二十五ノ舞「自分に素直に」
翌朝目を覚ますと、布団にアリスが潜り込んでいた。
この子の貞操観念はどうなっているのだろう。
ひとまず起こさないようにしながら布団を抜け出たものの、昨日の最大強化のおかげで両腕が悲鳴をあげていた。
同じ布団で寝ているアリスは昨日闘った時の凛々しい顔つきとは程遠く、緩んだ優しい顔をしている。
こんな美女に迫られているというのに、誰を選ぶでもない自分の優柔不断さに嫌になる。
そろそろ、相手を決めるべきなのだろうか。
ただ、剣の道を極めようとしている自分が、恋に現を抜かすのもどうかと思ってしまうのも事実だ。
将来的にどこに属すかも決めていないし、ブライデン王国を除けばスカウトがあるわけでもない。
そんな自分が特定の相手を持ち、幸せにしていけるのだろうか。
ひとまず、誰かに相談でもしてみるか。
そう思い長期休暇に入った学園へと向かった。
「辛気臭い顔してんなぁ、どうしたユウ。」
学園に入るとすぐに姉さんに見つかった。
この人の周りには男っ気はまったくない。
相談しても意味がなさそうだが、気に止めてくれているのは事実だし、ここでは唯一の血の繋がった家族だ。
物は試しに相談してみよう。
アリスやアカネから好意を向けられているものの、自分の将来ややりたいことを考えると、そんなことをしている場合なのかと不安になることを説明した。
黙って聞いてくれていた姉さんが「なるほどね」と納得したような声を出した。
「アタシも学生の頃に同じような悩みをしたことがあってさ。
まあ、最終的にその気持ちはなかったことにしたんだけどな。」
初耳だ。姉さんにそんな相手が居たことなど聞いたことはない。
そういう姉さんは、どこか寂しそうな笑顔をしていた。
「今となっては青春の思い出として心の隅に追いやってはいるが、後悔がないかと言えば嘘になるな。」
姉さんにそこまで言わせる相手が居たとは驚きだ。
弟として姉の幸せを願いたいものだが、本人が決めてそうしたのであれば何も言えないか。
「とまあアタシのことは良いとして。
ユウ、お前は自分に後悔のないように生きろ。
もうアタシの腕に縛られる必要も無いし、将来の夢なんてどうせアタシを超えることだろ?
そんなのどんな職業だろうと、無一文だろうと、可能っちゃ可能だ。
最悪の場合はウチの学園で雇ってやるから、真っ直ぐ、自分の気持ちに正直に進め。」
そう言った姉さんの表情は、弟の幸せを願うたった一人の姉。
それがハッキリと分かるような、穏やかな顔だった。
いつもこうなら、もっと男っ気あるだろうに。
自分の気持ちに正直に、か。
「あーそれとな。
この国は一人の男に複数の嫁が居ることは別に少なくないぞ。」
つい頭を抱えて溜息をついてしまった。
姉公認のハーレムとはいかに。
「台無しだよ、アホ姉貴・・・ありがとうな。」
「おう、またいつでも来いよ、バカ弟。」
姉さんに話してこんなにスッキリするとは思わなかった。
口は悪いが、やはり家族なのだ。
姉さんの優しさを噛み締めながら、寮に戻った。
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寮の前で、シャルロットが座禅を組んでいた。
いつも何かしらの動物が書かれたシャツを好んで着ているシャルロットだが、今日は黒地に白い猫がたくさん書かれていた。
可愛いとは思うが、トレーニングウェアとしてはどうなのだろう。
そんなことを思っていると、目を瞑ったまま「ユウね」と声をあげた。
流石だ。気配が分かるようになってきたのか。
「今日もトレーニング行くの?」
立ち上がりながらに聞いてきたシャルロットに、両腕が悲鳴をあげていることを伝えると、「そう・・・」と残念そうな顔をしていた。
自分に素直に、か。なかなか難しいな。
「あー・・・」
何かを言おうとして言葉を止めた俺を覗き込んでくるシャルロット。
恥ずかしいからあんまり見ないでほしいものだ。
「散歩がてら、街でも行くか?」
高々これを言うだけなのに顔を直視できないとは自分が情けない。
チラリと横目でシャルロットの反応をみると、それはもうとても嬉しそうな満面の笑みで「行く!絶対行く!」と返してきた。
互いに着替えて、またここに集合となった。
着替えてシャルロットを待っている間、ふと考えていた。
何故シャルロットを誘ったのだろう。
誰でもいいというわけではなかったが、アリスにしろアカネにしろ、誘っても良かったはずだ。
