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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第10章 木星会戦 07節

 …………会戦し、すでに一時間が経過している。クオン曹長の率いる第4艦隊は未だに攻撃に積極参加していないが、既にイーグルの艦隊を圧倒しつつある。総数で言えば若干数兵数で優っていただけのはずだが、戦場を見れば数の有利がまさに働いているかのような光景である。敵艦隊の戦術行動は今一つ冴えないが、かといって彼女らの艦隊が特に奇計奇策で戦術的優位に立っているわけでもない。故に、状況としてはおかしい。繰り返すが、第4艦隊は未だに積極的な攻撃を加えていないのである。

 「クスノキ中尉、バーン大尉、一時帰還してください。補給もしなければなりませんし、敵の動向が気になります。」

 「わかったぜ!」

 カリスト大尉の指示にバーン大尉が応じる。

 「カリスト大尉、なにか不審でも?」

 一方のクスノキ中尉は帰還指示を出しつつも、状況の確認を怠らない。

 「いえ、イーグルが指揮しているはずのフェンリル狼ですが……、あまりにも見栄えがしなくて…………」

 「……確かに。」

 白色のフェンリル狼と呼ばれた艦艇は、名将イーグルの座乗艦として知られ、圧倒的な戦術機動による突破力を讃えられた、栄光の艦である。その姿を前にしながら、幾らなんでもこの程度の戦術展開で、カリスト大尉やシロイシ少佐の部隊が有利になるとは考えにくい。例え幾らか数に劣っているせいだとしても、イーグルであれば跳ねのける事は容易であろう。それがこんな状況なのだから不審以外の何物でもないのだ。

 「ともかく、開戦から一時間です。なにかあるとしたら……」

 「後方に艦影!」

 カリスト大尉がそう述べた直後に、索敵手から声が挙がる。

 「って!えぇっ!?どこから沸いて出たの!?」

 彼女が叫ぶが、

 「て、敵旗艦フェンリル狼です!」

 索敵手がさらにそれを上書きする。

 「前面のフェンリル狼は!?」

 「わかりません!後方のは新鋭艦のようです!」

 というのは、単純に白い艦艇をもってフェンリル狼と述べているからである。今までイーグルは白い艦艇はフェンリル狼1隻しか運用したことが無いためである。影武者を立てて安全を図ろうなどというのはとんでもないことで、戦場で目立ち部下を鼓舞するためであった。故に2隻の白色艦艇の出現など、イーグルの行った戦闘において、これが初めての事態なのである。

 「そっちが、本物のフェンリル狼か…………。偵察部隊は何やってたのっ!」

 カリスト大尉が問う。本来から言えば偵察部隊が展開し、簡単に後ろをとられること等あるわけがない。

 「いえ、ほとんど展開していなかったようです……。決戦場に兵を集めるため、との事で…………。」

 「ちょっ!?」

 驚くのも無理はない。あまりにも稚拙なミスであるのだ。

 「どうしよう…………」

 フェンリル狼は繰り返すが敵将イーグルの艦である。イーグルが艦隊を率いるようになってからは、その新鋭の搭乗艦すべてを純白に塗装し、フェンリル狼と命名していた。数々のフェンリル狼がイーグル現役時代に存在したが、そのどれもが敵には恐怖を、味方には畏敬の念を与え続けた。そう、この戦艦フェンリル狼が戦線に出た時、それこそがイーグルに敵する将の命運が尽きたときであったから。よく戦史を知る者の中で、この狂戦艦を恐れぬものは1人とて無い。カリスト大尉にしてもそれは同じである。

 「カリスト大尉、援軍に向かったほうがいいのではないか?」

 参謀のクスノキ中尉が進言する。

 「クスノキ中尉、しかし……」

 難しい判断である。モニターに映し出される敵の概数を見る限り、援軍に向かわなくても理論上は敵と互角の兵力をクオン曹長の第4艦隊は持っている。問題は、敵将がイーグルという一点である。

