第15章 北海道降下作戦 04節
「カリスト大尉、ヒビキ中尉以下女神隊のメンバーは、艦隊旗艦朝凪に着艦完了したとのことです。また、ヒビキ中尉はコスモ・ガディスⅡを受領しました。」
降下部隊の先陣を務めるカリスト大尉の旗艦にて、クオン曹長が報告する。
「了解。クオン曹長、ありがと。それにしても……、この規模の軍勢指揮は……」
カリスト大尉は少し不安げな表情となる。
「カリスト大尉、諦めてください。仮にも1個軍団を指揮したことがある生き残りの大尉は、カリスト大尉くらいなものです。」
実際のところ、軍団長格は全員が本作戦で軍団規模の軍勢指揮を行っているし、それ以外でとなるとニッコロ大尉やヤオネ大尉ぐらいしか戦場における軍団規模の指揮経験がある大尉はいない。ただニッコロ大尉もヤオネ大尉も基本的にはサイクロプス隊の指揮官であるため、艦隊指揮官となったらカリスト大尉だけである。
「……。」
本質的には幕府の師団長たる大尉の役割ではないが、臨時で指揮官を務めたような優秀な指揮官であっても、長い戦乱でどんどん死んでいった結果である。
「さて……」
眼前の青い大地。木星圏まで人類の生活圏が広がっているとはいえ、この美しい水の星はあまりにも汚れている。紛争は多く、利権争いが激しい。また地球の人々は、宇宙に住む人を見下す傾向がある。でも、そんな地球でも、人類には最も大事な星である。
「カリスト大尉、地球への降下準備、すべて完了しました。」
そう報告が上がる。
「よろしい。各艦、地表よりミサイル等での迎撃に気をつけてください。また、各ミサイル発射管と機銃は大気圏突入完了後、即座にシールを剥がし撃てるようにしてください。主砲副砲も合わせて準備せよ。パイロットはコクピット内でベルト着用の上待機。」
ヒビキ中尉の戦いは前哨戦に過ぎない。これからが、本当の血生臭い戦争の始まりである。
「各艦順次降下開始!」
蒼い地球
膨大な水と、数多の命を
その懐に抱く大地
この広い宇宙の中で
奇跡のように生まれた星
それをだ……
私達は赤く染めようというのだ
惨劇と阿鼻叫喚の中に
何を願うわけでもなく
ただ、魂を還すためだけに
「クオン曹長、降下中に編成の確認をします。貴女は参謀としてその精査をよろしく。」
「了解しました、カリスト大尉。」
大気圏への突入完了はもうしばらくかかる。この間に、念のために作戦の確認をする。新兵レベルの将も兵も多いため、念には念を入れたほうが良いだろう。
「では、最先鋒の旋風級戦闘機隊のイナホ大尉。戦闘機隊は予定通り対地ミサイル装備でお願いします。先鋒全100機の指揮は総て任せます。」
「まかせておけ!」
旋風級戦闘機。大気圏内用に作られた戦闘機で、有視界戦闘のために大きく突き出たキャノピーが特徴で、200年前の戦争で使われたという機体の継機として開発されている。空力特性を無視して推進力で強引に飛ばしているために、戦闘可能時間は短いが最高戦闘速度は早く、いたるところ姿勢制御バーニアがあるため運動性も高い。推進力が高いために、使い捨て対艦対地用大型ミサイルポッドや、偵察装置などを戦況に合わせて装備することも可能である。生産性も高く幕府軍の主力航空戦力となっており、諸国に対して航空機率の高い編成となっている要因である。この航空機隊は降下艦隊に配備されている量産型の伊吹改級航空戦闘空母2隻に配備されていた。
「次に、先鋒サイクロプス隊第1隊のクノ大尉。サイクロプス隊200機を指揮し、突破口を開け。」
「御意。」
「次にサイクロプス第2隊のウンノ大尉。サイクロプス隊200機を指揮し、第1隊を援護せよ。」
「了解しました。」
「次にサイクロプス第3隊のアサクラ大尉。第3隊は、防衛軍の砲兵隊を中心とした部隊です。実弾砲による狙撃を中心に動いてください。直撃させればトーチカ1つを1発で潰せます。
