山田アフターSS【時間軸:付き合い初め頃】
久々に小説書いたので投稿します。
内容的には身内向けです。
「響セーンパイっ♪ お疲れ様ですっ」
「──ちっ」
全ての授業を消化しホームルームも終え、あとは帰宅するばかりとなった放課後。帰り支度をしているところへ、どこからともなくそいつは現れた。どこからともなくっていうか普通に教室の入り口からだが。
「あれっ、今舌打ちしました?」
「したよ」
「まさかの肯定!? わたし達の関係性は変わっても平常運転の響先輩。むしろホッとしてしまうわたしはおかしいんですかね?」
「いや、おまえは初めて会った時から今に至るまで、ほぼほぼずっと頭おかしいが」
「しっつれいな! 恋する乙女は大体みんなそんなもんですよ! 恋する乙女パゥワァーがわたしを狂わせるのです!」
「おまえの方が失礼だよ! 全世界の恋する乙女に謝れ! おまえの場合、狂いすぎてて、各所に迷惑撒き散らしてるからさっさと冷めろよ、乙女パワー」
特に俺の精神衛生面とかに強烈な負荷がかかってるので。
「ノン! いいんです。わたしはそれでいいんです。例え、頭がおかしいとか絶望的に男の趣味が悪いとか言われても全身全霊全力で貴方を愛するわたしでいたいのです! それがわたしの矜恃でプライドでジャスティス!」
「全っ然よくねえし周りに迷惑だっつってんだろ。つか、誰だよ男の趣味が悪いっつった奴、ちょっと連れてこい」
「あ、それ言ったのはうちの可愛い可愛い妹なので許してあげて下さい。わたしの方から響先輩は世界一のイケメンさんだとフォローしておいたので何卒」
「それはいくら何でも贔屓目が過ぎて節穴扱いされても仕方ないと思うし、そんなフォローされた俺は次会う時どんな顔して妹さんに会えばいいんだ?」
めっちゃ生暖かい目で見られた挙句、鼻で笑われそうなんだが。辛い。
「ドンマイ☆」
「うわ、殴りてえ〜……」
グッ!と力強く立てたその親指をポキリと行きたくなってくる。
「まあまあ。まあまあまあまあ。落ち着いてください。人間イライラしても良い事ないですから」
「いや、おまえのせいだよ」
「いやいや、だって自分の気持ちは偽れませんもん! 贔屓目? 上等ですよ! 少なくともわたしにとっては紛れもない事実で、譲れない事ですので!」
フンスと鼻息荒く、ドヤ顔で胸を張る誓良。
実際、こいつの男の趣味は悪いと思う。俺がもし女に生まれてたとしても、俺みたいな男は絶対に御免被る。とはいえ個人の嗜好に口出し出来る筋もなし、蓼食う虫も好きずきとはよく言ったものだがそれによって俺が救われてる面も大いにあるため、これについては閉口する他ない。
「ぬう」
とはいえ、である。
俺に対する無駄に高い評価は諦めるしかないとしても、こうまで明け透けにされるとこっちはどういう顔をしたらいいものか非常に困ってしまう。
「おっとぉ? 響先輩? もしかして照れてます?」
「照れてねえよ」
「え〜? ホントにでござるか〜?」
「はっ倒すぞ」
「うへへへ」
俺の罵倒を意にも介さず嬉しそうにキモい笑いを浮かべる誓良。腕をつんつんすんな。
このままだと俺もキモい事になりそうだったので、さっさと話題転換を図る事にする。
「ところでおまえ、何しに来たの?」
「そんなの決まってるじゃないですか! 一緒に帰りましょー!」
そんな後輩の誘いに対して俺はポケットティッシュで鼻をかみ、それを丸めて適当に放り投げた。
「ほーら、取ってこーい」
「ワンワ〜ン♪ ……って、何やらせるんですかってもういない!?」
誓良がそれを追いかけるフリしてノリツッコミしてる間に俺は既に歩き出していた。
誓良は丸めたティッシュを律儀に拾い、ゴミ箱に捨ててから慌てて追いついてくる。
「何で先に帰ろうとするんですかー!」
「逆に何でおまえと一緒に帰らないといけないんだよ」
「えっ。そこに疑問を呈します? わたし達付き合ってるんですよ? 恋人同士ですよ? しかも帰る家は同じなんですよ? もはや、これ以上の理由はないと思うんですが」
「同じ家じゃなく同じマンションな」
「似たようなものでは?」
「全然違う」
そこを間違うと大分ニュアンスが変わってくるので、正確に認識して欲しい。
誓良は同じ家、と言えるくらい俺の部屋に頻繁に出入りしてる気もするがそれはそれ、これはこれである。
「別に付き合ってるからと言って必ずしも常に一緒にいなきゃいけないわけでもないだろう。どうせ1日の大半一緒にいる事になるんだから、行動を選べる時はあえて積極的に離れて過ごしてもいいんじゃないか?」
