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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第16章 終わり無き終結 02節

 宇宙世紀0282年3月31日

 伊達幕府軍は二手に分かれて地球圏に復帰、そして侵攻をしていた。既に北海道においてはハーディサイト軍をすべて撃破し、掃討戦まで完了している。一方のインドネシア解放軍については道半ばである。インドネシア自体は伊達幕府と共闘する事に協力的であり、一部のゲリラが残っている事を除けば既に軍は掌握されている。ただ、ハーディサイト軍の本拠であるフィリピンに近く、またその影響下にあるベトナムやパプワニューギニアなどとも近いことから、民心はまだ落ち着きを取り戻したとは言えない状況にあった。同方面を担当する総司令シルバー・スター大佐においては、その軍を海軍軍団長フジユキ・クキ少佐、空軍軍団長ミン・リ少佐、そして軍監としてシゲムネ・サナダ中尉を配置し、総軍を取りまとめるために北海道釧路に帰還していた。

 「シルバー様、クラウン中佐から連絡が入り、北海道の制圧が完了したとの事です。」

 そう伝えるのは、幕僚の一人でシルバー大佐の重臣でもあるカタクラ大尉である。彼も降下時はインドネシア戦線に配置されてはいたが、現在はシルバー大佐に同道していた。シルバー大佐付きの幕僚長格は、彼女の癖に合わせる必要がある事から、ある程度人選が絞られるためである。

 「カタクラ、連絡ご苦労。明日の昼、釧路で戦勝演説を行います。また、その後首都仙台にて伊達家の廟に詣でた後、新江戸城の今上天皇陛下に戦勝報告をします。クラウンには兵を釧路に集め、演説台を設けるように伝えなさい。」

 「釧路で?」

 カタクラ大尉が問うのも当然で、釧路は幕府において重要な拠点ではあるが、都市機能は貧弱である。兵を集めて演説等を行うのであれば、旭川や、あるいは首都である仙台で行うのが普通ではないのか、ということである。

 「カタクラ、釧路には軍港・軍空港があり、またイシガヤ家がかつて城塞化した土地のためにその遺跡を利用すればテロも防ぎやすい。先の北海道攻略戦においてはセレーナが陥落させ、既に拠点の防御態勢を整えていると聞く。下手に仙台を使ったり、あるいは機能の回復していない石狩を使うよりは、はるかに効率的でしょう。」

 先の北海道攻略戦においては、釧路湿原炎上によってあまり活躍できなかったセレーナ少佐ではあったが、要塞構築については十八番であり、アジア方面への進出拠点にする必要もあって釧路の大規模整備を行っていた。元々幕府領になってからは、イシガヤ家の居館及び軍とCPG関連施設が多く配置される地域となっており、一般民間人の資産等を考慮する必要ない地域であった。平野の広さとしては帯広という選択肢もあったが、そちらは旅行者の宿泊施設や軍関係者の家族の住居が以前まであったため、選択肢からは除かれていた。

 「わかりました。釧路にて演説準備を行います。」

 ともあれ、総司令の要望を叶えるのが彼の役割である。



 宇宙世紀0282年4月1日

 釧路では振ることが稀な雪が静かに降るこの大地に、銀色の陽光を黒髪に射した女性が佇む。華やかな美人とは言え無いが、深い知的な瞳と物憂げな表情をし、まるで観世音菩薩像のような優しさの滲む威風を携えた人物。彼女こそが今世界を動かそうとしている日本国伊達幕府の長である、征東将軍伊達大納言銀、通称シルバー・スター大佐である。

 「諸君…………」

 彼女の声は、穏やかで重く、その年齢やまだあどけなさを残す表情とは対照に、人を魅了する威厳を備える。小娘の黄色い声などではなく、その命令で敵味方数万の命を失わせながら、後悔なく胸を張れる者の声である。

 「ありがとう。そして良くやった。」

 彼女の前には数十万の将兵、カメラの先には数億の自国民が控える。

 「あの日……、私はこの釧路で最悪の知らせを受け、ただちに兵を纏め、国と民を護るために、彼等と供に戦った。あの時同じ戦場に立った者の中で、今此処に立つものは少なく、雲の上か、病床に臥せる者のほうが多い事だろう。私の妹もまた、彼等と供に雲の上にいる。」

 事実、シルバー大佐の妹ヤマブキは、石狩の戦線で戦死している。

 「そして……、あの時我々は故郷を失ったが、皆の奮戦によりこの北海道の大地を取り戻す事が出来た。多くの民の命を代償にしたとはいえ、我々は我々であるため、命よりも大事な誇りを取り戻す事が出来た。」

