五十八ノ舞「手を伸ばせば届くんだ」
アリスが入院してから何日が経過しただろうか。
正直数えていないから分からない。
その間はずっと己の無力さに悩まされる時間が過ぎていた。
今日もアリスの横で椅子に座りながら、考える。
既に起こってしまった事件に関しては手の出しようがない。
なのでここ数日は、どうしたら今後皆を守れるほど強くなれるかを考えている。
ここに居ながら何度か試してみたが、3回に2回は失敗する。
ぶっつけ本番で出来るかどうかは正直怪しい。
それでも成功した時は誰にも負ける気はしない。
これの成功率を100パーセントに近づけるしか、今は守れる方法が浮かばないくらいだ。
今のところまだ3分の1。
そんなのは諸刃の剣で、切り札とは呼べない。
ここで俺ができることはアリスの無事を祈りつつ、精度をあげる訓練をすることだけだ。
何日もアリスの横に居るのだが、何度見ても綺麗な長い銀髪、長いまつ毛、整った顔立ち。
そして女子すら羨むプロポーション。
なんでこんなにも完璧と呼べる人が、俺を慕ってくれているのだろう。
真っ向勝負をする姿勢、どこか影がありながらも真っ直ぐな瞳だからだと、デートの際に言ってくれたのを思い出す。
そんなの騎士なら誰だってそうではないだろうか。
自分のことを騎士だと思ったことは一度もないけど。
たまたま俺が最初にアリスの目に止まっただけであって、そんな人はこの世界にはそこらじゅうにいる。
だと言うのだが不思議なことに、アリスは俺がいいと言う。
自分自身、それが嫌だというわけでもない。
冗談抜きで、アリスに惹かれている部分もある。
プラグニスに対して言った言葉。
それは世辞でもなんでもなく、俺の本心だ。
いずれ、アリスと恋仲になる可能性はかなり高いだろうな。
そう思いつつアリスの頭を撫でると顔を赤く染め、嬉しそうに口の端を釣り上げた。
本当にアリスは、俺の事になるとなんでも嬉しそうだな。
・・・・・・あれ?
-----サクラ視点
ついに3回戦の日がやってきてしまいました。
と言っても今朝病院に行って、アリスさんがまだ目が覚めていないのは確認しています。
試合会場には着いているものの、残念ですが不戦勝でしょう。
アリスさんとまともに闘ったら勝てるかどうか怪しい私にとって、嬉しいやら悲しいやらです。
いや、人の不幸を喜んではいけないですね。
実力に見合ってない成績ですし、やはりあまり嬉しくないベスト8だ。
「さあ、いよいよ大会10日目!
Bブロック3回戦の模様をお送りしたいと思います!!
第一試合から大注目の一戦!
マジックギルド学院1年、『全能のアリス』ことアリス・ポーラン選手。
対するはアビスリンド学園2年、騎士育成校に舞い降りたシノビ、サクラ・イガ選手。
激戦必至の両名の激突に、会場は大歓声に包まれています!」
「しかし心配なのは先日の事件ですね。
アリス選手は入院を余儀なくされる程の重症を負ったとの情報が入っております。
現在試合開始時刻3分前。
果たして、会場に姿を現せるのでしょうか。」
壇上に上がり開始時刻を待っているものの、3分がとても長く感じます。
何かをしている時はあっという間なのに、待っている時はなぜこんなにも長く感じるのでしょう。
不思議な感覚ですね。
「1分前!」
大闘技場内がザワつき、不戦敗かという空気が流れ始めました。
私もそう思っていた。
ユウリ様の気配を感知するまでは。
その気配は物凄いスピードでこちらに向かっています。
明日試合なだけに『最大強化』ではないでしょうけど、間違いなく『速度強化』を使用しているスピードだ。
ここ4日間、ずっとアリスさんの傍に居たユウリ様。
このタイミングで、そんなにも急いでいる理由なんて1つしか浮かばない。
安心と喜びで鳥肌がたち、嬉しさに口元がつい緩んでしまった。
両手にクナイを持ち、戦闘態勢に入った瞬間。
ユウリ様がアリスさんを背負い、物凄いスピードで大闘技場内に現れた。
土煙を大量に舞わせながら停止すると、切ってきたであろう風が一気にこちらに吹いた。
「けほっ・・・旦那様がいつも見ている速度を体験できたのは嬉しいけど、あんな景色でよく酔わないわね。」
「遠くを見てれば意外と酔わないぞ。」
「次回はそうしてみるわ。」
背中から名残惜しそうに降りてユウリ様に向けてウィンクをすると、『鎮静』と自身に無詠唱で唱えながら壇上へと上がるアリスさん。
その光景に、大闘技場は大歓声に揺れた。
ふう、と一息ついてこちらを見ると「待たせたわね」とニヤリと笑って高そうな杖を構えた。
完全にいつものアリスさんだ。
「ご無事で何よりです。」
そう返すも、こちらもどこかの姉弟そっくりなニヤリ顔をしていそうだ。
私もシノビとはいえ武人の端くれ。
やはり強者と闘うのは、楽しみで仕方がないのだ。
「3ダウン、または10カウントダウンで敗北とする。
それでは、試合開始!!」
「「分身の術!」」
ボンッと音を立てて分身が現れた。
私とアリスさんが7人ずつの異様な光景に、場内はどよめいている。
まさか6人分身をマスターしてるとは。
それ、私も習得するのに2年かかったくらいには結構難しいんですよ?
