第10章 木星会戦 06節
イシガヤ少佐が木星コロニーを解放する戦いを始めた一方、呼応してシルバー大佐がイーグルとの決戦の為、兵を動かしていた。
「編成を申し渡す。」
決戦に向けて航海を始めていたものの、編成については今の今まで公になっていなかった。負けられない一戦であり、国民の将来を決める一戦である。最大限の情報秘匿を含めて、必勝の策を練っていた、そう将兵に伝えられている。
「左翼第1艦隊司令シロイシ少佐!」
「はっ。」
シルバー大佐の命令にシロイシが応じる。
「その方には別に、装甲艦艦隊を預ける。」
「謹んでお受けいたします。」
無論内諾は取り付けているのでここで拒否されることは無い。新参のシロイシに任されるのは重要な左翼艦隊である。装甲艦隊まで任せらえるのだから、相当な重用である。
「第1艦隊は、敵の攻撃を防ぎきるのが役目。命令無いかぎり、持ち場を死守せよ。」
「はっ、おまかせ下さい。」
死んでも守れ。それだけ重要なポジションである。
「次、右翼第2艦隊司令カリスト大尉!その方には別に、高速機動艦隊を預ける。」
「はいっ!わかりましたっ!」
些か挙動不審に緊張しながらカリスト大尉が応じる。彼女もまた艦隊司令としての実績はそれなりにあるが、大規模艦隊指揮は採ったことは無い。それでも副軍団長格として女神隊をトップとして、与力の遊撃隊や空軍、海軍艦隊をまとめて運用をしてきた経験から、他の大尉よりは遥かに適性はあると言えるだろう。
「戦術参謀としてクスノキ中尉、サイクロプス隊指揮官としてバーン大尉、サイクロプス隊副長兼参謀としてニッコロ中尉を預ける。」
編成をそこまで指定してくるのはよほどの事だ。3人いずれもサイクロプス運用に長けた人材であり、クスノキ中尉は智謀に優れ、ニッコロ中尉は政治判断力に優れる。王族のバーン大尉は兵達の信望が厚く、軍においても決裁権を含めての自由度の高い人材である。本来であればバーン大尉の方がカリスト大尉より格上なのだが、敢えての人事であろうから、何か思惑があるのは間違いが無かった。
「謹んでお受けします!」
だが、その思惑はカリスト大尉にも知らされていないのか、やや頭に疑問符を浮かべたような顔でカリスト大尉は応じるのであった。
「本陣は第3艦隊司令モガミ中佐!」
続いて本陣である。
「はっ。ありがたき幸せ。」
「その方には別に、砲艦艦隊を預ける。」
「了解しました。」
「作戦参謀総長は、私自身が務める。」
その言葉に周囲がざわめく。シルバー大佐が本陣で指揮をとらず、作戦参謀総長を務める、というのはあまりにも意外であるからだ。確かに大軍の指揮であるから全体を俯瞰して采配を振りたい、というのであれば、本陣艦隊を指揮するよりも向いているかもしれないが、かつてない異常さであった。
「最後に、後備え第4艦隊司令クオン曹長!」
「はい……。」
その言葉にさらに周辺はざわめく。クオン曹長の幕僚として能力を認める将兵は多いが、指揮官としては別である。彼女の統率力は曹長程度が限界であって、艦隊司令としては無能に近いはずであった。士官学校を出ていないから、というような理由ではない。大軍の指揮官というものは智謀も必要ではあるのだが、それ以上にいかなる場合にも屈しないような胆力、兵達を地獄に送り付けても平然としている冷酷さ、敵を皆殺しにしても動じない冷淡さ、それでも兵達がついてくる信頼感、そう言ったものが必要なのである。少なくとも彼女にはそれはない。
「その方には別に、主力戦闘艦隊を預ける。我が意を察して充分に対応せよ。」
「えぇ。わかりました。」
クオン曹長が平静な声で応じる。
「旗下にクキ少佐、リ少佐、ハラダ少佐、ゴトウ少佐と、その下位艦艇指揮官を充てる。」
「はい。」
クキ少佐やリ少佐はクオン曹長の参謀能力は知ってるし、ハラダ少佐やゴトウ少佐はシルバー大佐の家臣格ではあるのだが、クオン曹長程度の采配で、彼らをまとめることができるのか、将兵はみな不安を顔にして隠すことは無い。
