第15章 北海道降下作戦 06節
純真無垢の雪原に佇む、
黒く歪で醜悪な三体の巨人。
無数の光の矢を放ち、
大地を業火に焼き、
土塊を灼熱とともに抉る。
漆黒のその姿、
両眼は紅く煌く。
敵対する者は、
その絶叫の中に消えて逝く。
「ゆけ、ホーネット!」
バーン少佐の操るケルベロスのホーネットが虚空を舞う。イボルブの思念による無線制御のオールレンジ攻撃可能なレーザー砲である。一般的にはこの兵装で関節を的確に狙う制御をすることは難しいが、撃ち出す数を減らせば精度を上げやすい。幕府最高クラスのイボルブであるバーン少佐でも、それは同じである。
「ちまちま撃ってんなよ、バーン!」
「おい、イシガヤ無理言うなよ!」
イシガヤが茶化す。
「俺のペルセウスにはホーネット装備してこなかったからな!突っ込むしかねーじゃん!」
「それは、装備してないお前が悪いだろ!」
一応イシガヤもイボルブではあるため、ホーネット装備は使用可能である。ただ適性が低いために普段は装備せず近接装備中心か、砲戦装備で参戦することが多いだけだ。しかしこの状況においてはホーネットの価値はかなり高いと言えるだろう。中距離域からでもギガンティスの弱点部分を狙えることは大きい。
「そうともいう!」
「……そうとしか言いません。」
「クオンに突っ込まれた……」
珍しいこともあるものだ、とでも言いたげにイシガヤが呟く。クオン曹長は毒舌ではあるのだが、戦場でツッコミを入れるのは稀な事だからだ。
「援護します。突っ込むのは貴方です。存分に突っ込んでください。」
イシガヤの操るペルセウスは、大ランスによる物理・ビーム打撃が強力だ。突いて良し、殴って良しのこの兵器は、150年以上前の戦争で使われた兵器の発展系装備である。強度や靭性が必要になるため、刀のように鍛えた特殊鋼が使用されている。この特殊鋼は王族の機体と女神隊の機体の装甲版にも使用されているが、1機分の装甲を作るのに戦艦1隻程度のコストがかかる。その分、ランスにした時の破壊力も抜群であり、通常機であれば一撃で串刺しにできる業物だ。それを援護するクオン曹長のアマテラスも、熱核レーザー砲を使えないと決定打となるほどの火力はないが、装甲と運動性は抜群で、味方機の援護は充分可能である。
黄金色の騎士と白銀色の騎士、
迎え討つは漆黒の巨人。
失ったものを取り返すため、
大事なものを失わないよう、
互いを否定し戦う惨劇。
巨人の鎧と怪力に、
騎士達はたじろぐも、
鎧の隙間を必死に穿ち、
唯一の勝機を捜し求めん。
「埒があかんな。」
クスノキ中尉がそういうが、敵の薄皮一枚一枚剥いでいくかの状況に進捗は芳しくはない。流石にギガンティスの装甲が厚すぎるのだ。
「クスノキ、んじゃどうするよ?」
ライフルを撃ちながらバーン大尉が問う。
「バーン少佐、援護を頼む。ヒビキ中尉はいるか?」
「いるよん!」
「女神隊を前面に押し出して囮になってもらいたい。」
「えぇっ……」
クスノキ中尉の指示にヒビキ中尉が怯む。ギガンティスの攻撃が直撃すれば、ガディス機の損傷はかなりのものになるだろう。一般機よりはだいぶ頑丈ではあるが、王族機よりは耐久に劣る。もともと華奢な機体であるだけに、強い衝撃にどこまで耐えきれるか、そういう問題はあるのだ。
「私のロムルスで敵ギガンティスに取り付き、コックピットを潰す。」
「で、でもクスノキ!アレに対する囮はきっついよん!」
「バーン少佐とタカノブの動きで、敵のコクピットは見つけた。メインカメラの奥、頭部に操縦席があると思われる。」
クスノキ中尉が報告を上げる。ギガンティスへの攻撃の中でも、頭部への攻撃を防ごうとする傾向が強い。通常のサイクロプスは胸部にコクピットがあるものだが、カメラとのリンクの都合で頭部に配置する場合もままある。この機体は動きから推測すると後者のようだ。
「いやまてクスノキ、お前で取り付けるのか!?」
「バーン少佐、私の方がサイクロプスの近接戦闘技能は高い。取り付くという意味ではな。」
「高いってもな……」
