第13章 宇宙海賊討伐戦 04節
「状況を把握しました。カリスト大尉、あなたはゲリラに襲われ、それを一蹴しつつラグランジュ6に兵を進めた、ということですね。」
「はい、ヘル……、バイブル……、えっと……、聖書中務卿。」
「言い慣れないなら、ヘルメスで構いません。」
ラグランジュ6首都コロニーに進駐したカリスト大尉だが、武力で港湾を解放、デモ隊及び野党勢力に対する武力の誇示による威圧、黒脛巾部隊による情報封鎖をもって、首都を一時的に制圧するに至っている。この行為に対してコロニー諸国からは非難声明が出され、周辺には軍が集結している。この状況に対してカリスト大尉はすぐに地球にいるヘルメス・バイブルすなわち聖書中務卿経芽守に連絡を取った所であった。
「ともあれカリスト大尉、大事無くてよかったです。」
「ご心配頂きありがとうございます!」
「言い直します。貴女の有する幕府軍の兵力に、大事なくてよかったです。」
バイブル家という準王家出身のヘルメスは、権謀術に優れ、政治、外交、経済いずれにも秀でた幕府軍の軍団長格でもある。現在彼女は朝廷の臣として、日本協和国の業務を処理しているのだが、これも大企業であるCPGに関りが深く情報通であるため、外交窓口として、という側面が大きい。なお、毒舌の傾向はある。
「カリスト大尉、政治適性が皆無と言っても、もう少し政治のことを考慮したうえで戦術行動をお取りなさい。流石にやりすぎです。やり方はまだしも、あらゆる所への布告、あの言い方はあまりにも酷い。優雅さの欠片もありませんわね。外交儀礼の欠如にも程があります。幸い、ラグランジュ6政府の戦力はたいしたことなくて良かったですわね。当方と交戦になる事を恐れたのか、詰問使が送られてくるだけで済みそうですわ。」
かなりお怒りである。とはいえ、恐縮しているだけでは話は進まない。イザナミに援軍に向かうか、イザナギに侵攻するか、或いは他の手を打つのか、確認する必要があるのだ。
「ヘルメス様、私はこれからどうすればいいんですか?」
カリスト大尉が問う。どうせまた怒られるのだろうが、聞いておいた方が無難だ。
「セレーナ少佐と連絡が付きませんが……、概ね意図はわかっています。そのため、既に友軍のコロニー諸国に援軍要請をかけました。あなた方はラグランジュ6で戦力を再編し敵要塞イザナギを囲いなさい。少なくとも囲っていれば敵はイザナミの包囲を解くはずです。戦術的な細かいことは貴女に任せます。貴女の方が付き合いが長いのですから、セレーナ少佐の真意を忖度するのは貴女のほうが得意でしょう。」
「わかりました。」
そうは言うが、実際には彼女は特に何も理解していない。かといって、ヘルメス少佐もそれ以上の事は分かっていないのだろう。このため、これ以上聞いても致し方ないことである。
「……というわけですが、どうしたらいいと思います、クスノキ中尉?」
そのヘルメス少佐との打ち合わせ後、カリスト大尉はクスノキ中尉を招集して今後の展開を相談する。少なくとも、この艦隊の中では一番状況判断に優れているはずだ。
「私には、なんとも言えんな。聖書中務卿の召集した兵力を合わせれば、兵力総数でイザナミを強襲した敵軍に勝る。さしあたっては言われた通りにすればいいのではないか?」
確かに無難な提案である。余計なことをして怒られるよりは良い、という判断はある。
「そうですね……。やはり当面はここで様子を見つつ、イザナミを囲うことを考えましょう。わが国の商船を利用した偵察行動を展開してください。各商船でフェドラー艦隊と思える勢力の動きをつかんだら、当艦隊への通報、暗号3004の発信するように通達してください。」
「了解した。で、捕まえた海賊の頭領はどうするつもりだ?」
どちらかと言えば、彼の興味はそちらの方にある。捕まえた連中をどう処分するかは問題である。捕虜として置いておいても返還を求める勢力はまずいないであろうし、かといって殺すわけにもいかない。だが、彼らを維持しようと思えばコストはかかるのだ。
