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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
38/144

第09章 木星とエウロパ 06節

 「それにしてもモガミ中佐、貴方がこちらについてくれるとは思いませんでした。」

 シルバー大佐が率直な意見を述べる。遠慮や政治的な発言、というものは完全に無視した内容である。普通に取れば皮肉でしかないのだが、モガミ中佐も慣れたものである。

 「これは手厳しい。シルバー様、私は幕府の軍人である以上、総司令に従うまでです。」

 素知らぬ顔で教本通りの模範解答を返す。

 「とはいえ、貴方はイーグルの懐刀ともいわれた人物です。てっきりイーグルに義理立てするかと思っていました。」

 政治的配慮……。そんなものはない。

 「これはこれは。」

 若干冷や汗気味のクキ少佐がとりなそうとするが、それを制してモガミ中佐はそう応える。

 「なぜ、あの状況下、こちらについたのですか?」

 「……では、正直に申し上げましょう。」

 「うむ。」

 少なくとも、このメンバーの中では一番政治面に優れたモガミ中佐である。歯にもの着せないシルバー大佐の発言など何処吹く風。彼女の話には悪意は無く、単なる好奇心からの発言であることはさっさと理解して、その見解を述べる。

 「イーグル殿には勝ち目がないでしょう。ですから、こちらにつきました。」

 そう、ぶっちゃける。

 「何故?」

 戦術家としてみた場合、イーグルには十分な勝機がある。兵数としてはシルバー大佐側の方がやや有利ではあるし、継戦能力も高いが、しかしお互いに決戦に出てくると考えれば、その決戦で雌雄を決し勝利してしまえば良いだけだからだ。

 「将をご覧じなさい。イーグル殿の旗下の将でマトモな者は、旧宇宙軍少佐のサタケ殿だけです。もっとも、……かの老人一人の戦力価値は、さすがにイーグル殿の副将として多くの戦場を疾駆しただけはあり、計り知れませんが……。他にも木星軍だったマックスウェル少佐、サジ少佐が居ますが、彼らは小利に目がくらんだだけの小者。平時にはなかなか優秀な官僚的指揮官ではありますが、戦争では大して使い物になりませんでしょう。上官だった私が保証します。」

 サタケ元少佐は幕府独立戦争以降に登用された人物ではあるが、建国後に行われた多くの派兵戦争において活躍した勇将である。多くはイーグル・フルーレの副将格として艦隊指揮を担当しており、特に宇宙艦隊戦では世界でも右に出る者はいない、とまで当時は謳われたほどの名将であった。一方のマックスウェル少佐やサジ少佐は近年昇格した少佐であり、基本的には事務的に艦隊をまとめ各種業務を得意とする指揮官であり、戦場働きが特筆して優れている、というわけではない。無論少佐である以上は、一般的な大尉級の指揮官より艦隊指揮能力において優れてはいるのだが、武断派のハラダ少佐やゴトウ少佐などと比べれば雲泥の差がある指揮能力である。

 「そのような者を少佐にした、私の不明だった。」

 シルバー大佐がマックスウェル少佐やサジ少佐の任命についてそう述べる。最初に登用されたのはイーグル少佐の時であるが、引き続き少佐を任じていたのは彼女であるからだ。

 「いえ。木星はずっと平穏でした。平時に役立つ馬と、乱時に役立つ馬は違います。その点を御気になさる必要はありますまい。」

 実際、平穏な時期においてはハラダ少佐やゴトウ少佐に劣らない、むしろ勝るほどの指揮を見せていた事は事実である。時に合うか合わないか、それはその時次第ではあるのだ。

 「そういってくれると助かる。」

 「話がそれましたな。また、シルバー様は国民の信奉を集める女神隊の、女神に選ばれた人間です。イーグル殿はそうではない。この点、当面の民意はこちらにあるといえるでしょう。さらに、財界に対して大きな影響力をもつイシガヤ少佐は、貴女の夫である以上こちらの陣営に入る。優れた将軍・民意・財力、この3つを集めて負けるということはありますまい。」

 言うまでもなく、シルバー大佐はガディス・システムの適合率が幕府軍でもクオン曹長に続いて高く、総司令任官以前は女神隊軍団長を短期間務めている。また、パイロットとしては幕府軍トップでもある。この女神隊は軍とは一線を画し、軍が暴走した場合にそれを抑える国会直属軍でもあり、国民からの支持は圧倒的に高い。この点もあって、若年の女性将軍とはいいながらシルバー大佐は国民から侮られることもなく、信奉を集める程なのである。

