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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0277年9月) オーストラリア会戦<完結済み>
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外伝 オーストラリア会戦 02節

挿絵(By みてみん)

 「と、言うわけでわたくし達が呼ばれたと?」

 「まぁ、そうなるな。」

 イシガヤの発言に冷たい目線を送る金髪で鋭利な印象を持つ女性は、女神隊のセレーナ・スターライト中尉である。フィン人であるため肌は白いが彫は浅く、身長も160センチに足りない程度で小柄で華奢なところは幕府でも好まれる容姿である。ただし、その鋭利な印象の威圧感は、歴戦の将軍かと思えるほどであり、容姿の割にはモテないという不満を本人は抱えているのであった。

 「…………ご評価を頂いているのは嬉しいのですが、わたくしも駆逐艦戦隊の戦隊長を先般任されたばかりで、いきなり数個師団規模の戦力の副長というのは、些か荷が重いと思うのですが。」

 流石に恐れ多い、といったような雰囲気で彼女は答えるが、

 「だが、セレーナ中尉であれば、兵は多ければ多いほうが実力を発揮できるだろう?」

 イシガヤは平然とそうぶち込む。

 「…………私は韓信ではないのですが?」

 「なるほど、将に将足るほうだったか。」

 「劉邦でもないのですが……」

 イシガヤの冗談かどうかも分からない発言に、億劫な様子でセレーナ中尉はそう応える。実際評価してもらうこと自体は彼女も嫌ではないのだが、別に軍人になりたくてなったわけでもないため、嬉しいかと言われるとそうでもない、というのが感想であった。それなのにこうして出世してしまっている以上、多くの厄介ごとが舞い込んでくるのである。

 「……ご条件からいうと、ヘルメス少佐が一番能力が高いのかと思いますが、さすがに無理なのでしょうか?」

 セレーナ少佐は彼女の元上官について述べる。ヘルメス少佐は彼女たちより1つ歳上ではあるが、軍事能力は確かで、女神隊軍団長を務めていた。シルバーがこの軍団長になるにあたって、空席であった防衛軍軍団長に転任している。

 「無理だな。ヘルメスのほうが先任になるし、それならばヘルメスを大将として出陣させるはずだ。今回の件は意外と人選が難しく、遊撃隊と女神隊以外の士官を採用するというのも必ずしもいい案とは言えない。」

 「やはり?」

 セレーナ少佐がそういう。つまりはシルバー少佐の実績を上げるための戦、という部分が大きいため、彼女の指揮下の人物で、かつ、彼女よりも現時点では目立たない、彼女の功績を奪わない人物を使う必要がある、という事だ。新たに有望なものを抜擢することについては、彼女の人物眼の功績になるので問題無いのだが。

 「ギンも若くてお互いに信頼して作戦を任せられる将がいない。子飼いの将となると、カタクラ中尉とサナダ少尉だが、流石に経験が不足すぎる。能力自体はそれなりにあるし申し分はないが、流石に今回の作戦を担わせるには無理だ。俺の関係にしても、俺と同年のヤオネ少尉と、1つ下のオニワ中尉、後はギン直属の事務処理役にクオン曹長といったところだが、本陣指揮や艦隊指揮にはあまり向いていない。後はセレーナとカリストくらいしか思いつかなかったのだから、仕方ないな。今回の作戦は割と重要な作戦であるから、変な人事をするわけにもいかない。」

 「まぁ、変に若手の内の年長者を採用するよりは、妥当なご判断ですわね。」

 イシガヤの人選については、女神隊・遊撃隊で同時に運用されることの多いセレーナとしても理解できるところである。この程度の規模の戦であれば、年齢を問わなければもう少し選択肢の幅は広がるのだが、25歳未満という制限が大きい。本来は、此処に空軍か海軍航空部隊の指揮官を入れたいところであったが、先述の理由でちょうどいい人選がないため、陸海空軍適性がある遊撃隊メンバーで構成せざるを得ない、といったところか。

 「ところで私はどうしたら……?」

 呼ばれて同席させられながら、放置されていたカリスト少尉が口をはさむ。彼女は身長は160を少し超える程度の平均的なところで、華奢なセレーナとは対照的に体型は女性らしく、青味がかったように見える黒髪に、色素が薄いのか赤色に近い赤茶色の瞳をしている、比較的大和民族よりの美人であった。人種的には大和民族系と白人系と思われる人種との混血であるが、由緒のある家柄でもないためはっきりとしたところは不明である。

 「ごめん。カリストの事は忘れてたわ。」

 「なにそれ酷い!」

 「それはそうと……」

 「流された!?」

 「カリストには、セレーナ少佐の補佐または参謀部の統率あたりをしてもらえるといいのではないかと考えている。おそらくギンやセレーナとは相性がいいはずだ。参謀部は重要な部門なのだが、今回はギンの意を受けて動くメンバーが必要であって、自発的に色々処理し考案する機能は必要としていない。つまり、現時点で名のある幕僚を中に入れることは微妙だが、かといって処理力の低い人間を入れても二人についていけない。裏方の処理力が早い人材が必要だ。だからカリストを呼んだ。少なくともカタクラ少佐の指揮下で薫陶を受けているから、戦術思考は二人と近いほうであろうし、カタクラ中尉よりも名前が売れていないから丁度いい。カタクラ中尉を出すと、祖父の遊撃隊軍団長であるカタクラ少佐の名前に引っ張られてしまうからな。」