「わかりました。」
「第4隊は私が統括し、本陣備えとします。」
ここまでの戦力はいずれも防衛軍から抽出した部隊である。階級こそそこそこ高い将校達も、基本的に留守居部隊であるから実戦経験に乏しい者が多い。特に第4隊は訓練も不十分な新兵揃いのため、本陣備えとして一番後方に置かざるを得ないのである。
「最後に女神隊を中心とした特務戦隊ですが……。ヒビキ中尉が後方にいるんで、残る45機はクオン曹長が暫定指揮してください。」
「……わかりました。」
クオン曹長の指揮能力では基本的に中隊規模の指揮が限界である。ただ実戦経験は圧倒的に多いため、遊撃部隊の先頭として動かすには、彼女を暫定指揮官にするしかないのである。また、女神隊は適性者が少なすぎるため、単純に士官が少ないという問題もある。
「特務戦隊はヒビキ中尉が戻るまで艦の直援をしてください。」
「了解しました。」
とはいえ、基本は直掩任務である。
「カリスト大尉、そろそろ大気圏を突破します。」
クオン曹長が報告を上げる。モニターは朝焼けの朱に染まり。紅は血の色。しばらく後に大地の白へ視界が染まる。白雪は……総てを侵すもの。
「大気圏突破。」
「各艦機銃解放!ビーム攪乱幕、アンチレーダー散布!戦闘機隊発進用意!」
いよいよ戦闘開始である。
「ミサイル来ます!」
「迎撃!」
準備は万全である。不意打ちにも対抗は出来るが、しかしミサイルの飛翔方向が少しおかしい。北海道から飛んできたものとは考えにくい。だが、差し当たって彼女の任務は北海道攻略である。
「ミサイルの異常ついてはクラウン中佐の本陣に連絡。我が軍勢は構わず戦闘機隊発進!前衛は射程に入り次第ミサイル攻撃!各機降下点に気をつけて。」
最後にそう指示を出すが、まだ高度が高いため下手をすれば海上に落ちかねない。戦闘でパニックになった兵士の幾らかは海に落ちかねないが、注意喚起は大事だ。
「戦闘機隊発進完了までおよそ10分。サイクロプス隊はその間待機してください。」
地表は雪嵐。かつて、3年前の戦いのあの日は穏やかな小春日和であったが、今日は春先にもかかわらずこの有様だ。数万人が戦死した戦いではあったが、いまだに実感を持てる将兵は少ないだろう。周りの仲間は多く死んだし、それを目の当りにもした、それにも関わらずで、ある。あまりにも夢幻のような悲劇だったのだ。
「カリスト大尉、どうかされましたか?」
感慨にふけるカリスト大尉に、クオン曹長が声をかける。
「いえ、クオン曹長、準備は?」
実情は、戦闘に集中しろという警告である。
「戦闘機隊の出撃はほぼ完了しました。」
「……カリスト大尉、雪嵐はまるでキャンバスのようですね。」
見えない乱世の行く末こそ、まさに真っ白なキャンバスなのだろう。警告してきたクオン曹長とて、それなりに感慨深いには違いないのだ。
「クオン曹長、発進準備を。」
「はい。」
「全サイクロプス隊に告げる。第1隊から第3隊まで順次発進!」
既に戦闘機部隊は高高度からの爆撃をはじめている。地上戦がはじめてのパイロットも多く、嵐の中ということもあり着弾の正確さには欠けるが、地表の建造物をあらかた壊すことが目的である。数を以って制すれば良い。
「サイクロプス第1隊、第2隊は敵機動兵器を、サイクロプス第3隊は敵固定砲台を中心に攻撃してください。」
正直なところ、この戦いは今、漫然としている。圧倒的に数が有利で、兵器も有利。兵の質も決して悪いとまではいえない。負ける要因も無い中で、ただ采配を振ればいいだけなのだ。
「カリスト大尉。」
「なに?クオン曹長?」
その雰囲気を感じ取ったのだろうか。
「……ハーディサイトは20倍の軍勢で我々に負けました。」
「……。」
流石にクオン曹長は勘が良い。
「忠告ありがと。」