「味方に加えられませんか?」
カリスト大尉は一考した後にそう言う。
「味方に?」
「海賊……。海賊って今後必要な気がするんです。今、この宇宙で勢力を拡大している軍閥の多くは、もともと海賊勢力からはじまっていますから、そのノウハウっていうのは、彼らと戦う上でかなり有効な気がします。」
基本的に、彼女は可愛らしい女性には見えても、あくまで軍事優先の思考をする優秀な指揮官だ。捕虜に対する憐憫でそんなことを言っているわけではなく、単に有用そうだから言っているに過ぎない。
「漠然とだな……。しかし、黒脛巾は工作員ではあってもゲリラや海賊ではないから、海賊のノウハウは少ない。一理ある。最終的にはセレーナ少佐に決めてもらえばよかろうよ。」
「マール・サンダー、来い。カリスト大尉が貴様を呼んでいる。」
ラグランジュ6コロニーを出港するべく艦隊再編成中の事である。旗艦秋葉他損傷を受け十分な戦闘能力がない艦艇や鹵獲してすぐには使えそうにない兵器類はここの大使館に預け、残存戦力での出航となる。もちろん、要望していた食糧は購入済みだが、急ぎ出航することに変更したためそれらは別途輸送するための補給船団を編成中だ。それらの手配はCPGの息のかかった物流会社が対応するので問題はないだろう。
「わかった……」
基本的に断る権利などないマールは、その命令を受けて牢を出る。といっても、併設されている部屋へ移動するだけだし、手枷などは付けられたままだ。
「マールさん、単刀直入に言いますけど、我が軍の仲間になりませんか?」
カリスト大尉はそういうが、もちろん事前調査は実施している。この辺りは黒脛巾率いるクスノキ中尉の面目躍如である。海賊行為に伴う戦闘情報等に加えて、CPG関連からの情報が多数カリスト大尉の手元に用意されたのである。
「仲間になれ……、だと……?」
「私達は……そう、簡潔に言うと海賊のノウハウを欲しています。」
「海賊のノウハウだと?」
軍にそんなものが必要だというのか?彼が問いたいのはそういう事である。
「我が軍は海賊ではありませんが……、今後勢力を拡大する必要があります。だから、貴方の知識を活かしたいなーっと。」
「勝手な物言いだな。」
「勝者の権利だ。」
マールに対してクスノキ中尉が言い返す。所詮、マールは敗軍の将に過ぎないのだ。
「……それに、俺にもクライアントへの義理というものがある。」
「フェドラー准将がクライアントですか?」
「…………。」
カリスト大尉の問いに、マールとしては早々答えるわけにもいかない。
「拷問すればよかろう、カリスト大尉。」
「いや、クスノキ中尉、さすがにそれはちょっと……」
黒脛巾頭領のクスノキの意見は簡潔である。無論、カリスト大尉はドン引きなわけではあるが……
「……クスノキ、だと?」
その名前にマールは驚き目を見張る。
「失礼だがクスノキ中尉のお名前は?」
「マサノブ・クスノキだ。それがどうかしたのだ?」
「まさか、黒脛巾の?」
彼にそう問いかける人は少ない。一つには単純に知名度であり、一つには知っていてもその話題は憚られるからだ。
「…………。」
クスノキは肯定も否定もしない。しかし実質的にそれは肯定である。単に彼には答える必要が無いだけだ。クスノキの名前は一部には有名である。彼自身の逸話はそれほど多くないが、タカノブ・イシガヤによる家臣団粛清の際に、その傍らで支え、多数の者を殺戮した事は知られている。殺し方は……、言葉に表すには聊か支障がある、と言えば良いだろうか。当然見せしめではあったのであろうが、公的な追及を逃れつつ多数の人物を殺し尽くしたことは、黒脛巾の組織力と頭領である彼の統御力を示しているのである。
「では、返答を聞こう、マール・サンダー。」
その軽い言葉に、マールは戦慄する。クスノキ自身はマールの事など何とも思っていない。いつでも彼を始末できる圧倒的な立場で、好みの答えを待っているだけに過ぎないのだ。
「ご慈悲はありがたく思うが……、いずれにしても私は捕虜になった身。ましてや先の戦いで貴軍の将兵を殺した指揮官だ。そうそう変節しては、示しがつかん。」
