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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0277年9月) オーストラリア会戦<完結済み>
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外伝 オーストラリア会戦 03節

 先の打ち合わせによってシルバー少佐は軍を円滑に編成し、現在太平洋上にて台湾国総統朱籍を出迎えるべく軍を展開していた。ぱっと見としては心もとないが、軍勢は長門級超弩級戦艦長門、伊吹級空母水面の2隻である。いずれも航空艦艇としての機能を持ち、空域に滞空しつつ戦闘を行える能力を持っていた。長門については艦隊旗艦クラスとして近年就航した艦艇であり、全長250メートル弱、サイクロプスと呼ばれる20メートル弱の人型兵器を最大10機搭載可能で、頑丈な装甲と41センチ連装実弾主砲を4基、多数の対空機銃やミサイル発射管を8門装備した重戦艦である。伊達幕府は新地球連邦政府によりサイクロプス保有数に制限をかけられていることから、艦艇でも十分なサイクロプス迎撃戦が行えるべく建造されている。続く伊吹級航空戦闘空母水面もまた、単艦でのサイクロプス迎撃能力を有する巨大空母である。全長約500メートル、艦首拡散ビーム砲の他に連装メガビーム砲を数基、ミサイル発射管や対空機銃を多数揃えた超大型機である。形状は羽を広げた丹頂鶴をイメージした独特で優雅なフォルムをしているが、その積載量は幕府主力戦闘機旋風だけならば約100機程度を満載できるほどの強力なものである。この伊吹級に搭載される戦闘機旋風は、寸法としてはかなり小型の部類に入るが、その旋回性能と対艦ミサイルはサイクロプス相手でも有効な性能を有する。一方で航続距離や弾数など継続戦闘能力に乏しいが、これは戦場に同道する母艦との連携を前提に設計されたものであり、瞬間火力と決戦思考の幕府軍においては特に問題視されるものではなかった。ミサイルについてはアンチレーダー下では十分な追跡能力を持たないが、画像解析による一定の追跡の他、多数の機体による飽和攻撃でそれを補っていた。

 「台湾艦隊旗艦丹陽、護衛艦隊とともに接近してきます。」

 今回台湾艦隊が運用してきた艦艇は、彼らの中では普段使用することがほぼない航空艦艇である。海上艦よりは足が速く、幕府軍と行動を伴にする上で容易であることからの選択だが、その戦闘力は決して高いとは言えず、基本的にはサイクロプスキャリアとしての機能中心である。この選択もなかなか難しいところで、主力海上艦は台湾海域に展開しておき、北京や朝鮮の不意打ちに備える必要があったからである。丹陽以下動員された艦艇は戦闘能力自体は低いため、これが守備戦線から抽出されたところで大きな問題とはならないメリットがあった。それ故に、その防御力を不安視し、幕府軍は沖縄沖まで出迎えに動いている。

 「戦闘機旋風部隊は、継続して周辺警戒に備えよ。急襲を備える面から巡航速度は抑え、偵察部隊の運用を優先する。また、出迎えの戦闘機隊を向かわせよ。」

 巡航速度を上げればそれはそれで敵の急襲に備えることにはなるのだが、広く偵察部隊を展開しての行軍のほうが相対的には安全である。今回は台湾総統朱籍も参戦することから、より一層の安全が求められるのである。

 「こちらは台湾国の軍司令、馬である。出迎えに感謝する。伊達幕府女神隊軍団長、シルバー将軍にご挨拶したい。」

 幕府軍にそう通信が入る。幕府軍の少佐は一般には将軍格であることからの言い方だが、良く言えば軍司令足る馬将軍と同様の呼称を、あるいは征東将軍を意味させるための方策であった。ただ、流石に現実的に台湾国を治める朱総督と比べると格落ちさせて考えざるを得ない。それが新連邦政府内での区分であるからだ。