 「……よし。巡洋艦艦隊2個師団艦隊は、我が双葉とともに第4艦隊の援護に向かいます!」

 カリスト大尉はそう決断する。編成は一刻も早く援軍に到達するため、あくまで機動艦のみである。

 「フェンリル狼、親父を討つなら俺の部隊もつれてけ!」

 バーン大尉がそう要求する。

 「わかりましたバーン大尉。」

 彼は、その父が反乱を起こしたことから苦しい立場である。信用できない人物であれば此処で同行させることは危険ではあるが、彼はとても善良で、国家に対する忠誠心に溢れた人物である。ましてや知り合いの彼女やクスノキを後ろから討つなどという卑怯な真似は絶対にしない。だからこそ、彼の武功を上げるために同行させるのである。

 「残存艦隊の指揮はシロイシ少佐に委譲します。急速転進!」



 それは、兵貴神速

 迷いなどは星の彼方に

 ただ凛然と采を振るのみ



 「クオン曹長、後方に敵艦隊が現れました。どうなさいますか?」

 一方、後方からのフェンリル狼接近を許した第4艦隊の幕僚が、その指揮官に方策を問いかける。

 「全艦に通達、迎撃準備。ハラダ、ゴトウの両将を前面に、リ、クキの両将をその後方に。偃月陣をもって迎撃する。なお、索敵部隊を展開しなかった事を含め、これはまさに予定通りの展開です。」

 彼女は、ひたすら冷静に、沈着に、命令を下す。彼女とて『蝦夷の鬼姫』と称されて以来、数々の戦いで功績を上げ、百戦不敗の名将と讃えられているし、実際そうであると自負しているのである。イーグルと戦って、充分互角に戦う自信も目算もある。ただ、彼女に悩みがあるとすれば、宇宙艦隊戦指揮を多くとったわけではなく、年齢も今年でまだ21歳。多くの将は確かに彼女の軍才に心服しているが、どうしても建国戦争以来活躍し続け、今や70歳に手が届こうとするイーグルの戦歴と功績の威圧を払拭しきることができないという事であった。



 「イーグル様、敵は偃月に布陣するようです。」

 一方、後背への強襲を成功させつつあるイーグル艦隊の士官が、イーグルに対してそう報告する。

 「情報によれば、敵将はクオン曹長、じゃったな。小癪な奴め。このまま魚鱗で突撃しても損害が増す。我が軍は散開!鶴翼陣の外翼に戦艦と砲艦を、中央に巡洋艦をまわせぃ。」

 強襲成功に喜び湧く兵達を眺めながら、イーグルは不満げな顔をする。敵第4艦隊の対応が早いのである。これはやはり彼の手を読んでいたからに違いが無いのだ。

 「小娘の艦隊など、蹂躙してくれるわ!各員、兜の緒を締めて突撃の準備をせよ!」

 「はっ!」

 彼の率いるこの艦隊は精鋭部隊である。彼の号令一下、たちどころに準備を整えるのであった。



 「クオン曹長、敵が散開し始めました。どうされますか?」

 一方の第4艦隊も迎撃準備に余念はない。

 「こちらも散開します。ハラダ、ゴトウの戦闘艦を内周に、機動艦の多いリ、クキは外翼に展開。」

 イーグルがどの策をとるにせよ、なるべく正面決戦は避けたいところである。その点、イーグルの散開は彼女にとって好ましい。友軍は4人の少佐の率いる艦隊の連動によって敵の鋭鋒をいなし、撃破する予定であったが、敵が散開陣ならその鋭鋒自体が弱まるのである。イーグルの突撃というのは、それだけ恐るべきものなのだ。

 「敵艦隊、少しずつ距離を詰めてきます。」

 「よろしい、全艦主砲用意!空母、サイクロプスはまだ待機せよ。」

 「射程まであと30秒!」

 このまま会敵するのであれば、充分な勝機がある。艦数もサイクロプスも敵を上回り、将兵の質も敵に勝る。いくらイーグル恐るべしとはいえ、負ける要素などないはずだ。

 「射程まで10、9、8、7…………」

 「全艦主砲……」

 彼女は、索敵手の声に合わせて砲撃戦開始の号令をくだそうとするが……

 「敵艦隊急速前進を開始!」

 「なっ!?」

 突如として加速するイーグル艦隊に驚きの声を上げる。

 「……構わん、全艦主砲放て!総力戦であるっ!」

 その号令に合わせて砲撃を開始するが、照準を外れたイーグル艦隊への被害は軽微である。それを狙っての加速であろうし、数負けを意識していきなり決戦に持ち込むつもりなのであろうか。彼女は内心慌てながら艦隊指揮を重ねる。