 「つまり、都合がいい女という事ですね?」

 イシガヤの発言に、セレーナ中尉がいたずらな笑みを浮かべながらそういう。

 「セレーナ中尉も酷い!」

 どちらかというと鋭利な表情のセレーナ中尉にたいして、表情豊かなカリスト少尉はぷんぷんと頬を膨らませながら抗議するが、まぁまぁとイシガヤに宥められて落ち着きを取り戻す。

 「細かい配置は後で再度適性を見ながら考えますが、協力してもらえるという事でいいですね?」

 「えぇ、シルバー様。そもそもシルバー様が女神隊軍団長なわけですから、ご命令頂ければそのように働きますわ。」

 「私もわかりました!」

 セレーナとカリストがそう応じたところに、

 「ありがとう。それでは、何度か模擬戦をしましょう。」

 シルバー少佐がそう提案し、シミュレーション室への移動を促すのであった。



 幕府の艦隊戦のシミュレーションシステムは、あくまでも机上論に基づいた数値での戦闘になるため、実戦での兵士の心境などはあまり勘案されていない。しかしそれでもこの時代におけるシステムではそれなりには実戦的である。

 「セレーナとの模擬戦闘では3勝2敗、カリストとは5勝0敗か。さすがだな、ギン。だがセレーナ少佐もこれほどとは……。」

 あくまでもシミュレーション上のことではあるが、シルバー少佐は陣取りと艦隊運用のタイミングが絶妙であり、多くの将校相手に連戦連勝のデータを叩き出している。軍団規模のシミュレーションにおいて彼女と現役で同格といえば、海軍提督のクキ少佐、空軍提督のリ少佐がそれぞれの得意分野でやや有利といったところであるため、此処に喰らいついてくるセレーナ少佐の能力は机上の上ではかなり優秀と言えるだろう。

 「セレーナ中尉は陣取りが絶妙ですね。思いのほか艦隊陣形を突破できません。」

 シルバー少佐はやや苦虫を噛み潰したような表情でそう述べる。2敗もするというのは彼女の中ではレアケースである。歴戦のクキ少佐やリ少佐などはともかく、現役軍団長の中で彼女に2勝できる者は少なく、カタクラ少佐を含めて少佐格がようやく1勝できるかどうか、といったところであったからだ。

 「私はボロボロでした!」

 うがーっとでもいった擬音語をまとっているかのように、勢いよくカリスト少尉はそう述べる。

 「カリスト少尉は全体的に教本通りなので対応は取りやすいですね。陣変の速さや兵站部隊の配置などについては十分評価できます。」

 「それは褒められているのか貶されているのか…………」

 カリスト少尉はそのシルバーの発言に複雑な表情を浮かべる。教本通りというのは応用に乏しいという隠喩かもしれないからだ。

 「布陣後も教本的な戦術をとれる将校は少ないですから、それができるという点で褒めています。」

 「ありがとうございます!」

 カリスト少尉は軽くそう返すが、その相手は国家を象徴する伊達幕府の伊達家当主である。やはり度胸は抜群にあるのだろう。

 「これならば、タカノブの推挙通りで行きましょう。副官はセレーナ中尉、参謀本部はカリスト少尉、私の補佐にクオン曹長、サイクロプス隊前衛指揮官にタカノブ、ヤオネ少尉、後衛指揮官にオニワ中尉。パイロットにカタクラ中尉、サナダ少尉を加えます。」

 「それで……、いくつか情勢をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 編成を述べたシルバーに対して、セレーナが問う。

 「構いません。」

 「友軍の状況は如何ですか?」

 先ずは情勢確認である。いきなり戦場に到達したところで有利に戦える可能性は少ない。

 「我が軍のサイクロプス25機と戦闘機70機を含めて、サイクロプスで友軍概ね200機程度、敵軍概ね100機程度とのこと。その他双方に戦闘車両、航空機等はいるようですが、判然とはしません。また前述の友軍の内訳ですが、オーストラリア軍が概ね100機、ニュージーランド15機、パプワニューギニア15機、インドネシア15機、マレーシア15機、台湾15機。台湾については戦車10台、自走砲10台、戦闘機20機を飛行可能な艦艇に搭載して参戦するようですね。何処も本格的な動員とは言い難く、せいぜい大隊長クラスが派兵されるとのこと。台湾については今回は朱籍総督自ら参戦するようで、我々と行動を供にします。」

 昨今の戦乱状況で、ある程度余裕のある国から援軍が派遣されることはあるが、今回の派兵はかなり大規模なものである。それだけ、今回の戦闘が厳しく大きなものであるということであろう。

