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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第09章 木星とエウロパ 08節

 宇宙世紀0279年11月15日

 幕府執権であるタカノブ・イシガヤは、その本拠である首都コロニーに同日潜入した。商船を仕立てて変装と偽装パスポートを使っただけであるが、木星に最大の勢力を誇るCPGにツテのある彼にとって、検問を抜ける方法は熟知しており、潜入は容易いものである。

 「久しぶりだなアークザラット。」

 アークザラット・アークラインはCPG本社社長であり、またイシガヤ家と古くから関係する家の者である。またイシガヤ家にとっては譜代の筆頭家臣でもあり、独立戦争の生残りであるモガミ長老を除いて、木星での家臣序列では一番となっている。アークザラットが社長に就任してからはまだ5年弱と日は浅いが、木星の経済界は彼によって牛耳られているといっても過言ではない。ただ惜しむらくは、この叛乱を抑えるほどの人望を、まだ兼ねそろえていなかったところであろう。

 「イシガヤ会長、御早いおつきで。」

 「予定は繰り上げた。イーグルの手の者が怖い……」

 「黒脛巾数人を護衛にまわしましょう。」

 「頼む……。それにしても港の警備が厳重とは言え無いな?イーグルはなにを考えている?」

 何分にも黒脛巾の一部にも裏切り者が居たのだから、イシガヤが首都に侵入する事はおそらく伝わっていたはずだ。その割には警備が甘すぎる、そう言いたいのである。

 「私が圧力をかけました。」

 「そうか。」

 とは簡単にいうが、さすがはアークザラットである。木星圏は産業の集約が激しい。特に、木星の半分を手中に納めるこの幕府においてはなおさらだ。CPG管理下の衛星エウロパがなければ、穀物や木材、大規模水力発電により精練されたアルミなどのメタルは手に入らないし、衛星カリストがなければ化学薬品などが手に入らない。また、衛星イオには一大工業プラントがあるが、これら産業界に影響の多い拠点すべてをイーグルは手にしていないのだ。CPGから圧力を掛けられた場合、確かにコロニー側としてはこれを拒むのは困難なのである。

 「それで、CPG本社の社長として、お前はどうする気だ。」

 イシガヤがアークザラットに問う。その問いはイシガヤ家家臣としてどうか、ではなく、経済を握るCPG社長としてどうしたらいいと思っているのか、という事だ。お互いに信用しているからこそ、忌憚のない意見をよこせ、そういう意図である。

 「イーグル様では他の政治はともかく、経済政策が話になりませんな。傭兵は奪われましたが、経済的にはなんら手を打てていません。それでいて軍費捻出のために課税率を上げると。これに付くほど我々財界は愚かではありません。」

 実際、イーグルは政治面でも優れてはいるのだが、以前より経済政策については今一つであり、また経済界に対して充分なツテを有していない。フルーレ家も古くからイシガヤ家と親密な家柄ではあるのだが、能力面もあってCPGには参与してこなかった事が最大の理由である。

 「わかった。イーグルがそろそろ粛清を考える頃だ。残っている政治家・財界人、他主要人物を保護せよ。」

 「御意に。」

 「それと、クオンの家族は結局見つからないのか?」

 「……残念ながら。」

 木星首都に居住していたクオン曹長の両親であったが、現在行方不明となっている。イーグル反乱直後はイシガヤは意識不明の状態であり、状況の危険性に気が付いたソラネが黒脛巾やCPGに保護の指示を出したのだが、僅かなタイムラグの間に行方が分からなくなってしまっていた。おそらくはイーグル勢力に拉致されたものと推測される。現在までに大きな動きは無いのだが、近いうちに何らかの動きはあるだろう。

 「CPG社員で反乱に与したものは、エンドウ首相の決裁によって法による処分をするが、黒脛巾で謀反をしたものは、直ちに降伏したものまたはこちら側に親族が居て特に軍功があってそれを引き換えに助命嘆願があったもの、それ以外は皆殺しだ。特に、クオンの両親拉致の手引きをしたものは、黒脛巾であれば絶対に許さない。風紀は良く引き締めておけよ。」

 イシガヤの言葉にアークザラットはやや恐怖する。彼がかつて専横の気を見せた家臣を大量粛清した事はまだ記憶に新しい。アークザラットは当時からイシガヤ家側に近い立場にいたために特に粛清の対象になる事もなく、むしろ出世の機会を得たわけだが、逆に近い位置にいただけにイシガヤがどれほど粛清したのかは明確に知っているのである。それも、世間で噂されたよりも多く、彼自身が陣頭指揮を執って殺害しているのだ。イシガヤの先祖は工作兵として子悪魔の仇名を有していたというが、歴史を知る旧来からの譜代家臣の子孫は、それを彷彿とさせたものであった。