「以上。各将各兵の奮戦に期待する!」
「お待ち下さいギン大佐っ!」
シルバー大佐が話を終えようとしたところで、海軍軍団長のクキ少佐が声を上げる。
「クキ少佐、何か?」
「これはあまりな仕打ちです!確かに海軍司令である私や空軍司令であるリ少佐は宇宙戦闘経験はほとんどありません。ですから、宇宙軍やCPG防衛艦隊の諸将に従うのに異存はありません。しかし、クオン曹長如き小者より下風に立たせられるなど、武人としての誇りが許しませんぞ!」
激昂しながらクキ少佐がそう伝える。小者の中にはカリスト大尉も含まれているだろう。少なくとも、正式に軍団長である彼らの方が、カリスト大尉よりも宇宙艦隊指揮は得意であるかだ。
「私の策に不満があると?」
だが、シルバー様の一睨みでクキ少佐が慌てる。軍にはシルバー大佐に勝る知謀の将はいないし、先の会戦でも寡兵よく大兵と戦い抜き、その勇武無双である。その補佐も務めたクキ少佐とて優秀な将ではあるが、やっぱりシルバー大佐にはとてもかなわない。
「いや……、そこまでは…………」
彼が反対した作戦でもシルバー大佐は戦果を挙げているのだ。大っぴらな反対はしかねる、というのはある。普段意気軒高な彼がそう言葉を濁すのはそれがあるからだ。
「イーグル・フルーレは希代の名将。この布陣でなければ必勝は望めん。」
「必勝?必ず勝てる、と?」
「そうです。諸将に告ぐ。この一戦必ず勝利出来る。断言する。それは、私の命じた布陣が確実に機能した場合のみでしょう。確かにクキやリを艦隊司令にしても勝機はあるでしょう。しかし、必勝ではない。」
「なにか策でも?」
「それは言えない。しかしいまだかつて私が采配を振り違えたことがあるか?」
シルバー大佐がそう睨みを利かす。
「いえ、ギン大佐……、シルバー大佐は、古今稀に見る名将であらせられます。」
クキ少佐は言葉を選ぶ。クキ少佐は先の宇宙ハーディサイト討伐戦時、作戦を絶対敗北すると否定し、国会の命令の無い戦争だと参戦していない。しかし被害は甚大でこそあったが、シルバー大佐は敵将ハーディサイトを討ち、戦闘に勝利してしまった。彼にはこの負い目があるから、強硬的な否定はできないのである。加えて、シルバーの目には「諸事察せよ」という色が滲む。それが判らぬほどクキ少佐は無能ではない。
「この戦は、私の意志の下、一糸乱れぬことが慣用。我が軍命に背くものは死刑に処す。また、勝利の際には我が深謀も解るであろう。よいな?」
「……はっ。承知いたしました。」
「その方らの実力を信用するからこそ、クオンを艦隊司令にするのだ。大将1人やや采配が鈍かろうと、貴官等ならば負けはすまい?だがよいな?各艦隊司令に逆らったら貴賤官職問わず死刑に処す。これは絶対である。各人各艦隊司令の命令に服し、奮戦せよ。」
シルバー大佐の命令は、いつにもない絶対的なものであった。
「艦隊、鶴翼に開け。」
モガミ中佐の号令一下、粛々と展開する幕府軍艦隊が展開する。練度は思ったほど悪くはない。どのような策を講じたのか、或いはイシガヤの動きが良かったためか、イーグル・フルーレもまた決戦場に進軍中である。シルバー大佐が想定したポイントであればコロニーなどへの被害を出さずに武官のみで勝敗を決する事が出来る。まさに理想的な決戦場であった。
「全軍が鶴翼に陣取ります。右翼を預かる我々は、これに伴い陣に展開します。全軍、展開!」
旗下にそう告げるのは第2艦隊を預かるカリスト大尉である。彼女の艦隊は右翼を構成し、/型の斜陣を採る。前面に混成艦隊5個師団、後方に巡洋艦艦隊2個師団、軽7個師団艦隊を統括し、彼女自身は双葉と名付けた高速巡洋艦より采配を振るう。これほどの大艦隊を指揮するなど、彼女にとっては初めての事である。最も、大半の幕府軍指揮官にしても同様であった。
「我が艦隊は、左翼と歩調を合わせるように。」