自惚れかもしれないが、二人とも断りはしないだろう。
それでもシャルロットを誘った。
何事にも一生懸命で、才能があるのに努力家で。
彼女の頑張りを近くで見ていたから、俺も負けていられないという気にさせられた。
そんなシャルロットに髪留めを買ってあげた時の、無邪気で嬉しそうで、楽しそうな顔をもう一度見たかったのかもしれない。
などと考えていたら、シャルロットが出てきた。
白いフリフリしたキャミソールに、黒のハーフパンツ姿の彼女は、俺を見るなり顔を赤らめていた。
なんというか、いつもの雰囲気と全然違うな。
「行こうか」と声をかけると、シャルロットは小さく頷き、後を着いてきた。
それと一緒に隠れながら着いてきているアカネとアリスは後で説教しておこう。
クノッサスの時もそうだったのだが、特にこれと言ってやることを決めていない散歩というのは悪くない。
互いの気の向くまま、気になる方へと歩く。
小物を売っているお店でアクセサリーを見たり、洋服屋で試着してみたり。
焼いた魚を食べながら休憩したり、武器屋で手入れ用の小物を見たりと、本当に気の向くままに過ごした。
「あー、楽しかった!」
帰り際笑顔で伸びをするシャルロットに、こんなので良かったのかと聞いてみると「うん!すっごく楽しかった!」と満面の笑みを返された。
「また行こうね!」
と言うシャルロットに返事をしつつ、寮に戻った。
シャルロットを見送り、踵を返して寮の入口へ。
「で、お前ら何で着いてきたの?」
「あらま、バレてる。」
当たり前だ。むしろなんでバレないと思ったのか。
「シャルルが部屋でおめかししてたから、気になっちゃって・・・ごめんねユウくん。」
まあ確かに普段と比べて可愛い服を着てたけども。
というか俺が気付いていることを分かって尾行するとはいい度胸だな。
「まあまあ、言い出したのはわたしだから。」
俺とアカネの間にアリスが割って入った。
アカネからそんなこと言い出すとは思えないので、そうなんだろうけど。
「やっぱほら、惚れちゃった人がどんなエスコートをしてくれるのか気にな痛ったぁ!」
とりあえず無言でチョップしておこう。
度を超えた行動をするなら部屋から叩き出そう、うん。
部屋に戻り、アリスの「何でもしますから!許して!」という言葉に「ん?今何でもするって言ったよね?」と返すと、顔を赤らめモジモジし始めた。
コイツの脳内はどうなってるんだ。
こんなこと思うのはアカネ以来だ。
とりあえずそんな反応はスルーして、言質はとったので明日は存分に付き合ってもらおう。
「アリスって薬草とか詳しいか?」
「え、うん。一般的なものならある程度は。」
「よし、じゃあ明日は一日薬草採取な。」
「なんか思ってたのとちがーう!!」
アリスの大声は寮に大きく響いたようで、だいぶ離れたところに居るアカネが部屋に様子を見に来る始末だった。
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翌日、アリスとマリーナ、トニー、アカネを引き連れて学園長室を訪れた。
薬草採取の依頼を受けるためだ。
トニーとアカネは姉妹の護衛役だ。
シャルロットも誘おうと思ったが、いざ闘うとなると森の中なので炎は危険とトニーに判断されてお留守番だ。
それで魔法を使わなくても強いアカネに声をかけたのだ。
森の中というだけで、トラウマが出てきそうになる俺にとって、アカネが側に居てくれるだけでも心強いしな。
ひとまず姉さんから依頼の説明を受け、出発した。
アビステインから西側へ馬車で3時間ほどで目的地についた。
馬車の中でマリーナが説明してくれたのだが、今回の目的は回復ポーションや、火傷薬等に使うものらしい。
生息地が限られるらしいのだが、アビステインとウエストブルムの国境とされている目当ての山は、この一帯では一番標高が高く、薬草の宝庫なのだそうだ。
アリスよりもマリーナの方がその手の知識はあるようだ。
と言っても俺は素人同然なので、アリスの知識もバカにできるほどでは無いのだが。
自然が多いと、必然的に動物が多く生息する。
中には熊などの凶暴なものも居るため、トニーやアカネも連れて来たというわけだ。
山を登ること小一時間、目当ての薬草を早速確保した。
早くも必要数集まってしまったため、少し休憩することにした。
トニーが近くの木から木の実を取ってきて、マリーナが目視で安全を確認。
それでようやく食べて良しの合図となる。