単純な戦闘能力でいえば、『地獄の番犬』の異名を取るバーン少佐のほうが上ではあるが、敵艦や要塞に取り付くなどのサイクロプスによる工作活動能力は、黒脛巾の頭領たるクスノキの方が上である。
「『ロムルス』による近接攻撃は『ペルセウス』には劣るが、同様に装備しているランスの近接火力は抜群だ。取り付きさえすればどうにかなる。」
「クスノキ、こっちは了解だぜ。おいイシガヤ、お前も援護しろよな!」
「ん?ごめん聞いてなかったわ。」
バーン大尉の通信にイシガヤがようやく応える。攻撃に集中しすぎて状況確認に怠りがあったようだ。戦場ではありがちな事ではあるが、イシガヤ少佐は割とその頻度が多い。
「聞けよ!クスノキが突っ込むから援護な!女神隊がその援護だ!」
「了解、おっけー。ヒビキ中尉、ここは勝利のために頼む!」
そこで悪びれずに応答するあたりは流石の神経である。
「うぇぇ……。わっかったよん!各機、散開してギガンティスに接近してねん!シールドでちゃんと身を守って、距離100m〜200mで攻撃を継続してっ!」
ヒビキ中尉はためらいながらも女神隊士に命令を下す。女神隊機『ニンフ』の損害が見込まれるが、それでも戦場では戦わざるを得ない。背中には多くの味方が、そしてさらに後ろには多くの国民がいるのだから。そして、その損害を部下に強要するのは、ヒビキ中尉の仕事である。
「降る雪の 欠片とも見ゆ 命かな」
ヒビキ中尉が嘆き、
「融けても水の 恵みなるらん」
イシガヤ少佐が繋げる。
「皆々が 望みし春の 雪解けに」
クオン曹長が言い、
「湧き来る水は 涙なるとも」
バーン少佐が続き
「天の与えし さだめとぞ知れ」
クスノキ中尉が無慈悲にも連歌をぶった切る。
「遊んでいないで直ちに行動せよ。」
クスノキ中尉の『ロムルス』が突入をかける。『ペルセウス』のように雪を撒き散らして突進するわけでもなく、雪原を華麗にステップして進む。機械とは思えぬ動きだ。一方で他の機体は援護撹乱を続ける。漆黒のギガンティスの放つビーム砲は雪を溶かし、大量に沸いた水が斜面の雪をまた溶かし、各所に雪崩を発生させる。雪崩に足を取られて崩れ落ちる機体もまた多い。崩れ落ちれば敵のチャンスとなる。足の止まった無防備な機体は、敵の要塞砲や、敵機の標的となり、背中のバックパックなどの脆い部分に、バズーカ、ライフル、大口径砲など数々の砲弾が撃ち込まれ撃墜される。撃墜の爆発による振動でまた雪崩は発生し、攻め手にとっては悪循環が続く。だがしかし、この黒岩山を突破しなければ、幕府軍の勝利はありえないのだ。多くのパイロットはそれを承知の上で、砲弾の雨と雪崩の山麓を突破せんと盾を構えて進み、命を削って砲台と敵機を狙い、一歩一歩を着実に進む。ギガンティスと直接戦う彼らの英雄達のような華やかさはないが、雪原を這って進む多くのパイロットこそが、この戦いの真の主役であるだろう。
天より降れる小人の兵。
迎え撃つ漆黒の巨人は吼える。
放つ雷撃が天兵を穿ち、
振る剛腕が天兵を砕き、
天兵を悉く討ち滅ぼす。
かつて得た地、今得し地。
いずれを以って正統と成すや。
天兵は巨人の咆哮に魂砕かれ、
しかしなお剣を取る。
女神に導かれた妖精、
華やかに天兵を鼓舞するも、
漆黒の巨人の腕に囚われ、
麗々しき鎧はひび割れ、
美々しき貌は苦痛に歪む。
艶かしい肢体は、
醜悪な死体へと変わり、
穢れ無き白い雪の中に、
悍ましい血溜りを成す。
天兵の王達と、地獄の猟犬。
その隻眼にして真紅の瞳。
血と狂気の彩、獰猛に輝く。
恐れるものなどなく、
敢然と巨人に喰らい付き、
頑強なるその鎧を削り、
鋼鉄の肉を殺ぎ落とし、
なお、鮮血に染まる瞳が、
純白の猛吹雪の中で、
凛然と輝き、そして微笑む。
「貫いたぞ!」
クスノキ中尉が怒声を上げる。ギガンティスの頭部には『ロムルス』のランスが突き刺さり、巨人のメインカメラの瞳は光を消し、四肢は動きを停止し、山麓の雪の中に崩れ落ちる。どう見ても完全に機能停止だ。払った代償は少なくはない。高性能を誇る女神隊のニンフですら、既に2機が完全に大破し、他にも重大な損傷を受けたものが多い。ギガンティスは残り2機……。彼らの部隊の消耗はこの程度で済んでいるが、防ぎきれていないギガンティスの攻撃で沈んだ艦艇やサイクロプスはこれよりはるかに多い数に上る。
