十六ノ舞「『雷光』VS『白狼』」
「速度強化!」
「擬獣化 白狼!」
開始早々互いに得意の強化魔法を使用し、自身を強化した。
ビーストモードというだけあって、白い耳や尻尾、鋭い爪はやはりあるのか。
ショーヤが言っていた通り、獣人と言った方が分かりやすいな。
見た目を観察していると、トニーがつまらなそうな顔をしていた。
「今日はそれが限界なのけ?」
悪かったなこの程度で。
あれは1分しかもたないし、今使うとまた剣を握れなくなってしまうからな。
今日はこれが限界だ。
沈黙を肯定と受け取ったのか、トニーはニヤリと笑った。
「負けても後悔すんなよ!」
言うなりトニーは両手を地面につけ、後ろに重心を預けた。
そう認識した時には既に目の前に右腕を振りかぶったトニーがいた。
ちょっと待て、『神威』並の速さとか聞いてねぇ!
今から『神威』を使っても間に合わない。
咄嗟に剣を腕の軌道に合わせて防御したものの、筋力差がありすぎた。
その拳は剣もろとも弾き顔を思いっきり殴られ、闘技場内を囲う壁まで飛ばされて叩きつけられた。
すかさずジークロードが10カウントを開始した。
観客の大歓声が近くに聞こえ、その声で我に返った。
数秒とはいえ、気を失っていたらしい。
何度も食らう訳にはいかないな。
「7!」
立ち上がったときに口の中に違和感があったので、ペッと唾を吐くと真っ赤に染まっていた。
どうやら口の中が切れたらしい。
「6!」
しかし顔を殴るとは。
個人的には顔はあんまり悪い方じゃないと思ってるんだから、やめて欲しいもんだ。
「5!」
おっといけね、試合中だったな。
一歩で壇上へ戻ると、トニーがピクリと眉毛を動かした。
速度強化だけが俺のスピードの全てだと思うなよ。
「強烈な一撃がユウリ選手を襲いましたが、なんとか試合続行です!」
「三度目のダウンで敗北だったかしら?
あの攻撃力相手じゃ、あと一撃がリミットね。」
問題はそこだ。
二度目のダウンを受けた後は、三度目で敗北ということもありダウンしないような立ち回りをしなくてはならない。
行動を制限されてしまうのだ。
普段であればカウンターなどのリスクを伴う行動も取れるが、もし失敗したらという思考が判断を鈍らせる。
判断の鈍ったカウンター程、自らを危険に晒すものはない。
一度ダウンを受けた以上、ここからは攻めに回らないとだな。
ただ、生半可な攻めではパワー負けしてしまう。
スピードはほぼ互角か、多少不利。
人間ここまで追い詰められると笑うしかないってどこかで聞いたけど、本当だな。
思わずニヤニヤしてしまう。
「オメも楽しいか?」
トニーがニヤリとしながら問いかけてきた。
当たり前だ。
強い奴と闘うのはいつだって楽しいもんだ。
戦闘狂ではないと思っているものの、こういう思考はおそらく該当してしまうだろうな。
剣を持つ理由なんて人それぞれだが、俺は強い奴と闘いたいから剣を持っている。
そして勝ちたいからだ。
「新人戦の、しかも準決勝なんかで使う羽目になるとは思わなかったぜ。
個人戦まで使うつもりはなかったんだけどな!」
思わず口に出た言葉。
普段の得意とする居合抜きでもなく、剣の舞のための上段の構えでもない、自分の腹の前から前方下に剣をブラリと下げた構えをとった。
その構えを見て俺がやろうとしていることに気付いたのは、闘技場内では3人。
『神速の剣姫』とアカネ、そして若き日にサムライと手合わせをしたことがある、審判のジークロードだけだ。
ジークロードは目を見開き、かつて己を敗北へと至らせた技を思い出した。
アカネは「ウソ・・・」と呟き。
姉さんは「オイオイマジか。アイツ、いつの間に。」と漏らした。
トニーの気配を感知しつつ、目を瞑り深呼吸をした。
この技はスポーツ選手で言う、ゾーンの状態だ。
魔法などではなく、ただ極限の集中力と『神威』のスピードによって敵の攻撃を避けて、攻め続ける技。
サムライ自身もこの状態に狙って入ったことはない。
曰く、狙って入ろうとしても扉が邪魔で入ることができない、だそうだ。
ユウリの剣士としての才能は、オリジナルを嘲笑うかのように、自力でその扉をこじ開ける──
すぅ、と息を吸ったユウリが目を開ける。
普段の怠そうだったり、眠そうだったりする表情からは想像もつかない程の真剣な目。
近しい人では、ショーヤの目に近いだろうか。
その目を、表情を、纏っている空気を獣の五感で感じ取ったトニーは、無意識に生唾を飲み込み、冷や汗を垂らしていた。