 「敵艦隊、左翼ハラダ艦隊に攻撃を集中!」

 「鎮まれ。ハラダ艦隊はそこで耐えつつ、我らの艦隊で敵側面から半包囲するべし。各小艦隊の距離も縮めよ!」

 距離を縮める事で攻撃の密度を上げる。まとめて沈められる可能性があるため友軍の危険も増すが、機動力に優る敵を捕らえるには砲火の密度を上げることが得策であった。



 「鶴翼から魚鱗に。素早い戦術ですのぅ、イーグル様。」

 「何の。サタケ、貴様とてこの程度は出来よう。」

 久しぶりの大規模野戦である。サタケ元少佐とイーグルは楽しそうに話をする。統治者として指揮官として、国家統治のために戦ってきた彼等であるが、戦争狂の一面もあるのだ。そうでなければ、あれほど長期の戦争を戦い抜いてこられるはずがないのだから。

 「ではイーグル様、次に、左翼外周リ艦隊を討ちますかの。」

 「うむ。」

 楽し気に戦図を指し示す二人に、司令室の兵達は戦慄しながらも安心を覚えるのである。



 「クオン曹長、敵艦隊は、リ艦隊に標的を変更!」

 彼女のモニターに映される展開は、あまりにも惨憺たる有り様である。ハラダ艦隊が押されて被害が増え、兵の収拾をする合間に今度はリ艦隊が攻められている。これでは各個撃破されるだけだ。

 「全艦隊一時後退!体勢を立て直す。」

 「我が艦隊は前進、ハラダ、リ艦隊を収容する。」

 彼女が指揮を執る。

 「はっ!」

 「クオン・イツクシマ!ここで退くとは何事だ!イーグルは目の前だぞ!」

 その指示に対して激昂気味のクキ中佐が呼び捨てにしながらそう怒鳴る。

 「クキ少佐も知っている通り、相手がイーグルだからです。後方のモガミ中佐の軍を差し向ければ、例え此処で幾らか押されても充分に勝てるでしょう。しかし、実際はそうなりません。イーグルなれば、モガミ到着前に後退するでしょうから、此処で被害を出しても引き込み、彼を此処で討ち取る必要があるのです。そのためには再編が必要ですし、相手に弱みを見せるのも一手です。

 「にしても、下がってどうにかなるものではない。膠着するだけだ。」

 「ならまだマシです。このままでは各個撃破され蹂躙されます。」

 「それはそうだが……」

 クキ少佐も戦術眼は優れている。それは理解しているのだ。

 「ハラダ、リ艦隊は、時限機雷を撒きつつ後退。敵の攻撃を回避し、我らと合流することを第一に。」

 しかし実際には厳しい。イーグルの突撃が激しいことは彼女とて承知していたが、想定以上であったからだ。機を見る事も優れており、こちらの攻撃タイミングをこれほどかというほど外してくる。

 「衛生兵、お茶を。」

 「は?」

 「お茶を持ってきなさい。濃い目の緑茶が良い。」

 「はっ!」

 戦場でティータイムが始まるのはいつもの事である。

 「クオン曹長!お茶どころの騒ぎではないぞ!」

 「クキ少佐、将たるものが慌てるべきではありません。」

 「しかしだな!」

 彼がそう怒鳴るのは尤もだ。そんなことはわかっている。

 「なに、すでに賽は投げられたのです。お茶を飲む余裕くらいある。」

 「なんだと!」

 「すでに次の手は考えています。」

 嘘である。だが、第4艦隊司令官が慌てていては各艦の指揮が乱れる。彼女の映像は、各艦艦橋のモニターに映っているのであるから。

 「さて……」

 彼女の手勢は不利。イーグルの戦闘能力が高いことは認識していたものの、これ程であると思わなかったことが不覚である。準備をしたにもかかわらず十分ではなかったのだ。

 「…………。」

 故に采配を振りかねる。このままでは当然損害は増えるが、撤退している以上致命打にはならない。しかし、このまま推移したら、味方の士気も落ちる上に、兵力の消耗は増える一方である。