「さて……残りも…………」
クスノキ中尉はそう言うが、顔には疲労が見て取れる。これほどの操縦は精密を極めるため、神経疲労は半端なものではない。
「クスノキ中尉他、対ギガンティス部隊の面々、待たせて悪かった。」
「ぬ……」
緊急通信を受信する。
「副司令のクラウンだ。今、本陣が到着した。」
その報告に上空を見れば、クラウン中佐指揮する幕府軍の本隊が出現している。ギガンティスの有効射程には若干遠い所で滞空しているあたり、カリスト大尉からの情報共有は完璧であったといえよう。その他の対空兵器についても、クスノキ隊が奮戦している間に大半が破壊され、近文台は幕府軍の制圧下にあった。
「こちら参謀総長、ヘルメス・バイブル少佐です。各機その戦域から1kmほど離れなさい。大破中の味方機は、可能な限り引きずってでも回収せよ。2分で攻撃を開始します。」
降下してくる部隊は、待ち望んでいた以上に大部隊だ。2分でどこまで退去できるかは不明だが、時間を引き延ばしたところでギガンティスからの被害が増えるだけである。逃げ遅れた友軍機がある程度は巻き込まれるであろうが、それでも敵の被害よりは少ないだろう、そういう判断に違いない。
「320mm徹甲弾砲装備部隊、構えぃっ!」
100機程のサイクロプスの部隊が上空で大口径ライフルを構える様は壮観である。攻撃範囲も狭く弾数も少ないため通常あまり使うような装備ではないが、巨大サイクロプス出現の報を受けて緊急に輸送艦隊から出したものであろう。本陣の到着が遅れていたのは何も怠慢からではない。
「徹甲弾、放てぃっ!」
ヘルメス少佐の号令を受け、大型の徹甲弾がギガンティスに向けて放たれる。単発では致命的なダメージにはならないが、100発以上もの砲弾の雨、その物理的ダメージの前に、流石のギガンティスの装甲もひび割れる。通常は砲撃戦仕様の幕府軍防衛軍を指揮する彼女の采配は、この砲戦において非常に効率的な配備を行えているのだろう。まさに見事な攻撃である。
「続いて240mmバズーカ砲装備部隊、構えぃっ!」
続く100機程のサイクロプスが、入れ替わりでバズーカ砲を構える。
「バズーカ砲、放てぃっ!」
放たれた砲弾がギガンティスの装甲の前に炸裂する。それは先に放たれた徹甲弾による装甲の裂け目に圧力を加え、装甲板の一部を砕き剥がす。
「続き、ビームライフル装備部隊、構えぃっ!」
続いて200機余りのサイクロプスがライフルを構える。その標的であるギガンティス装甲は、もはや無残な状況であり、砕けた装甲の隙間から動力部のコードやら配管などが覗いている。醜悪な様はもはやゾンビのようなものだ。
「ビームライフル、放てぃっ!」
すでに対ビーム装甲も機器も破壊されたギガンティスに、無慈悲にも無数のビームが突き刺さる。脚部に、腕部に、腹部に……頭部に……、巨人のありとあらゆる部位に、たった1mmの隙間もないように、ビームの雨が敷き詰められる。先ほどまで雪原だったソコは、雪が融けきり土塊が溶解し、まるで地獄にある溶岩の池のような佇まいとなり、かつて巨人だったソレは原型をとどめない程の屑鉄に成り果てる。
「ふぅ。成功ですね。……カリスト大尉!」
ヘルメス少佐が続いて先鋒部隊のカリスト大尉に呼びかける。本陣が戦場に到着したからには、指揮系は本部のものが優先される。
「は、はいっ、ヘルメス少佐!」
「先鋒部隊は黒岩山周辺の掃討をしつつ、終わり次第休息に入りなさい。常盤山周辺の残存兵力は本陣部隊が駆逐します。」
「わ、わかりましたっ!」
ヘルメス少佐がそうすまし顔で命令を与える。あっけない漆黒の巨人の最後であったが……、感傷など一切不要の事だ。将兵の視界には雪原に鎮座する三体の巨人の残骸、その数をはるかに凌駕する撃破された艦艇や両軍のサイクロプス……、それらはまるでロキをはじめとした巨人族とオーディンに率いられた神々との戦い、神々の黄昏ラグナロクのような惨状が映る……。そして、降りしきる雪。それは総てを覆い隠し、そして侵す純白であった。