「アマハラ流究極奥義 残影領域─高天原。」
領域と謳っているものの、結界を貼ったりする技ではない。
変化があるとすれば、ユウリ自身の方だ。
先程までの大歓声、実況解説など、今のユウリには全く聞こえていない。
その耳に届くのは、トニーの呼吸音、移動した時の布ズレの音。
目に見えるのは、トニーの姿、行動全て。
まるで白く何も無い大きな部屋に、自分とトニーしか居ないかのように。
ユウリに見えているその光景であれば、領域という名にも頷ける。
対戦相手ただ一点に全ての五感をフルに使っているのだ。
その超集中状態のユウリの姿は、仲間の目にも普段と違った印象を与えていた。
ショーヤは察していた。
あと何年鍛えたところで、自分はその領域に踏み込めないだろう、と。
イオは先程から勝手に入ろうとしてくる牛若丸を抑えるのに必死で、あまり見れてはいないが。
アカネは理解が追いついていなかった。
自分の師が一度だけ使用したのを見たことがある。
だがユウリはアマハラ流は合わないと、あまり使用してこなかったのだ。
自分の剣にとって、アマハラ流が全てであるにも関わらずそこに至れていないアカネには嫉妬と羨望が混ざった感情があった。
自分の幼なじみの剣の才能は本当に凄いのだな、と改めて思い知らされた。
自身も使用経験のある『神速の剣姫』は、弟がようやくその領域に踏み込んだことに嬉しさを覚えた反面、自力で領域へと踏み込む彼の底知れなさに恐怖すら覚えていた。
一番落ち着いていたのはシャルロットだった。
入学式に背後を取られて以降、彼は自分の剣術の理解の中に居ないことは理解していた。
最早彼がどのような剣を使おうが驚いたりはしないだろう。
ただ、普段の眠そうな目を見慣れているだけに見た目の方には目を奪われていた。
今のユウリの表情は彼女の中での理想の男性のソレだった。
闘技場内の歓声に掻き消されたものの、思わず「カッコイイ・・・」と呟いてしまったほどだ。
今までは気になる異性だったのが、この瞬間から恋に変わったとシャルロット本人が気付くのは、もう少し後のお話し。
対戦相手のトニーもまた、目の前の相手が今までとの変わり様に戸惑っていた。
おそらく先程のような直線的な攻撃は二度と通用しなくなった。
ビーストモード特有の獣の五感を有する今の彼の、特に嗅覚と触覚は人間の比ではない。
それが危険だと警鐘を鳴らしているのだ。
元々動物は電磁波が得意ではない。
体毛が電磁波を集めるアンテナの役割をしていて、人間が感じ取れないものでも動物には悪影響だったりもする。
ユウリの速度強化は雷属性なだけあり、今のトニーにとって出来れば近寄りたくない相手だ。
最初の一撃で出来れば倒しておきたかった。
木刀で多少威力を抑えられた故に、それが出来なかった。
その結果が、この現状だ。
しかしそんな感情とは裏腹に、トニーは嬉しそうにニヤついていた。
元々あんなに人間離れした技を使う剣士が、自分の強さを認め、本気で向かってくるというのだ。
武人として、これ以上の喜びはなかった。
トニー・フレデリック、彼もまた強い者と闘うことに喜びを感じる戦闘狂だ。
その気持ちを抑えられず両腕を地面につけ、先程よりも速く突撃を仕掛けていた。
しかしその先に対戦相手の姿はなかった。
文字通り、視界から消えていた。
「剣の舞 壱式 居合─柳閃!」
跳躍して見失い着地した瞬間、背後から強烈な一撃がトニーを襲った。
完璧に捉えたその居合斬りはトニーの強靭な肉体をもってしても、大きなダメージとなった。
場外へときりもみしながら吹き飛び、先程のユウリのように壁に打ち付けられた。
再び審判のジークロードが10カウントを始めた。
「10!」
木刀でなければ致命傷だった。
あるいは命を落としていたかもしれない。
もっとも、新人戦の規定でそこまでは禁止されているものの、武人として悔しさはあった。
「9!」
目では追えていなかったが、鼻では追えていた。
しかし背後を取られたと思った瞬間には、吹き飛ばされていた。
「8!」
あのスピードに対抗するには、相手の行動を読むか、行動を誘導するしかなさそうだ。
しかしいくつも技をもっているであろう相手を誘導するのは不可能に近い。
ここからは読み合いだ。
互いに一撃必殺の威力を持った攻撃力を有している以上、読み合いに負けたら敗北だ。
「7!」
トニーはふぅ、と息を吐き地面を強く蹴って壇上へと戻った。
「反撃開始と言わんばかりの強烈な一閃!