 「こちら伊達幕府のシルバー・スターです。朱総督、馬将軍の御同陣に感謝いたします。」

 「重ねて出迎えに感謝する。オーストラリアへの巡航に関しては幕府軍の護衛に任せたいが、取次ぎとして暫く私をそちらに迎えて欲しい。よろしいか?」

 これはつまりシルバー少佐の値踏みをしたいという事である。彼女はまだ若く実績に乏しいため、台湾国としては不安がある、という意味だ。シルバー大佐の実績は基本的にはサイクロプス戦の初陣でエースとなり、蝦夷の鬼姫とあだ名をとった事は知られているが、現実に軍団規模の軍勢を動かしたことは無い。今回の叙任もまた、幕府軍総司令イーグル・フルーレによる抜擢人事であったからだ。

 「わかりました。馬将軍以下数名の将校の方の、当軍参謀本部への観戦武官としての任を認めます。人選は任せますが、こちらの機密を見せるわけですから、十分に選択した上でお願いします。」

 「承知した。感謝する。」

 それ故にシルバー少佐はそれを快諾する。従来から台湾とは連携作戦を採ることが多く、その兵器類もある程度共通規格で製造されているが、今回は特に同じ戦場で命を預けあう関係となる。お互いの能力を正確に認識し、疑念なく行動を取れることが重要な要素となるからであった。



 「幕府のシルバー少佐は、こちらの要望を快諾。朱総督、如何しますか?」

 そう馬将軍に問われるのは、台湾総督の朱籍である。まだ40代と若いが、統治能力についても軍事能力についても高く評価されており、名将の誉高いイーグル・フルーレからも一目置かれている人物である。ただ、近年は台湾防衛のみが常態化しており、実戦が不足してきてるため、今回のオーストラリア防衛戦に参戦し、将兵の教練を行うべく自らも同陣してきていた。

 「シルバー少佐というのは、聞く限りでは軍才に優れているとは言うが、まだ18歳と若い。こちらもよくよく注意して対応せざるを得ないし、場合によっては主導権を奪わざるを得ないだろう。人選は大事だが、まずは人物を知る必要がある。私と将軍の他、子飼いの参謀2名で訪問するとしよう。」

 「やはりご自身で向かわれますか?」

 「そうだな。そのほうが早い。」

 直接会ったほうがその所作などから人となりや考え方を読みやすいものだ。モニター越しではどうしても生の感覚が阻害されるのである。

 「では疾く参るぞ。」

 「はっ!」

 そう言って彼らは小型艇に乗り込むべく準備を始める。フットワークも軽い総督であった。



 「朱総督自らお越しとは。どうぞこちらへ。」

 そういって到着した朱籍一行を出迎えるのは、セレーナ中尉である。シルバー少佐自ら出迎えようという意見もあったのだが、流石にそれは下手に出過ぎる、という事でイシガヤとセレーナが止め、会議室を兼ねる応接間への案内となった。故に、出迎えるのは今回の副司令たるセレーナ・スターライト中尉である。

 「朱総督、馬将軍、他参謀方々、ようこそおいでくださいました。私が伊達幕府女神隊軍団長、シルバー・スター少佐です。」

 セレーナ中尉が応接に通した後、シルバー少佐が代表してそう挨拶をする。

 「これはご丁寧に。私が台湾総督の朱籍です。」

 「それでこちら側ですが、右から順に、副司令として出迎えにお伺いしましたセレーナ・スターライト中尉、サイクロプス隊指揮官としてタカノブ・イシガヤ大尉、サイクロプス隊副指揮官としてヨシノブ・オニワ中尉、作戦参謀総長としてカリスト・ハンター少尉を任じています。いずれも若いですが、能力的には支障はないものと考えております。」

 シルバー少佐がそう告げる。

 「確かにお若いですな。何か理由が?先にこちらをご紹介しますと、台湾軍は総て馬史慈将軍に任せています。ご存じの通り、馬将軍は台湾軍の中では実戦経験も多く、手堅い采配をする有力な将の一人です。お見知りおきを。」

 馬将軍は幕府軍とも交流が多く、定期的に観艦式などを合同で行う仲である。基本的には幕府軍少佐以上がそれらの軍議に参加するため、任官から日が浅いシルバー自身は交流がない。

