第01章 第1次釧路沖会戦 03節
「エドワード少将!」
ハーディサイト軍エドワード少将指揮下旗艦の索敵手が声を上げる。先ほどのハーディサイト軍と伊達幕府軍の壮絶な撃ち合い……撃ち合いといっても一瞬の事であるのだが、あまりの惨状に声を上げざるを得ない。
「慌てるな!状況を確認しろ!味方の被害は!?」
「第1艦隊全滅、第2艦隊は第1、2、3、5師団艦隊全滅!僅かに第4師団艦隊の駆逐艦2隻のみ健在!第3艦隊は2、3艦隊全滅!第4艦隊は3割の前衛駆逐艦と装甲艦が沈みました!ロマロフ少将も戦死です!」
「な……ん……だ……と……」
エドワード少将が衝撃を受けるのも仕方は無い。あまりにも酷い惨状である。ましてや、ロマロフ少将すら戦死してしまったのだ。
「このままでは損害が増える!空母を後退させよ!」
「エドワード少将、航行可能な空母などありません!」
「……!?」
「戦艦を前衛に出せ!」
「現在戦闘に耐える戦艦は、我が艦のみです!」
「……敵艦隊の被害は!?」
「護衛艦多数轟沈、駆逐艦24隻爆沈、砲艦10隻爆沈、巡洋戦艦8隻撃破、戦艦11隻撃破、航空空母全滅!海上空母2轟沈!その他多数損害を受けた模様!しかし……」
「なんだ敵も大損害ではないか!」
その報告にエドワード少将がやや生気を取り戻す。
「しかし……」
そう言う索敵手の声はあまりにも絶望に包まれている。
「しかしなんだ!?」
「伊達幕府軍双海級空母艦隊旗艦級双海と、伊達幕府軍長門級超弩級戦艦長門が……健在……です…………」
「鉄壁将軍と……蝦夷の鬼姫……か…………」
鉄壁将軍セレーナ・スターライト、蝦夷の鬼姫シルバー・スター、伊達幕府の双星とも称されるこの2将の内1人とっても恐るべきというのに、まして2将とも残存しているのである。そして、対抗し得る将であったロマロフ少将は戦死してしまった。
「……少将?」
「ん……」
「……エドワード少将!?」
「んん……」
「エドワード少将!お気を確かに!!」
副官の一人が声を荒らげる。
「私は冷静だ!冷静だとも!!あぁ、冷静だ!冷静に決まっている!」
「まだ我が軍が優勢です!」
「彼我の戦力はいかほどか!?」
「友軍の戦力について、戦艦1、巡洋艦3、装甲艦1、駆逐艦8、護衛艦10、サイクロプス14、戦闘機38。敵戦力について、戦艦3、巡洋艦2、駆逐艦3、護衛艦2、空母1、サイクロプス8、戦闘機約150。」
「我が方は、砲門数とサイクロプス数で勝っています!」
「優勢だと……?この小艦隊戦では……敵戦闘機の数が多いのが不利だ……」
「しかしサイクロプスがあります!」
「蝦夷の鬼姫が……シルバー・スターのエオスがいるではないか!艦隊戦ならサイクロプス1機でどうこうなる戦場ではない!だが今は……」
「シルバー大佐のエオスがそこまで?」
「ケルベロスは!?伊達幕府の地獄の番犬バーン・フルーレは!?」
「不明です。」
せめてもの救いであろうか……
「蝦夷の鬼姫シルバー・スターは、初陣で5機のサイクロプスを撃破し、伊達幕府では地獄の番犬と並び称されるパイロットでもあるのだぞ!」
ましてや、先ほどの戦闘で12機のサイクロプスを10分程で撃墜しているのである。これに対抗し得るパイロットは、エドワード少将指揮下には存在しない。
「艦隊回頭!逃げるぞ!全力で撤退する!白旗を用意しろ!!!」
エドワード少将がそう決断する。圧倒的優勢であった戦闘であったが、今や圧倒的劣勢に陥ってしまったのである。恐慌に陥るのも無理な話ではない。
「シルバー大佐、被害の報告ですが……」
一方の伊達幕府軍側の司令であるシルバー大佐は、あまりにも落ち着き払っていた。そもそも、最初から圧倒的不利な作戦であったのであり、むしろ全滅せずに優勢に立っただけマシであると言えるのだ。
「結構です。バーン大尉とファーサル中尉の生存の確認を急がせなさい。空母双海のセレーナに遣らせればよい。」
今は死に、そして壊れたものに気を使う暇などない。ただし、王族等の有用な駒は別である。生きていたら生きていたで、死んでいたら死んでいたで使いようはあるものだ。