魔力の消費も激しいので、あまりオススメはしません。
といっても『全能のアリス』相手に、そんなことで驚きはしない。
ユウリ様の剣と同様に、魔法に関してアリスさんとイオさんにはもう何が起きても驚かない。
住んでいる次元が違うのだから。
「氷よ、舞い上がれ!雪結晶の万華鏡!」
分身したアリスさんたちは左右に動き回り、7方向から同時に氷魔法を放ってきた。
どよめきの中から感嘆の声があがっているのを聞くに、おそらく観ている人にとっては万華鏡のように本当に美しい技なのだろう。
こちらからしたら、雹が降りしきる中で手ぶらで外に居るようなものだ。
この広範囲同時攻撃では、変わり身も意味をなさない。
それでも実は、昨日の試合終わりのイオさんに頼んで『大寒波』を相手に特訓をしてきている。
イオさんも次の相手がトニーさんということもあり、速度が高い私に有効かどうかを見極めたかったらしく、利害が一致したのだ。
結果は有効も有効。
一度もイオさんに到達することなく、4回氷漬けにされてイオさんの魔力切れで終了となりました。
あれに比べたら回避できる隙間があるだけマシですね。
一気に隙間を縫って走り抜き、1人目のアリスさんをクナイで迎撃。
分身は3人やられてしまいましたが、4人のアリスさんの分身を消すことはできた。
教えた身で遅れをとる訳にはいかないから、ちょっと安心。
病み上がりなのに大技を連発していますが大丈夫でしょうか。
顔色一つ変えていないあたり、流石の一言ですが。
「思っていたより速いわね。
速度だけなら、旦那様やトニーの白狼と変わらないか。」
自分で言うのもなんですが、パワーは全くないですからね。
痛いのは嫌なので回避に極振りしてみようと思いまして。
というのは冗談で、シノビですから。
そんなステータスになってしまうのは仕方がないでしょう。
雑念を振り払うように動き出そうとした私に対してアリスさんは、3人で一斉に短縮詠唱を始めた。
「氷の壁よ!アイス・ウォール!」
ドスンと音を立てて次々と生成されていく氷の壁。
敵ながら上手いと思ってしまう程に、動き出そうとした方向に次々と作られて自由を奪われてしまった。
これはユウリ様との闘いの時のアレですね。
「白夜結界─吹雪の鏡!」
氷の鏡じゃないのですか。
そう思ったのも束の間、その結界名の意味をすぐに理解した。
「氷の矢よ!アイス・アロー!」
その矢は、同時に3方向から放たれた。
死角からの攻撃とはいえ、一瞬で残っていた分身が消滅。
残されたのは、私ただ1人。
分身の術を教えたのは、やはり失敗だった。
先程の『雪結晶の万華鏡』もそうだったが、元となる中級魔法は単体ではそこまで威力のある魔法ではない。
中級魔法を分身と同時に多方向から使うことで、上級ないし最上級に匹敵する程の魔法に昇華させているのだ。
さらに言えばこの結界作成の時間短縮、そして攻撃の手数を増やした。
魔法に対する考え方の角度、そしてそれを実行できるだけの頭の良さと実戦経験。
どれをとっても『全能』という呼び名に相応しい魔法師だ。
周りの氷で空気が冷やされているはずなのに、私の額からは気付けば汗が流れていた。