 「……それにしても変わられましたな。」

 だが、アークザラットはそう言う。当時のイシガヤであれば、現時点で降伏していないものや、CPG関係者も殺戮指示を出したはずである。

 「御幼少の頃は鬱々として楽しまず、数年前は権力を傘に自棄気味でありましたのに。今はそうでもない。」

 「……ヤマブキは亡くしたが、良く補佐をしてくれる妻たちもいる事だ。お前を含む家臣たちも良く働いてくれるし、もはや満ち足りた、という所だろう。」

 「……しかし、それも良い傾向でもございませんな。」

 アークザラットの指摘するのは、覇気の薄さである。以前よりは良いかもしれないが、モノを得ようという意欲の無さは、トップとしては幾らか不適切である。

 「そうかもしれないな。金も女も権力も名誉も武力も十分すぎる程だ。後は民に恩恵を施すことくらいしかあるまい。」

 「人は神にはなれませんぞ。」

 「そうだな。所詮人に過ぎない私では、恩恵というのは血で贖わざるを得ない。それも大量の血が必要だ。」



 「イーグル様、イシガヤ王がこちらに侵入したようです。」

 一方、木星首都コロニーに居たイーグルはイシガヤの木星潜入を掴んでいたが、有効な対処が出来ないでいた。

 「暗殺の者をまわせ。」

 無駄だとはわかっているが、彼はそう指示を下す。そもそも黒脛巾の総大将でもあり、幼少からそれなりに訓練を積まされていたイシガヤを暗殺するのは至難の業である。とはいえ、運よく殺せたらそれはそれでラッキー、という程度の事だ。

 「それにしても無用心ですな。港のチェックが甘すぎる。」

 諦めの境地にあるイーグルの一方で、彼の参謀がそう嘆く。

 「チェックなど無理なのじゃ。仮に儂が手勢を検問に向かわせたところで、無駄じゃ。」

 「えっ?」

 軍による検閲が機能しない、そんなことがあるのか?とでも言いたげな参謀に対して、彼は続ける。

 「財界が儂の言うことを聴かぬ。木星の経済は実質CPGが握っておって、検問だろうと検閲だろうと多くの港を管理しているCPGが本気を出せば、いくらでも抜け道を作る事は可能じゃ。造作もない。これをどうにかする力は、儂にはないのじゃ。」

 彼からすれば実に苦しいところである。この数十年執権を務めながら、彼にはマトモな経済界へのツテが無い。これまでは執権権限で命令すれば事足りたが、役職を降りてしまえばこのザマである。

 「武力で脅せばいいのでは?」

 「出来たらやっておるわ!」

 安直な意見を述べた参謀に対してイーグルは激怒する。それだけこの問題は繊細であり、大きいのだ。

 「奴らにつむじを曲げられてみろ、補給物資が激減するぞ!迂闊な事を言うのはよせ!」

 ソレができるなら最初からやっているところだ。何分にもCPGを含めた経済界の勢力は侮れない。奪った戦力のほとんどはそもそもCPGのものであるし、補給物資もそこから調達したものだ。今数ヶ月分は何とかなるだろうが、この先のことを考えれば下手なことはできない。兵器の修理部品、弾薬、生産設備、全てがCPGに握られているのだ。もちろん、軍直属の工廠もある。だが、軍工廠で10機の兵器を作る間に、彼らは100機の兵器を作り上げるだけの設備があるのだ。本気で敵に回したら物量で押し負けてしまう恐れが高い。そもそも彼が若い時に独立戦争をした際にも、このCPGの戦力がどれほどのものであったかは彼自身が痛感しているのだ。今回同様にCPGの戦力を奪って始めた独立戦争であったが、実際はある程度イシガヤ家が目を瞑っていたからこそ行えた戦争であった。当時のCPG指導者だったイシガヤの祖父は傑物であったが、その彼が何度もCPG輸送艦隊を伊達家に奪われていた。裏事情を知らない者達は伊達家当主のマサムネ公の優秀さを讃えたが、あれほど戦線を支えるのに都合のいい物資をあれほどの量都合よく良いタイミングで手に入れるなど、通常の海賊行為であり得るはずがない。その後何度も、CPG戦力を率い伊達家討伐の指示を新地球連邦から受けたイシガヤ家と交戦したが、それももっとも伊達家に都合のいい戦場が選択され、都合のいい結果が何度となく出ていたのである。そして被害を受けたはずのイシガヤ家も、まるで無限に兵器がわいてくるようであり、他の消耗する勢力や本気度の高い勢力を差し置いて常に伊達家討伐に派遣されてきたのである。そして世界が消耗し、伊達家による独立が認められた直後に、木星圏の大半を武力制圧し、後に伊達家の仲介でその勢力下に納まったCPGのイシガヤ家。本当の事を知っているイーグルからすれば今回そのイシガヤ家を敵に回している、というのは非常に重要な事であり難易度の高い反乱なのである。木星の経済界は、実に、危険な存在なのだ。