アカネは合図を待つ間ソワソワしていた。
どれも美味しそうに食べるアカネを見て、アリスとマリーナは笑っていた。
本当に髪の色が違うだけでそっくりなんだな。
しばらくの休憩の後、帰路へと着いた。
帰り道に熊に襲われるということもなく、無事に依頼達成。
全員に銀貨10枚が報酬として配られた。
危険度の少ないものだったものの、楽しみながら稼ぎになるのであれば手が空いた時はどんどん受けても良いかもしれないな。
寮に戻ると、シャルロットが身体を動かしたそうにうずうずしていた。
アカネ、アリス、トニーが賛同し、5人でトレーニングに向かった。
アカネ対シャルロットの実践訓練で、シャルロットが初めてアカネから一本とっていた。
確実にシャルロットの実力もあがってきている。
トレーニングのお陰か、動きに幅が出てきた。
アカネも俺も、うかうかしてられないな。
トニーとアリスの剣を捌き、それぞれに一撃与えた。
今日は俺が二対一で相手をしているのだ。
剣を持っていなければ、同時に相手できるわけもない。
だが今は二人とも木刀を持っていて、それ以外の攻撃は禁止している。
これならまだ攻撃も当てられないし、こちらの攻撃も躱させない。
剣に関しては、それだけの実力差があった。
以前と同じメニューをこなしたものの、アリスも最後まで着いてきた。
他のメンバーから遅れはしたものの、ちゃんと自力で走って帰ってきたのだ。
彼女も彼女なりに、自分の目標に向けて努力しているのだ。
俺の周りには、努力家が多くて困る。
たぶんこのあと、アカネに勝負を挑まれるだろうしな。
マジックギルドの面々の前だから、あんまり実力を見せたくはないのだが・・・
可愛い妹弟子からの挑戦を断るわけがない。
イオが作ってくれた晩御飯を皆で食べ、軽く柔軟体操をしていた。
アリスにはまだ動く気なのかと言われたが、「このあとアカネが挑戦しに来るから」と言うと観戦する気満々だった。
トニーには何故そんなことが分かるのかと聞かれたが、幼なじみの勘だとしか言い様がない。
しばらくしてピンポーンとチャイムが鳴り、案の定アカネが呼びに来た。
トニーには「ほらな」とドヤ顔しておいた。
「今夜あたり来ると思ってたぞ。シャルルに一本取られたアカネさん。」
「ぶぅー、シャルルだって強くなってるんだよ!」
それは知ってる。
出会った頃とは最早別人だ。
「サク、いつも通り審判頼むわ。」
と無人の方向へと声をかけると「承知しました」と木の上からいきなり姿を現すサクに、アリスとトニーはかなり驚いていた。
アカネは既に入っているため、大した反応はしなかった。
これは一筋縄ではいかないな。
「それでは、模擬戦を開始します。
時間無制限、一本勝負!始め!」
「速度強化」
「全身付与─速度上昇。
全身付与─防御力上昇。」
このエンチャントに毎度苦戦を強いられる。
世界随一の銘刀を使わないのは、仲間に向けていいものではないからだそうだ。
アカネ自身が、絶対に斬ると決めた時にしか使わない。
それで居ても俺が剣の舞を使わない限りは、一時間は打ち合える。
エンチャントを纏ったアカネは、それほどの強者なのだ。
アカネの高速剣を捌き、今度はこちらの剣をアカネが捌く。
そのやり取りを見たトニーとアリスは、言葉を失っていた。
あまりにも剣において、次元が違いすぎる。
アリスからそんな感想が出るほどに、二人の打ち合いは高いレベルのものだった。
それでも今回は決着が早かった。
開始から15分が経過した頃、ユウリの剣を受け流しカウンターを狙ったアカネに対し、ユウリが『壱式』をさらにカウンターで決めた。
アカネのカウンターを誘ったのだ。
「勝者、ユウリ・アマハラ!」
最早何勝目かも覚えてないが、まだアカネには負けれん。
大の字に寝そべりながら「くっそー!」と悔しがるアカネに手を差し伸べて起こした。
トニーとアリスはいつしか正座しており、決着と共に拍手をしていた。
あんまり手の内を見せずに済んだことにホッと息を撫で下ろし、サクにお礼を言い解散となった。
解散した後、ユウリは自身の痺れた左手を眺めていた。
最後の『壱式』を上手く誘えなかったら、危なかったな。
シャルロットといい、アカネといい、この学園に来てからもどんどん強くなっている。
俺もそろそろ新技を完成させておかないと、次は負けてしまうかもしれないな。
拙い作品ですが、よろしければ最後まで見てやってください。
よろしくお願い致します。