「風の刃よ!」
アリスさんが詠唱を口にした途端、沢山の鏡のうちの1枚が一瞬光った。
「ウィンドカッター!」
その光った鏡から、魔法が飛んできた。
なるほど、ユウリ様はこの瞬間に最高速度であそこに突っ込んだんですね。
咄嗟に右側へとステップしてそれを避けるも、避けた先に撃たれた刃が私を直撃した。
ボンッ─
まあ変わり身の術なんですけども。
同時攻撃というのはあまりにも厄介だ。
シノビには複数と闘うことを想定した技はあまりない。
ないわけではないのだが、魔力の消費が激しい技がほとんどだ。
何より自身が今のように捕らわれた場合の技などない。
情報を与えてしまうくらいなら死を選ぶから。
ということで現在為す術もないわけなんですが、どうしましょう。
片っ端から氷の鏡をぶっ壊すくらいしか浮かばない。
パワーのない私にとってそれは重労働だし、壊している間は無防備になってしまう。
そんな隙を見逃す程甘い相手ではないことは承知している。
ではユウリ様のように捨て身で突っ込むか。
でもあれはユウリ様の反射速度をもってしてもギリギリだったはずだ。
常人では別の鏡に移動されるだけだろう。
ならば残された手で現実的なものは1つだけだ。
シノビとして、この判断は如何なものかとは思うけど。
「今の私では、この結界は突破できなそうですね。」
「あら、それなら棄権してくれるのかしら?」
「そんなのユウリ様に顔向けできないでしょう?」
「たしかに。それならどうするの?」
もう覚悟はできた。
正直どれほど耐えられるか分からないけど。
「全てを避け続けます。貴方の魔力が尽きるまで!」
さあ、アリスさん。
病み上がりで申し訳ないけど。
ひたすら実家での居心地の悪さに耐え続けた私と。
体力、魔力、精神力が尽きるまで、全力で根比べと行きましょうか。
-----アリス視点
宣言されて以降、分身と共に魔法を放っているけど当たる気配がない。
いや正確には3回か4回に1度は当たる。
それを変わり身の術で躱されてしまう。
これを続けていけば、間違いなくわたしの魔力が先に切れる。
何より分身の魔力が既に限界に近づいている。
先程から魔法の精度が落ちているのが目に見えて分かるほどだ。
魔力が減り、集中力が落ちている証拠。
あと数発で完全に魔力がなくなり、消滅するだろう。
結界に封じ込めて追い詰めているはずなのに、逆にこちらが追い詰められるとは思わなかったわね。
旦那様の専属なだけはある。
この人のスピードと精神力は人並みを大きく外れている。
身体強化などせずに、この速度なのだから恐ろしい。
今闘えて本当に良かった。
この大会でリベンジしたい人が2人居る。
その先輩であり、そして2人に引けを取らない実力を持った貴女を倒すことで、少なからず自信になるから。
今まで考えたことは何度もあっても、試したことなど一度もない。
それでも、どの魔法を使えばどうなるかは全て頭に入っている。
今の分身の魔力では、一発が限度だろう。
それでも今、この人に勝ちたい。
そして何より、ただ添い遂げるだけではなく。
あの人の隣に相応しい女になりたい。
そのためにも、自分の力を示したい!