 「ありがとうございます。こちらこそ各将若いですが、宜しくお願い申し上げます。さて、こちらが若い理由ですが……、イシガヤ大尉、説明を。」

 そしてシルバーは説明をイシガヤに丸投げする。つまるところ説明が苦手で、なおかつ面倒だと思ったからであろう。事前打ち合わせにもない事であった。

 「えぇ…………。えぇ、幕府軍の将校が若い理由でしたね。こちらが若い理由ですが、今回は総司令イーグル・フルーレによる指示になります。貴国もご懸念かと思いますが、今回我らの指揮官は軍団長に昇格したばかりのシルバー・スター少佐が務めます。今回の戦闘はそれなりに大きなものになる予想ですが、幕府側も貴国と同様に、練兵を兼ねての出陣となりました。ついては、実戦経験の少なめな20代前半の将兵で固めて出陣せよ、との命令となり、今回の人事となった次第です。些かご懸念はあるかと思いますが、能力的には高いものを集めておりますし、実務上の問題は無いかと思います。」

 とはいえ彼女がイシガヤに押し付けたのは、彼が一番戦歴の長い将軍階級だからである。彼は常設師団長格であり、最高階級が大佐という幕府の特異な階級制度の中では大尉ではあるが、一般的には師団長として少将相当の格にある。妥当な人選であった。

 「狂将と名高いイシガヤ大尉がサイクロプス隊指揮官であれば、サイクロプス隊は安心ですな。」

 そういうのは馬将軍である。やや言いにくいことであるから、朱総督に代わっての発言であろう。

 「遊撃隊で固めていますから、部下達の勇猛さと忠義はお任せください。」

 彼の狂将としての仇名は、その戦闘行動に起因する。彼の愛機であるペルセウスは装甲と加速性に優れ、遊撃隊の先頭で狂ったように敵陣を突破していくことからついたものである。

 「また艦隊ですが、ご存じの通り当軍のシルバー少佐は、遊撃隊軍団長カタクラ少佐に幼少時より鍛えられ、フルーレ執権にも評価されております。副官のセレーナ中尉やカリスト少尉にしても、カタクラ少佐の薫陶を受けておりますので、同年齢のものと比すればご心配には及ばないと思われます。」

 「なるほど…………」

 そういって馬将軍はセレーナ中尉を見る。彼としても別にシルバー少佐の能力を疑っているわけではないが、実際にどれほどのものか、という点で興味があるだけだ。従来幕府は能力によって階級がつけられており、たとえ王族といえども能力無しに要職に就くことは無い。シルバー少佐の父親は既に戦死しているが、当時の階級は中尉に過ぎなかったほどである。だが、同じ中尉といっても今いるこの若い中尉は立場が異なる。王族でもなく20代前半で幕府軍上級中尉というのはそれほど多くはない。ましてや今回の副司令格がイシガヤではないのだから。

 「お初にお目にかかりますわ。セレーナ・スターライト中尉と申します。市井商家の出ですが、そちらのイシガヤ大尉とご縁がありまして、軍への推薦を受けました。正式な軍学校は出ておりませんが、幕府軍軍政顧問のツナノブ・オニワ長老、遊撃隊軍団長カゲムネ・カタクラ少佐より、王族の方々と一緒に教育を受け必要単位は履修しております。当初は遊撃隊参謀部に配属されておりましたが、現在は女神隊所属で駆逐艦戦隊を任されております。」

 「ほぅ……。オニワ、カタクラ両将から直接……。」

 幕府の中でもとりわけこの二人は独立戦争以来の名将として知られており、台湾軍においてすら有名である。彼らから直接講義を受けているのは、軍学校に通わない王族とその関係者がほとんどであり、その薫陶を受けた者たちは要職についているケースが散見される。カタクラ少佐については軍学校での講義は行う場合もあるのだが、オニワ長老は既に一線を退いてイシガヤ家家宰の仕事に専念しているため、この講義を受けられるものは稀であった。つまり、この二人から専門的に教育を受けているという事は、かなり特異なことである。