ユウリ選手、トニー選手、共に1ダウンとなりました!!
今の攻防、ユウリ選手は一瞬にしてトニー選手の背後に回りましたね。
ルーナさんはどのように見えましたか?」
「逆にくの字を書くように、二歩で背後を取ったわね。
振りかぶった右腕とは逆から回り込むように。
そして二歩目には自分の得意な間合いで止まり、神速の居合斬り。
威力も速さも、申し分なかったわ。」
「逆くの字までは合ってるが、その後に敵に向けて一歩踏み込んでるぞ!
残念ながら三歩だ、アイギス!」
『神速の剣姫』が実況席に向けて大声を出した。
ルーナ・フォルス・アイギス。
『盾』と呼ばれる魔法を得意とし、守ることに関しては他の追随を許さない実力を持つ、クノッサス王国騎士団2番隊隊長。
彼女の配属された2番隊では、この6年の間に1人の死者も出ていない。
別名『鉄壁のルーナ』、『王国騎士団最強の盾』。
9年前イーストテイン学園で『神速の剣姫』と共に入学、新人戦代表で3戦3勝をした剣士である。
個人戦3年連続ベスト4という成績を買われ、卒業後はクノッサス王国騎士団へと入団。
前任が引退するにあたり、満場一致で次期隊長に推薦された。
たった6年、24歳という若さで今の地位まで上り詰めたのは、他ならぬ彼女の努力の賜物だ。
ちなみに個人戦での成績は、全て『神速の剣姫』に敗れたという点も追記しておこう。
そのクールな彼女の『神速の剣姫』に向かってウィンクをしながら右手でごめんねとジェスチャーを作り、舌をペロリとだす仕草は年相応だ。
上記のような実力者である彼女が全てを認識出来ないほどの速さで動くその少年は、過去に学園生活を共に過ごした仲間の速度と変わらぬ程の神速の領域だった。
「『鉄壁のルーナ』であっても全てを見切れないスピードとは恐れ入りました!
王国騎士団最強の盾をも翻弄する速さのユウリ選手!
1ダウンで並びながらも、かなり優勢か?!」
トニーが壇上へと戻り、ジークロードから再開の合図が出された。
この2回の攻防では攻めるスタイルであったトニーだが、今回は動こうとしていない。
まるでカウンターでも狙うかのように、相手の動き方を見ていた。
ユウリはその相手の狙いを分かった上で攻撃を仕掛けた。
トニーの鼻は確実にユウリを捉え始めていた。
左からの横なぎに遅れながらも腕を出しガード。
正面からの斬撃にも膝を立てて受け止めた。
目で追えているわけではない。
嗅覚と触覚だけで反応していたが、防御をするのが精一杯で反撃をする余裕はなかった。
と言っても上手くガードしたと判断した時には拳を振り抜いたりと、出来ることを確実に行っている。
全てを守れているわけではなく、次第にダメージは蓄積され、いつどこから来るか分からない敵に精神はかなり疲弊していた。
当然、攻撃を仕掛けるユウリの方も体力の限界が近付いていた。
相手に視認されないよう、常に神速で移動しながらヒットアンドアウェイのごとく攻撃をし続け、反撃を躱し続けているのだ。
疲労しないわけがない。
互いに1ダウンしてから、既に15分は経過した。
その間ユウリは攻め続け、トニーは守り続けている。
そして限界が訪れた。
「剣の舞 伍式 破剣─星崩し」
トニーの右側から肩に向けての斬撃を放ち、ミシリと音をたてて直撃した。
直後身体を反転させたトニーが左腕を振り抜き、ユウリを場外まで吹き飛ばした。
しかしトニーもまた、右肩へのダメージが大きくその場に両膝をついた。
「試合開始から15分以上が経過し、両者二度目のダウーン!!