 「なるほど。流石に聡明である。中佐がこちらに来てくれて心強い。」

 シルバー大佐は素直に感心の言葉を述べる。実際、戦術能力に特化した彼女の思考を補う者として、心強いことは確かであろう。

 「お言葉ありがたく。」

 「それでハラダ、貴方はこの戦いをどう考えていますか?」

 続いて問いかけるのはハラダ少佐にである。彼は伊達家先代からの家臣であり、その武勇は木星圏において名高いものがある。しかし平和な木星圏勤めの為に実戦経験は多くないため、クキ、リ、セレーナなどの逸話の多い将軍に比べると、国民の人気は今一つであった。

 「勝機は充分でしょう。ただ、兵達がイーグルの武名を恐れるのみです。」

 ハラダ少佐はそう述べる。彼自身としてはイーグルとぶつかっても一歩も退かぬ覚悟はあるのだが、兵達はそうではない。イーグルの勇名は多くの戦歴から世界各国にも知られており、幕府軍将校の中でもダントツの知名度である。愛機ヘルを操り戦場を駆けるイボルブのエースパイロットして、或いは旗艦フェンリルを率いて敵艦隊を駆逐する艦隊司令として、戦乱止まぬ世界においてその国家的地位を武力と権謀術によって確立した梟雄として、その名を恐れないものなど限られた数しかいないほどだ。ハラダ少佐自身も、退かぬ覚悟はあっても、彼の采配でイーグルに勝てる自信など欠片も無いのである。

 「そうか。ゴトウは?」

 続いてゴトウ少佐に問う。彼もまた伊達家先代からの家臣であり、木星方面の艦隊指揮を長らく務めてきた将軍である。どちらかというと落ち着いた指揮を好むため、ハラダ程の知名度は無い。

 「難しいところでしょうな。シルバー様の御采配でイーグル様に勝てないとは思いませんが、絶対に勝てるともいえません。しばらく兵を休め様子を見たほうがよろしくはないでしょうか?」

 言葉を丸めてはいるが、彼としてはイーグルと戦う自信はあまり無い、という事である。幕府軍の中でも知勇に優れた彼らであってもこの認識であることから、イーグルの武名というのはそれほどに恐ろしいという事である。

 「して、ギン大佐、イーグルと決戦するにしても、コロニーを盾に取られたら満足に戦えんぞ。」

 「うむ。」

 若干沈鬱な雰囲気になりかけた状況にクキ少佐が乱入し、リ少佐がそれに相槌を打つ。クキ少佐のこれは判ってやっている事であり、流石の老練さである。

 「クキ少佐、リ少佐、私もそれを考えていました。」

 「まさか無策というわけではないのだろう?」

 クキ少佐は若干期待を込めてそう問いかける。実際スペースコロニーを盾にされた場合、攻撃を仕掛ける事は困難を極める。穴でも空ければ多くの国民を死に至らしめてしまうのである。これは戦場でどう戦うか以前に重要な内容である。

 「いいえ、無策です。」

 「……流石、ギン大佐は剛毅であるな。」

 内心わかっていた事ではあるが、聞いたクキ少佐がそう言って問題を巧く回避する。ここで下手に批難しては話が進まなくなるし、かといって彼にも都合のいい術策は無いのである。とはいえ、シルバー大佐の夫が木星コロニー群などにも影響力を有するイシガヤである以上、何らかの方策を聞いていても良いのでは?という期待はあったのだ。

 「よろしいですかな、シルバー大佐?」

 そこで救いの手を差し伸べるのはモガミ中佐である。

 「なにか、モガミ中佐?」

 「イーグルをコロニーからおびき寄せることについては、私にお任せくださらないでしょうか?」

 「アテがあるか?」

 「はい。イシガヤ家、CPG、マーズ・ウォーター、議会等にツテはありますので、総て私にお任せください。」

 モガミ中佐はそう自信ありげに伝える。現実的に言えば、長らく方面軍団長を務めてきたモガミ中佐には相応の政治能力はある。経済界との繋がりもイシガヤ家との関係から他の将校に比べて多く、適任ではある。