 国を誇りに思い、民を誇りに思う。それがたとえ血濡れの道にあろうとも、胸を張れば良いのだ。

 「……私は国民の代表として、この戦乱に散った勇者を改めて称賛すると同時に、勇者を送り出した家族友人に礼を述べる。彼等のおかげで我々は胸を張って過ごせるのだから。」

 シルバー大佐が演説台から諸将諸士を一望する。インドネシア戦線を含めて複数の拠点に兵を配置したままのため、この釧路に展開する兵は全体の3割程度である。それでも数万を数える将兵があつまり、彼らの背後には多くのサイクロプスが立ち並ぶ。この兵力をもってしても過去を変えることはできないが、しかし新しい未来を築くことができる兵力である。

 「……ありがとう。」

 それを見ながら、彼女は感慨深げに、静かに、そして深く、そう謝辞を述べる。

 「……そして、私は諸君に一つお願いをする。世界は、世界は、こんなにも悲惨だ。群雄割拠に日々戦乱は止まず、毎日多くの人が命を失っている。子供達が傷つき、飢え、死んでいるのだ。」

 この数十年に渡る戦いで、地球圏では多くの人命が失われ、そして貧困に喘ぐ民が多く存在する。日本やアジア圏はまだしもマシな国が多いが、北米南米、そしてアフリカなどの諸国ではその日の生活もままならないような人々が、僅かな食糧などで糊口を凌ぎ、欧州ではアーサー王によって生活はともかく国家主権を失った国々も多い。

 「我らが日本は、先のハーディサイト中将による侵攻、内乱による疲弊により多くの将兵を失ったとはいえ、地球において最大の海上、航空軍事力を誇る。誇張ではない。我が一国の戦力は、先の東南亜細亜連合、今の欧州連合、新地球連邦軍本部に肩を並べる戦力である。私はまさにこの戦力によって北海道を取り戻し、インドネシアを解放した。」

 そう述べるシルバー大佐の声は力強い。



 「セレーナ。」

 シルバー大佐が演説を続ける中、軍団長席に居並ぶイシガヤ少佐が隣のセレーナ少佐に呼びかける。クキ少佐、リ少佐はインドネシアに駐留しており不在であり、防衛軍のヘルメス少佐は式典護衛の任務に就いているため、現在居並ぶ軍団長はセレーナ少佐を筆頭に、イシガヤ少佐、バーン少佐の3名だけである。華やかな式典に見えて寒々しくもあるこの状況というのは、暗雲たる世界の行方を示しているのかもしれない。

 「……式典中ですわ、イシガヤ少佐。おしゃべりは後で。」

 そう注意するセレーナ少佐は、まっすぐにシルバー大佐を見つめながらイシガヤ少佐にそう伝える。この式典は幕府にとっては重要な式典である。奪われた北海道の大地を取り返した戦いの結末であり、各国の報道陣が集まり、彼女達を映しているのである。イシガヤ少佐はまだ王族であって権力もあるため多少行儀が悪くても何とも言われないかもしれないが、セレーナ少佐はそうはいかない。市井の出であり圧倒的な出世スピードもあってやっかみが無いわけではないからである。

 「……まだまだこれからだぞ。」

 だが、そんなことはさておいて、イシガヤはそう楽しそうに続けるのである。それは当然だろう。彼にとってみれば、領土の奪還はまだ始まったばかりでしかない。わざわざ木星から4000機もの戦力を引っ提げて帰ってきたのである。栄耀栄華は既に極めた彼である。これから先何をしようとしているかなど、考えるだけで億劫なものだ。

 「イシガヤ少佐、思うところがあることは重々承知しておりますが、程々にしなければ命を失いますわ。」

 「……命より大事なものがある。それだけの事だ。」

 彼は正面を目で示す。仄かに降り敷く雪の中で、多くの若い将兵が彼らの眼前に並び立っている。この式典に並ぶものだけでも数万を数え、各地に配属され防衛任務を任される者達を含めれば数十万の規模だ。彼らの多くは志願兵であって、イシガヤが言うように自分の命よりも大事なもののために、軍に入った者達である。

 「……大日如来の光に照らされて、儚き雪は解け消える。だが、雪解けの水はまた大地を潤す恵みとなる。俺がやれるのは、不要な石ころを取り除いて、大地を耕すところまでだろうがな。」

 「……お戯れを。」

 愁いを帯びるイシガヤ少佐の瞳は、彼女にとって、或いはとても恐ろしく思えるものだ。人間のようで人間ではない、或いは生きているようで生きてないような、そんな印象を受ける瞳である。