歴代の新人戦で15分以上決着が付かなかったのは、16年前の伝説の一戦と称される、現クノッサス王国騎士団総隊長のアーデルハイド・ジーン・ブリッツ様対、現ノースリンドブルム帝国軍事総括のチェイ・ホワン様の一戦以来史上2度目の出来事です!!」
「すでにあの時の決着時間を超えているわね。
ここまでの怒涛の攻撃も素晴らしいけれど、それを守り続けた方も素晴らしいわ。
うちの隊に欲しいくらいね。」
「おーっと、先に壇上へと戻ったのはユウリ選手!
だが口からは血が流れたあとがあります!
木刀で地面を支えていないと立っているのも辛いといったところでしょうか。
そして遅れてトニー選手も立ったー!
両者共に肩で息をしていることから、ここまでの闘いがどれだけ熾烈なものだったかが伺い知れますね!」
実況解説の声が響き渡る程度に、闘技場内は静まり返っていた。
レベルの高い攻防に圧倒されてのものか、なかなか決着がつかずに緊張を覚えたのかは分からないが。
実況の言う通り既に体力の限界で、高天原は切れてしまった。
だが先程の星崩しの手応えは確かにあった。
トニーもまた、防御できなかった部分が多く限界が近いだろう。
おそらく、次の攻防がラストだ。
審判のジークロードから再開の合図が出された。
最後の力を振り絞り、右肩前に剣を構える。
トニーもまた、ファイティングポーズで応えた。
「があァァァァァ!!」
「剣の舞 陸式 雷光─千鳥!」
ゴツンと鈍い音が静まり返った闘技場内に響いた。
ユウリの剣先がトニーの鳩尾に入っていた。
トニーの拳もまた、ユウリの左頬へ直撃していた。
トニーがゴハッと血を吐き、ドサリと倒れる。
ユウリもまた、気を失い前のめりに倒れた。
それを見たジークロードが、高々に宣言した。
「両者ダウン!!
共に三度目のダウン、よってこの勝負引き分けとする!!」
「歴代最長の一戦、決着ー!!
試合時間19分28秒、これは新人戦の歴史で最も長い試合です!
両者三度目のダウンによる引き分けは史上初!!
この2人の試合は、20年は破られることないと思えるほどの記録尽くしとなりました!!」
「死力を尽くして、やれることをやり切った、という感じね。
ここまでの試合は7年前の私とミドリの個人戦準決勝以来かしらね。」
「あの試合も17分と長かったですからね!
結果ルーナさんの敗北だったものの、『神速の剣姫』相手に最長記録ですし。」
実況解説が盛り上がっている間に、イオが回復魔法をかけてくれたおかげで復活していた。
トニーもアリスに回復してもらったようだ。
どちらから声をかけるわけでもなく、無言で歩み寄り、握手を交わした。
その光景に、闘技場内は大きな歓声に包まれた。
「オメ、ホントつえぇな!
良ければこれから仲良くしてけれ!」
「こちらこそ、あそこまで耐えられたのは身内以外じゃ初めてだ。
友として、好敵手として、よろしくな!」
八重歯を光らせ満面の笑みで「ああ!」と応えるトニーに笑顔を返しつつ、壇上を後にした。
勝利は欲しかったが、勝ち星よりも大切な物が出来たことを実感しつつ。
剣だこで固くなった手のひらをグッと強く握り、思わず嬉しさにニヤけていた。
トニーもまた、背中合わせの好敵手と同様にニヤけた顔をしていたが、互いにそれを知る術はなかった。
これで1勝1分け。
優勝候補筆頭相手に、だいぶ有利に進めることができている。
陣営に戻りショーヤに「後は任せろ」と言われて安心し、眠りに落ちるユウリだった。
拙い作品ですが、よろしければ最後まで見てやってください。
よろしくお願い致します。