カリスト大尉が続けてそう告げる。左翼はシロイシ艦隊が\型の斜陣を敷く。前方に装甲艦艦隊2個師団、後方に混成5個師団。計7個師団艦隊である。
「本陣のモガミ艦隊の歩調が遅いから、我が艦隊は速度を落します。シロイシ艦隊にも連絡を。」
中央のモガミ艦隊は、砲艦を中心とした艦隊で9個師団である。足は遅いが火力は抜群だ。編成からしすれば、左右のシロイシ、カリスト艦隊が楯となり、敵を中央に誘って撃滅する形である。なお、その後方に、戦艦級を揃えたクオン曹長指揮下の7個師団艦隊が展開する。
「まず負けない……」
カリスト大尉が祈るかのようにそうつぶやく。鶴翼陣、V字に広がった布陣は一般的な陣形である。側面や後方からの攻撃には弱いが、正面決戦をする限り致命的な欠点はない。味方が未熟だったり、落ち着きがないと別ではあるが、艦隊指揮官は手堅い人物で固めており、今のところ統制も問題ない。兵数で敵に上回る以上、よほどのことがないかぎり勝利は固いであろう。
終わらない宇宙の営み
罪深き人間の営み
生存のために戦いつづけ
異種族のみか、同種族さえも殺す
もう何千年の昔から
変わらない人間の業
それさえも飲み込み
変わらない宇宙の懐に抱かれ
私たちは
これからも戦い続けるのだ
宇宙に比べ
ひどく狭量な懐でしか
ものごとを見れない私たちは……
「正面、敵艦隊です!」
カリスト艦隊の索敵手がカリスト大尉にそう報告をする。
「数は?」
「わかりません。備えの数は、およそ25個師団。4軍団を編成しているようです。なお、中央に敵旗艦フェンリル狼が見えます……」
そう言ってモニターに大艦隊に紛れて白色の艦艇が映し出され、艦内にざわめきが漏れる。これほどの規模の敵を相手にしたことがある将兵は少ない。比較的戦歴の多い彼女とて、6年前のオーストラリア会戦、今年の石狩湾会戦、ハーディサイト討伐戦の3度しか経験していないのである。それとてこの会戦に比べれば兵数としては10分の1レベルの規模である。ましてや、ここ20年近く平和だった木星圏の住人にはとても考えられない会戦規模である。加え敵旗艦フェンリルは、敵将イーグルの勇武を象徴する艦艇である。動揺する兵士がいても当然であった。
「でも……、なんか敵少なくない?」
「少ない、ですか?」
カリスト大尉の呟きに周りのものが問い返す。広大な宇宙にひしめく大艦隊を見て少ない、という感想は一般兵からすればとんでもない発言である。
「いや、わかんないけど……」
「むしろ報告より多く見えますが。」
「戦場じゃ、敵の数が多く見えるのが正常だよ。」
カリスト大尉がそういう。実際、戦場で大軍を見れば恐怖で敵が多く見える。だからこそ、古代の合戦では数万人程度の兵力でも平気で10万人などと僭称したのである。
「ん、一応、モガミ中佐に報告を。」
「はい。」
指示を受けた通信手が本陣に報告を開始する。一方のカリスト大尉はなおモニター画像を眺め首を傾げながら、その綺麗な指で艦艇を指し数えている有様である。
「カリスト大尉、報告は聴いた。」
報告を受けていたモガミ中佐であったが、直接カリスト大尉に連絡を回すように指示したようである。本来から言えば通信手の報告だけで良いはずだが、暇なのだろうか?カリスト大尉はそう考えながら応答する。
「はい。モガミ中佐、私には敵の数が少なく感じるんです。体感8割くらいかなって?」
カリスト大尉がそう率直な感想を述べる。敵艦隊は陣形を整えてはいるが、それぞれの備えは乱雑に並んでいる。練度の問題かと思ったが、動きを見る限りではそういう事もなさそうである。どの道彼女の指揮下と同様に大半がCPG部隊なのだから、そのあたりが大きく変わるとは思えない。ただ、乱雑に並んでいる結果、正確な数の確認は難しいと言えるだろう。
「ふむ。カリスト大尉は剛毅であるな。あの敵を見て少ないと感じるとはな。」
「はぁ……?」