数が多いほうが負けた戦いなど、古今に腐るほどあるのだ。もちろん数の有利は圧倒的有利であって、本来であればその有利が覆ることはない。しかし戦場というのは何が起こるかわからないものだ。
「各隊は慎重に、3度以上重点的な爆撃を行ったところに向けて降下せよ。兵は拙速、どれほど砲撃で土塊を掘り返してもかまわない。一刻も早く確実に敵軍を駆逐せよ!」
旭川の白銀の大地に、轟音が響き渡る。この北海道と言う土地は、周囲を海という天然の堀に囲まれ、冬の海域は流氷によって小型艦艇の航行を妨害され、陸は降雪によって軽装備の陸戦部隊の運用を阻害される。また、中央に伸び、東西を分断する日高山脈の標高は高く、東西をまたぐ航空戦力侵攻は、高度が高いために発見が容易である。こういった要害の地である反面、全周囲を海に囲まれており沿岸線は長いため、冬季以外においては艦隊戦力の侵攻を許しやすい。伊達幕府はこの地形に対して、艦隊戦力の充実を行い、3年前の会戦においてはその実力を世界に見せ付けたが、今回は逆にその北海道の地を攻めることになっている。有利は不利、不利は有利である。伊達幕府が春先、まだ雪が降る時期を狙ったことには意味がある。積雪の中で味方の陸上兵力は展開しづらいが、それは敵の陸上防衛戦力の移動も困難と言うことである。敵も3年間降雪地帯で基地を運用したこともあり、それなりにノウハウの蓄積は進んでいるとはいっても、長年に渡り北海道を治めていた伊達幕府とは比べるまでも無い。機体設計の段階からソレを視野に入れた兵器と、一部改修しただけの兵器では、その運用制限に大きな差がある。たとえば豪雪中、通常の空力特性に頼る航空機はその飛行を阻害されるが、伊達幕府のソレは空力特性よりも高出力推進ロケット、姿勢制御用のスラスター・バーニアによって飛行している。ある程度の慣れは必要だが、こういった機体特性のため、豪雪中でも一応の戦闘行動が可能である。また、機体を収容する艦艇についても、寒冷地での使用は当然視野に入れているため、甲板滑走路の凍結などによって出撃・帰還に影響が出ないよう、十分な対策が取られた構造となっている。こういった兵器的有利を使用した上で、敵を速戦によって落とすため、兵力を敢えて分散させて、北海道の要衝を攻め落とすのだ。敵が仮に一方に戦力を集中させれば、我が方のその地点の戦力は相互の援護を受けられず壊滅する。しかし、一方で敵もまた冬の北海道を他の戦線まで幕府軍の分隊を粉砕した後に行軍し、さらなる各個撃破を続けることは不可能だといって良い。少しでも多く、確実に確保できる地点を制圧した上で、残存戦力で敵を打ち据える策である。兵数優勢であるからこそ出来る強引な戦術だ。
「戦線の降下が遅い。クノ大尉、降下を急ぎなさい。」
とはいえ……モニターを確認すれば必ずしも円滑に進んでいるとは限らない。速戦即決の作戦である。効果の遅延は問題だ。敵の対空弾幕はそれなりにあるが、しかし遅延するほどの厚さでもない。急造した、と考える分には過分なほどであるが、永久陣地として見るならまだだいぶ不足である。
「しかしカリスト大尉、敵の迎撃が激しく……」
クノ大尉が述べる。彼も優秀な指揮官ではあるが、しかし大規模戦争には参戦していない。このため、分厚い弾幕がどういうものかは体では承知していないのである。
「男のくせに臆病ですね。高砂山、鉄甲山付近が手薄です。この程度の弾幕は恐れるに足りません。直ちに降下して足場を確保しなさい。」
「ちっ……、女のくせにっ」
そう呟く声が聞こえたが、そんなことは聞きなれていることだ。カリスト大尉は若年の女性に過ぎず、ましてや王族でもなく市井から上級大尉という幕府軍のほぼ最高クラスまで成り上がった人物である。誹謗中傷など聞き飽きたものだ。
「クオン曹長、貴女単機なら何秒で降下できますか?」