 「ふむ……。よろしい、総て任せよう。」

 だが、本来から言えばイーグルの反乱を事前に防げず、おそらくは勧誘も受けながらもシルバー大佐などに報告しなかった彼を信用するのか?という根本的な問題があるのだが、シルバー大佐は構わず全委任してしまう。それについてクキ少佐やカリスト大尉が若干驚いた表情をするが、かといってCPGとも繋がっているモガミ中佐を信用せざるを得ない、という実情もある事から疑念はありつつもそれ以上の言及はなされなかった。もっとも、疑念があればCPGに影響力のあるイシガヤ家私設工作部隊の黒脛巾頭領であるクスノキ中尉が帷幕の中に居るし、CPGとマーズ・ウォーター取締役のソラネも居ることから、モガミ中佐の言動に問題があるかを確認しようと思えば、ある程度は可能である。

 「ところで、CPG非常勤取締役のソラネからシロイシの登用について推薦を受けましたが、私はシロイシの手腕を知りません。如何様なものか知っている者は?」

 シルバーが別の話題に移す。実際この軍議に出てきているわけだが、彼女はシロイシがCPG防衛軍を指揮してきた、という単純な事実しか知らない。このため、ある程度の統率能力はあるという判断はできるのだが、どのような役割が適切なのか迄は判断できないのである。軍略を立てるにあたっては必要な情報であった。

 「では私が。」

 それについてモガミ中佐が意見を述べる。CPG防衛軍については、幕府軍と共同で海賊討伐などの作戦を実施する事や、共同訓練を実施する事もあるため、モガミ中佐はシロイシとは普段からやり取りをしている。

 「シロイシ殿は、鉄壁セレーナ少佐には遠く及びませんが、よく兵をまとめ、よく守る点においては、多くの幕府諸将に優るでしょう。艦隊指揮の統率力で言えば、少なくともカリスト大尉殿よりは上、イシガヤ少佐やヘルメス少佐並という所でしょうか。」

 防衛戦指揮におけるセレーナ少佐の実力は、木星に居るモガミ中佐であっても熟知している。定期的な将校同士の訓練もある事から、基本的に上級大尉以上の能力は彼も把握しているのであった。セレーナ少佐の防戦能力はシルバー大佐並であるから、セレーナを引合いに出したのは、シルバー大佐には遠く及びませんよ、という、一種の追従表現である。また総合的に見た場合、カリスト大尉は上級大尉の中では最高クラスの艦隊指揮能力を有しているし、イシガヤ少佐やヘルメス少佐は少なくともカリスト大尉よりは艦隊指揮能力は上ではあるのだが、少佐としては最下級の統率力である。

 「攻勢と守勢についてもう少し教えよ。」

 「はっ。攻勢についてはカリスト大尉の方がやや優れていると思われます。守勢についてはハラダ少佐よりは上かと。粘り強い防衛野戦を得意とするため、攻勢寄りのイシガヤ少佐などとぶつかれば互いに攻めあぐね消耗戦となり、互角程度になるかと思われますな。ハラダ少佐やゴトウ少佐とぶつかった場合には、総合的にハラダ少佐やゴトウ少佐が押し切るものと思われます。」

 幕府においては攻勢寄りの艦隊指揮官が多めなため、守勢に強い指揮官はどちらかというと珍しい。ただ、シロイシの指揮してきた兵数に比べると、能力としてはやや不足感はぬぐえない。実際、シルバー大佐の指揮してきたサイクロプスや艦隊数よりも多くのものをシロイシは管理してきてはいるのである。ただこれも理由があって、軍事力に優れたものは敢えてCPGに所属する事もなく配属されることも無いため、基本的に幕府軍に就職する、という事情である。あまりに強力な指揮官にCPG防衛軍を任せてしまうと、反乱を起こされた場合に対応が取りにくくなるし、そういった優秀な指揮官であれば経済活動でも活躍できる可能性が高いことから、普通に事業部の管理職に回した方が良いからである。そして、そもそも戦争を好むものは一般企業に就職しにくい、という事である。幕府軍も慢性的な将校不足であるため、然るべき才能の者であれば昇進も早く幕府軍の要職に就くことも可能である。少佐クラスの指揮能力のあるシロイシにしても戦争が好きでCPG防衛軍に配属されているわけではなく、単に社内人事の都合で現状の役職を務めているに過ぎないのだ。