 「なかなか、いいお茶ですね。」

挿絵(By みてみん)

 だが、いい手が無い。無策であった。

 「シルバー大佐!最左翼にカリスト艦隊です!」

 戦局が動く。

 「艦数は?」

 「巡洋艦で2個師団艦隊です!」

 敢えて巡洋艦中心に艦隊を預けた甲斐があるというものだ。判断能力が高く腰の軽い彼女の敢えてそれを預けていたのは、こういった場合にうまい動きをするのではないか、そう言った期待からである。カリスト艦隊の出現で、しばらくは時間が稼げるだろう。チャンスである。

 「よろしい。この機に艦隊を再編します!艦隊の距離を詰め、衡軛陣に。」

 彼女はカリスト艦隊に攻撃指示を出しながら、艦隊の再編を急ぐ。



 「よし、クオン曹長の艦隊再編を援護するよ!サイクロプス隊、発進!全艦全機砲撃戦!」

 うまくイーグル艦隊の横腹をついたカリスト大尉が、全軍に攻撃指示をだす。全体数としてはそれほど多くは無いが、それでも2個師団艦隊の攻撃であれば放置する事は出来ないだろう。運が良ければ致命傷を与えることもできるはずである。

 「敵側面の被害拡大!」

 カリスト大尉は自らの采配に芸術点をあげたいと思いつつ、ドヤ顔で指揮をとり続ける。実際、このタイミングで横腹をついた彼女の艦隊は、後世まで語られてもおかしくはない状況であった。

 「このまま、距離をとりつつ全力射撃!」



 「なにごとじゃ!?」

 艦隊の乱れを察知し、イーグルが問う。

 「イーグル様、右横腹から敵の攻撃です!」

 圧倒的な戦況であったにもかかわらず、冷や水を浴びせて来た敵に対してイーグルは舌打ちする。

 「どこのどいつじゃ?」

 「軍旗が赤地に水飛沫の女神隊旗ですので、カリスト艦隊のようです。巡洋艦ばかりですが、2個師団艦隊!」

 幕府軍において、有名な将校は自分の旗を持っている。これを掲げている場合には間違いなくその将校が指揮を執っているという事なので、指揮官の名前は一目瞭然であった。

 「カリスト?……あぁ、セレーナの腰巾着の小娘か。サタケよ、やれ。」

 イーグルはつまらないものでも聞いた、そんな態でサタケ元少佐に雑な指示を出す。それで充分であった。

 「わかっておりますわい。全艦回頭、目標カリスト艦隊。進めや!」



 「ちょっ!?」

 既にカリスト大尉のドヤ顔は失われている。むしろ血の気の引いた顔色である。

 「あああぁあぁぁっ・・・!?やっばっ…………」

 言語中枢もやられたようなありさまだ。

 「かっ、カリスト大尉……!」

 艦橋の幕僚もみな同様である。

 「…………全艦、……後退!」

 カリスト大尉が声を振り絞って指示を下す。

 「3番、4番、8番、……各艦損害が増していきます!」

 「わかってる!さっさと退却!急いで!」

 間髪おかず全艦転進してくるなど、彼女にとっては想定外である。圧倒的物量負けに陥るし、クオン曹長の艦隊は再編中で動きに期待できないし、このまま戦闘を続けては全滅必至だ。確実に死ぬ。

 「巡洋艦第2小艦隊全滅!」

 ……既に大損害である。

 「サイクロプス各隊、帰艦しないで退却!」

 艦に戻れば巻き添えで死んでしまう恐れが高まる。被弾率の少ないサイクロプスの状態のままで撤退した方がいくらか生存率は上がるだろう。

 「もういいから!ありったけの弾薬使っていいから、各艦は逃げ切って!!」

 カリスト大尉がなりふり構わず撤退の号令をかける。それが一番被害を抑える方法であった。

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