モガミ中佐の発言にカリスト大尉は間の抜けた返事をする。そんなことをいうために直接連絡を繋いできたのだろうか?彼女の疑念は尽きない。しかも相手は冷静沈着で知られるモガミ中佐である。
「ならば一気に踏み潰すがよい。奮戦を期待する。」
「ちょっ!?待ってください!シルバー大佐にお取次ぎをっ!」
意見を一蹴され、彼女が慌てる。それなりに大規模戦闘を経験している自負もあって、この異常には何かあると確信しているのである。
「取次は不要である。」
「しかし、我が軍後方の部隊が強力ですし……、何かあるんじゃ…………」
艦隊の後方には戦艦級の艦艇が多い。本来、主力艦として前面に押し出すべき戦力なのだ。それに、将がクオン曹長といってもその旗下の司令官は有能であるし、サイクロプス隊についても精鋭が多い。主力を温存させる意図があるのかもしれないが、本来兵力は一挙に投入したほうが損害が少なくてすむはずなのである。敵も味方も不自然な行動が多すぎる。
「カリスト大尉、貴官は幕府軍の軍人であるな?」
「はい。」
「ならば、上官の命令に服従すればいいのだ。」
「しかし!」
「兵が不安になる。不必要な詮索をするな。貴官は前面の敵を討てばそれでいい。」
「了解いたしました…………」
モガミ中佐の発言には一理ある。今のカリスト大尉は参謀ではなく指揮官であるのだ。統率するのが任務であって、参謀のように考えることは違う。だが、普段参謀畑の彼女としては、焦燥を覚えるのは致し方のない事であった。
「カリスト大尉。」
憂鬱そうな顔をするカリスト大尉に男性士官が声を掛ける。
「なんです、クスノキ中尉?」
遊撃隊旅団長であり、イシガヤ家の工作部隊を統率するマサノブ・クスノキ中尉である。カリスト大尉と比べれば一回り程年上であり、階級こそ彼女よりは低いが頼りになる男性である。戦場経験も豊富であり、工作部隊を指揮してきたことから血生臭い事にも慣れている。
「苦境にあって、笑っているくらいでなければ、艦隊指揮官など務まらんぞ。じきに敵の射程に入る、采配を。」
「はい……」
指揮官としての役割である。それは彼女とてわかっていないわけではないのだ。
「各艦、砲戦用意!敵との距離をとりつつ、頃合いをみてサイクロプス戦に移ります!」
目下、目前の敵を叩く事こそが、彼女の任務である。
戦端は開かれた
大艦隊同士の砲撃戦
数多のビームが宇宙に煌めき
そのいくつかが人肌を焼く
シロイシ艦隊は良く守り手堅く
私の艦隊が敵を掻き乱す
その、左右の翼の艦隊は
まるで生きているかのように自由に
でも、容易に敵を倒すことは出来ない
敵……
敵といっても同じ国の民なのだから
双方に直撃を避けて攻撃しているのだ
甘いと思うけれど
甘いとは思うけれど……
敵に家族や親戚だっているのだろうから
「カリスト大尉、サイクロプスの投入を。」
艦砲射撃は前哨戦である。距離を詰める段階でなるべく敵の数を減らす、そう言った目的で主に行われるものだ。幕府軍の場合には艦隊戦力偏重の傾向があった事から、戦闘終盤まで艦艇が活躍する事も多いが、本質的にはサイクロプス戦の支援である。
「そうですね。サイクロプス各隊、発進せよ!バーン大尉、クスノキ中尉のサイクロプス隊は、艦隊の護衛に専念してください。」
各艦から、数条の光が放たれる。サイクロプスだ。木星軍の半数は無人機ではあるが、それだけに正面決戦では役に立つ。人命を気にしなくても良いし、無人機であれば敵を恐れることは無い。有人機と比べれば機能に制限があり融通は利かないが、それでもそれなりのメリットはあるのだ。地上では地形変数が多すぎて無人機はさほど使えないが、宇宙であれば地形変数が少なく、作れば兵の育成をせずとも使える。一方でカリスト大尉が護衛に指名したのは、全て有人機の部隊である。護衛となると状況に合わせて臨機応変に動く必要があるためだ。
「……はじまっちゃったんだね。」
戦場に煌めく閃光を眺望しながらカリスト大尉がため息をつく。爆発飛散するごとに、人は、国民は、死んでいくのである。