 宇宙世紀0279年11月16日

 木星首都に侵入したイシガヤは、彼に従う義勇兵を纏めつつも、もっとも戦局のキーを握っている人物に通信を行う。

 「セレーナに繋いでくれ。」

 最強クラスの暗号秘匿回線を繋げるのは、地球方面に勢力を維持するセレーナ・スターライト少佐、その人にである。念には念を入れて、イシガヤが管理しているCPG専用通信回線を経由されたもので、民間通信に擬態したものである。

 「わかりました。」

 指示を受けた黒脛巾の作業兵がそれを行う。受け手側も黒脛巾の作業兵であり、実のところ彼らは一定の協力関係にはあるのであった。但し、お互いに決して裏切らない、と、そんな保証はないのではあるが。

挿絵(By みてみん)

 「あら、イシガヤ少佐、ごきげんよう。どうかなさいましたか?」

 「久しいな。しかし、どうもこうもない。謀ったろう、セレーナ。こないだギンに捕まったぞ。」

 木星へ航海中の事を指す。

 「あら、私はシルバー様に国家のなんたるかを教えて差し上げただけですわ。」

 いけしゃあしゃあと彼女は述べるが、実際彼女がシルバー大佐に伝えたことは、正式な手続きの方法であって非難されるいわれはない事である。無論、そんなことはわかっているので、イシガヤも非難しているわけではない。

 「まぁな。が、セレーナの公明正大な点は、頼りになる。それでだ……」

 「なんでしょう?」

 そこからの彼の眼は、工作員、暗殺者である黒脛巾としてのものだ。彼自身大量に人を殺してきているため、決してその瞳は穏やかではない。

 「イーグルから誘いがあったとは思うが、どうした?」

 「丁重にお断りしましたわ。」

 だが、セレーナ少佐とてその程度で怯む人物ではない。彼女もまた、多くの敵、或いは部下を戦場にで死なせてきたのである。結局やり方や目的こそ違えど、人殺しには大差ない。

 「丁重に?」

 「丁重に。」

 「ということは、国会の方針に従う、ということで間違いないな?国会がイーグルを認めれば荷担する、と。」

 念押しである。

 「あら、まさかシルバー様を私が見捨てると?」

 「当然だ。国家……、いや民衆の意志に従うセレーナだからこそ、頼りにしているのだからな。」

 何の疑いもなくそう言ってのけるのだから、頼りにしているのか頼りにされていないのか、さっぱりな処ではある。

 「……隠しても仕方ありませんわね。まさしく、その様に返答いたしましたわ。」

 「助かる。」

 「助かる?」

 セレーナ少佐はすっとぼける。

 「イーグルが希望をもてば、それだけ攻撃的になる。決戦にもちこまなければ、コロニー周囲で戦闘になる。それだけは避けたい。」

 「なるほど。ですがイーグル様とてそう考えているでしょう?」

 「多分な。が、俺とイーグルは違う。イーグルはどれだけ悪名を得ても、公の実利を求める。俺はどれだけ悪名を得ても、公の信義を通す。イーグルは、勝てないなら、コロニーも盾にするさ。」

 イーグルとイシガヤは比較的似ているが、決定的な違いはそこだ。

 「なるほど。わかりました、イシガヤさんが王に不適というのはさておき、これから返事がありましたら、継続してはぐらかしますわ。」

 「助かる。」

 しかし、ここまでフレンドリーな会話をしながらも、セレーナ少佐は彼に味方するとも言っていない。事実を答えているだけである。無論イシガヤはそのことに気が付いているが、それで困らない、という事である。

 「それで、他に指示は?」

 「無い。しかし……、ついでにそちらの状況を聞いておきたい。」

 地球方面の情報は重要な要素である。イーグルとの決戦そのものには影響しないが、決戦後すぐに手当てをする必要はあるだろうし、万が一長引くようであれば、イーグル対策と並行して何らかの支援物資は送る手配をする必要があるだろうからだ。

 「そうですか。ミリタリーバランスからいえば、かなり劣勢を強いられています。兵站も不十分で、機動艦隊とそれを運用するための物資が不足しております。さしあたり、周辺の賊を討伐して周囲の信用を勝ち取り、小軍閥を討伐・吸収して勢力を拡大中です。」

