表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
70/144

第14章 地球圏への帰還 03節

 イザナミ・イザナギ要塞のラウンジは、周囲に観葉植物を配し、視覚的にもリラックスできるような作りになっている。遠征軍を迎え入れるために行った、セレーナ少佐の気遣いである。長期遠征に当たっては心身疲弊するのが当然であって、少しでも癒しがあるならばあった方が良い。

 「セレーナ、ヤオネ、長い間地球圏を護る役目、御苦労でした。」

 シルバーはそこで二人に声を掛けるが、先の鷹揚な発言とはまたニュアンスが異なる。休憩時間にあっては、親しい間柄で話せるのだ。

 「いえ、国民のために国土を維持できて幸いでしたわ。」

 「セレーナ少佐の言う通りですね。」

 セレーナ少佐とヤオネ大尉が謙遜した言葉を返す。

 「シルバー様も木星でのご活躍、大変だった事だと思います。イーグル様をご討伐なされた上での地球圏ご復帰、真に幸いでした。」

 セレーナ少佐の言葉に裏はない。ただ、シルバー大佐としては思うところが無いわけでもない。セレーナ少佐が地球圏の兵力を維持拡張し、地球上ではヤオネ大尉が残存兵力でどうにか仙台を維持したわけだが、この二人が地球圏の所領を守り抜いた上で、シルバーの地球圏復帰に伴い軍事力を直ちに手放し総てを譲ったことは、何よりも僥倖であった。地球圏での伊達幕府の戦力は3個軍団に満たない規模ではあるが、堅牢な防御力を有するイザナミ、一撃で師団艦隊をも潰せる大型砲を有するイザナギ、そして少数ゲリラ戦を得意とする海賊衆もその配下に加えており決して侮れない戦力である。シルバー大佐の率いてきた戦力はサイクロプス4000機を数える膨大なものではあったが、地球圏におけ練度は十分とは言えないし、まして遠征輸送中の現在では実際に即応できる戦力などたかが知れたものであった。警戒部隊など5%程度で、即時起動できるものも約10%程度に満たなかったのである。航海中の警備においてはそれで十分だったし、即応できる状態での輸送など現実的ではなかったのである。このため、万が一にもセレーナ少佐とヤオネ大尉が裏切れば大変なことだったのである。現に、帰還艦隊の主力がイザナミに入港するにあたっては長蛇陣を敷くしかなかったが、セレーナ少佐は護衛と称してその帰還艦隊の左右を囲むように布陣し、イザナギの要塞砲を艦隊後方に向けていたのである。もちろん、要塞から既存の宇宙軍を出撃させなければ主力艦隊を受け入れる余裕はなかったし護衛そのものも大事なことには違いはないのだが、彼女らが裏切っていれば帰還艦隊は即時壊滅し死を免れる事は不可能であっただろう。流石にセレーナ少佐は煮ても焼いても食えない将軍であった証左ではあるが、だからこそシルバー大佐は大将の器を見せるべく堂々と入港したのであった。それに感心したセレーナであればこそ、粛々とシルバー大佐を受け入れたのであろう。何時でも討てるぞとのパフォーマンスに対し、命を賭けて絶対の信頼をするというパフォーマンスで返す。語る必要すらなく、天下に鳴り響く武将同士、胸中で理解しあったのだ。

 「ところでセレーナ、先の二軍に分ける件ですが……」

 シルバー大佐が本題に入る。

 「わたくしは賛成です。賢き所もまたそのようにお考えでしょう。地球の外交は賢き所の力で回っていますわ。」

 セレーナ少佐が凪仁天皇陛下の意向を考慮しつつ、賛成と意見を述べる。そして、セレーナ自身もシルバー大佐が戦略的に2軍に分けることはほぼ間違いないと見ていた。イシガヤに依頼しておいたインドネシア義勇軍結成はその布石である。無論それはシルバー大佐も知るところで、これを利用することは想定済みであった。

