第15章 北海道降下作戦 02節
「ヒビキ中尉は良く指揮しているな。」
一方の本陣艦隊では、旗艦からクラウン中佐が全軍の指揮を執る。基本的には降下部隊の調整が優先業務である。
「えぇカナン。」
「ヘルメス、降下隊の状況はどうか?」
そろそろ本陣の前衛部隊降下の時間が迫る。降下開始してからは十分な指揮が取れない恐れがあるため、現時点で把握できる問題は確認しておきたい、という所だ。
「セレーナ少佐から連絡あり。釧路湿原の消火作業は順調との事。釧路制圧自体も、あと1時間程あれば完了する見込みとの事です。」
「およそ50%の遅れだな。セレーナ隊は釧路制圧後、釧路の復旧に務めるようにせよ。釧路からは東南アジアへ方面への進出、仙台からの軍備移譲を行なう。」
東南アジア方面では、現在シルバー大佐が艦隊を降下させている。インドネシア解放軍であるが、今後の支援を考えれば釧路港を復旧させてこちらから対応したほうが良い。
「バーン隊とイシガヤ隊は?」
石狩湾を強襲しているバーン隊、苫小牧宇宙港を強襲しているイシガヤ隊の動きである。いずれも猛将ともいわれる将ではあるが、王族故にそれなりの大局観は有しているし、それなりの決裁権を有する。致命的な問題さえなければ作戦の継続は容易であろう。
「バーン隊は若干手間取っているようですが、予定通りです。」
参謀長のヘルメスが伝える。
「では、作戦完了後旭川に向かうように伝えよ。イシガヤ隊は?」
「苫小牧宇宙港を大破させてしまったようですが……、敵の殲滅は既にほぼ完了との事。」
「損害が大きいな……。まぁいい。旭川に至急向かわせよ。」
苫小牧宇宙港は重要な基地ではあるが、今回の作戦では最悪消失は想定している。敵が破壊して撤退することは十分考えられる事態だからだ。したがって直接的な影響はない以上、作戦の継続こそ肝要である。
「了解しました。」
「よし、では10分後に旭川に向けて本隊を降下させる。先鋒のカリスト大尉にそのように伝えよ。ヒビキ中尉の部隊の戦闘が終わらない場合には、後続に着艦させる。いいな?」
「はい。」
クラウン中佐が安堵のため息を漏らす。基本的には作戦通りだ。
「敵艦隊よりミサイル!」
「撃ち落せ。」
そう指示しつつ、クラウン中佐が降下部隊の指揮に移る。
「か、核ですっ!!!」
参謀達が慌てふためいて報告を上げる。幸いなことに核弾頭を撃ち落としたため直撃はしていないが、核攻撃を受けたという事実は大きい。現代においてもそれは忌避される武装であり、新連邦政府からも使用が禁止されている兵装である。幕府が運用した熱核反応を利用したレーザー兵器とは異なり、それは純然たる放射能を撒き散らす核分裂弾頭であるからだ。
「参謀、直ちに状況を把握せよ。また、各艦隊は散開しつつ、敵艦隊とミサイルの撃破を優先せよ。特に味方の狙撃手は敵ミサイルの撃墜に専念せよ。ヘルメス、詳細な指示は任せる。」
「承知しました。」
クラウン中佐が参謀長のヘルメス少佐に指示を与える。彼女もまたこの状況でも冷静沈着である。
「ヒビキ中尉は健在か?通信兵、繋げよ!」
核弾頭攻撃を受けながらも、参謀本部は落ち着きを取り戻す。指揮官たるクラウン中佐はなお冷静であるし、副官のヘルメス少佐もまた同様だからだ。司令官が慌てていないのに、部下が慌てる必要はない。
「ヒビキだよっ!こっちは生きてるよんっ!敵さんと近いから、私達を核では撃てないよん!だから、まだ、大丈夫!」
通信参謀は司令部のモニターに直接回線を繋げる。
「ふむ。ではヒビキ注意、部隊を率いて敵艦を優先して撃破せよ。サイクロプスに構うな。」
「って……りょ、りょうかい!」
クラウン中佐のモニターには、「ちくしょう!」とでも言いたげなヒビキ中尉の顔が映るが、そんなことを気にしていては作戦遂行はおぼつかない。
「クオン曹長、彼我の残存兵力は!?」
「ヒビキ中尉、報告します。味方機45機、敵機18機、艦5隻残存。味方内訳、本隊10、第一戦隊10、第二戦隊13、第三戦隊12。」
「了解。カリン少尉、生きてる!?」
「はい!」
「本隊と第一戦隊を計19機を指揮して敵を抑えて。私は第二戦隊と第三戦隊計16機を指揮して敵艦を叩くから!」
「了解しました!」
全体としては思いのほか幕府軍優勢である。女神隊機の活躍によるところが大きい。