 「わかった。シロイシ、その方を臨時の少佐に任ず。最下級ではあるが軍団長格、公式には客将として扱う。本作戦に当たっては、我が手足となり民を護るために戦うべし。」

 シルバー大佐はモガミ中佐の報告を受け、そう判断する。野戦任官である。幕府軍の階級は統率能力で決定される。幕僚としてどれだけ優秀でも、統率能力が伴わなければ階級は低いままであり、幕僚としての役職は別に任命される。これはクオン曹長などが顕著で、作戦参謀総長を務めていてもなお曹長のままである。シロイシの場合はこれと逆で、統率能力によって少佐及び臨時の軍団長格に任命されるが、正式な扱いとしてはCPG所属の客将であった。

 「少佐の任、承知いたしました。」

 シロイシはその指示を承諾する。この辺りについては既にCPGと調整済みであり、正式にソラネの決裁を受けた辞令が発行されている。その他幕府軍に協力するCPG防衛軍総ての人員に、同様の辞令が発行された。イーグル戦以降についてはCPGに復帰する権利を有するが、実際にはシルバー大佐ないしイーグルの率いる幕府軍からの引き抜きがあると予想されることから、どれほどの人員が復帰するかは不透明である。ただ、彼らをCPG所属のままにする、というのはイーグルに対して大きな意味を持つ。正式に幕府軍軍人になってしまうと、シルバー大佐が敗北した場合に軍人として処分される恐れが高まるが、CPG所属のままであれば処分した場合にCPGを敵に回しかねない。CPGを敵に回して政治が出来る程、イーグルの勢力基盤は頑強ではないのである。従って、よほどの事をしない限りは軍法会議にかけられる恐れは無いのだ。

 「良き将を手に入れました。私は策を練り直します。諸将は休むが良い。ただし、モガミ中佐とクオン曹長は残るように。」

 今回モガミ中佐が会議を急いだのは、まさにこのシロイシ以下CPG防衛軍の扱いである。CPG防衛軍を幕府軍に組み入れなければ今後の作戦は何一つ立てられないためであり、同僚となる諸軍団長への紹介が必要でもあったのである。従って、主題としてはこれで終わりだ。戦術会議でもするのかと思っていたのかゴトウ少佐やカリスト大尉が若干戸惑っているが、その辺りは良く心得ているクキ少佐が事情を説明しつつ退室する。

 「諸将を退室させるのはとは、何か考えがおありで……?」

 諸将の退室を見届けてから、モガミ中佐が疑問を呈する。

 「これは、内密の話ですから、知る者は少ないほうがいい。」

 「わかりました。」

 モガミ中佐が頷く。

 「では申しましょう。正直に言って、決戦の場合イーグルの取る戦術はわかっているのです。彼もまたそうでしょう。」

 シルバー大佐がモガミ中佐にそう話す。

 「ほう?シルバー大佐もクオン曹長も自信がおありになる?」

 モガミはそう問う。それが判っているならば対策は取りやすい。だが、智将として知られるモガミであっても、相互の戦術が既に決まり切っている、などとは、考えても居ない事であった。

 「はい。クオン曹長、説明を。」

 シルバー大佐はクオン曹長に説明を委ねる。理由は二つあって、一つは単純に説明すること自体が面倒であるからであり、もう一つはクオン曹長の知略をモガミ中佐に示し、作戦行動取りやすくするためであった。

 「では申し上げます。イーグルは兵力を二分いたします。主力艦隊と突撃艦隊。突撃艦隊の司令はサタケ元少佐です。」

 「ほう?」

 自信ありげに述べるクオン曹長を見ながらモガミ中佐は目を細める。値踏みしている、という所であろう。

 「イーグルは、突撃艦隊を我々の後方に廻し、これを突撃させて勝敗を決しようとする事でしょう。また、イーグル自身はこの突撃艦隊とともにサイクロプス隊を率いて猛攻を仕掛けてくるはずです。」

 「イーグル殿がサイクロプス隊、サタケ元少佐が艦隊を率い、我らの後方より突撃してくると?」

 モガミ中佐は確認のためシルバー大佐の顔を見る。

 「クオン曹長の説明通りです。まず、他の手は考えられません。」

 それに対してシルバーはそう応えるに留める。

 「確かに、その戦術はイーグル殿の十八番ですが、軍を二つに分けるというのはあまりに危険な賭けではないですかな?また、こちらがそのまま受けずに兵を分ける、という可能性もあり得なくはないでしょう。そのあたりは?」