「うむ。当然な申し出だ。カリスト大尉、やはりこの者を牢に入れておくがよかろう。」
その言葉にマールは一息つく。少なくとも及第点ではあったようだ。失格であれば殺されていておかしくはない。
「そうですね……。クスノキ中尉、フェドラー准将との戦いが一段落つくまで、彼を拘束の上、艦橋に詰めておきたいのですが。黒脛巾で管理できますか?」
「……ん?」
カリスト大尉の申し出は唐突である。流石のクスノキも返答を躊躇う。
「我が軍にとって、マールさんを味方にすることは有益です。特に相手がフェドラー准将という海賊であればなおさら、彼の知識は重要だと思うんです。」
「それは……、管理出来なくはないが……」
管理できなくはないが、しかしそんなことは普通はしない。
「では決まりです。いいですね、マールさん?それと、貴方を臨時で特務参謀に任じます。」
「……あ、あぁ。」
そう結論付けるカリスト大尉に、クスノキ中尉に続いてマールも困惑する。だが、そうは言っても現在の指揮官はカリスト大尉である。
「一つだけ御願いしたい。部下達は無事に逃がすか登用してくれ。」
とはいえ、マールは部下の安全を確保する必要があるためそう伝える。この状況で殺されることは考えにくいが、言質くらいはとっておく必要があるのだ。例えそれがいつでも覆されうる約束であってもだ。
「わかりました。殺す予定はありませんが、登用等は貴方の態度次第で考えます。」
マールはここで下手にごねればクスノキ中尉に殺される可能性を考える。カリスト大尉は甘いかもしれないが、クスノキ中尉は決して甘くはないだろう。彼はあくまで海賊であって、本来から言えば軍人としての人権は有さない。生きるも死ぬも幕府の匙加減なのである。だが、部下達を解放または登用してもらえるならば、今までの自由気ままな生き方はできないとはいえ、少なくとも生活に困らない暮らしは出来るだろう。生きていれば逃げる、という選択もそのうち出来るだろう。差し当たっては凶悪な帝國とも呼ばれる伊達幕府を内部から見るいい機会でもある、彼はそう考えるのであった。
「カリスト大尉、あの大和帝國はこの程度の兵力でこれまで戦ってきたのか!?」
手枷足枷をさせれながら艦内を案内されるマールが驚きを口にする。
「マールさん、どうかしました?」
「たしかに揚陸部隊は訓練されているが数が少なすぎるし、艦内の人員も最低限の規律は取れているようだが、緩やか過ぎる……」
マールが驚くのも無理はない。幕府軍の噂から想像していたのは厳格な規律の下で動く、機械のような残虐な兵隊達だったのである。だが、実際に見る幕府軍は海賊軍よりは規律があるとはいえ、言うほど大差はない。兵達も中には下品な者もいるが、そんなことは意にも介さず、或いは注意しながら闊歩するカリスト大尉も美女……然として場違いながら、しかし完全に馴染んでいる。兵達も彼女の事を信頼していることは見て取れるのであった。
「何かおかしいですか?」
「軍艦ではないのか?」
「とはいえ、我々は長時間艦内で過ごすんですから、宿や家みたいなものです。人員も基本的に老練な者はいません。海賊の方はどうか知りませんが、我々はこの艦内で数ヶ月生活することもありますから。」
「全体的に若すぎる……」
彼の目に映る兵達の多くは精々30代、若い者は10代だろう。幾らなんでも若い者が多すぎるのだ。
「壮年以上の兵の多くは死に絶えていますからね。階級は実力本位で付けられます。若いといっても優秀ですよ。」
「ふーむ……」
「人員は、各人の適正に合わせて配属しています。これは、軍団単位でもそうですね。陸軍なら陸戦、海軍なら海戦など、専門の戦線に長けてさえいればいいので、師団長クラスになると流石に汎用的な行動がとれる人が多いですが、旅団長クラスだと、他の事がダメな人も多く存在しますね。たとえば、私も歩兵戦指揮は及第点すら取れません。」
