第08章 謀反露見 02節
「親父が謀反だと!?」
伊達幕府軍木星帰還艦隊の一角でそう声を荒らげるのは、伊達幕府王族奮熟家当主のバーン・フルーレ大尉である。彼は陸軍師団総長を務め、空席の陸軍軍団長の役割を任じされている勇将である。パイロットとしてはイボルブの超能力を利用したホーネットによるオールレンジ攻撃を得意として、愛機のケルベロスを駆ることから、地獄の番犬の異名をとっているほどであった。軍政については劣ってはいないが得意でもないため、副官のニッコロ・クルス大尉に任せている事が多い。彼の言う親父、とは、木星で反旗を翻したイーグル・フルーレの事であった。
「うむ。そのようだな。」
それに相槌を打つのは、やはり王族のタカノブ・イシガヤ少佐である。
「つうか、目を開けると、そこは薄暗い牢獄の中でした。まる。」
バーン大尉は自虐的にそういうが、
「凍てつくような鉄の格子に我々の未来は鎖され、悲しみに暮れる二人の男たちは、絶望という至高にして芳醇な蜜を味わうのであろうか。まる。」
「いやまてタカノブ、なんぞこれは!?」
それに付き合うイシガヤに対して、バーン大尉が更に声を荒らげる。
「バーン、見てわかるだろう?俺たちは罪人にされたようです。」
「いや、全然わからないんだが?」
バーン大尉がそういうのも当然であった。先の会戦で彼は重傷を負っていたため、つい先日まで集中治療室におり、今日に至ってもまだ医務室が彼の定位置であったからだ。そろそろ退院かと楽しみに寝入っていたところで、この仕打ちであった。
「仕方ないから報告してやると、バーン、お前の親父が謀反をしたから、息子のお前が処刑される、という感じだと思うぞ。ついでに、俺の会社の軍を奪われたので、俺も内通を疑われて処刑というところだ。簡単な事だったな。」
「いやいや、簡単じゃないが……。もうちょっとそこんとこ詳しく教えてくれ。」
「えぇ……」
「えぇ……じゃないから。」
バーン大尉は面倒くさそうなイシガヤの肩を掴みつつ、早くしゃべれよと言わんばかりに催促する。実際年齢もバーン大尉の方が上であるし、体格もまた圧倒的に良いので、脅しに掛った、というような様相ではある。
「仕方ないな。実のところ俺もそんなに詳しくわかっていないのだが、どうも今日、イーグル殿が謀反の兵を上げたようだ。確認されている兵力は、CPGの防衛部隊1400機余りというところで、幕府の木星軍の一部も寝返っているとの事。サイクロプス総数で1800機程にはなるんじゃないかと推測されているな。艦隊も同様に奪われている。また、既に木星の第二首都は制圧されているようだ。しかしながら民間への統制は不十分と言うところで、CPG社長のアークザラットも現在情報の収集と部下の掌握を急いでいる所だ。問題として、俺の私設隠密部隊である黒脛巾も一部奪われたようで、情報収集がうまくいっていない一面がある。一方で幕府の部隊はハラダ・ゴトウ両提督の艦隊は無事で、これにモガミ中佐が一部の政治家を連れて加わるとの事。幕府軍で掌握できているのはサイクロプス400機程だが、これにCPGで掌握できた軍を組み込むことになるだろう。少なくとも俺の私有衛星であるエウロパの約1000機は幕府軍側に付く見込みだ。流石にこの部隊が裏切ることは考えにくい。」
イシガヤが承知している情報を伝える。イシガヤとしてはバーンの事は信頼しているし、同時に幕府を裏切ることは想定していないための事であった。
「まじか……。すげーやばいな、それ。大戦力じゃないか。」
「うむ。お前の親父、すげー迷惑だな。」
二人とも考えたくないのか、ともに他人事のように言い合うのであった。
「それで、なんでお前が捕まってんだ?逃げるの得意だろ?」
イシガヤに関していえば、黒脛巾の頭目であって実際に暗殺部隊を指揮して自ら政敵を討ち取ったこともあるような人間である。そう簡単に捕まるような男ではないのだ。
「いや……俺も黒脛巾から報告を受けた直後に、ギンの内命を受けたクオンに謀られてな……。珍しくイチャイチャして来ようとするからいい気になっていたら、手錠をはめられていたのだ……。流石にクオンを傷つけてまで抵抗はできんから、素直に捕まったわ。」
「嫁に謀られるとかやばいな。」
「俺もギンは鬼姫なんてあだ名じゃなくて、鬼嫁にしてもいい気がしてきたわ。」
シルバー・スター大佐のあだ名は、蝦夷の鬼姫、であった。
「やばいな!」
「やばいやばいって、語彙が少なすぎないか。やばいだろ。まぁ、実際バーン殿の方は大分やばいぞ?俺はともかく、謀反人の息子は死刑だから、覚悟しておけよ?」
「いやいやいやいや、俺はずっと医務室に居たんだし、謀反に加われるわけがないだろ?」