 モガミ中佐は問うが、それについてクオン曹長が補足説明を始める。

 「軍を分けずに正面から決戦となった場合、シルバー大佐が勝利します。各艦隊の身動きは制限されますし、そうやって機動戦の要素が減った場合は単純に兵数が多い方が有利であり、その上で軍事能力的にイーグルないしサタケ元少佐と同程度のシルバー大佐が負けるというのは、数値上は考えにくい事です。イーグルもまた優秀な指揮官ですから、自分の武名や能力を過剰評価はしないでしょうから、先述の事は重々承知でしょう。」

 戦場では数字以外に士気の問題もあるが、正面戦になってもシルバー大佐が全軍を統率している限り兵の動揺はまず無いだろう。イーグルの乗艦である『フェンリル狼』や愛機『ヘル』を恐れる将兵は多いが、敵方にとっては『蝦夷の鬼姫』の異名をもつシルバーもまた、恐怖以外の何物でもないのである。

 「このため、イーグルは得意の機動戦を展開せざるを得ません。後ほど述べますが、当方が兵を分けるという事はあり得ませんから、イーグルとしては自己の兵を割って我々を後背から襲う、というのが、最も最良の戦術になります。兵数がやや劣るとしても、完全に挟み撃ちが決まればイーグル側には有利です。挟まれた我々としては片面に集中攻撃して各個撃破に向かうか、両面で競り勝つか、その選択肢しかありません。しかし、我々に取れるのは両面で競り勝つ、という作戦のみです。」

 普通であれば片面に集中して分割されたイーグル軍の各個撃破を狙う、というのがスタンダートに思える。だが、その選択肢はない、という事である。

 「何故、ですかな?」

 「片面に集中する場合、後背から襲ってくるイーグル軍を防げる……、せめてある程度時間稼ぎの出来る将校が当方に居るでしょうか?」

 「……っ!」

 「居ませんよね?対抗できるのはシルバー大佐、セレーナ少佐、サタケ元少佐のみで、時間を稼げるのはカナンティナント中佐だけです。」

 無論、モガミ中佐は自分が当たれば軽く蹴散らされる事は承知しているし、軍団規模の指揮官としては特に勇猛で老練なクキ少佐などを充てたところで、自分以上に早く戦線崩壊する事は目に見えている。サタケ元少佐が少佐格なのは、単に中佐のポストに空きが無いからである。

 「ふむ……」

 「かといって、シルバー大佐以外の将をイーグルに充てるために、正面部隊の兵数を減らし後背の兵数を増やすとすれば、正面部隊の兵数が減りすぎてそちら側を維持できなくなります。」

 モガミ中佐自身が指揮すると考えても、1.5倍程度の戦力差が無ければ時間稼ぎすらする自信は無いのだから当然である。

 「またご質問があった、当方が軍勢を分ける、という件ですが……、イーグル側は当方を待ち受ける側になるため、地の利は向こうにあります。軍勢を分けた場合には各個撃破される恐れが高まるでしょう。従って、当方はその戦術を選択できません。」

 確かにイーグル側を決戦に誘き出せたとしても、戦闘地域はイーグルの勢力下になるだろう。そうなれば何かしらの斥候部隊は展開されているであろうから、奇襲されることはあってもすることは困難である。

 「……なるほど。確かに仰る通りの作戦しか、イーグル様は取りようもないかもしれませんな。そして、我々も取れる対応が限られる、と。」

 モガミ中佐はその説明に納得する。

 「モガミ中佐、私は貴方を副将に据え、本軍を束ねさせるつもりです。故に、味方にも内密に、イーグル対策を行う。よいな?」

 「……御意。」

 一顧の疑いもないようにシルバー大佐がモガミ中佐にそう告げる。作戦としては非常に重要であり機密性の高いものを取るという事だ。少しの疑念やトラブルで作戦が破綻する事もあり得るだろう。その上で腹心のクオン曹長の他はモガミ中佐しかこの場に居ないというのは、作戦において絶対的な信頼をしている、という証左である。イーグルの腹心とも呼ばれ、権謀術に優れているとも評価されるモガミ中佐としては、邪険にされてもやむを得ない、と思ってはいたのだが……、こう信頼されてしまっては彼女に対して充分に忠義を示さねばならない、とも考えるのである。石谷家から『信』の字を拝領しているのは伊達ではなく、その知才に比して過剰ともいえる程、善良で忠義に篤い人物であった。

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