計に浮き出ている。

 地獄の長があんな有り様だから、地獄はこんなにもクソなんじゃねえかなと思っている。


『責務と規律を守れ。秩序を保つことこそ我らが最も貴ぶべき行いである』


 あぁ、もううんざりだ。




――――――――――――――




 地獄の賑わいは、夜になるほど盛んになる。

 故に、俺は朝方の静かな時間帯を狙うことにした。


 宮殿の裏口を開け、そこに誰もいないことを確認する。


 表口、というか表門はダメだ。

 人の出入りがいつの時間帯でも存在するし、あそこの出入りは魔力で探知されてしまう。


 その点、この裏口は良い。使用人と食材の仕入れ業者しか使わないし、ここならあのクソの魔力探知外だ。

 門番や衛兵もいないし、街からも一緒に脱出可能である。


 ただ、俺はここの鍵を持っていなかった。

 故に、協力者に礼を言う。


「ありがとうな」


「礼なんていらないですよ、坊ちゃん。それより本当に行ってしまうんですかい?」


「俺は行くよ。二度とここに戻ってくることはないだろうな」


「寂しくなりますぜ……ま、それが坊ちゃんの望みなら仕方ないでさ」


「悪いな、ダンテ。もし父上に問い詰められたら、全部俺のせいにしといてくれ」


「なんのなんの。どうせ何度壊されても復活する身ですからね」


 骸骨の召使い、ダンテに対して頭を下げる。

 彼とはそれなりに気心知れた仲だ。よく武具の手入れを手伝ってくれているし、愛犬の面倒も見てくれる。使用人たちとも口利きであり、だからこそこうして裏門から隠れて脱走することを手伝ってくれていた。


 悪いなダンテ。

 お前も連れて行ってやりたいが、俺一人ですら地獄を抜けられるかは分からないんだ。

 言い方は悪いが、足手まといを連れてはいけない。万が一にでも父上に捕まれば、永劫回帰の無間地獄に折檻として放りこまれるのがオチである。俺なら耐えられるが、普通の魂のお前じゃどう頑張っても苦しむだけだ。


 別れを惜しむ暇はない。

 俺はマントを羽織り、籠手をはめ直した。


 必要なのは武具と実力のみ。

 それさえあれば、俺は地獄から脱出できるはずだ。


「じゃあ、行ってくる」


「お気をつけて」


 裏門が閉まる音を背に、走り出す。


 あばよ地獄。

 さよなら父上。


 俺は絶対にこんなところからおさらばしてやる。

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