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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0277年9月) オーストラリア会戦<完結済み>
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外伝 オーストラリア会戦 07節

 「エアーズ将軍!幕府軍の旗が、いえ、長門が前進します!」

 本陣が混乱の最中、空中戦艦が戦場の空気を支配し進む様を、オーストラリア軍の索敵手が捉え報告する。

 「これはありがたい!サイクロプス隊に告げろ。サイクロプスで戦えるものは、幕府軍の長門及びその配下サイクロプス隊の指示を仰いで戦え、と。本陣の混乱が激しくこちらの立て直しには時間が掛かる。」

 「宜しいのですか?」

 総司令たるものが軍権を他に委ねるという事は、普通はありえない事だ。

 「宜しいも何も、参謀部に工作員がいたなど前代未聞だ。現状のサイクロプス部隊に内通者がいたならばすでに動いているはずで、動いていないという事は少なくとも敵ではない。踏みとどまっているものは明確に味方だ。だが、こちらから指揮をとれる状況にないのだ。この現状で粛々と進軍できるのであれば、幕府の連中のほうが信用に足る。やらせろ。私からの直接命令とする。」

 エアーズ将軍も決して無能ではない。戦場の混乱と立て直しは、軍職にあっては危急の事態で、これをどう立て直すかは将器に左右される。総大将としての彼の軍は既に混乱の極みで立て直すことは至難の業だが、まだ戦場においては撤退せずに踏みとどまっているサイクロプス隊員もいるのである。彼らを纏めれば戦力になるが、だれが纏められるか、だ。ここに来て戦場の空気を支配するのは、侵攻してくる敵軍と、それに立ち向かい進軍を始めた幕府軍である。まともな指揮が採れない中にあっても、戦場の英雄に従い攻撃を続ける事は可能であり、唯一それこそが立て直しの道である。総大将として指揮を放棄することは恥ずかしい事かもしれないが、エアーズ将軍は自分の面子を無視して決断を下したのである。



 「シルバー少佐、エアーズ将軍からの伝令です。豪州軍のサイクロプス隊について指揮を任せる、とのこと。」

 参謀部を纏めるカリスト少尉がそう慌てて伝える。非常識な内容であるが、しかしそれに合わせて対応はとらなければならない。予定通りの戦局など、そうそうあるわけではないのだ。

 「…………。進軍中の部隊に伝達。幕府軍サイクロプス隊は、オニワ中尉からカタクラ中尉が指揮を引継ぎ、右上げの斜陣に広く散開して展開せよ。サナダ少尉は右陣後ろに配置。台湾軍は陣の左後方で砲撃を続けよ。オニワ中尉はオーストラリア軍を直ちにまとめ、陣の後方に展開せよ。長門はしばらく滞空。陣立ての間、航空隊に爆撃を集中させよ。陣に誘い込め。」

 つまりシルバー少佐は『_/■』ような布陣に展開させている。勇猛な幕府軍を壁にすることで後ろに備える友軍の士気と統率を保ち、次いで防御が弱そうに見える後方の左翼に引き込むことで、右翼側が側面射撃を行うという、幕府軍がよく使う戦術である。右翼に集中された場合や後ろに回られる場合には厄介ではあったが、この戦場では背面は山地であるため迂回される恐れはそれほど高くはなく、戦闘機部隊による追い込みが機能することから、効果的であった。



 「朱総督、幕府の後方を固めるとは言っても、これはなかなか大乱戦ですな。敵の軍勢を抑える幕府軍の手際はなかなかいい。布陣としては彼らが盾となり、我々が敵を狙い撃つことで、我々にも武功を譲ってくれている。なかなか気が利いた作戦ではありませんか。我が軍でも、サイクロプス隊のスナイパーの一人がエースになったと報告がありましたぞ。」