 「セレーナ中尉は当家出入りの商家の娘であったのですが、特に請うて軍に入ってもらいました。その後はイーグル執権にも認められ、抜擢されています。」

 イシガヤが補足する。

 「それと、こちらがカリスト・ハンター少尉です。本年士官学校を次席で卒業したばかりですが、女神隊に配属され遊撃隊カタクラ少佐の下で実地教習中です。今回は彼女に参謀本部を任せることになります。指揮下は遊撃隊や女神隊の実戦経験のある下士官で固めていますので、問題は無いかと。基本的には戦術考案などではなく、作戦中の事務処理を任せるための部隊です。」

 「カリスト・ハンター少尉です。若輩ですがよろしくお願いいたします!」

 「こちらこそよろしく。……しかしそれは参謀は不要という事でしょうか?」

 馬将軍の疑問も当然である。参謀が不要という指揮官もいるが、一般にはそれなりに人員を抱えていることが多い。

 「そうですね。私に参謀は不要です。必要があれば副官のセレーナ中尉の意見は参考にしますので、そちらで取り纏めさせるつもりです。」

 その問いにはシルバーが自ら答える。

 「なかなかご自信があるようですな。」

 馬将軍のこのセリフには悪意自体は無いが、大いに疑念がある、というニュアンスは残る。

 「馬将軍、これは一つ模擬戦闘でもしてはどうだろうか。我が台湾国も実戦経験が少なく、幕府軍もまだ若い将校が多い。警戒速度で進む場合、オーストラリアまではまだ2日程はかかるであろうから、時間つぶしにもちょうどいいのではないだろうか?」

 単純な好奇心から、というような発言の朱籍であるが、実際には幕府軍のお手並み拝見、という目的のための発言である。馬将軍の疑年に対する答えを求める、という事でもあろう。

 「シルバー様、よろしいのではないでしょうか?幸い、模擬戦のシステムは長門でなら運用可能ですわ。通常の旗艦としての機能は伊吹級でも代替できますから、暫くそちらを使えばよろしいかと。」

 セレーナが指摘するが、艦隊旗艦クラスとして建造された長門の電算システムは特に強力である。シミュレーターは細かい変数を処理するため、そういったシステムでなければ運用できないが、長門においては幸いにして、それが可能であった。



 白金(しろがね)の星 金色(こんじき)の星 いずれも照らす 宵闇の空



 「これは恐ろしいですな……。シルバー少佐もセレーナ中尉も、お互いに戦術思想は全く異なりながら、それで居て二人とも恐ろしく強い。」

 馬将軍が唸る。彼は台湾軍の中ではトップクラスの指揮官ではあるが、その彼が彼女たちに翻弄されているのあった。

 「兵が少なければ私にも充分勝機があるが、兵が増えれば増えるほど、シルバー少佐の戦術の緻密さに勝ち難くなり、戦場の変数が増えれば増えるほど、セレーナ中尉の陣営を打ち破ることが難しくなる。」

 彼としては、これほど若い女性達に打ち破られることは屈辱ではあっただろうが、しかし軍略家としては正確な情報で物事を判断しなければならない。とても勝てない、というのが彼の結論であった。

 「馬将軍もサイクロプス戦では私達を翻弄されています。」

 シルバーが指摘することも事実で、サイクロプス戦になると技巧的すぎるシルバー少佐の陣形が崩れて押されることも多く、セレーナ少佐に至ってはそもそもサイクロプス戦がそこまで得意ではないことから、それに限れば全体的に劣勢ではあった。だが、大規模な会戦、大規模艦隊戦になれば状況は逆転していく。将軍クラスの指揮兵力になった時点では、いずれも馬将軍が劣勢に立たされているのであった。

 「シルバー少佐、甘く見て申し訳なかった。今回の作戦については、貴官の指揮に従ってみよう。」

 味方の実力ははっきりとはわからないが、こうして敵として干戈を交えれば、その人の特性はよりわかりやすい。その中でお互いの信頼を勝ち得たことは、重要であった。

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