外伝 オーストラリア会戦 01節
「ギン、その方を少佐に昇格し女神隊軍団長に任命する。ついては、直ちに若手将校によるサイクロプス25機、戦闘機70機程の軍勢を編成し、オーストラリア方面新地球連邦への増援に向かい、暴徒を制圧せよ。」
宇宙世紀0277年9月1日
当代の伊達幕府征東将軍にして近衛軍第二師団長であった、シルバー・スター、和名を伊達銀に先の命令を伝えるのは、現在幕府執権職を務め軍総司令となっているイーグル・フルーレである。伊達幕府軍は、所属する日本協和国の建国以降、新地球連邦政府の増援軍任務を積極的に受けることで、その国際的地位を保っている。現代の戦争で主力となる、20メートル弱の汎用人型兵器『サイクロプス』などには保有制限を受けているが、その援軍戦での戦功は諸国を圧倒するものであった。今回の任務もその一環であったが、従来の戦闘規模に比べてかなり大規模なものが想定されていた。
「御意。軍の編成に関しては自由に編成してよろしいのでしょうか?」
少佐となったシルバーは、そう淡々と問い返す。軍事的才腕に優れる彼女ではあったが、基本それ以外の事には興味がない。このように軍命を与えられた以上は、そのことにのみ、興味が向くのであった。
「いや。今回のオーストラリアへの増援についてはなかなか難易度の高い作戦となるが、その方の実力を確かめる意図がある。編成については25歳未満の将校の内で大尉以下の将校のみを従えて出陣するようにせよ。兵卒は別に構わない。」
イーグルが幾らか試し、面白がるようにそう命令を伝える。
「……お言葉ですが、それでは作戦効率が悪いのではないでしょうか?」
若者を育成のために使うこと自体はありがちなことだが、年功者を入れないというのも埒外の話である。
「勿論だ。今回ほどの作戦であれば、本来は儂自らが出陣してもおかしくはない。だが、貴様は征東将軍として後々君臨する身であるから、恵まれない状況下でも軍を編成し、そして戦い抜く力が求められるのだ。無能と判断すれば軍務を解くと思え。貴様が失敗した場合には儂が自ら敵の平定に向かう。損害は出るが大局的には問題は無いだろう。状況報告はクスノキ中尉より行わせる。本作戦については非効率ではあっても、上位者からの助言を受けることも禁止する。以上だ。」
伊達幕府は元々はシルバーの祖父が作ったものである。その後執権として国を治めてきたのは娘婿でもあったイーグルであるが、シルバーが伊達家の当主として能力を示すのであれば、彼女が軍総司令になっていくのが自然の成り行きであった。だが、長年国を治めてきたイーグルが、血筋だけで簡単に彼女を認めるわけではないのである。
「……御意。直ちに状況を確認し、軍を編成してオーストラリアへ増援に向かいます。」
「そういうわけで、俺の所に来たわけか、ギン。」
「無論です。条件に合う中で一番相談しやすいのがタカノブでしたので。」
今現在シルバー少佐が相談をしている相手は、幕府軍遊撃隊副軍団長を務めるタカノブ・イシガヤである。彼もまだ22歳と若いが、幕府王族イシガヤ家の当主であり、高齢の幕府軍遊撃隊軍団長カゲムネ・カタクラ少佐の後任となるべく、軍務経験を積んでいる最中であった。シルバーとは政略的な結婚をして日は浅いが、頼る人の少ない彼女にとっては重要な存在であった。
「イーグル執権が年齢や階級を制限したのは、つまり俺にお前を補佐させるつもりだからだ。その状況で真っ先に俺の所に来るというのはどうかと思うんだが……?」
イシガヤはそう苦言を呈する。イーグルはそれを見越してシルバーを試しているのであるから、それにそのまま乗るというのはどういうことか、と言うことであった。
「そうであったとしても、作戦効率的には遊撃隊として派遣軍経験が多く、師団長格である貴方を頼る事が効率が良いので。」
「それはそうだが……、政治的駆け引き、というものを考えた方が良いぞ」
イシガヤはそう述べるが、それはシルバーが一番不得手とする事だからである。