その上で、カリスト大尉はクオン曹長に話を振り返る。クオン曹長もまた、そういった陰口を多く言われる人物である。もっとも、イシガヤの側室であるからカリスト大尉程表立って言われることはないが。
「カリスト大尉、アマテラスであれば1分30秒あれば着地可能です。」
クオン曹長が応える。クオン曹長は現在部隊を率いているため、敢えて単機でどうかという質問に変える。彼女の指揮能力は高くはないため、部隊を指揮しての降下となるとクノ大尉よりも遅いことが想定されるからだ。
「よろしい。クオン曹長に預けた部隊の指揮は、私が直接行います。クオン曹長、貴女は単機で地表へ降下し、友軍の足場を確保しなさい。」
「承りました。」
クオン曹長の乗るアマテラスは、女神隊を象徴する機体でもある。元々は200年近く前にイシガヤ家によって開発された機体であり、コスモ・ガディスで集められたデータを元にイシガヤ家の妻専用に開発された経緯を持つ。今も同様にイシガヤ家の私物として軍に協力している形態であり、現代でも金に物を言わせた改修を重ねられ幕府最強の機体としてその名は高い。
「アマテラス、ガディス・システム解放……」
そして、ガディス・システムの完全オリジナルが搭載されている機体でもある。ガディス・システムにもいくつか差があり、オリジナルはアマテラス及びコスモ・ガディスとガディスⅡに搭載されているのだが、アマテラス以外は当時の王族の先祖の妻達に合わせたマイナーチェンジがなされたものである。
「システムオールクリア。降下、開始。」
アマテラスのモノアイが真紅に輝く。先の釧路沖開戦では征東将軍幕府軍元帥であるシルバー・スター大佐が操縦し、熱核レーザー砲を以ってその破壊力をまざまざと見せ付けた挙句、敵の弾幕と追撃を逃げ切った実績を持つ機体だ。
「……っ!」
モニターに映るクオン曹長が、加速に顔を歪める。彼女の操縦技術は通常のエースパイロット並みでありそれほど高くは無いが、操縦補正システムであるガディス・システムの適正が圧倒的に高いため、最高クラスのパイロットと同等の機体操作が可能である。
「……あと30秒。」
アマテラスが紙一重で敵の攻撃をかわす。あまり過剰に機体を動かせば、それだけ降下速度が落ちるからだ。
「吹雪舞う 雪の野原の 道示せ 天より照らす 光なるらむ」
天照の名を冠した機体が、吹雪が舞う旭川の雪原に向かって進路を示す。
「こちらクオン曹長のアマテラスです。高砂山に着地、完了しました。」
「クオン曹長、周辺状況は?」
それに対してカリストが状況確認をする。全軍への作戦指示のためだ。
「カリスト大尉、報告します。周辺のトーチカはほぼ爆撃によって潰れており、地表に陸上兵器が見当たりません。敵の対空迎撃は、近文台周辺からに集中しています。」
「よろしい。クノ大尉、クオン曹長に続いて直ちに降下せよ。」
クオン曹長の報告を受けては、敵の攻撃が激しいなどとは言っていられない。ましてや平然と降下完了しているのである。アマテラスほど性能が高くなく、パイロットとしてもそこまで優れていない、という言い訳なら立つが、この場において、それは恥でしかない。
「……ちぃっ」
全体としてみれば、戦闘に不慣れな部隊を除けば順調に降下は可能である。
「前衛艦隊も降下し、高砂山周辺に滞空せよ。艦隊陣形は不要。降下できるポイントを確認しながら、各艦長の判断で降下せよ。前衛艦隊旗艦双葉、先鋒として降下せよ。目標、シーキウシュナイ山、山頂!」
高砂山よりもより中心地に近い小山を目指す。指揮官も兵も不慣れなものが多い。可能な限り、ベテランが最前線で指揮を執らなければ、兵達はまともに付いては来ないものだ。
「カリスト大尉、敵巨大サイクロプス捕捉……」
「ん?クオン曹長、なにか言った?」
緊急回線からの呟きにカリスト大尉が聞き返す。巨大サイクロプス……、あからさまに嫌な響きだ。再度確認の通信をしようとした直後、山岳の斜面に雪崩がおきる。