「生存者は双海に回収。全艦停止、セレーナ少佐の指揮下に入りその援護を。戦闘機隊、サイクロプス隊は再編成急げ。追撃戦に移る。」
「ギン大佐、どちらへ?」
「エオスで出撃します。クキ少佐、戦後処理をセレーナと協力してやりなさい。」
「了解、御武運を!」
追撃戦である。可能な限りたくさんの敵を撃破するに越した事は無いのだ。
「セレーナ少佐、ご無事で?」
「皆のお陰でなんとか無事ですわ。」
そうセレーナが通信兵に答える。無論指揮下の兵達の犠牲でもあるが、同時に女神の加護であろうか。この被害甚大なる戦況で、双海がほぼ無事なのは奇跡に近い。
「護衛艦、駆逐艦に加えて、撫子も沈みましたか……」
セレーナ少佐がそう嘆息する。
「直撃コースの攻撃を防いでくれた、バーン大尉も撃破されました。」
それもまた頭の痛い所ではある。王族が死んでしまったら良くも悪くも影響が大きい。とはいえ、バーン大尉のケルベロスは通常よりはるかに強力な装甲を持っているはずである。生きていることを祈るしかない。
「直ちに生存者の確認を。死んで逝ったもの達へのお礼は……必ず。」
セレーナ少佐の指揮した空母艦隊も、遺されたのは僅かに双海1隻。兵を失った指揮官というのは、あまりにも惨めであった。
「セレーナ少佐、シルバー大佐より連絡あり。生存者救出と戦後処理は任せるとの事です。」
「シルバー様は?」
「出撃なさいました。」
「そう。了解致しました、御武運を、と。」
「了解。」
「そうそう、戦闘不能になった古譚級空母や伊吹級空母で、甲板が健在なものはあるかしら?」
セレーナ少佐が思い出したように問いかける。
「古譚級が三隻。」
「では、消火活動と沈まないように手入れを行い、救命艇と救命器具を搭載した上で無人航行甲板として釧路方面に浮かべなさい。ただ浮かんでいれば結構ですわ。」
「了解。」
セレーナ少佐がそう指示したのは、恐らく来たるべく第2次釧路沖海戦に備えてである。もうどうせ使えない戦力であれば、退避した兵員が少しでも生き残れるように処置しているに過ぎない。それが実際に役に立つかどうかは、またその時にならなければ分からない事ではあるのだが。
宇宙世紀0279年4月3日18時32分。第一時釧路沖海戦終結。同海戦ニ於イテ、新地球連邦政府フィリピン方面総統ナイアス・ハーディサイト中将麾下新地球連邦軍連合艦隊ニ所属スル先遣艦隊ハ全滅シ、新地球連邦政府所属日本協和国伊達幕府軍総司令伊達銀大佐麾下、伊達幕府軍艦隊ガ勝利ス。参戦人数延ベ80195人。戦死者、ハーディサイト中将麾下22554人。伊達大佐麾下13211人。負傷者ハ双方多数。
「近年類を見ない大艦隊戦でした。以上、報道された速報の報告を終わります。」
「うむ、ご苦労。」
そう鷹揚に答えたのが、東南亜細亜連合を指揮するナイアス・ハーディサイト中将である。既に初老の歳ではあるが、兵卒から叩き上げでこの地位まで来たその眼差しは、深淵に満ちて深いものがある。伊達幕府の先の執権であったイーグル・フルーレとは昵懇であり、亜細亜では彼と双璧をなす名将とも言われた彼ではあったが、イーグル・フルーレが退役して伊達幕府木星本領に退いた後は、亜細亜最大の実力者として君臨している。
「ハーディサイト中将、今後の方針は?」
「集兵を先にし、編成を完了して後、進軍を再開する。編成は10時間で完了させよ。それまでに敗残兵を収容せよ。」
「敵に勝る兵をもちながら負けるとは、無能な味方ですな。」
そう幕僚が吐き棄てるのも無理な話ではない。ハーディサイト中将が派遣した艦隊は伊達幕府の戦力に対して圧倒的有利を保っていたはずなのであるから。
「いやいや、伊達の小娘相手に健闘した方ぞ。」
だが、ハーディサイト中将はそう擁護する。
「あの小娘は、先の伊達幕府執権にして希代の梟雄として名声を欲しいままにした、我が友イーグル・フルーレが采配を認めただけはあるのだ。この程度で負けるわけがあるまい。」
「それほどまでに?」
