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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第02章 石狩会戦 01節

 「……かろうじて勝った、と、言えましょうか。」

 伊達幕府軍総司令のシルバー大佐が呟く。ハーディサイト軍の前衛艦隊をどうにか排除したとはいえ、友軍の残存戦力は惨々たる有様である。

 「シルバー様、ほぼ無傷の残存艦は、戦艦長門、空母双海、巡洋戦艦針葉、戦艦花月。他は思いの外損傷が激しく……」

 負傷兵などの収容を行い、艦隊の被害確認を終えたセレーナ少佐が報告する。幸いにも有力将校の死亡は確認されていないが、一般将兵の損害はあまりにも大きい。ただ、現時点では人命よりは残存兵力の方が優先されるので、それを論じる暇などありはしない。

 「長門と針葉、花月は損傷艦を曳航して石狩の軍港へ向かえ。長門はセレーナが指揮しなさい。石狩までの航行に耐えない艦で、釧路までもちそうな艦は双海にて曳航する。」

 「承知いたしましたわ。」

 「セレーナには……石狩の艦隊指揮を任せます。陸戦部隊はクラウン中佐に任せていますので安心を。」

 「はい。」

 「それと……」

 言葉を言いかけたシルバー大佐であったが、ふっとため息を漏らす。

 「いや……いい。」

 この状況において、”苦労をかける”と言っても意味はない。それはセレーナもわかっているのだ。石狩に配備される艦艇は損傷艦や釧路沖会戦に間に合わなかった低速艦ばかり。敵のロシア軍艦隊を迎え撃てるほどの戦力であるわけがない。



 石狩。

 「さて……」

 「カナン?」

 カナン呼ばれた青年は、名前をカナンティナント・クラウン、和名を蔵運香楠庭南都という。伊達幕府軍副司令中佐にして、彼もまた王族の当主である。28歳と若いが軍事的采配はなかなかのものではあり、何より今上陛下の覚えめでたく内大臣に就任しており、伊達幕府王族達の政務を統括する立場にある。容姿は180cm弱とそれなりに背丈はあり、大和民族との混血とはいえ、白人風の容貌に近い目鼻立ちの通った顔である。6代ほど前は英国貴族の血を引く家の出であったと言われているが、カナンの祖父が橘姓楠氏であるクスノキ家の娘を妻とし、以降はその子孫が王族である事から橘姓を称している。

 「ヘルメス、政略の失敗、心苦しい……」

挿絵(By みてみん)

 ヘルメスと呼ばれた女性はクラウンの妻であり、準王族バイブル家の娘である。本姓は穂積姓三河鈴木氏であるが、6代ほど前の先祖にあたるバイブル家の人間がイシガヤ家その他の王族と親しかったことから、建国戦争時に王族との関係性を強調するためにバイブルの名字を称したため、当主及び軍属の者はバイブル姓を家号とする事が通例となっている。

 「カナン、後悔など詮無き事です。それよりも今。」

 「案件は複数あるな。現状の地球方面は政務を担当していた私の指揮を離れ、執権イシガヤと今上陛下の手に渡った。おそらくは陛下の指示で、英国アーサー王、印国クシュリナ女王と連合を組み、またローマ教皇に仲裁を依頼する事になろう。」

 「これについては問題無く進むでしょう。アーサー王は欧州を席巻しつつあります。遠交近攻策によって、亜細亜に友国をもつ事は好ましいでしょう。また、こちらにつくにしろ、ハーディサイトにつくにしろ、いい外交話の材料になりますからね。」

 比較的近いインドはともかく、欧州は友軍としてはあてにならないがその勢力は無碍に出来ないほど強大であり、どうするにしても外交上一定の親交は必要な先である。

 「うむ。」

 「クシュリナ女王にしても、現在目下の悩みはハーディサイト将軍の勢力拡大です。既に、フィリピン、インドネシア、ベトナムを勢力圏にし、今度日本を落とせば四ヶ国の太守に。また、台湾、マレーシア、シンガポール、タイも、日本協和国が陥落すればすぐに落とせるものでしょう。そうなれば次はインドか中国。我が方が黙って落とされるのを指を喰わえて見るだけ、というわけにもいかないでしょう。」

 「うむ。」

 「キリスト教圏に力をもつ教皇ですが、天皇が無下に扱われるのだけは避けるでしょう。権威としてほぼ同等の伝統をもつ天皇に万一の事があるなら、彼にとっても明日の我が身です。まして、天皇は血族以外なれないのに対し、教皇は誰でもなれる。この乱世にそれは脅威です。」

