表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
39/144

第09章 木星とエウロパ 07節

 「それにしても、エウロパはなかなか良いところですね。」

 エウロパに入港して数日、シルバーも流石に休暇を取得し、仲のいいカリストを連れて周辺の散策に出かけている。彼女としては万が一エウロパで籠城する場合に備えて、実地での地形調査や現地調査を行いたいという意図もある。残念な事に、彼女の頭の中の大半は軍事で占められているのであった。

 「ですね!水路や噴水で囲まれてて、まるで水の都ですねー!」

 カリストもまた久しぶりにまとまった休暇を取得できたので、今日は観光気分である。シルバーは上官ではあるのだが、同年でもあり戦場以外では友人として親密である。まぁ、それ故に戦場においてはシルバーからすぐに声が掛かり大量の任務を与えられてしまうのであるが、本人はそれに気が付いていないので別にいいだろう。

 「この水路ですが、よく見ると水濠として効果的に張り巡らされていますね。堀の深さ自体は浅いのですが、故に船舶の運用ができませんし、幅は広く歩兵の進軍を防ぐのには丁度いいですね。遠方に見える社有建造物から狙撃するにはもってこいです。また、この辺りの建物は和風ですから、より落ち着きます。」

 落ち着く理由の意味が解らないが、シルバーが評価するように、水濠は歩兵の進軍を防ぐようにイシガヤ家によって縄張りされたものである。基本的には農業用潅水用の水路ではあるが、水深を浅くすることで大量に兵や装備を輸送できる船舶運用を妨げ、潜水しての隠密行動もとれないように設計されており、またそれでもそれなりの深さがある事から、歩兵として進軍するには足を取られて時間を費やす構造である。一定の範囲で建てられている建造物はその水濠を狙いやすい位置に配置されおり、有事には狙撃兵を置けるような配備である。マーズ・ウォーター社指定の建造物については特にその要素が顕著であり、石谷家による建築規制によってそれより高い構造物は民間での建造が許されていないことに加え、屋上区画には対地レーザー砲が埋設されていたりするのである。こういった水濠と建築物が石谷家別邸を中心として幾重にも張り巡らされており、実情として師団規模の陸戦歩兵部隊からの襲撃に備えた惣構え平山城式の長大な縄張りであった。基本は入港した商業用船舶に隠れ潜む、大規模な暗殺部隊に対する備えである。なお対人用の縄張りのほかに、その10倍の距離をもって対サイクロプス用の土塁堤や空堀や水濠が張り巡らされ、一部には防御障壁も埋設されている。これは、サイクロプスの大きさが概ね18m前後である事による。

 「シルバーさんは相変わらず戦争狂ですね……。水濠って……」

 カリストはやや引きながらそう言うが、普段から割と毒を吐くのでディスられたところでシルバーは気にもしない。最も、その程度で傷つくメンタルでは総大将など務まらないのである。

 「カリスト、そう言えばクオンはどうしました?」

 シルバーはクオンとも比較的仲は良い。イシガヤの妻同士全く思う所が無いというわけでもないのだが、シルバーとしては正妻格とはいえクオンより後に妻になった経緯もあるし、そもそも軍務優先のために家庭の事は割とどうでもいい感がある。クオンについても似たようなものであまり俗世の事に興味が無いし、シルバーと立場を争っても公務などの面倒が増えるだけなので、これはこれで都合がいい、という感じである。

 「風景画描くって言ってましたー。」

 「なるほど、クオンらしいですね。」

 カリストは一応クオンも誘ったのだが、そう断られたとの事だ。元々は画家志望であったので、今でもたまに戦場ですら絵を描いている事もある。なので、断ったことについてはいつもの事であって、他意は無いだろう。

 「それにしても、この穏やかな風景を見ていると、ここ数ヶ月の事が嘘のようですね……」

 シルバーが言う。都市は数箇所に集中して活気を出しているが、少し離れれば一面の田園や小麦畑だ。木星圏の穀物9割を生産しているだけあって、地平線の先まで金色の絨毯が敷きつめられている。エウロパでは人工的に気温管理がされているのだが、丁度収穫時期に近いのだろう。

 「まさに山吹色の……」

 「シルバーさん……?」

 遠い目でそれを見つめるシルバーを訝しみ、カリストが声を掛ける。彼女が感傷的な表情をするのは珍しい事だからだ。

 「私は、非情な指揮官ですね。先の石狩防衛戦で妹のヤマブキが死んでいてなお平然と采配を振り、ハーディサイトとの決戦においては育ての親であるカタクラの御祖父様を見殺しにするような作戦を立て……。指揮官として後悔はしていませんが、人間としてはどうなのでしょうね……。」

 指揮官としては当然の判断であった。それ故に、彼女はその判断や作戦経過自体に後悔はしていない。より多くの国民を救うために、僅かな国民を犠牲にする。それが軍の職務である。だが、それが人間の判断としてどうか、という疑念も無いわけではないのだ。それが例え戦争狂と呼ばれる彼女であっても、である。