「…………善処します。」
その言葉に、イシガヤはやれやれという態度で話を進める。言ったところでたいして改善はされないからである。人間には得手不得手があるもので、特に性格的な面はなかなか改善もしようがない。
「状況についてはクスノキから説明を受けたと思うが、オーストラリアでの暴徒の鎮圧が必要となっている。この暴徒については、昨今のオーストラリアで起きている自然災害や、不作に伴う穀物生産量低下に伴う情勢不安に拠るものが発端ではあるが、現政権に対して不満をもつ左派の連中がそれらを煽り民衆を暴徒化している事が問題だ。」
「治世が悪いという事でしょうか?」
シルバーは問うが、一般にそれが一番の要因だからである。
「いや?オーストラリア方面軍のエアーズ将軍は、確かに有能とまでは言い切れないが、軍事的才腕にしても統治者としての国家経営力にしても、諸国との外交能力についても決して無能ではないし、人並み以上に力を発揮している。オーストラリア方面は新地球連邦にとっても重要な地域であるから、無能の統治など許されるはずもないのだ。」
実際に彼は長い間オーストラリアを抑えており、この乱世にあっても新地球連邦からの独立を志向させない程度には、国民を纏め良く慰撫している。アメリカ大陸などは、新地球連邦政府に任命された前総督が反乱を目指したり、国民の暴動が多発するなど混乱状態が続いていた。
「では何故?」
「暴動が起きている原因か?それは単に食糧が不足しつつあり、それをまかなうために海外からの輸入を増やすべく、増税した金で穀物を手当てしているからだ。当家もオーストラリアへの輸出量は増やしているが、世界的な食糧不足もあり、昨年の1割増しで販売している状況だ。それでも市場価格の2割増しよりはだいぶ抑えているのだが……。」
だが、些か解せぬ、といった表情でイシガヤは首を傾げる。
「世界では穀物が不足していたのですか……。知りませんでした。」
「幕府への供給は十分足りていて、価格は我が家がコントロールして抑えているからな。幕府では不足も価格高騰も発生していない。木星のエウロパで穀物を大規模生産している強みだ。だが、幕府を優先せざるを得ないから、諸国への販売数量を増やすというわけには行かない。関係の深い所を優先すれば、関係の薄い所への供給は減るし、分けられるパイには制限がある中で、価格調整しながら供給をしていかねばならんのだ。いずれにしても、食糧不足の不安を煽り、現政権の重税を咎めて政権を奪おうとする左派の蠢動の結果、暴徒が発生してしまい、軍の一部も離反した、という状況だ。だが、エアーズ将軍は新地球連邦に対して忠実であるし、この暴動鎮圧が出来ていないという問題を除けば失点は少ない。故に今回の援軍派遣となった次第だ。」
実際問題、大規模な暴動が発生しているとはいっても、新地球連邦政府の影響下の国家ではまだ政情が落ち着いている方で、親新地球連邦系の国家である。見捨てる意味はないのだ。
「しかし、何故暴徒を鎮圧できないのでしょうか?サイクロプスと戦車で轢けばすぐなのでは?」
シルバーは心底分からない、といった感じでそのような暴論を述べる。確かに、暴徒鎮圧だけを考えればそれが一番手っ取り早い。
「いやいや。流石に戦車で轢くのは引くわ。戦場になったら別だけどな。単純に敵将であるバイド将軍の方が軍才が上であることと、メディアを抑えて民衆の支持を集めているから不用意な対応は出来ないのだ。もっとも、実態として暴徒側に民意があるとは思えんがな。だが、敵対すれば家を焼かれるなどの問題も起きているから、民衆も暴徒側を見過ごしている、というのが実態に近いだろう。また敵の戦力も軽視はできない。おそらく外国勢力の手引きであろうが、人型兵器であるサイクロプスも最新鋭機で50機程度は有しており、その他型落ち機も多数所持している。総数で言えば概ね100機程度の戦力、といったところか。」
「そこそこの数ですね。」