「えぇぇ……なんですか、その謎理論。……ははぁん? さては反抗期ですか? 反抗期なんですか? やれやれ、ツンデレさんですねぇ」
やれやれ、と言いつつ肩を竦めて首を振る誓良。腹立つ。デレた覚えもない。
「わたしは先輩に嫌がられない限り常に一緒にいたいくらいですけどね」
「じゃあ離れろや」
「『本気で』嫌がられない限り、ですねー」
「………」
「んふふ」
目を見合わせると誓良はしてやったりという表情で目を細めていた。くっそ。結局キモい事になってしまった。
「……うん、まあ、今のは冗談として、だ」
「はい。冗談という名前の照れ隠しとして」
うるせえな。ニヤニヤしてんじゃねえよ。
しばきたい、この笑顔。
「おまえ、今日バイトじゃなかったっけ?」
朝、飯食ってる時に確かそう言ってたはず。
だったら帰りに寄って行こうかと考えていたところだったんだが。
そう尋ねてみると誓良は、たはーと苦笑して答えた。
「あー、それがですね。シフトは入ってたんですが、実は急遽お店自体休みになりまして」
「へえ? 珍しいな。何かあったのか?」
誓良のバイト先は商店街にある──良く言えば老舗、飾らず言えば古びた──ラーメン屋だ。店構えに良く似合う老夫婦が営んでいて、誓良はその二人に実の子か孫の様に可愛がられている。たまに「自分達が死んだらお店はせっちゃんに譲る」なんて冗談交じりに言ってるがかなりの割合で本気で言ってそうではある。
そこそこ高齢ではあるものの心身共に元気な人達で、少なくとも俺が覚えてる限りでは定休日以外で店を閉めてるところは見たことがない。
「昼休みにおかみさんから電話かかってきたんですけど、おやっさんが腰をギックリやっちゃったらしいんです」
「おぉ……それは……お気の毒に」
「わたしも最初聞いた時ビックリしました。幸い軽症で、入院はしないけど一週間は絶対安静だそうで」
「軽症なら何より。じゃあ予後も含めると半月くらいは休業か」
「はい。おやっさんは絶対休まん!って騒いでたらしいですけど、おかみさんは布団に縛り付けとく!って息巻いてました」
「腰はなあ……無理するとクセになるっていうし。しばらくあのラーメンが食えないのは残念だが、しっかり治してもらった方がいいな」
「そうですよねえ。あ、それで明日お見舞いに行くんですけど、もし良ければ響先輩も一緒に行きませんか?」
「え? 俺も? 何で? いや、嫌って事ではないが……」
誓良のバイト先だし、そもそも客として常連と言えるくらいには通ってる店だから勿論知らない仲ではないが。こういう時に直接見舞う程の関係かと言えば疑問だ。
「え、えーっとですね……」
不思議に思って理由を尋ねてみると誓良は何故か不自然に口籠り、頬を赤らめて目を逸らした。
それで、なんとなく分かってしまった。
「ああ。付き合い始めた事、話した?」
あたりを付けて尋ねたら、誓良はコクリと小さく頷いた。
「伝えるのは、ちょっと前に伝えてたんですけど……また近いうちに連れておいで、と」
「なるほどな」
要するに子か孫の様に思ってる『ウチのせっちゃん』の彼氏として挨拶に来いやみたいな事か。いや、そこまで不穏な話じゃないだろうけど。
「本来なら、おやっさんが元気な時に行くべきなのかもしれませんけど、お互い顔見知りですし改まって挨拶と言うのも……ねえ?」
「まあ、なんかこっぱずかしいのは分かる」
「でしょう? そ、そんな訳でどうでしょうか?」
「どうもこうも。お前がどうしても恥ずかしいとかでなければ、そりゃ行くけど」
「えっ。……いいんですか?」
「いいよ。おまえが普段世話になってるのもかわいがってもらってるのも知ってるし。店再開してからだと客としていく感じになっちゃいそうだしな。この際だから挨拶というかお見舞いのついでに軽く報告する感じで」
あとは店長が動けない間に行っといた方が穏便に済みそうという打算もあったりする。
「あ、ありがとう、ございます……?」
「いや、別に大した事じゃないし……おまえ、何でそんな照れてんの?」
照れるポイントおかしくね? 普段の言動顧みたらもっと恥じたり照れたりするポイントあると思うんだが。
「えっと……先輩の言う『こっぱずかしさ』やら、なんだか先輩わたしとの事しっかり考えてくれてるぞ感やら諸々あり、急激に気恥ずかしくなってきまして……たはは」
「ああ、まあ確かに……これが単なる男女のお付き合いって事なら俺もそこまで考えないだろうしなあ……」
「へっ!?」
「ん?」
何故そんな変な声を出す?