 「うむ。さしあたっては、今上陛下の外交能力は高い。それらの外交政策はまず成功するだろう。」

 「問題は、我々伊達幕府の木星本拠の動向と、誰が生き残るか、だ。北海道は陥落しても、日本自体は残るのだろうからな。」

 幕府本拠地は木星であるが、当地は先の執権イーグル・フルーレが治めている。彼の執権時代はハーディサイト中将の東南亜細亜連合と伊達幕府は親しく親交しており、このような事態など想定の範囲外であったのだ。

 「手持ちの諜報員が数多く行方を絶ちはじめた。また、イーグル先王からは伊達稙宗は勝つ、との通信が入っている。」

 「やはりカナンにも?」

 「伊達稙宗は、天文の大乱という内乱を引き起こし、息子と戦った戦国武将だぞ?まして木星に駐留する諜報員達が行方不明。」

 「やれやれ、ですね。」

 「困った方だ。」

 クラウン中佐は苦虫を噛み潰したような表情でそう言い捨てる。無論、クラウンを評価して副司令まで引き上げたのはイーグルであるし、そもそも同じ王族として親しく、入隊当時等はよく面倒をみてもらって恩義は感じているが、しかしそういう問題でもない。

 「カナンはどうする気で?」

 「そこだ。諸将の誰が生き残るかが問題だ。ギンは、戦争だけが取り柄だ。だが夫にして、現執権のタカノブが伴に生き残れば……あれ自身の政略、軍略はともかく保有している企業CPGの財力がある。CPG関係で、政界にも知人は必然多い。」

 「この国の成り立ち。そもそもこの国を建国できたのは、CPGの財力があったためですからね……。現時点ですら、木星圏に4000機のサイクロプスを保有するCPG……。その会長であり、株の55%を保有するタカノブ・イシガヤは脅威ですが……」

 CPG、このクリスタルピースグループという企業群は、およそ200年程前から隆盛した企業でありイシガヤ家の勢力の母体を構成している。国史においてはこの200年前の宇宙世紀0079年頃に地球側の勢力と宇宙側の勢力において戦争があり、この戦争において、ダテ家、フルーレ家、ロウゾ家、クラウン家、イシガヤ家、バイブル家などの先祖は、宇宙側の勢力で戦ったと伝えられる。この戦争では宇宙側の勢力が敗北したが、イシガヤ家の先祖は宇宙側の勢力の幹部と親しかったため、その隠し資産や諜報部隊を吸収し、もともと社長を兼務していたクリスタルピース社を拡大、長年を掛けてクリスタルピースグループという一大企業郡に育て上げたのだと伝えられる。この後、宇宙世紀0130年頃においては木星勢力と地球勢力との交戦が記録され、戦後、当時勢力を拡大していたCPG社が地球連邦政府の要請で、木星勢力残党の討伐及び木星経済の再建委託を受け、イシガヤ家とCPGが地球連邦政府庇護下において木星圏を経済支配するに至った。イシガヤ家は木星の衛星であるエウロパを領有しているが、これはこの際に地球連邦政府より受けた褒賞である。宇宙世紀0179年に到り、伊達幕府による独立戦争が行われる。これは、ダテ家当主マサムネが木星におけるイシガヤ家の戦力を強奪し、地球侵攻を行ったことが発端であった。この後、イシガヤ家は地球連邦政府の命を受けて反乱軍討伐を行い、アジア地域に覇を唱えつつあったダテ家を大軍を以って鎮圧し交渉で日本国に逼塞させることに成功するが、それらに対する地球連邦政府の恩賞に不満を募らせ今度はイシガヤ家が反乱を起こし木星圏を制圧してしまう。この事態に慌てた地球連邦政府は、元々は反乱軍であったダテ家に討伐を命じる。元を辿ればダテ家もイシガヤ家も親交がある家であり、交渉の結果、ダテ家中心による日本協和国と伊達幕府建国及び、イシガヤ家の木星領の半分を地球連邦政府に返還し、残りを伊達幕府に帰属させ、イシガヤ家もまた伊達幕府の王族に加える事でこの動乱に終止符が打たれたのである。当時に比べればイシガヤ家のCPGに対する影響力は低下してはいるが、なお50%以上の株式を保有しており、また木星の食料と水を供給する衛星エウロパはイシガヤ領のままであり、またエウロパの農業を1社で担うCPG関連会社のマーズ・ウォーター社はイシガヤ家が100%の株式を保有しており、イシガヤ家の力と言うのは潜在的に脅威ではあった。