小国の戦力に匹敵する数であり、頭数だけで言えば幕府軍の地球軍がサイクロプス100機ほどに制限されている現状、軽視できる兵力ではない。
「そうだ。残念ながらエアーズ将軍は民衆に危害を加えにくく、そもそも軍事的才能が敵よりも劣るために劣勢にある、という状況だ。また、どの道治安維持用に各地に兵を分散配置させねばならない都合から、策源地である敵の本体をつぶすだけの余力が無い、という問題がある。今回は我々のほかに、台湾軍がサイクロプス15機、戦闘機30機程度、その他東南アジア周辺諸国より合計60機程度のサイクロプス部隊が派遣される。オーストラリア方面からも100機以上が暴徒鎮圧に向かう事から、延べ200機程度のサイクロプスが揃う事になるだろう。」
「なるほど。今回の派兵で、敵の根拠地を概ね叩き、暴徒を鎮圧しようという事ですね。」
「そういう事だな。」
イシガヤの情勢説明にシルバーが頷く。後は戦をする上での計算にどう組み込むかだ。
「概ね状況はわかりました。が、それはそうとしてどう軍を編成するか、が重要ですね。話を聞くと諸国連合での戦闘になるため、ある程度政治や外交にも対応できる人材が必要に思えます。ただ、私には若手将校にそう言ったツテが無く。陸軍のニッコロ少尉などが軍政官として頭角を現していますが、年齢的に25歳は超えてしまうのがネックです。子飼いのカタクラやサナダも将来的には頼りにできると思いますが、今は戦場経験すら少なく副官格にするには問題もありますし。かといって、貴方を副官にすると前線を任せる将に困る可能性がありますから、別の者を紹介して欲しいのです。誰かご存じありませんか?」
シルバーのネックは軍務経験の少なさである。能力的には問題ないため出世をしても作戦行動自体はとれるだろうが、将校との交流が少ないためにまだ誰を使ったら効率的か、その判断をすることが難しく、また手駒として使える人材も少ないのがネックであった。
「そうだな……。俺が知っている中では、現在女神隊に所属しているセレーナ・スターライト中尉を奨める。俺と同年だが、18歳から多数戦場に出ているから素人ではない。」
「セレーナ中尉、というのは、昔貴方を振った女性でしたか?」
この逸話は一部では有名な話である。セレーナ少佐の実家は商社を営んでおり、イシガヤ家には調度品などを納入している。規模的には中堅商社レベルではあったが、信用できる相手としてイシガヤ家からは重宝されていた。この逸話は、彼が反乱分子を討伐し巨大企業CPGの実権を握った直後、取引先を招いてのパーティーを開いた時の話であった。
「そうだな。当時の俺は慢心もしていたが、その胆力を評価してスターライト家とオニワの爺に頼み込んで、彼女に王族並みの高級仕官教育をさせたのだ。着任時は女神隊所属で遊撃隊軍団長カタクラ少佐の幕僚候補生として戦地に赴いたが、そこで戦功を挙げたのも大敵を向こうに回して堂々としている胆力あってのものだな。その後も何度と戦場を伴にしているが、参謀というよりは副官や将官としての性質の方が強いと思われる。故に先だっては駆逐艦一戦隊を任されて戦場に出ていたが、見事な指揮で敵艦を撃破して見せていたぞ。」
「すでに中尉に昇格というスピードなので、貴方の愛人という説もありますが……」
「そんなわけはない。一度も手を出したことは無いし、今後も側室等に入れる気もない。向こうも入る気も無いだろうが。もしあいつを娶るつもりなら天下を狙っていると思われるだろうし、狙わざるを得ないだろう。」
絶対にありえない、イシガヤはそう断言する。
「それは?」
「軍才についてはイーグル執権も、海軍クキ提督、空軍リ提督、遊撃隊カタクラ少佐も認める所で、だからこそ既に上級中尉まで任されているのだ。女神隊は士官が少ないため、出世させるのに都合が良いというのもあるがな。基本的には艦隊指揮を得意として、野戦築城や兵站維持などにも適性がある。戯れにシミュレーションで師団規模の艦隊戦指揮で戦ってみたが、俺は一度も勝てなかったぞ。」