 「オーストラリア軍が少ないですが?」

 「各地の防衛に兵を割く必要があるようで、ゲリラ討伐に動員できる兵力が限られるようです。」

 「エアーズ将軍はそれなりの総督だとは聞いておりますが?」

 セレーナ中尉は自分達の総司令官たるエアーズ将軍の事を問う。彼女も幕僚として戦場を経験しており、彼の情報自体は多少は持っているのであった。

 「軍事的にはイマイチかもしれませんが、無能ではないと私も聞いています。ただ、現在オーストラリアは外国勢力の扇動や資金供与もあり、民心が離れゲリラ勢力がそれなりに力を持っているようです。もっとも、タカノブの調べによれば、ゲリラ勢力よりはエアーズ将軍の支持率のほうが高いものの、ゲリラによる武力威圧によって言うことを聞かされている地域が多々あるようです。」

 「台湾の朱籍様については?」

 セレーナ少佐が敢えて聞くのは台湾総督の事である。台湾は日本協和国とは同盟関係にあり、有事には日本協和国が台湾の後巻きを務めると同時に、台湾は中国大陸を抑え込む役割を担っている。中国大陸は現在南京政府と北京政府で分かれて交戦しており、比較的友好的な南京側とはともかく、北京側を抑える上では重要な立地であった。その台湾から総督自ら出陣するというのであるから重要な部分である。

 「優秀な総督だと聞いています。配下には馬史慈将軍が同陣するとのこと。台湾はあまり外征に参加したことがありませんから、今回は実戦訓練を兼ねているようですね。些か距離もあることから途中我々と合流し、防衛力を高める考えとのことです。」

 「なるほど。ゲリラ勢力については既に?」

 「それについては俺が話そう。」

 イシガヤが続ける。彼は私設工作部隊「黒脛巾」を有しており、一般的な軍士官に比べてはるかに膨大な量の情報を入手できる立場にある。

 「ゲリラ勢力の頭領はバイド・ジョーンズ。狡猾で野心家の壮年の男だ。父親は現野党の重鎮だったようだが、エアーズ将軍との政争に敗れて死去。彼はその後下野したというが、親父の地盤を使って民間の貧困層で人気を集めていたらしい。胆力はあって戦術家としての評価は悪くないようだが、彼の背後にはフィリピンかアメリカかメキシコかはっきりしないが、それなりの国が資金提供をしているようで、ゲリラにしては過分な兵力を有している。エアーズ将軍もつらいところで、すでに首都キャンベラ周辺まで押し込まれているようだ。敵の根拠地はプリズベン周辺から北部スターテンリバー周辺あたりで、旧シドニー周辺も先日陥落したと聞く。」

 オーストラリアの北東側の都市部は概ね抑えられつつあるということである。それなりの都市が存在することから、エアーズ将軍にとってもかなりの痛手であって、看過するわけにはいかない情勢となっていた。

 「なかなかの一大事ですわね……。」

 「思いのほか、敵は強大かもしれんな。」

 一般的な反乱であれば、兵数も精々20機程度の新旧入り混じったような兵力でしかない。だが、主要都市を抑え100機ものサイクロプスを運用してくる敵というのは、軽視できるものではないだろう。それだけの兵力を運用するためには、資金や資源、そして人員と技術も抱えているわけなのだから。

 「ありがとうございます。差し当たってのことは承知いたしましたわ。私はカリストを伴い、作戦参謀本部を開設して士官を集めます。遊撃隊の方もお借りしてよろしいですわね?」

 セレーナ中尉はそうシルバー少佐に許可を得る。彼女は参謀部に勤めていたり、あるいは駆逐艦戦隊を指揮している都合、一通りの本陣運営は把握している。

 「構いません。よろしく頼みます。」

 シルバーとしては、そういってサクサクと物事を進められるセレーナは心強い。彼女の家臣のカタクラ中尉やサナダ少尉も能力としては高い方だが、実際に軍勢を統率しているレベルではセレーナには劣るのである。基本的に彼らの任務は遊撃隊でイシガヤの脇を固める役割であり、本陣を自ら統率する立場にはないからであった。

 「シルバー様はサイクロプス隊、戦闘機隊の編成と訓練をお願いいたします。イシガヤさんには資材をお願いしたいのですが……」

 セレーナは資材についてはイシガヤに問いかける。シルバー少佐が了解することは前提であったが、建設資材等を必要とするならば、遊撃隊で工兵としても動くイシガヤに問う方が理解が早い。

 「わかった。必要な明細をくれれば手配しよう。」

 「ありがとうございます。お財布がいれば安心して発注できますわね。」

 「なにそれ怖い!」

 セレーナの不敵な笑みを浮かべた発言に、イシガヤは驚きの声を上げる。勿論理解が早いというところは重要ではあったのだが、それ以上に自己資金も多いイシガヤの資金負担能力に期待していたのである。多少の無理も通じるだろうからだ。まして、自分の妻の一大作戦で、ケチるような彼ではないことなどお見通しなのである。イシガヤはそのセレーナの表情を見て、致し方ない、と言いつつ、資材集めの指示のためその場を離れるのであった。

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