 「ふむ。しかし凪仁今上陛下も何を考えておられるのか……」

 シルバー大佐が呟く。基本的に凪仁天皇は軍事戦略に絡んでは来ないが、政治外交的には無視できない。だが、その政治・外交はシルバー大佐の苦手とするところである。

 「陛下は万民の幸福を祈っているに違いありませんわ。」

 セレーナ少佐が原則論を述べる。現実的には、現在の幕府における地球方面の外交は、日本協和国朝廷の意志が色濃く反映されている。幕府の本拠木星は流石に政治家や官僚が情報を把握し、外務省の高官が各種外交を受けもっているが、地球方面はそこまで管理が行き届いてはいない。幕府の首都は仙台とはいっても、日本に属する大義名分を得るための形式的なものである。そういった統制不足の面もあり、地球方面の外交は朝廷の長である天皇を筆頭に、日本東国鎮守府タキ左大臣、日本西国鎮守府マキタ右大臣、伊達幕府クラウン内大臣といった朝臣の判断が外交を左右している状況である。三者いずれもが当代の国一つ治めて足る人物ではあるが、飛び抜けているのはこの三人すら従順に従える今上天皇その人である。故事に精通し永代の君主としての超長期的視点から国益を考えた考えを持ち、その教養と知性、快活でありながらしかし慎重で重厚な性格から周囲の人望は厚く調整能力があり、軍事指揮官としては戦史に明るく用兵の妙と将兵の心を掴み、いかなる苦境にも耐え得る豪胆さを兼ね備えている。だがしかし、だ。それだけに伊達幕府元首のシルバーにしてみれば、天皇の動向を気にしなければならないと言うネックがある。本来であればお飾りに過ぎない天皇の役割であるが、その天皇の意向を考慮しないといけないのであるから。

 「シルバー様、陛下の事はあまり考えなくてもよろしいでしょう。シルバー様が幕府を統べる者として適切で有る限りは、陛下が暗躍することは無いのですわ。古来天皇とはそういったものです。」

 「……そうですね。」

 頭を悩ませても仕方の無いことではある。

「ヤオネ大尉、この後についての聞いておきたい。イシガヤの家としてはどう考えるのか、を。」

 シルバーは続いてヤオネに意見を求める。シルバーはイシガヤの妻とは言っても、あくまで伊達家の当主である。

 「……タカノブに直接聞けば良いのでは?」

 「形式的な正妻は私ですが、タカノブにとって、イシガヤ家の正妻は貴女しか考えていないでしょう。なにかあれば後事を托すのは貴女になります。だから、貴女から聞きたいのです。」

 「……。」

 「……。」

 このあたりは、双方聡明なだけに複雑な心境ではある。

 「いずれにしても、北海道を回復し、フィリピンを落としてからの話でしょうね。タカノブは、エウロパとマーズ・ウォーター社の利権以外は国民のために使って惜しくないと考えています。現にCPGの戦力を、同社の株をかなり売り払って購入し、軍に供与しました。もうCPGの50%以上の株はもっておらず、実質支配者からただの最大株主に落ちました。この戦いに協力的ですが、しかしそれで何かを得ようという考えは希薄ですね。行き着く所は荒廃と地獄かもしれないです。」

 ヤオネが述べる。古くから供に居て、同じ師に従い戦場を駆けてきた彼女である。シルバーよりはイシガヤの事について詳しいのも道理であった。

 「この戦いは……采配によっては世界的な大戦に発展します。」

 シルバーがアンニュイな顔で述べる。戦争狂とも言える彼女ではあるが、決して戦争を望んでいるわけではないのだ。

 「承知の上でしょう。タカノブの望みはそこでは無いでしょうか。……小競り合いを何十年も続けている世界では埒があきません。」

 先に戦って倒した前執権のイーグル・フルーレは、国民のために一銭一草でも国益を増やそうとした。一方で現執権のタカノブ・イシガヤは多くの犠牲の上に世界の改編を望んでいる。

 「シルバー様、タカノブの考えは神ならざる人の身に余る事です。」

 ではどうすればいいのか。当面の戦略目的は失地回復と敵軍撃破でいい。だが、それ以上の未来を示す事が元首の務めだ。大要は内閣に任せるとしても、未来を見せられない元首は無用である。元勲達が死に絶え、経験の浅い若者でそれを決めなければならない。