実際、その前は意識不明の重体であったし、どう考えてみても謀反の主犯にはなりえない立場ではある。
「そうだな。でもそんなことは関係なく、処刑するのが幕府の法だから。イーグルに見捨てられた、というとしてもだ。」
「いやそれは困る。俺にも嫁はいるし、可愛い娘だっている。俺が死ぬだけじゃなくて家族も連座刑だろこのパターン!どうにか助かる方法はないのかよ!」
バーン大尉がまたイシガヤの肩を掴み問い詰める。そういったことの判断については、バーン自身よりもイシガヤに問い詰めた方が手っ取り早いからだ。
「方法はある。例えば軍功と引き換えに身内の助命を願うとか、助命金を払うとかな。しかし今回の件はいずれにしても多大な軍功か、膨大な助命金が必要だから一筋縄ではいかんぞ。フルーレ家には十分な財力はないから助命金で言えば王族からの除名くらいしかないが、それで許してもらえるとは到底思えん。妥当なのは軍功で、イーグル討伐の先鋒を願って、大戦果の中で戦死する代わりに一族の助命を請うか、あるいはイーグルの首を獲るくらいせんとな。そうしなければお前の一族の多くは、たとえ謀反に加担していなくても死刑になるのは明白だろうな。」
イシガヤが淡々と述べる。バーンとしては、一族が助かるなら王族の位など捨ててもいいのだが、そんな事では許してもらえないと言われた以上は如何ともし難い。
「親父を殺せ、という事か。」
「それ以外にはないな。」
イシガヤは突き放すように言う。どちらかと言えば善人であるバーンにとって、親殺しを示唆されることはつらいことである。余りにも命を軽く見ているイシガヤに文句の一つも言いたいところではあろうが、そんな場合でもなかった。
「タカノブはどうなんだ?」
同時に、同じように捕まっているイシガヤがどうするか、それを参考とするべくバーンは問う。
「俺?俺はソラネが居るから心配はしていない。俺の可愛いソラネが木星のCPG勢力に謀って、俺を救出してくれる事は確定的に明らかだからな。」
「なんだその絶大な信頼。」
「ソラネには親類縁者が居ないからな。俺が居なくなると、謀反人の元側室なんてまともに生きていくことが出来ない。これを信頼出来ないわけがないじゃないか。」
イシガヤがそういうが、実際それは事実であった。生き残ろうと思えばシルバーの庇護を求めたり、セレーナに助力を請う事も可能ではあるが、そう簡単な話ではない。ソラネには相当の才覚もあるし、ある程度の私有財産もあるが、それらの大体はCPGに起因しているため、どの道CPGを動かさざるを得ない部分があるからだ。
「それでバーン……、もし逃げたい、というのであれば、妻子ともども逃がしてやるが、どうする?」
それはまるでいとも簡単に可能である、とも言わんばかりに、イシガヤがそう尋ねる。
「いや……いい。」
だが、バーンはそうすぐに答える。実際、逃げてどうなるものでもないのだ。王族である彼にとって、何処か民間に逃げ込めるかと言えばそういうわけでもなく、逃げたところで彼の首に掛かる価値は莫大なものであり、他国もそう受け入れられられるわけではない。逃げたところで安息の地などなく、妻子を養える見込みなどそうそうないのだ。逃げるくらいなら、先鋒を務めた方がマシであった。
「タカノブ、俺も王族だ。一門の不始末は当主である俺自身の手で片を付ける必要あるし、やむを得ないことだ。俺よりも親父の方が有名だが、しかしフルーレの当主は親父ではなく俺なんだからな。」
バーン・フルーレ大尉はそう覚悟を決めるのであった。
それぞれの思惑がこの宇宙を満たす。
様々な利害、様々な欲望。
その混沌の中で、或いはどう逝くべきであろうか。
先の執権であるイーグル・フルーレの謀反については尋常ならざる事態ではあったが、幕府サイドとしても手をこまねいているわけにはいかなかった。幸いにしてモガミ中佐は謀反に加担せず政府要人の脱出を指揮し、指揮下の近衛軍は壊滅したものの首相をはじめとして閣僚の大半の避難に成功していた。この中にはヘルメス少佐の兄にあたるツクヨミ・バイブルも居り、人質に取られてバイブル家やクラウン家が敵側に寝返る、という事態もとりあえずは危惧しなくて済んだのであった。幕府軍元帥であるシルバー大佐は直ちに伊達幕府政府首相の遠藤と打合せを行い、今後の軍事作戦を検討しつつある。また、サイクロプスや兵を奪われたCPGについてはイシガヤ家家宰のソラネ・イシガヤを筆頭にして、本社社長のアークザラットや宿老のレイジ・モガミなどが手を回して謝罪と弁明に努め、CPG名誉会長のタカノブ・イシガヤの保釈も実現している。この保釈実現のためにはCPG残存兵力を幕府軍に貸与するという密約が結ばれたが、やむを得ない事であった。また、ここにきてタカノブの側室であるソラネがキーマンとなっている。タカノブが拘束されている間、シルバー大佐の政治・経済参謀として全面的に協力していたのである。シルバー大佐は軍事面では抜群に優秀であったが、一部の将兵からは政治経済面での才能を不安視されていた。この問題を一手に受けて解決した事は、まさにソラネの功績であったといえるだろう。