 「拡大……。聞いてはいたが、そんな事が出来るとは……」

 勝ちて強を増す、というのはなかなか出来るものではない。普通であれば消耗の方が大きいはずである。それを、セレーナは戦力を維持し、若干でも強化して、地球方面を維持しているのである

 「法をもって治め、威をもって当たり、謀をもって決しているに過ぎませんわ。」

 「それが我ら凡将には難しい事だ。」

 「ともかくも、兵力的には劣勢ですが、三年は十分持ちこたえますわ。」

 決戦が終われば機動艦隊の派兵を進言しよう、イシガヤはそう思う。現状でも維持はできると豪語するセレーナだが、先ほど述べられたように機動艦隊を本心では欲している。維持はできる彼女に、それを与えればどうなるか、という事だ。

 「頼りにしている。政治的には?」

 「実は、そこは判り兼ねるところです。」

 セレーナの表情が曇る。

 「と、いうと?」

 イシガヤは先を促す。

 「西国のマキタ少将〜ヤオネ大尉ライン、東国のタキ中将〜ヘルメス少佐ライン、財界のスズキ様〜オニワ大尉ライン、主にこの3つがありまして……」

 どのラインを重視するか、という事である。

 「ヤオネ大尉の方は、ただの取り次ぎに過ぎない為さほどの事はありませんわ。しかし……」

 ヤオネの場合にはイシガヤ家の名代でもあるが、イシガヤに危うい思惑などあろうはずもないことから、別段気にする必要もないのである。また、彼女はセレーナ少佐の部下でもあり仲も比較的良いので、そういった意味でも情報が捻じ曲げられる心配はなかった。問題は他二つである。オニワ大尉とスズキの関係は微妙な所である。スズキ家はまるでイシガヤ家に敵対的に振る舞いCPGから独立したようにも見えるが、一方でイシガヤ家と親しいオニワ大尉と親族関係になっている。オニワ大尉は祖父をイシガヤ少佐に見殺しにされた観点から言えばイシガヤ家と敵対する動機はあるのだが、戦場でのやむを得ない出来事であり、そもそもオニワの祖父はイシガヤの養父みたいなものであり、その養女のヤオネと婚約していた関係から言えば義父でもあるので、その点を追求するのは些か弱い。本人も紳士的で優秀な人物であるから、そのラインは本来は信用していいはずではあるのだが、スズキの動きが何とも言えない所である。タキ中将とヘルメス少佐のラインはさらに微妙である。タキ中将自体は別段優れてもいないが劣ってもいない程度の人物であって、朝廷内政治はともかく謀略戦には弱い。だが、その窓口となるヘルメス少佐が曲者である。彼女は前述のスズキの妹でもあり、朝廷においては王族当主でもない割に中務卿に任じられ今上陛下の覚えも目出度く、幕府軍においては軍団長を務め、副司令であるカナンティナント・クラウン中佐の妻として軍政ともに参謀を務める。CPGや黒脛巾とのルートも持ち、イシガヤ家と親しい一族ながら、その謀略戦能力は王族随一であった。はっきり言って、セレーナ少佐の実力では、ヘルメス少佐が謀略戦を仕掛けてきた場合に対応する事が不可能である。

 「ヘルメスにつけばいい。」

 だがイシガヤははっきりとそういう。無論、セレーナ少佐がどこで悩んでいるかはお見通しだ。

 「よろしいのですか?」

 「ヘルメスは一番信用ならんが、それだけに頭は冴える。イーグルに付いて、クラウン、バイブル家の発展を望まなかったんだ。もし何か望んでるならば、天下そのものだろう。この情勢下、天下を狙う輩が、今我らに仇なすことはない。」