その質問にハーディサイト中将は頷いて答える。
「だからこそ、兵を纏めて万全の状況で事に当たらねばならん。」
「しかし時間を与えれば、敵が逃げるのでは?」
「いや。シルバーは逃げんだろう。」
「なぜお分かりに?」
「幕府の者どもは潔すぎる。我々の進軍時間では国民の退避が完了すまい。必ず、国民を避難させる時間を稼ぐために、シルバー自ら出撃してこよう。奴らはそういうサムライだ。」
「サムライ……またなんとも野蛮で時代遅れな。」
「だが、その気高さが奴らの力だ。死兵であるぞ、油断はするな。」
「それと、3箇所から外交通信があります。」
「そうか。」
「1つ目がテンノーからです。和平を求める内容ですか……」
テンノー……日本協和国の象徴であり元首である今上天皇の事である。名を凪仁という。
「天皇には身分とその安全を保証すると伝えよ。和平はまだ時期でない。」
「殲滅すればいいのでは?」
「現状、史上最古にして文化的価値のあるエンペラーの家系を滅ぼせば、世界中から非難を浴び、後世に悪名だけ残る。確かに今の天皇は優秀で厄介だが、生かして置く方が日本を治めるには良い。天皇の名の下に命令を下せば、日本人は従順に従うのだ。旧世紀のマッカーサーの前例がある。」
それはあくまでも合理的判断からである。無論、そういった家系に尊敬に気持ちが無いわけでもないが、使えるものは使えば良いだけであり、使えなければ抹殺してしまえばいい。それだけの事である。
「了解しました。次に英国のアーサー王からですが……」
「欧州連合連邦軍のアーサーか。」
ハーディサイト中将はやや眉をひそめる。欧州連合の盟主であるイギリス王アーサーはまだ若いが、しかし欧州の主要各国を纏め上げ、かなりの戦力を有し始めている。未だ東南亜細亜連合には総兵数では劣るが、旧世紀のEUに匹敵するかの如き状況になりつつあるのだ。いずれ亜細亜の覇者と欧州の覇者は雌雄を決する必要が出てくるだろう。
「アーサー王は天皇の保護と停戦を求めています。従わなければ制裁を考える、と。」
アーサー王の発言はローマ教皇の事を考えての事である。日本の天皇という制度は欧州のローマ教皇の正当性と似ている部分があり、こういった文化的正当性を軽視するような風潮が生まれては不都合なのである。また、英国王アーサーにとっても、永きに渡る英国王という称号も、このような文化的正当性の上に成り立っているのである。
「欧州に頼らずとも我が軍は自活できる。だが、アーサーにはお前の顔は立てる、と伝えよ。」
今は互いに戦う時では無い、という判断である。
「了解。最後にオーストラリアのエアーズ中将から、親善大使が。」
「戦争中だ、追い返せ。」
「よろしいので?」
「奴など、日本を落とせば自ずと落ちる。殲滅するのも降伏させるのも自由ぞ。今会う必要はない。」
「了解。」
「儂の夢は近い。」
亜細亜に覇権を築き、亜細亜で自活できるだけの経済力と武力を蓄え……この乱世に終止符を打つ。ハーディサイト中将が望むのは、自らの手によって平和をもたらすことだ。
「ハーディサイト中将の夢とは?」
「そうだな。子供が平和な世で生涯を過ごせるような世を築く事だ。」
そのためには……亜細亜に平和をもたらすためには、伊達幕府を討たねばならない。中国その他の国は国力が低下していたり、内乱で疲弊していたりするため、ハーディサイト中将の敵ではない。亜細亜においては、唯一、伊達幕府のみがその精強を保っているのだ。
「伊達銀……シルバー・スター大佐では天下に平和はもたらせぬ。」
ハーディサイト中将は、必ずしもシルバー大佐を評価していないわけではない。単純に軍事指揮官として見れば天下に隠れ無き名将になる器ではあるのだ。だが、盟主としての器は知れたものである。
「そして、天下を治める英雄は2人は要らぬ。……全軍の戦闘準備を急がせよ。シルバー・スターの首を打ち、伊達幕府を粉砕するのだ!」
海を埋め尽くす大艦隊が、希代の英雄ナイアス・ハーディサイト中将の指揮の下、粛々と編成を整えていた……