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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第10章 木星会戦 03節

 「でてこねぇ……」

 サタケ大尉が兵をまとめて資源衛星303に籠った一方、イシガヤ達は順調にアステロイド帯を通過し、当初の予定であったコロニーではなく、資源衛星303を包囲している。無論、一部の解放部隊はコロニーに廻しているが、途中で敵の動きを把握したための方針転換である。

 「完全に篭城ですな。機雷まで撒いてます……」

 どちらかというと勇将タイプとして知られるサタケ大尉であるが、非常に慎重な采配である。彼らの方が数が多いというのに、このように籠城を始めたからだ。彼らの任務はイーグルが決戦を終えるまで本拠周辺を守備する事にあるから、拠点を思い切りよく捨てたとは言っても、兵力を減少させないようにこうして籠城する事は手としては無難である。彼が決して無能ではない事を示唆していた。

 「……コロニーは解放できたし、戻るか?」

 「はっ?」

 「いや……、籠城されたら落ちないし?」

 「兵は拙速、力攻めにしてみては?」

 アークザラットが孫子の一節を出しつつ、そういう。力攻めをしたらどうなるか、までは、実戦経験の少ない彼にとってはイマイチぴんと来ないのだろう。

 「いや、力攻めしても絶対落ちないし。」

 「やってみなければ……」

 「やってからでは遅い。損害が甚大になる。要塞攻略というのは、映画で見る程簡単でも華やかでもない。」

 イシガヤは若くとも、要塞攻めも要塞防御も何度も経験している。遊撃隊は、諸軍に率先して多くの戦地に派兵されてきたためである。幕府においてはシルバー大佐が名を馳せたオーストラリア会戦においても、彼女とは離れた戦線でヤオネ大尉と伴に要塞防御を指揮し、その武勇を示しているのである。

 「狂将と呼ばれるわりには冷静ですな。」

 「まぁな。戻った場合、3時間以内でどれだけの火砲が集まる?この際コストはいい。」

 「艦砲クラスの火砲ですか?」

 「対艦ミサイルポッドと、投石機もだ。」

 「しばしお待ちを……。最大で、火砲34基、ミサイルポッド80基、投石機は組み立てれば30基用意出来ます。」

 イシガヤの指示でアークザラットは手元の端末を開き、部下達に指示してその兵力を確認し、そして報告する。こういった作業は担当者を決めて、仕事を割り振る事が上の役目である。

 「割と少ないな。」

 「攻城兵器は、衛星エウロパや衛星カリストに保管されてます。今用意できるのはコロニー防衛用の対艦兵器ですから。」

 アークザラットが報告する。実際、コロニーを大艦隊が急襲するという事は考えにくい。木星が平和だからというのもあるが、それ以前にしかるべく偵察衛星などを展開しているためである。普段であれば幕府木星軍も防衛出動するであろうし、手元に確保する兵器はそれほど多くなくてもかまわないのである。

 「まず、あるだけ即時こっちに輸送しろ。」

 「了解。」

 「指向性機雷は?」

 「4000基ほどなら。」

 「それも持ってこい。」

 「機雷をどうなさるので?」

 イシガヤの発言にアークザラットが問い返す。要塞防御ならともかく、要塞攻略に機雷である。何に使うというのか。

 「……ん?機雷は撒くものだろ?まさか投石機で飛ばしはしないさ。」

 「いや…………」

 それは、本当だろうか?という目である。 

 「なに、出てこないなら出てこないで、出てこれなくすればいいや。奴らをここに封鎖して閉じ込めよう。」

 イシガヤの言う事はある意味では無難な策だ。既にコロニーは解放している。

 「しかし、落とさない事には……」

 一方でアークザラットはそう述べる。イシガヤの策は無難ではあるのだが、落とせなければその武勇は示せない。CPGにとって、この幕府に与する戦いは重要であり、それなりの功績を示すためにはそれなりの華が必要だ、という話である。

 「準備する間に別の資源衛星を準備しろ。自走できれば大した衛星でなくても良い。ぶつけて、アノ資源衛星もろとも木星に落とす。イーグルがたとえ野戦で勝ったとしても、それくらいの時間はあるさ。」

 実際決戦が終わったとしても、帰還に一両日は掛かるだろう。それまでに処理すればいいのだ。焦る必要は無い。

 「御意。」

 「だが、万一に備えて脱出シャトルなどの準備もはじめてくれ。後、主上より頂いた綸旨と錦の御旗を用意して来る。」

 通称大和帝國、正式には日本協和国に属する伊達幕府は、その存在を天皇に認めさせ設立されたものだ。建国時、大義名分を得るために半ば監禁状態に置いた天皇から勅命を戴き、新地球連邦政府に吸収されていた日本国を攻めとって独立させた経緯がある。とはいえ、伊達は勤皇の家であり、国民も天皇の権威を教育されているから、天皇の旗は戦場でもそれなりに意味を持っていた。