 「シルバー様、さしでが……」

 「セレーナ・スターライト、これは王族の務め。市井の貴女は黙りなさい。」

 世界の事に口を挟もうとしたセレーナに対して、シルバーが述べる。

 「……御意。」

 君主の鎖、重荷を背負うのは王族出身者だけで良い。一般人であるセレーナに背負わせてはいけないものだ。

 「では、仮にも準王家鬼庭家の血を引き、王家石谷家のヤオネが申し上げますが……」

 ヤオネは鬼庭良信にとってはハトコに当たるが、鬼庭家から市井に嫁に行ったものの子孫であるため、幼少時は一般人として生活している。だが、才気煥発で女神機を操るための適性に優れていたため、石谷家の正妻候補として鬼庭家に養女として貰われたのである。以降はイシガヤの婚約者として、そして学友、戦友として生きてきた彼女であった。このため、鬼庭家の事情にも石谷家の事情にも詳しく、CPGに対しても影響力を有しているのであった。

 「……私達の枷は女神であらねばならない事です。」

 ヤオネが述べる。

 「他には?」

 「それだけで事足りると思います。豊饒の女神、戦争の女神、あらゆる女神がいますが、いずれでも構わないのです。避け得ぬ戦乱の中では、人ならざる導き手が必要です。シルバー様の務めは、その大日如来の生まれ変わりである伊達政宗の末孫として、太陽のように世を照らす事が肝要です。太陽は日照りで作物を枯らす事もありますが、それは自然にあっては普通の事。神とあってはそのような些事、恐れる必要は無いかと。」

 神仏と言うものは必ずしも人を助けるものではない。ただ強くあり、そして人々はそれに畏怖し、従うだけなのである。異形であるが故に人の尊敬を集める。それが世界の指針であった。

 「ヤオネは強いですね。」

 「もうすぐ、母になれそうですからね。強くもなります。」

 ヤオネがやや照れながら伝える。

 「……うらやましい事です。」

 その言葉は心底うらやましさを感じさせるものだ。シルバー大佐にとって多くの親族を失った今となっては、もし子供が出来るのならばもっとも近しい親族となる。

 「シルバーさんも頑張ってくださいね。」

 言うまでもなく子作りの事ではあるが。

 「そうします。……さて、そろそろ戻りましょう。」

 いくらか寂しさを覚えてシルバーがそう話題を切り上げる。自然と子供に恵まれるかどうかは、この科学が発達した時代においても神仏の御心次第な所であった。その時の彼女が内心、子宝に恵まれる神仏に成れたら、と思ったことは秘密であった。




 先には兵を分けることに難色を示した諸将であったが、30分休憩の間に各々内容について納得したようである。最大戦力による決戦によって勝敗を決することが好まれる伊達幕府軍ではあるが、確実に着実に、且つ速戦をもって地球に復帰することが求められる現状、一定のリスクを踏むことはやむを得ない。北海道を回復することは、伊達幕府の継続的な地球圏の足場の設置となり得るし、一方で義勇軍が結成されておりいつでも反抗可能なインドネシアを此処で解放することは、東南アジアへの楔となるものである。一番安定するのは北海道を回復した後、インドネシア解放に向かうことではあるが、立地から考えると、北海道から攻めるとしたら先にフィリピンとなるだろう。そうなるとハーディサイト軍は最初にフィリピンで抵抗し、次いでインドネシアで最大の抵抗を行う可能性がある。この場合、インドネシア本土が焦土になり得ることも考慮しなければならない。可能であれば、緒戦はインドネシアで行い、敵を本拠フィリピンに撤退させた上で、敵の本拠地で最大の戦闘を行うことが、友好国であるインドネシアとしては最も好ましい。そうなると、北海道から遠路大軍を率いてインドネシアを攻略する場合、一度大気圏外に出てから再度インドネシアに降下するか、海上での襲撃リスクを踏んでフィリピンを越えてインドネシアに進駐するかである。前者であれば尋常ではないコストがかかるし、後者であれば進軍中に陸軍兵力が使えず、且つ輸送物資の多さから速度が遅い為に甚大な被害が出る恐れがある。で、あるならば、リスクを踏んでも、現時点最初の地球降下の段階で北海道、インドネシアを供に攻め込んでもリスクやコストはたいして変わらないし、そのほうが断然早い。シルバーの判断はそういうことである。