 「今、察する事が出来るのはセレーナだけだ。これからの作戦でも頼りにしている。」

 イシガヤの言葉を受けて、セレーナ少佐の美しい金髪に太陽の光がちらつく。

 「本当に、戯れであって欲しいですわね…………」

 釧路の大地に降りしきる雪は、戦乱の中で赤茶けて汚れた地表を真白に染め上げる。だが、美しいのも春までの短いひと時だけである。いずれは太陽の光に溶かされて、汚れた雪塊が路傍に残り、そしてそれも解け消えていくだけの事である。だが大地を潤すその雪解け水で、多くの若葉は芽吹き、新たな季節が巡ってくるのだ。そんなわかり切ったことを考えなければならないことが、彼女にとっては億劫な事であった。



 「おいカリスト、浮かない顔だな?」

 一方、そう問いかけるのは陸軍軍団長のバーン・フルーレ少佐である。現在居並ぶ少佐の中では序列最下位の彼は、大尉の序列最上位のカリスト・ハンター大尉と隣同士である。普段から気心の知れた仲であるが故に、彼はカリスト大尉の沈鬱な表情が気になったのである。普段は明朗快活な彼女が、よりにもよってこの目出度い戦勝記念式典で、総司令シルバー・スター大佐の顔を見つめながらそんな顔をしていたのだから気になるのも無理からぬことである。

 「バーン少佐……。この戦い、どれくらい続くんでしょうね……。」

 伊達幕府軍は地球圏に復帰し、そして失った領土を回復した。だがしかし敵はまだフィリピンに残っている。つまり、この戦勝などは一時的な事に過ぎない仮初めの平和のお祝いに過ぎないのだ。

 「この戦乱を、どうやって終わらせるんでしょうね…………?」

 カリスト大尉がそう呟く。

 「難しいこと考えてるな。そんなことは俺も知らんぞ。」

 バーン少佐は王族であるから、一般士官よりは遥かに政治情勢については通じている。だが、その彼であっても今後の情勢など読めるものではない。神に非ざる見である彼は、カリスト大尉の問いにはそう冷たく答えるのである。どのみち、くだらない慰めの言葉を言ったところで何の意味もないのだ。

 「つまるところ、戦乱の終息ってのは……、天下に英雄が生まれて、そして天下の大半を平定してはじめてされるようなもんだ。群雄割拠の世界で乱世が終わったなんて聞いたことが無いな。」

 「……バーン少佐にしては珍しく知的な発言です。」

 「俺をディスる元気があるなら大丈夫だな。」

 「……。」

 「お前達は違うが、俺は生まれながらの王族だ。今後どういう世界が続くかは知らんが、王族たるもの、必要な時があれば命を以って終戦の責任くらいはとるさ。まったくもって損な役回りだけどな!」

 彼はそう軽く述べるが、しかし彼の言葉はとても重い。先の彼の父であるイーグル前執権反乱の折には、彼が父をその手で討ち取り、そして一族の多くも謀反人として処刑させているのである。王族の中では最も優しいと評される彼であるが、その彼をしてもその責務からは逃れることができないのだ。

 「カリスト、そんなことを悩んでてもしかたねぇだろ。世界の歯車はぐるぐるまわっちまってるんだ。そう簡単にどうこうできるもんじゃねぇよ。」

 新しい歯車をはめ込むとすれば、あるいは今この荒れた大地を化粧していくこの白雪の結晶か、或いは青天高らかに大地を照らす日輪か。人は人として世界の歯車に法輪と言う歯車をはめ込めばいいのかもしれないが、この混沌とした世界においてはそう簡単な話ではない。そんなことを知ってか知らずか、イルカの背後に法輪のような日輪がデザインされた幕府軍軍旗と、そして雪仁親王から賜った歯車のような十六葉八重表菊を太陽にあしらった錦旗が、演説台に居るシルバー大佐の背後にはためくのであった。



 そして、銀色に煌めく白雪を髪から払いのけ、シルバー大佐は演説を続ける。それはまるでこの人の世に迷いなどないかの如く、冷たく透き通ったその声で紡がれるのだ。

 「そして諸兵諸士諸君。……私は、まさに今この時、諸君らとともに世界の歴史を創り上げたいと思う。お願いする。私は、先ずはこのアジアを平定し、平穏をもたらすことを願い、そして誓おう。我らが幕府が旗印となり、天照らす日輪の旗をアジアにはためかせ、或いは世界を照らしたい。諸君、これは後世に侵略戦争と呼ばれる行為になるであろう。そして私は暴君として、或いは諸君もまた暴徒として蔑まれることもあろう。だがしかし……。私は私の女神の加護を信じ、大日如来の生まれ変わりの子孫として、或いは灼熱の太陽の女神として、このアジアの変革に采配を振る。」