「分身の術!」
さらに分身を3人増やす。
それにより、魔力も残り少なくなった。
でもわたしがやろうとしていることには、最低でも6人のわたしが必要なのだ。
上級魔法の全属性を操るわたしが。
「炎の渦よ!ファイア・ボルテックス!」
「氷の風よ!オーロラ・ウィンド!」
「雷の一閃!電撃!」
「光の龍よ!ライトニング・ドラゴン!」
「深淵の闇よ!暗黒世界 」
5人の分身がそれぞれの上級魔法を展開した。
それをわたしが紡ぎ、唯一無二の魔法を創造する。
そう、これは神話級の作成。
全ての魔法を制御し、合成していく作業だ。
それもぶっつけ本番で。
「光氷属性・・・接続。」
氷を纏う輝く龍が完成し、改めて集中する。
今まで2つの属性を合わせる、いわゆる混成魔術。
これに関しては普段から使用していることもあり、制御自体はそんなに難しくない。
問題はここからだ。
3属性を合わせて制御し、さらにそれを今まとめた混成魔術に接続する。
理論では分かっていても、今まではやろうともしなかった。
それでも分身を教わったお陰で、それが可能となってしまった。
ならば『全能のアリス』として、挑戦しなくてはならない。
それがわたしのプライド。
『全能』と呼ばれるわたしの、存在意義なのだから。
「炎闇属性・・・接続。
雷属性・・・接続。」
本来の戦闘であれば、こんな隙はないだろう。
加えて相手が待ってくれるという保証もない。
実際待つ必要もないが、サクラさんは穏やかな笑みを浮かべながら待ってくれている。
感謝しかないわね。
「両混成魔術、制御開始・・・完了。
全制御行程完了!全属性・・・接続!!」
おそらくこの魔法を放出したら、わたしは魔力切れでへたり込むでしょうね。
それでも今のわたしに放てる最高の魔法。
この魔法の完成はサクラさん。
貴女なしには成しえなかった。
感謝の念を込めて、放たせてもらいます。
「神話級─全属性 全知全能の咆哮!!」
5メートルはあろう光輝く龍の口から、雷を纏った黒い炎の球体が一直線に放たれた。
-----サクラ視点
何が起きても驚かないと言ったものの、これは流石に驚いた。
まさか目の前で神話級魔法を創り出してしまうとは。
あの龍からとんでもない魔力が飛んでくるんだろうなあ。
それが分かっていながら何故攻撃を仕掛けないか、とシノビとしては思う。
今は1人の先輩として、ユウリ様の専属として、そんな勝ち方はしたくなかった。
ただそれだけだ。
我ながら甘いなあ。
さて、全行程が終了したみたいだ。
変わり身の術は使えてあと1回。
あの龍からの攻撃が範囲攻撃、もしくは連発できるなら勝ち目はない。
単発であれば変わり身で抜け出そう。
覚悟を決めた瞬間、光輝く龍から禍々しい色の球体が飛んできた。
「さあ、勝負!!」
ボンッ─
変わり身で攻撃を交わし、魔力切れでへたり込むアリスさんに向けて走り出す。
球体は『吹雪の鏡』の結界、そして闘技場の壇をそれぞれ半分以上破壊した。
あと数歩でアリスさんに届くというタイミングで、アリスさんの分身から『アイスアロー』が飛ばされる。
再び距離を取ったら、二度とここまで近づけないだろう。
一か八か、間に合え─!
「風斬─大車輪!」
両手にクナイを持ち、回転しながらアリスさんへと突っ込む。
左手で『アイスアロー』を打ち落とし、右手がアリスさんの右肩に触れた。
よし、届いた─!
ボンッ─
へたり込んでいたアリスさんへ攻撃を与えた瞬間、白い煙をあげて消滅した。
「分・・・身・・・?!」
完璧に捉えたと油断してしまった。
その一瞬の隙を突かれた背中からの龍の突撃に為す術もなく、残っていた氷の鏡を軽々と貫き場外まで吹き飛ばされた。
完全にブレスだけだと思っていた。
神話級魔法はもう打てなくても、実体を残しておいて物理攻撃に使うとは。
そしてあたかも自身が魔力切れを起こしたと思わせるように、分身をへたり込ませた。
なんてむちゃくちゃな発想。
今度こそアリスさんは完全に魔力切れを起こし、分身が全て白い煙をあげて消滅した。
壇上にへたり込むアリスさんの元へ戻らないと。
そう思い身体に力を込めるも、立ち上がれない。
こちらも魔力切れだ。
頭はまだ闘えると思ってるのに。
気付けば這いずりながら壇上へと向かっていた。
今の私は、どれだけ見苦しいことか。
どれだけ笑われようとも構わない。
主が目の前で観ているのだ。
意識があるうちは絶対に諦めてなるものか!!
あともう少し・・・
手を伸ばせば届くんだ・・・!
そう思い、右手を思い切り前に伸ばした瞬間。
「0!サクラ・イガ、10カウントダウン!!
勝者、アリス・ポーラン!!」
-----通常視点
あと1メートル。
短そうで、とんでもなく長い距離。
サクの意地が届かなかった距離。
勝利者宣言をされてもなおアリスはへたり込んだまま。
サクは地に顔を伏せて震えていた。
届かなかった右手を伸ばしたまま、思い切り握りしめて。
全てを出し尽くした2人を笑う者など1人も居ない。
2人が担架で運ばれ見えなくなるまで、大闘技場の大歓声と拍手は鳴り止まなかった。
拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!