 「いや、タカノブが死んでいても、セレーナがギンに付けばどう転ぶかわからん。あの2人が組めば、軍政中心の統治になるとはいえ、安定をもたらすに足る。」

 セレーナ少佐の実家はそこそこ名の知れた貿易会社である。彼女自身もそういった道を志向していたが、CPGが取引先の要人を招いたパーティーにてイシガヤに見出され軍務についた経緯があり、元々それなりの商才も政略も兼ね揃えているのである。支援する人物さえいれば、どう転ぶかわからないカードである。

 「タカノブ、セレーナの組み合わせもまた脅威だ。タカノブがセレーナの後見となれば、すぐにイーグル先王程度の勢力にはなる。」

 要はイシガヤ家がバックに付けば、セレーナの軍略も十分に発揮できるというものである。

 「後はセレーナのみが生き残った場合も油断できない。今上陛下はセレーナの力を信頼している。今上陛下がセレーナに錦の御旗を与えれば、国民がどう動くか……」

 セレーナの指揮する女神隊という軍団は、基本的には伊達幕府軍の指揮系統で動く軍隊ではあるが、本来は国会直属の親衛部隊であり、正確には伊達幕府軍には所属していない。これは、国民が場合によっては伊達幕府軍に対抗するために必要な戦力として保持しているものであり、同時に国民の厚い信頼と信奉を受けている部隊である。故に、女神隊が常に伊達幕府軍に従うと考えるべきではないのだ。

 「しかしカナン、貴方のクラウン家と私のバイブル家も捨てたものではありませんよ。王族の中では一番政界に縁があります。軍事力は……強くありませんが。」

 ヘルメスがそう主張するのもそれなりには理由がある。先ずカナンティナント・クラウンの父マーク・クラウンは当主からは退いているが、まだ現役の伊達幕府軍将校として火星方面軍司令中佐を務めており、同時にCPG火星方面事業諸子会社の社長や取締役を務めている。また、ヘルメスの長兄でバイブル家の当主であるツクヨミ・バイブルは伊達幕府の内閣において外務次官を務めており、次兄であるスサノオ・スズキはCPG地球方面事業の統括を行う取締役を務めている。元々クラウン家もバイブル家も5代程前のイシガヤ家の先祖に見出されてCPGの経営に参与した事実があり、現在に至るまで代々経済面で優秀な人物がいればCPGの役員を務める慣習になっている。従ってイシガヤ家程の影響力は無いにしても、幾らかの影響力は有しているし、また政治面でもそれ相応に影響力を持ってはいるのだ。

 「セレーナの采配を得れば、我が方が第3勢力になる夢もあるが……。セレーナが我が方へ積極的に好意を持っていない現時点では無理だ。」

 だが、クラウンはそう否定する。別にクラウンやヘルメスに軍事的才能が無いというわけではないが、しかしこういった時に力を発揮する才能でもないと重々承知しているのである。ただ、いずれにせよ、クラウン家やバイブル家が味方に付いた側が有利になるのは明白だ。それだけの力はある。仮にシルバー大佐だけしか生きておらずとも、クラウン自らが後見となれば政治面や経済面での不足は補えるはずである。セレーナ少佐だけが生き残った場合もまた検討の余地はあるだろう。彼女もまたそれなりには野心家である。今後の動き次第では、クラウンの味方にならないとも限らない。

 「カナンはどうするつもりで?私は妻として貴方に従います。」

 「勝馬に乗る。我々は、イーグル先王、ギン、イシガヤ、セレーナいずれとも知己であり、どの味方をしても受け入れられる。今は様子見をしよう。」

 「……わかりました。」

 ヘルメスの不満は見て取れるが、今は時期ではないだろう。そして……彼女が夫に世界の主導権を握らせたいと考えていたとしても、クラウンはその器ではないのだ。

 「と、なれば、今考えるべきは、今、生き残る事。」

 「そうだな。」

 クラウンがそういう。実際未来の事は大事ではあるが、先ず生き残らなければ捕らぬ狸の皮算用であろう。

 「釧路ではシルバー大佐とイシガヤ少佐がハーディサイト中将の本軍への突攻の準備を、石狩では我々とセレーナ少佐がロシア軍迎撃準備をしています。」

 「そうだな……」

 クラウン中佐はため息をつきながらも軍の手配を続ける。刻一刻と、幕府の本土に戦火が迫るのであった。

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