 「ギン大佐、我ら軍を二分することについては納得したが、どのような編成で挑むつもりだ?」

 諸将の中で最も老年であり、且つ実績も多いクキ海軍提督が問う。

 「そうですね。他の者に軍の二分について異見はないか?」

 場は静まり返る。おそらく、クキ提督が根回しを終えているのだろう。そして代表として聞いているのだ。豪気でガサツに見えて、意外と気が利くところが彼の良いところである。

 「よろしい。では、私の考えを述べる。二つの軍の大将は、一方を私、一方をクラウン中佐に務めさせる。この戦い、どちらがより戦いやすいかと問われれば、北海道の回復の方であろう。よって、こちら側の担当をクラウン中佐とし、配下には若手諸将の率いる軍団を配置する。即ち、スターライト少佐、バイブル少佐、イシガヤ少佐、フルーレ少佐である。また、日本協和国のタキ将軍が援護をくれる予定である。次に、インドネシア攻略軍は私が自ら率いる。こちらは海外ということもあり、特に手練の将が必要であろう。クキ少佐、リ少佐に同道をしてもらおう。また、インドネシア義勇軍が参戦する予定であり、こちらは奉行として遊撃隊のサナダ中尉を配置し管理する。」

 基本的には順当な配置である。特に海外においては厳格な作戦行動が求められることもあり、この点、数十年来新地球連邦政府の手伝い戦で海外へ遠征してきたクキ、リ両提督であれば、何も心配することなど無いだろう。

 「しかし、ギン大佐。義勇軍の件、サナダ中尉で務まるのか?他の点については異論は無いが。」

 現在、少佐以上の軍団長は数が少なく負担が多いため、義勇軍をまとめることは困難である。だからといって、旅団長クラスの中尉を配置することは疑問が残る。せめて、上級大尉を充てるべきだ。

 「クキ少佐、実はそこは深刻な問題です。」

 「というのは?」

 「簡単なことです。陸海空の3軍を指揮出来て、なおかつ十分な政治的配慮が出来る大尉の数が限られている、という事です。地球に降下する中では、オニワ大尉、カタクラ大尉、ニッコロ大尉、カリスト大尉、ヤオネ大尉程度なものですが、いずれも今回他のところに配置する事を考えているため使えません。」

 このあたりは難しいところである。実際、特定の兵科専門の大尉はそれなりにいるが、全兵科をまともに指揮できる大尉は少ない。何分にも将校全体が若いこともあるし、訓練自体専門兵科別に行うことがほとんどである。実際に3軍を指揮する必要がある軍団は遊撃隊と女神隊だけであった。

 「サナダについては遊撃隊として3軍での経験があり、朝廷での折衝担当して地球方面での外交にタッチしている。概ね問題ないでしょう。」

 苦しい人材のやりくりではあり、妥協しなければならない所だ。根本的には人材を育成しなければならないのだろうが、時間も無ければ戦死率も高いため、なかなか思うように行かない実情がある。

 「ギン大佐了解した。ギン大佐の言う通り、サナダであればどうにか務まろう。」

 このあたりはクキにとっても苦しいところだ。彼の指揮下の海軍諸将は有能ではあるが、他の陸戦、空戦まで充分に指揮できるものはほとんどいない。空戦は制海権を確保する必要から指揮できるものも多々いるが、陸戦となると……。現に、シルバー大佐の上げた将の内に海軍所属のものがいない。将の務めには将兵の育成も含まれている。彼にとってはいささか歯がゆいところであった。

 「よかろう、私はギン大佐の作戦に賛同する。」

 クキ少佐の自負と傲慢さが現れたような言い方ではあるが、彼は現実に歴戦の将であり、他の将に対しても人望が厚い。そして、言い方は悪いし放言もするが、全体を見通した上で比較的冷静な判断をして話をまとめるので、このあたりは個性と人徳と言ったところか。

 「他に異見はあるか?」

 特に異論は無いようで、場は静まり返る。基本的に彼らの代表であるクキ少佐の意見が結論であった。

 「よろしい。それでは、詳細な編成についてはクラウン中佐に任せる。諸将協力して編成を行うように。」



 雪折の 竹の下道 ふみわけて すぐなる跡を 世々に知らせむ

 北条氏康の歌ではあるが……帰るべき故郷、北海道の雪はまだ溶けない。その故郷を取り戻すため、そして世界を動かすため、武名を後世に轟かせるため……道を切り開いて行かねばならないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