 「馬将軍、稀に見る会戦とはいえ、そう浮かれてはなるまい。少しずつ敵もこちらに近づいているし、我が軍にも被害は出つつある。こちらは砲撃主体の陣形故に、寄せられた場合の防御力はさほどない。十分に注意し、被害が拡大してくるようなら幕府に横槍を入れさせよ。」

 「御意。」

 今現在、台湾軍の砲撃はこの会戦陣形の要となっている。実戦経験が不足している彼らの命中精度はそこまで高いというわけではないが、よく訓練された兵士達はこの戦場においても怯えず、五月雨に雨が降るが如く、前線に砲弾を叩き込み続けている。どちらにしても戦場で狙って当たるほど簡単なものではないため、ともかくも前線に砲弾を撃ち続けられるなら十分な活躍と言えるだろう。

 「幕府軍がオーストラリア軍を収容したようですな。オニワ中尉の旗が見えますから、彼が大将でしょう。」

 オーストラリアの軍勢の内、混乱せずに残っていた機体30機程を取り纏めたのが幕府軍遊撃隊のオニワ中尉である。指揮系が混乱した烏合の衆であったが、これを短時間に纏めたのであるから優秀な指揮官と言えるだろう。他に残っているのは15機ほどと見え、これはエアーズ将軍の本陣を護衛する近衛隊のようである。それ以外の部隊や諸国軍は、敵軍の攻撃に動揺し敗走に近い後退をしているのであった。

 「おや、サナダ少尉の赤い六連銭の旗が10機程纏めて動きそうですな。」

 「それよりも馬将軍、セレーナ中尉の長門が動くぞ。」

 「ほぅ……。」

 朱総督と馬将軍がそう話している間にも、長門が機銃と空対地ミサイルを撃ちながら微速前進を続ける。流石に近すぎるために仰角の問題で艦主砲は使うことが出来ず、主要武装は放った後に方向を変更できるミサイルくらいしか火力のある武装はない。だが、現代における陸戦において、ミサイルはそこまで有効な兵装ではない。一定の画像分析による追跡効果は期待できるが、基本的にはアンチレーダーと呼ばれるレーダー無効化装備があり、地表においてはこの濃度を高く保つことが出来るため追跡機能はほぼ発揮しないのである。だが、狙った方向に向けて炸薬の入った爆弾を放射できるという意味において、現代でも使用される兵器であった。一方、機銃については有効射程には遠いが、地対空兵器に対する牽制や全体的な威嚇効果から、これを放っているのであろう。

 「損傷も馬鹿にならないであろうに、この状況で艦艇を前面に出すのは勇気が必要であろうな。」

 朱総督がそう述べる。実際、幕府軍の長門級の製造コストは、通常艦艇よりはるかに高価なものである。幕府軍とは兵装設計を共有している部分がある台湾軍としては、それがはっきりとわかる垂涎ものの戦艦であった。

 「左様ですな。しかしその割には損傷していないように見える。押し引きのタイミングなどが相当、神がかっているようですな。」

 だが、そんな豪快な使用をされる長門は、馬将軍の言うようにあまり被弾せず、しても装甲の分厚い部分に限定されようにしか見えないのであった。

 「おや……」

 「どうされましたか総督。」

 「六連銭の旗がいつの間にか動いているぞ。」



 六連銭の 紅き旗風 流れ押し来る 敵うち返し



 「バイド将軍、前線横合いから敵襲です!」

 「なんだと、どこから出現した!応戦しろ!……前衛はなんとかならないのか!引き込まれ過ぎだ!」

 後方で戦闘指揮を執るバイド将軍の俯瞰する戦場では、数勝ちしているように見えて彼の軍のほうが劣勢になっている。オーストラリア軍相手には優勢に推移していた戦況であったが、幕府軍の空中戦艦が前線に動いてきた時点で流れが変わってきたのである。別段その戦艦自体が特別の脅威というわけではないのだが。