自慢げに言う事ではないかもしれないが、実際そうなのだから仕方はない。彼女の指揮下は洗練された軍制とはいえないが、混沌とした中に確かな秩序がある。兵は突然の配置転換にも即座に対応し、乱れるところがほとんどない。現に、中破した旗艦を廃棄し別の艦艇に指揮所を変更中だが、作業は滞りなく進み、あと30分もあれば移転作業が完了する。とても普通の軍には真似できない速度だ。
「現在、私の参謀総長は、先に会っているマサノブ・クスノキ中尉です。貴方には、しばらく彼の下にいてもらいます。」
「了解した。」
一番危険な配置ではあるかもしれないが、もっとも適切な配置である。
「艦橋です!カリスト大尉、通信を!」
一通りの整備が完了した直後、艦内にカリスト大尉を呼び出す声が響く。
「なんです、通信参謀?」
呼ばれたカリスト大尉は手元の端末を開く。
「我等の要塞イザナミが敵軍に完全包囲されたと情報が入りました!」
「了解。」
といっても、これは当初の作戦通りである。
「友軍到着まで軍事演習を継続します。また、補給物資などの整理を急げ!」
「カリスト大尉、やはり敵要塞イザナギに向かうのか?」
クスノキ中尉が訪ねる。流石に幕府軍単独で動くわけではなく、コロニー諸国軍の出陣待ちではあるのだが。
「はい、クスノキ中尉。やはりここは囲魏救趙が最適だと思うんです。今からイザナミに急行しても、間に合う保障はありませんし、間に合ったところで敵に劣る兵力。まして……、長駆して疲弊した軍勢では敵部隊と干戈を交えても勝算が立ちません。なら、敵要塞をなんとかして、敵の帰る場所をなくせば良いと。やはりヘルメス少佐の指示通りにするのが妥当かもしれません。」
ヘルメス少佐の手配で兵力や情報が増えた今、カリスト大尉の戦術にも幅が広がる。
「わたしもっ!わたしもカリストに賛成〜〜〜〜っ!」
それにヒビキ中尉が同意する。一応彼女も参謀格として扱われている。判断能力は……高い事は間違いないからである。
「しかしその場合、セレーナ少佐達の身に危険が降りかかるが、その点についてはどう思うんだ、ヒビキ中尉?」
「ん〜と!んとね!きっと……、ミカタガ、カイメツシテモ、ゼンインシヌナンテ、アリエナイカラ、ダイジョウブダヨ!テキヨウサイ、コウリャクシテ、ホリョコウカンデ、コウカンスレバイイヨ!」
クスノキ中尉の質問に彼女は適当に答える。
「で、マールさんは、どう思います?」
カリスト大尉がそうマールに振るのは、実際に彼を使うという意思を見せるためでもある。ある程度役割を持たせたほうが、人間というものは安心するものだ。特に彼は自分の身の他に部下たちの安全にも気を使わなければならない立場である。少しでも幕府の役に立ち、そして部下の安全を守る、そういった気持ちも働くであろうからだ。
「そうだな……。この艦隊の揚陸部隊があれば、確かに敵要塞攻略も不可能ではないだろう。フェドラー准将は、それほど優れた揚陸陸戦部隊は持っていない。だが、それは到着予定の援軍を待ってからでなくては難しいと思われる。」
それは常識的な判断である。
「はい。ですが、私にはまた別の考えがあります。いざとなればこの艦隊だけで敵要塞を包囲するつもりですので、準備を整えておいてください。」
戦乱のさなか
でも穏やかな時間
しかし、そう長くは続かない
「友軍艦隊到着しました。また、報告によれば我等の要塞イザナミと敵の攻防はその激しさを増しつつあるとのことです。」
カリスト大尉に通信手が伝える。
「敵の行動は、ある程度つかんでる?今までにどう動いたとか??」
「はい、これです。」
「……そうですね。これより全艦隊を敵要塞イザナギに向けます。足の遅い艦艇は遅れて構いません。全艦、急速発進!」
すでに補給物資は十分である。カリスト大尉はイザナミから率いてきた巡洋艦や巡洋戦艦の他、これらに同行可能な艦船のみをもって先行部隊を出陣させる。混成艦隊であるコロニー諸国軍は後から来い、という事だ。また、それら以外にも多くの指示を出しつつ、幕府軍はラグランジュ6コロニー群をたつのであった。