 「了解しました。」

 「よし、全軍に告げる!一時退却!」



 「サタケ大尉、敵が……撤退していきます。」

 サタケ大尉に対しオペレーターが戸惑ったように報告を上げる。彼らは敵の強襲に備えて準備をしていたのだが、撤退するとは想定外だったのである。

 「イシガヤ王、攻めて来んな。狂将と呼ばれるくらいだから攻めてくるかと思ったが……」

 「追撃しますか?」

 オペレーターの問いにサタケが宇宙図を確認する。ところどころアステロイドベルト帯を通過する必要がある航路と思われるため奇襲するには都合は良いのだが、現在それらはイシガヤの勢力圏内となる。地形はサタケ大尉の手勢も十分承知しているのだが、兵を埋伏されれば如何に地の利があっても損害は甚大になるだろう。他にもう少し拓けた航路が幾つかある中でそこを選択しているのだから、意図は明白である。

 「いや、我らをおびき出す罠だろう。このまま待機だ。防備を固めよ。」

 サタケ大尉はそう判断して命令を下す。彼としても判断は難しい所だ。彼の基本任務は本拠地の防衛と時間稼ぎである。そう言った意味では本拠コロニーを棄てたとはいっても近くの資源衛星で籠城するだけでも充分な意味はある。ただ、籠城したことで敵の攻撃は緩んでいるが、イシガヤ側が残存兵力を集結しつつあり、当初は優勢であった兵数においても劣勢になりつつある。劇的に兵数負けしているわけではない為、イシガヤ勢が攻めてくるようなら要塞に籠る分サタケ側が有利であり負けることはまず無いであろうが、主導権を奪われるというのは厄介であった。



 「敵は出てこなかったな。」

 イシガヤが呟く。一旦撤退した彼であったが、資材を護送しつつ再度資源衛星を包囲している。誘いに乗ってくれさえすれば攻城戦など面倒な事をせずに野戦で殲滅できたのに、と、とても億劫そうである。

 「まぁいい。アークザラット、準備は?」

 「出来ております。」

 カタパルトや機雷など、既に準備完了しいつでも使用可能である。

 「よし。アークザラット、処置が早くて助かる。」

 「良い幕僚と現場指揮官を抱えていますからな。」

 アークザラットは控える幕僚達を見ながらそう答える。彼自身がやっている事はイシガヤの相談役であり、部下達にやるべきことの大筋を示すことだけだからだ。しかしそれが大将格の仕事であって、部下達の活躍を素直に認める事が出来る彼は、優秀な統率者と言えるだろう。

 「優れた幕僚が揃っているという事はうらやましい事だ。それが大将の仕事ではあるがな。俺は戦術指揮官としてはいまいちだから、此処にクオンやヤオネといった戦術参謀が居ないと些か心もとない。」

 イシガヤが不安を口にする。

 「さようで。御屋形様は、戦術指揮官には向いておりませんからな。」

 アークザラットが述べるが、実際イシガヤはそれほど優れた戦術指揮官ではない。戦略判断的な部分は決して無能ではないが、戦場に出れば突撃と撤退くらいしか頭が回らない部分があるためだ。それでも彼自身が前線に出るため、彼についていけば良い、という判断で部下は動く。練度の低い兵達をまとめるにはその方が効率的であるため、決して指揮官として適性が低いというわけではないのだが、技巧的な部分は評価するべきところはない、というのが一般的な見方であった。

 「俺に戦術を期待するなよ。ところで映像は撮れるか?放映する事が前提のものだ。」

 「……映像?」

 「城攻めというのは、籠っている側よりも攻め側のほうが有利に見えるものだ。実際には城に籠っている方が有利だとしてもな。戦況を撮影して広報し、民の心を掴み敵の心を攻める。敵は要塞に籠っている限り戦術的には圧倒的に有利だが、こちらの扇動工作にたいして充分な手だてを講じることはできない。有利と不利は一心同体で合って、こちらの有利に変えればいいだけさ。」

 イシガヤが自信ありげに言うが、アークザラットはまだピンと来ないようで首を傾げる。

 「うまくいきますか?」

 具体的にどうするか、である。

 「兵器を乱雑に並べよ。整列するより数多くみえる。ただし、数少ないサイクロプスは、カメラの手前へ集めよ。攻城兵器はその後ろへ。カタパルトには爆弾か機雷を詰めて要塞に飛ばす。」

 「機雷をカタパルトで飛ばさないと仰っていたではありませんか。」

 「言ったかもしれない。が、無かったことにしよう。」

 「はいはい。」

 「爆弾または機雷の着弾は綿密に計算して合わせよ。着弾時に炸裂するようにセットだ。全弾同時着弾を三斉射する。間隔は10秒。その10秒の合間にはビーム砲による砲撃を実施する。」

 「ただちに計算させます。」

 アークザラットが指揮下の幕僚に指示を下す。射撃用の詳細な計算が必要であるためだ。合わせて機雷や爆弾の信管をセットしなければならない。イシガヤの言う方法を考えると、着弾時爆発よりは、着弾寸前に爆発させた方が見た目の範囲は大きいためである。