 「戦艦に注意を逸らされたか!」

 つまり最大の問題はそこであった。有効射程には遠いにも関わらず、浮遊する戦艦を撃破しようと近付き過ぎた部隊や、もともとは地上の敵を見ていた部隊が空中にいる艦艇を見ることで距離感を失い、さらに戦闘機隊に後背から追い立てられて敵の陣形に嵌まりつつある。今ほどの横合いから突入してきた部隊にしても、ちょうど戦艦が前進してきたタイミングが明けてからであるから、まさに戦艦は目くらましであり陽動であったのだ。火力もあり高価な戦艦を目くらましにするために前線に投入するなど、彼からしたら考えられない事であった。そして、その突如現れた軍勢の砲火の雨に晒され、彼の軍勢は崩れ逝くのである。



 さんさ時雨か 萱野の雨か 音もせで来て 濡れかかる



 「敵が崩れていくぞ!敵を行動不能にさせろ!撃墜できなくてもいい、脚部やキャタピラを狙え!友軍の汚名返上の機会だぞ!乗り崩せ!」

 強引に横槍を付けたサナダ少尉の隊が、敵軍を混乱させていく。その先頭に立つ彼に付随するのは、オーストラリア軍の中で、友軍崩壊中でも前線で耐えたパイロット達である。他の崩れそうだったパイロット達はオニワ中尉がまとめたまま、カタクラ中尉が率いる幕府軍と供に彼らに対する支援砲撃を続ける。

 「サナダ少尉とカタクラ中尉、そしてセレーナ中尉に連絡。サナダ隊は後3分で後退。これに伴いカタクラ隊は進軍の気配を敵に見せよ。実際には1キロも動く必要は無い。セレーナ中尉は同時刻に、サナダ少尉の部隊に向けて撤退の照明弾を発射後、同時に数キロ後退せよ。流石に前線に出過ぎました。カリスト少尉、良いですね?」

 「了解!」

 「併せて、伊吹は艦首拡散ビーム砲の再装填を開始します。ビーム攪乱幕の濃度が濃くて効果は薄いでしょうが、牽制程度には使えるでしょう。発射準備は5分以内で完了させなさい。」

 シルバー少佐が続けてそう指示を下す。



 「敵、六連銭の部隊が後退します。戦艦も後退する模様。しかし幕府軍前衛部隊が押し出してきます!」

 バイド将軍の部下が彼にそう伝える。敵が撤退するならば追撃するのが戦の常道である。戦闘時間から考えても、実際に息切れしてくるタイミングではあり、撤退自体が擬態ということは無いだろう。彼の幕僚たちはそう考え、追撃を進言する。

 「敵の前衛部隊は後退するための陽動だ。だが、下手に進軍すれば罠にはまるぞ!」

 だが、バイド将軍がそう伝えた直後、彼らの後方部隊に、幕府軍の伊吹から放たれる拡散ビーム砲が撃ち込まれ、少し遅れて多くのミサイルも降りそそぐ。ビーム攪乱幕もあり、被害自体はそう大きくはないのだが、轟音響き空中の塵芥を巻き込んで輝くその巨大なビームの束や、着弾し炸裂することで土埃を戦場に巻き上げるそのミサイルの雨に、彼らの士気はくじかれる。進軍しないとしても、戻って立て直す、という事も容易ではない事を暗に示されているのだ。

 「ヤングネイチャー周辺の山地に、幕府軍の軍旗が立ったようです!その数凡そ10旗!敵数ははっきりしません!」

 その地点は彼らの戦域からはおおよそ50キロ程度は離れているが、場所的には彼らの後方を狙える位置にある。数がはっきりしないとは言っても、旗の数相当にサイクロプス10機もいれば、十分過ぎる脅威である。既に半数のサイクロプスは撃破されている中で、2割に近い敵がいる可能性があるのだ。

 「あいつら何処から出てきたんだ……。ウランドラの部隊か……」

 つまり、幕府軍の別動隊はウランドラ方面に居たはずである。それもハリー大佐率いる軍勢と彼の別動隊が攻撃を仕掛けたため、負けているとしても相当数は削ったと想定していいはずであった。その部隊がほぼ無傷で彼らの後背を獲ったというならば、余程の戦闘力を持つ部隊であろう。