 居並ぶ諸将諸兵を前に、シルバー大佐の声には一点の迷いも曇りもない。そして、そう告げるのだ。

 「…………ここに、私はフィリピン国に対して、宣戦を布告する。」

 その言葉に、多くの新兵から歓声の声が挙がる。居並ぶ歴戦の将達はその姿を見てどう思うのか。笑顔で小さく手を振る者達もいるが、その表情の奥など計り知れないものであった。



 もうじき春

 雪解けぬ北国

 太陽の朱が

 真白の大地を焼く

 終わらない戦乱

 終わり逝く命

 涙さえ凍てつく

 でも……

 もうじき春がくる

 命芽吹く春が



 シルバー大佐の演説の後、長い戦死者慰霊の会が開かれている。死者の名簿のトップには、征東将軍であるシルバー大佐の妹にして、イシガヤ少佐の側室であったヤマブキ・スター亡曹長の名前が記されている。そしてその他の王族が続き、階級順に将兵の名前がつらつらと重ね綴られている。いずれも釧路沖や石狩会戦で戦死し、北海道の大地に埋葬された将兵の名前である。木星帰還に関してその遺骸は回収できなかったため、この記念するべき地球帰還式典において改めてその慰霊を弔うものである。そんな彼女、あるいは彼らが眠るこの北海道の釧路の大地にはその木々に芽吹こうとする新芽を湛えながらも、亡き者を悼む多くの僧侶たちによる読経の声が響き渡る。その中で諸将諸兵は歓談をしながら、長い苦渋の時、或いはこれからの事、過去、現在、未来、あらゆる事を話し合っているのであった。

 「カリスト大尉、今日は寒いな。」

 その中で、遊撃隊旅団長を務めるマサノブ・クスノキ中尉が、女神隊副軍団長のカリスト・ハンター大尉に声をかけ、彼女に暖かいコーヒーを渡す。戦時のコーヒーであるから味は落ちるし、ほろ苦くはあるのだが。

 「……そうですね、クスノキ中尉。雪がちらついていますから…………」

挿絵(By みてみん)

 穢れ一つない純白の雪の結晶が降り続ける。そして彼女が手を出しだしたその上で、瞬く間に儚くも溶けるのである。

 「…………残酷ですね。」

 彼女が雪を眺めてそう呟く言葉は、決して雪に対して呟く言葉ではない。

 「摂理だ。人為などではなく、自然と自ずから決まっていることだ。我々は時代に流されるしかあるまいな。」

 クスノキ中尉は、そうカリスト大尉に言い捨てる。

 「クスノキ中尉は強いですね……」

 「生きるという事は、そう強くなるしかなかろう。冬は長く続いていたし、これからも続く。」

 いつにもなく彼は饒舌に続ける。

 「北国の冬は長い。生きるものは、その寒さに耐えるだけの強さが必要だ。ただ、いずれ春が来る。季節は廻る。ただそれだけの事だ。」

 この3年の間に伊達幕府の出した死傷者は多い。数万の人命が失われて、更に多くの傷病者が存在する。だが、この戦いは結局のところただの防衛戦であり、得るものは何一つなく、ただ多くの人命が失われ、そして旧来の国境を取り戻しただけの戦いである。無論その意義は大きい。国家を維持し、そして国民の寄り処を守り、文化を維持する。それは国民の命を犠牲にしてもやらなければならない事であって、国家を形成する国民の義務である。社会というものはそういったもので形成されているのであって、ただ損得だけの計算で成り立つものではない。だが、同時にそれ故にたとえ勝敗が決定的となっても、人の社会は論理的な行動はとらず、或いは破滅的な、或いは暴発的な行動が積み重ねられていくのだ。この年、日本協和国伊達幕府の攻勢により始まった戦争は、アジア圏だけではなく欧州連合などにも飛び火していく。後世には暗黒の戦国時代と呼ばれる時代ではあったが、結局は旧世紀の国境を境に争い続けるだけの、愚かな人類史の一つであった。



 星海新聞

 伊達幕府、フィリピン国に対して宣戦を布告

 宇宙世紀0282年4月1日、伊達幕府征東将軍伊達大納言銀様がフィリピン国に対して宣戦を布告した。先にフィリピン総督ケネス・ハーディサイトは蝦夷鎮守将軍に任命されていたが、伊達幕府の地球復帰に伴い北海道を失陥。これにより今上陛下より蝦夷鎮守将軍を解任されていたため、国内戦争をあらためて、対外戦争として幕府は宣戦を布告したと伝えられる。



 淡く華やかな雪

 地表の汚れを覆う雪

 極寒の中でこそ煌めく雪

 銀色の世界は

 美しく汚れを隠す

 まやかしの世界だ

 銀色の雪はなお世界に降りしきる

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