「何か変なこと言ったか、俺」
「え、あ、と? た、単なる男女のお付き合いじゃない、っていうのはどういう……?」
「あー……まあ、あれだ」
晴れてこういう関係となったわけではあるが、事ここに至るまでにめちゃくちゃ紆余曲折あった末の"今"である。今後、余程どうにもならない障害や理由がない限り別れる理由もつもりもない。で、あるならば、だ。
「俺も来年は三年だからな。それなりに将来への展望というものは考えるだろ」
「っ──。っ。~~~っ!?」
そう伝えると誓良は耳まで真っ赤にして、口をパクパクさせる。何か言おうとして言葉にならない、という状態だろうか。
「あ、あ、あのあのあの……っ! そ、そそそそそそれは……つまり、け、け、けっ──!?」
ようやく絞り出したその質問に頷いて肯定してやると、誓良はいよいよ絶句した。
「今はまだ具体的にどうこうというよりは心構え程度の話だけどな……その辺のことも踏まえて進路を考えてる。一応、今のところは進学で想定してるが、おまえの家の金銭事情もあるしどう転んでも全員巻き込んで転落するわけにもいかないからなあ」
最近は多少状況が好転したとはいえ常に最悪は想定しておかないと一家揃って破滅なんてこともまだまだあり得る。これまではある程度俯瞰的に見ていたが、今後は山田家が抱える問題に足して積極的に首を突っ込んでいく所存である。
そもそも手を差し伸べた責任というのもあるし、誓良とこういう関係になった以上はそれは自分の問題でもあるのだから。
まあ、最悪就職だろうが、それならそれでアテはあるので大丈夫だろう。
「付き合い始めたばっかでこういうこと考えてるのは重いと思われるかもしれないけど」
「──いえっ! いいえっ!!」
「お、おう?」
「重くなんてないです! そうなれたら、本当にそうなれたらどんなにか──……!!」
グシグシと泣きべそをかきながら誓良が俺の胸に縋り付いてくる。見上げた眼は涙で潤んでいて、しかし歓喜をたたえるように表情は綻んでいる。
「嬉しいです!!」
──何度となく俺を救ってくれた彼女。ウザいし、面倒くさい後輩で、感謝も罪悪感も義務感もあるが──全部ひっくるめて今となっては愛おしい。人生をかけて幸せにしたいと思える。
そんな彼女がこれほど喜んでくれるなら男冥利に尽きるというものだろう。
「響先輩はわたしが幸せにしますから! 大船に乗ったつもりでいてください!」
「ふはっ」
「笑われた!? 今のはさすがに酷くないですか!?」
「いやいや、すまん。おまえが俺のセリフとるから」
「……ちょっと聞きたいですね、それ」
「幸せにする」
「──フ、フ、ファーーーーーーーーー!!!!
「ぉわ!!?」
「デュフッデュフフッ」
希望に応えてみたら返ってきたのは女子としてあかん顔と声だった。笑い方ひでえ。
「びっくりしたぁ……奇声上げんなよ台無しだわ……」
「だ、だってだって……おっぷふっ」
「嘘だろ。鼻血出したよ、こいつ」
なんというか、ある意味俺たちらしいオチだった。