 「いや、それか逃げ散ったと見せたエアーズ将軍や援軍諸軍の部隊が、幕府軍旗を揚げている可能性もあるな……。」

 だが、どちらにしてもそれは問題がある。つまり逃げ散ったという事自体が、罠だった、という事だからだ。



 「友軍後退時の敵軍の拘束は成功しましたね。無事後退完了したようです。それとシルバー少佐、索敵隊からの連絡です。ヤングネイチャーに幕府軍旗10旒。平文で通信有り。おそらくヤオネ少尉機です。」

 そう告げるのは幕僚として備えるクオン曹長である。

 「なんと?」

 「『音もなき 夜にながれる ほしの緒は 樹上に開く 花とたばねて』漢字だけ繋ぐと、夜緒音、樹上開花になりますから、ヤオネ少尉が掲げている旗は、三十六計の樹上開花に掛けた、見せかけの幕府軍という事かと思われます。」

 「宜しい。ではカリスト少尉、オニワ中尉に伝令。兵を進めよ。」



 「バイド将軍、敵軍攻め込んできます!」

 「えぇぃ……!」

 既に彼らの軍勢は混乱の最中にある。迂回していた歩兵や車両はシドニー方向に撤退を始めているが、戦闘機部隊による爆撃もあり、後退が制限されているサイクロプスと戦車隊は統率を失い、それぞれに応戦しているだけである。彼の脳裏に撤退の言葉は浮かぶが、民衆を扇動してこの会戦に挑んだ彼としては、此処で大敗してしまえば民衆の支持を失う可能性もあり、次があるかはわからない。

 「ぐっ!」

 しかし戦場においては一瞬の迷いすら許されることは無い。彼の本陣周辺にも砲撃が集中し始める。前衛にあってはそれ以上の事である。

 「退くことはかなわん!このまま攻め続けろ!」

 だが、バイド将軍の指示に従わず、兵達は少しずつ欠け落ちていく。まさに先のエアーズ将軍の軍勢と似たようなものだ。訓練された正規兵であればそれでも踏みとどまる者も多いが、彼の軍は反乱軍であって、軍に比べたらその統制は比べるまでもない。優勢であればむしろ正規軍以上に沸き立ち士気が上がるとしても、劣勢になればそれは酷いものであった。



 「勝敗は決しましたね。セレーナ中尉、追撃を始めよ。」

 シルバー少佐は長門を指揮するセレーナ中尉にそう伝えるが、彼女からは異議申し立てがあった。

 「シルバー様、すでに勝敗は決したのですから、オーストラリア軍に花を持たせましょう。追撃は彼らに、わたくし達はその援護で。」

 エアーズ将軍は必ずしも無能な指揮官ではなかったが、この会戦では大きな失態を犯し軍功としてはイマイチである。彼の配下の一部はオニワ中尉の下で奮戦しているが、彼の本陣は現在でもさえない程度に砲撃を行っているだけだ。もっともこれは本陣護衛を優先しているためともいえるのだが。

 「なるほど。幕府軍と台湾軍はその場で砲撃を継続。エアーズ将軍に伝令、背後は我々が支援するので、追撃戦はオーストラリア軍に任せたい。台湾軍を本陣護衛に回す。以上。」

 「エアーズ将軍から返信、感謝する、です。」

 彼とてそれなりの武功を上げなければ示しはつかないし、部下達への配慮も必要である。追撃戦であれば敵を討ち取ることは幾らか楽になる。本陣を死守していた近衛部隊にとっては評価される上で丁度良い役回りであった。また、前衛を務めていた部隊はすでに疲労しており、歩兵の駆逐や収監なども必要になる追撃戦は負担であった、ということもあるだろう。

挿絵(By みてみん)

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