 「オニワ大尉の方は?」

 「わからん。あいつと俺は、慣れ過ぎているかんな。信頼はしてるが信用はできない。しばらく放っておけ。」

 「……傷つけるなら赤の他人より、親しい人を傷つけるほうが簡単ですものね。」

 「あぁ。」

 イシガヤにとって、セレーナが動かないということは非常に重要である。幕府にとって女神隊は信仰の1つとして天皇の旗に次ぐ価値があるし、誰の家臣でも無い彼女こそ、もっとも公平に戦略を判断できるのだ。正直な話、ここで地球方面軍を治めるセレーナがイーグルに付けばイーグルは半年程度の持久戦を行うだけで勝利が確定し得る。最も重要な天皇と親王という御旗は、全てイーグルの手中に入ることになるのだ。これらを武力をもって脅せば、シルバー大佐の軍勢やイシガヤ家を賊軍として討伐を行う詔を得ることも不可能ではない。詔をどこまで信奉するかは将兵それぞれではあるが……、そもそも天皇を担ぐことで正当性を保っている伊達幕府にとって詔を無視することは致命的な矛盾を生じてしまうのだ。これによって内部の矛盾を付き、将兵を篭絡するならば、シルバー大佐の幕府軍はもって半年勢力を保ちえる、といったところだろう。無論、イシガヤ家の戦力は必ずしも天皇に従うわけではないのだが、逆賊に指定された中で家臣団の士気を保つことは些か苦しい。セレーナを敵に回さない、この1点を担保しきったことだけでも重要な成果である。

 「セレーナ、そのままのお前が好きだ!」

 「…………。」

 イシガヤの適当な発言に、セレーナ少佐は冷たい目線を送る。別に本気で口説いているわけではない。過去に口説かれた際に断っており、今更口説かれることは無いからだ。セレーナに魅力が無いというわけではなく、単に確実に断ってくることが確定的に明らかなためである。

 「もとい、そのままのお前で居てください、おねがいします……。貴女がイーグルに付いたら俺らが死んでしまいます!」

 「はいはい。」

 「いずれにしても、そちらの事はセレーナ頼みだ。よろしく頼む。」

 そこが本題である。

 「地球圏はわたくしにお任せくださいな。木星圏をどうするかは、推移を見守らせていただきますわ。」

 「了解した。」

 イシガヤ少佐にとっては、セレーナ少佐のその言葉は心強いものであった。



 木星コロニーに潜入しているイシガヤは忙しい。CPGの特殊通信回線を経由させて、賢き所に映像通信を繋げている。古くから天皇という存在はお飾りではあるが、当代の今上陛下は隠然としてその存在感を放っている。イシガヤは王である自らの実力を評価などしていない。彼の祖父は自らの実力をもって建国王と伴に戦乱を潜り抜けたが、それだけの実力の無い彼は、権威に縋るしかないのだ。

 「陛下……そこをなにとぞ。」

 「石谷太政大臣、射倶流とて功績がある。それを考慮せぬわけにはいかぬ。だが……、朕にも思うところが在る故、よかろう。石谷太政大臣、射倶流が後30歳若ければ、お前を討伐する詔を与えるところであったわ。」

 イシガヤが奏上していたのはイーグル・フルーレの朝敵指定の依頼である。無論の事イーグルからも伊達家や石谷家の朝敵指定依頼は来ているのだが、賢き所はこれを保留していたのである。一つにはどちらが勝つかを見極め勝つであろう方に味方をするため、もう一つにはイーグルに思う所があったためである。人物の将器を比べれば、シルバー大佐にしてもイシガヤ少佐にしても、イーグルには確実に劣る。ただこの二人は朝廷を蔑ろにすることは無い程度には勤皇家である。一方のイーグルはそれなりには朝廷を重視するし天皇家を廃そうとまではしないが、以前より全く重視しておらず、文化的に最低限の立場を与えて保護しているに過ぎない。幼少時には特に苦い思いをしてきた今上天皇としては、イーグルに対してさほどいい感情は持っていないのである。とはいえ、もしイーグルが若ければ味方をする勢力は多かったであろうし、伊達家や石谷家を捨ててイーグルに付き、朝廷勢力の温存を図るというのは尤も至極な事であった。逆説的には、現在今上天皇は伊達家が勝利すると確信している、という事である。

 「……心しております。」

 「うむ、下がれ。」

 「はっ。」



 不可侵の存在

 神聖にまさに近い色彩

 漆黒の漆に金銀を散りばめ

 仰ぎ担ぐ担い手は多く

 人の上に君臨する神輿

 決定的な神輿を担ぎ

 いつの世も人は踊る



 「イシガヤ王、今ほど勅使が……。朝廷からイーグル・フルーレを朝敵になすと、勅がありました。国会といたしましても、詔の重みを真摯に受け止め、イーグル討伐に賛同するところであります。」

 イシガヤの手元のモニターに映るのは、幕府の首相である遠藤である。彼はすでにイオに退避しており、内閣を再編し避難できた議員を集めて臨時国会を参集している。

 「そうか。では、勅命により、賊徒イーグル・フルーレをここに討伐する!各方面にそれを伝達せよ。」

 こうして木星圏は一挙に動き出したのであった。



 星界新聞

 天皇陛下、イーグルを朝敵となす!

 昨日11時20分、天皇陛下の勅命を承け、内閣よりイーグル・フルーレ前執権を朝敵となす旨が発せられた。

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