 「目的は、敵要塞に華麗にビームが突き刺さり、爆弾が爆発することで要塞にさも被害が出ているように見せることだ。そしてそれを各地へ放送する。」

 「先ほどおっしゃられたように、こちらが勝っているように見せ、敵の士気を落し、味方の士気を上げる策ですかな?」

 「さらに、静観を保つ同盟国に、戦はすぐに決着が着くように見せ介入を防ぐためだ。」

 「御意に」

 アークザラットはイシガヤの指示を聞いて、やはり戦術家ではない、そう判断する。イシガヤはあくまでも戦争を政治や外交の手段として考えているのであって、その指示方針も同様な戦略的思想が殆どである。具体的な戦術運動としてどうするかは幕僚任せなのだ。イシガヤの立場としては、幕府執権でありCPC会長であるからそれで充分なのだが、彼が軍事指揮官として軍団長に任命されたのは、おそらく優れた戦術参謀を抱えて、それを使っているからであろう。必要な事は専門家に任せる、そう言った判断は間違いではないが、故に彼に仕えるものとしては、イシガヤがCPGの運営を誰に任せているか、それを掴み重視せざるを得ない、そう考えるのであった。アークザラットの本職はあくまでもCPGの経営なのであるから。



 「サタケ大尉!敵の砲撃がはじまりました!」

 敵に包囲されてしばらくたった頃、ようやくイシガヤの義勇軍による攻撃が開始された。これを受けてサタケ大尉の下にその報告が上がる。

 「そうか。被害は……、軽微なはずだな。」

 「はい。」

 少なくとも彼の所に集まっている情報からは、イシガヤが甚大な被害を彼の要塞に与える方法はない。カタパルトやビーム砲などを用意している事はわかっているが、衛星を利用した篤い岩盤で構成される要塞に対してはほとんど無力である。たとえ核攻撃を受けたとしても、要塞表面が多少焼ける程度で、内部構造まではダメージを受けることは無い。

 「かまわん、イーグル様が会戦で勝つまでなら十分持ちこたえられる。各人持ち場を死守せよ!」

 「はっ!」

 しかし判断は難しい所である。籠城すれば戦術的に当面負けることは無い。しかし万が一、イーグルがシルバー大佐に敗北した場合、サタケ大尉の逃げ道は無くなる。その場合、早急に目の前のイシガヤを撃破すれば逃げ道がないわけではないが……。

 「やはり、まだ機ではないな。」

 幾らかの不安を抱えつつ、サタケ大尉は焦る必要は無い、そう考えるのであった。


 微かな不安

 心は揺らぐ

 決断をしたのか

 決断をしなかったのか

 判然としないが故に心ざわめく

 確信はできなくとも

 決断したつもり、だ…………


 「サタケ大尉!」

 「なんだ?」

 サタケ大尉の下に参謀の一人が駆け寄る。

 「通信ジャック……いえ、緊急国営放送です!」

 「どうせイーグル様謀叛などと言うのだろう?聞き飽きた。」

 イーグル反乱に関する緊急放送は、定期的に報道されている。主に避難勧告などが中心であった。連日報道されているため、聞き飽きた、というのは当然である。

 「いえ……。この要塞が映っております。」

 「なんだと!?まわせ!」

 と、いう事は、包囲軍の行動である。流石に見ないで放置というわけにはいかない。通信兵によって、慌てて司令室の正面モニターに放送が映される。

 「……る。今や我々官軍は、イーグル率いる朝敵の軍を包囲した。」

 「イシガヤ王か……?」

 通信妨害のフィールドを展開しているため不鮮明であったが、通信兵が一時的に一部空間の妨害を解除し、通信を鮮明化にする。

 「我が親愛なる民草よ。今、我は今上陛下より頂いた錦旗をかかげ、我は反徒イーグル・フルーレの根拠地を包囲した。我々は、たちどころにこの拠点を破壊して見せよう。今!征東将軍のシルバー大佐……、伊達銀将軍は朝敵イーグル・フルーレと交戦中である。勝敗の末はまだわからぬが、将軍を扶ける為にも、この拠点を力攻めを粉砕せん!」

 その発言の直後、要塞周辺で爆発が起こり、その合間にビームが突き刺さる画像が流れる。3斉射である。ただ、然るべき軍人からすれば、映像から見ても実際の報告を聞いてもさしたる被害は無いのだが、映像的には激しく攻撃を受けたかのように映る。一般人や知見の少ない軍人に対するあからさまな印象操作だ。

 「さしたる被害はない、兵を纏め防備を固めよ!こけおどしかもしれないが、イシガヤ少佐なれば、力攻めも有り得るぞ。油断せずにな!」

 迎撃に関して油断をしていいものではない。イシガヤの思惑がなんであれ、備えることは重要である。

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