 「それは……。でも、勝つためには仕方のない事だったと思います。」

 「カリスト、私は、勝つためならば貴女をも見殺しにするかもしれませんよ?」

 といっても、実際危険の多い最前線に送り込んでいるわけではあるのだが。

 「……つらいですよね。」

 「親愛なる肉親兄弟友人を斬り捨ててでも、私は、より多くの民を助けなければならない。だからこそ、……いっそ総て捨てて、この平穏な大地で、いつまでも安寧に暮らせたら……と、思わなくもないのです。」

 黄昏れ行く景色の中、ただただ哀愁を呼ぶ。彼女はなんのために戦うのか……。シルバー大佐には、普通の人から見たら守るべきものなどなにもない。近しい肉親はなく、国主として覇権を望むでもなく、戦いで自らが得られるものもなく、戦えば自ら失わせる命ばかりである。答えはただ一つ、彼女に課せられた巨大な責務のためであろう。

 「だっめだよ!」

 何とも言えないカリストの前に、畑の中から一人の女性が突如として現れる。泥だらけの女神隊士官服を着ている事から、少なくとも女神隊士であることは間違いが無い。

 「あら、貴女は……」

 これが戦場であれば名前を思い出せたかもしれないのだが、普通では全く考えられない意味不明な様相の彼女を見ては、驚きのあまり名前などそうそう出てくるものではなかった。

 「ヒビキだよっ♪」

挿絵(By みてみん)

 そう名乗った彼女の方は、シルバーが王族であり総司令である事はよくわかっているはずなのだが、泥だらけのまま直立の敬礼もせずにそう述べる。普通に考えれば無礼な態度ではあるが、満面の笑みで名乗られてしまうと、注意する気も失せるものだ。

 「女神隊大隊長格のヒビキ中尉ですよ、シルバー大佐。残念ながら私の同期で主席。木星方面に配属されている、女神隊のサイクロプス隊指揮官です。」

 カリスト大尉が軍務態度に戻し、シルバー大佐に報告する。女神隊士の入学する軍学校は推薦等の特殊な入学もあるため年齢が同じとは限らないのだが、王族推薦で入学したカリスト大尉と同年齢である。彼女の場合は木星圏でのガディス・システム適応試験でその適性を認められ、志願兵として女神隊に所属するため軍学校に入学している。

 「そうでしたね。ヒビキ中尉、なにがダメなんですか?」

 「よくわっかんないけど、ダメだよっ!」

 「ヒビキ中尉それじゃぁ……」

 「みんなは……、みんなは、きっとここで戦わないなんて言ったら卑怯だ!っていうよ。みんなを死地に送り込んで、自分だけ戦いを途中でやめたら。でも、そんなのはどうでもいーんだよっ!やめるのは自由だよ!?でも、ただやめても、いつまでも平穏な場所なんてないんだよ……。ない。」

 実際それはそうだ。戦争から逃げたところで戦争が終わるわけではない。自分のあずかり知らぬ所でも人は死ぬし、自分がまきこまれる事だってあるのだ。この世界の戦乱はもう数十年も収まってはいない。幕府軍の多くの将校は派兵で死に、若手将校が今や重職についている有様だ。比較的安全な幕府でさえそうなのだから、戦乱の止まぬ地域の民衆の被害はどれほどのものか。

 「わたしも平穏な場所が欲しいよ。でも無いんだ。どこにも。だから、作りたいんだよ、平穏な場所!だから……、よくわっかんないけど、戦うのやめてもダメなんだ……。だっめだよ!」

 翻意させうるほどの事ではないけど、でも、戦わなくても得られないモノ。たった小さな願いさえ、力が無ければ叶えることが出来ない……。そして、少なくともシルバーには、それをし得る力があるのである。

 「そう……ですね。……ところで、ヒビキさんはなにをしているのですか?」

 それはともかくとして、シルバー大佐としては泥だらけのヒビキ中尉が何をしているのか気になる所である。

 「ミステリーサークル作ってるよ♪」

 「えぇ……」

 意味が解らない、という表情で横のカリスト大尉がヒビキ中尉を見る。重ねて言うが意味が解らない。

 「みすてりーで、みんな元気になるよ♪」

 「ならないよ!?」

 神速の二つ名をもつカリスト大尉ではあるが、突っ込みも神速である。

 「ヒビキさん、あまり小麦畑を荒らしては、食べられなくなりますよ。」

 そこを真面目なシルバー大佐がそう注意する。この程度の損害でどうこうなるほどのマーズ・ウォーター社の農園ではないが、食糧は兵站的に最も重要な要素の1つである。

 「武士は食わねど高楊枝だよ!」

 「いやいや……」

 ことわざを使えば良いというわけではない。引続き呆れ顔のカリスト大尉とは対照的に、なおシルバー大佐は真面目な顔つきのままである。

 「ヒビキさん、このエウロパの水田には害虫駆除用の食用蛙がたくさんいます。後はわかりますね?」

 「あいまむっ!夕飯にいっぱい振る舞うよ♪げこげこー♪」

 「ちょっ!?二人ともやめてぇぇえええ!!」

 シルバー大佐も真面目ではなかったらしい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