「クオン曹長、ロングライフルは残ってる!?」
「残弾は不明ですが、4機持っているようです。」
「じゃあ、ロングライフル所持者は、第二戦隊の人にロングライフルと弾を渡して!そんで、第ニ戦隊、第三戦隊は私の指揮下に入ってねん。準備はいい?いくよ?」
「ヒビキ中尉、こちらの陣形は?」
ヒビキ中尉に分隊を任されたカリン少尉が問う。
「カリン少尉が好きなので良いよ?強いて言うなら偃月陣か雁行陣がいいよ!広範囲に展開し、機動性を生かして足止めしやすいから!私の指揮下は雁行に組むからね!」
一度は任せるといいながら、半分指示に近い発言に言い換える。カリン少尉の質問は、部隊を任されて混乱していることに起因しているからだ。であれば、ある程度明確な指示に変えたほうが行動は適切である。
「了解しました!」
「OK?じゃぁ…………とっつげきぃぃいいっ!!」
敵味方入り乱れるサイクロプス戦において、女神隊機の『ニンフ』が縦横無尽に舞い踊る。深淵の虚空に煌めくその姿は、見るものを惹きつける魅惑的な働きである。
「ニンフという妖精の名前をとった機体名……、……惑わすのは味方の心ですかね。」
「クオン曹長?」
ライフルのスコープからそれを見ながらつぶやくクオン曹長に、兵の一人が少し困ったような声をかける。
「怯え見る 舞台の闇の 深ければ ただ一差の 舞いぞ輝く。 さて……、敵の殲滅はヒビキ中尉のニンフの舞に任せ、我々スナイパーは、各人ミサイルの迎撃に専念しましょう。」
「敵艦2隻撃破!」
前線においてはカリン少尉が報告する。
「おっけー!おっけーだよ!……っ!」
「ヒビキ中尉!」
ヒビキ中尉が声にもならない悲鳴を上げる。敵サイクロプスのライフル程度であれば防げる装甲ではあるが、艦砲射撃を左腕に喰らったのだ。艦砲などそうそう当たるものではないが、戦場である。総ての敵に注意をまわすことは不可能であるし、エースパイロットが頓死することもある、そういったものなのだ。
「腕部を損傷しただけっ!もんだいないよん!」
問題ないわけではないが、部下達の士気を下げないためにはそう強がるしか他はない。ヒビキ中尉のニンフは左手の使用は不可能であるが、右手は使用可能である。姿勢制御においては不安定にはなるが、主武装の使用についてはさほどの問題ではなかった。こんな言動でもパイロット適性は抜群の彼女である。むしろ問題があるとすれば、味方の射撃命中と対艦火力であった。
「クオン曹長、バズーカをカタパれない?」
360ミリバズーカ、対艦用兵器である。実体弾に大量の炸薬が込められており、直撃させれば艦艇へも致命傷を与えることは可能である。ライフルほどの貫通力や直進性はないが、そもそも艦艇の機動力ではそこまで気にする必要はないだろう。
「ヒビキ中尉……、出来ますが戦闘宙域に到達するまでに時間がかかるのと、キャッチするのが相当難しいと思いますが。」
「何分?」
ヒビキ中尉の技量でキャッチできないのであれば、もはやどうしようもない。それにニンフには特別の機能があるのだ。
「最速で10分くらいですね。」
「そっか……。長いね。」
「はい。」
「じゃぁ3本くらい位置を少しずらして投げてもらえるかな?」
「受け取るんですか?」
一応クオン曹長は確認する。要は、そのヒビキ中尉、ニンフをもってしても難易度は低くないのである。動き続ける宇宙空間戦闘中に、小さなバズーカをしかも直進してくるものを受け取るというのだ。
「もちろん!」
「……了解しました。」
ライフルの残弾もほとんどない。近接戦闘で艦を落とせないこともないのではあるが、初陣レベルの味方兵では時間が掛かり過ぎる。さっさと敵を墜とそうとするならば、火力のある武器は必要なのである。
「第ニ戦隊、第三戦隊は、カリン少尉の援護に回って!」
「敵艦は?」
カリン少尉が疑問を呈す。
「これじゃ埒あかないじゃん!とりあえずサイクロプス撃破するんだよ!」
「了解しました!」
「艦の相手は私1人でいいよん!」
若干不安はあるが、ヒビキ中尉は対サイクロプス戦指揮をカリン少尉に一任する。
「さって……、何ができるわけでもないんだけどね〜……」
現在の彼女の兵装でできることと言ったら、ライフルなり長巻なりで敵艦のミサイル発射管を潰すくらいだ。核を撃つならそこしかないのだから。