イシガヤは王族であるため出世は早いが、だからといって副軍団長を務める能力が無いわけではない。サイクロプス戦の適性の方が高いが、航空機戦にしても艦隊戦にしてもそれ相応の采配は持っているのである。そのイシガヤに圧勝という事だから、統率力はそれなりのものだという事である。
「加えて、幕僚候補として任官しただけあって、知略についても申し分は無い。政治経済面でもそこそこ優れているが、これはスターライト家で跡取りとしての令嬢教育を受けているためだ。スターライト家は当家に出入りする商社で、日用品や芸術品などを扱っている民間企業だ。大きな企業ではないが手堅い所で、セレーナの教育にしても経済面、他社との交渉する場合のやり方など、それなりに教育がなされたと聞いている。実際に当家のパーティに参加する場合でも、それなりの振る舞いはしていたから問題は無いと思われる。ただでさえ財力もあり、ギンなどの軍才のあるものを抱えている俺が、セレーナなんぞ有望な指揮官を抱え込んだら、国民に何と思われるか恐ろしくて考えられんわ。」
「なるほど、確かに副官にしても良さそうな人物像ですね。」
そういったこと全般に使える将校というのは、幕府軍の中ではそれほど多くはない。若手将校も多く、性格的に猛将型の比重が高いため、政治経済のやり取りまで出来るものは希少であった。
「それ以外だと……、同じく女神隊のカリスト・ハンター少尉か、ヤオネかクオンが無難ではないか?」
彼が述べる内、ヤオネは彼の婚約者であり、クオンは側室である。いずれもシルバーよりは先にその立場にあったこともあり、彼女としても昵懇の間であった。
「ヤオネ少尉はサイクロプス戦指揮官としての適性が高いので、私の補佐官というよりは貴方の補佐官として前線を担当してもらうつもりです。クオン曹長は私の幕僚府に配置します。ただ、今回は作戦規模の上で、クオン曹長を参謀長にすることはできませんね。」
クオン曹長は王族の側室として政治的立ち位置としては申し分はないが、対外的にはあくまで曹長の立場である。実力主義の幕府内では、その知略と処理力で戦術参謀長として起用することはできるが、流石に海外における政治的関係性を考慮すると、士官以上を充てることが好ましかった。
「それでカリスト少尉とは?」
「カリストは数年前に俺の所に侍女候補としてきたんだが、女神補正と能力と胆力が優れてそうだったので、当家で補助して士官学校に送り込んだやつだ。木星の貧民街生まれでギンと同年だが、軍士官学校を次席で卒業して女神隊配備。現在はカタクラ少佐の指揮下で教練中となっている。」
「……また貴方の。」
シルバーはそういってイシガヤをジト目で見る。政略結婚してから日も浅く、愛情がどこまであるかというと微妙なところではあるが、軍事にしか興味が無いと言っても彼女もまた女性ではある。
「いやいや、カリストにも手は出していないから!むしろ殴られたんだが……。」
「…………それは胆力がありますね。数年前の貴方を殴るというのはなかなかの命知らずです。」
それはつまり家督相続後に専横の家臣団を大規模粛清し、公然と恐れられていたイシガヤを殴った、という事である。なぜ殴られたのかについては、シルバーが気が付かなかった事もあり彼は言及しない。
「まぁそれだけに政治には疎いが、軍事作戦における後方支援任務での頭は抜群で、通常の作戦行動についても教本的ではあるが、対応力は抜群の知才はあるとカタクラ少佐のお墨付きもある。サイクロプス戦はいまいちだが、艦隊戦と全軍補佐には向いているタイプだな。」
「なるほど。カタクラお爺様のお墨付きとあれば信用できますね。追って面接したいと思います。」
巧く躱したセレーナと違い、イシガヤを平然と殴ることは胆力があると同時に政治面に疎い証拠ではあったが、少なくとも軍事的才腕さえあれば補佐を任せることに問題はない。人材は限られている以上、適材適所が重要であった。