「ソラネ、先にはすまなかった。お前が居なければどうなっていたかわからん。ありがとうな。」
「いえ。大切な御屋形様のためですから。」
イシガヤがそういったのは公式の立場であったから、ソラネもまた御屋形様と返すのであった。
「ギン、クオン、ソラネ、それで、だ。俺は一足早く木星に行かなければならない。」
イシガヤが妻を集めた席でそういう。一応は、幕僚会議という公式な話ではあった。
「突然ですね……」
シルバー大佐がそういう。
「御屋形様が言うには、木星の経済界を味方につけておく必要がある、と。木星の経済を握るのは、まさしく御屋形様が名誉会長と務めるクリスタルピースグループです。木星圏のスペースコロニーの3割はなおCPGの持ち物であり、伊達幕府はそれを借り上げて国民を住まわしています。また、エウロパ・イオ・カリストの各衛星の主要製造業、鉄鋼、非鉄金属、精密機器はもとより、一部の娯楽メディア、通信、水、穀物供給すら、CPG抜きでは確保し得ません。」
ソラネが恐ろしいことを簡単に言うが、実際に木星を経済支配しているのはCPGである。これは幕府の建国の頃から変わらないことで、CPGの支配者であったイシガヤ家がダテ家に協力したからこそ、幕府の建国は成ったのである。
「加え、今回謀反を起こしたイーグル・フルーレの動きで明確な通り、CPGは軍に優る自衛戦力を有しています。サイクロプス・艦艇の約半数はイーグルに奪われたといっても、なお約半数は残っていますし、自衛用・作業用の小型サイクロプスの殆ども残っている状態です。これらは是非にも抑えなければなりません。今のところ、木星はCPG本社社長のアークザラット様が事態を収拾しつつあるので何とかなっていますが、彼からはグループ統率の顔として、御屋形様本人が木星本国に入る事を要請されております。何分にも、グループ全体をまとめるには、会長の御屋形様が居た方が決裁がスムーズですし、企業連合にも対しても重みが増します。」
ソラネがそう報告を行う。
「ソラネ、その要請がタカノブを捕らえるためのフェイク、という可能性は無いのですか?」
シルバー大佐がそう尋ねるのも無理な話ではない。
「ないとは言えません。実際ににCPGの戦力の一部は謀反に加担していますから。」
「それでは危険です。行かせるわけには……」
シルバーがそういうのは、何も夫をおもんばかって、というだけではない。イシガヤの首には莫大な価値があるのは明白だったからだ。
「しかしギン、俺がとらわれて死んだとして、何か困るか?戦術的には大きな問題はあるまい。」
その話の続きはイシガヤ本人が続ける。
「俺の立場は幕府執権であるから、確かに一時的な混乱はあるかもしれないが、将軍職であるギン自身が采配を振っても別に悪いことではない。また、遊撃隊軍団長といっても、先の合戦で俺の手勢は壊滅していて、補充を受けるまで軍としてまともに機能していないから、この点でも大した問題はない。一番問題なのは、俺が木星を経済支配するCPGの会長である事だが、CPGが敵に落ちていたらそれこそ俺の存在価値はないに等しくなると言える。」
「それは、そうですが……」
「お飾りの会長だ、今こそ飾られないでどうするというのだ。」
事実、CPGが裏切ってしまえば、エウロパの死守すら不可能である。地球圏に戻ろうとしても、地球圏の兵站を担っているのもCPGなのであるから、補給すら不能で干殺しにされるのは明白である。
「ついては、御屋形様は木星に潜入されます。私も副官として同行しようと思っています。」
ソラネがそう続ける。
「潜入なんて簡単に出来るものなのですか?イーグルとて港の封鎖くらいはするはずだと思うのですが。」
クオン曹長がそう尋ねる。当然の事であった。
「港の封鎖などできないのです、クオン様。」
「出来ないとは?」
ソラネが自信満々に答えることに対して、勿論その理由を尋ねる。普通に考えたら、港の封鎖くらい物理的に不可能な話ではないのだ。
「木星コロニーは外部から資源を持ってくる事で初めて機能します。港を封鎖してしまっては、日常生活すらままならない構造なのです。また、主要港はCPGの積み荷を扱うウェイトが大きく、CPGの重要命令にはたてつくことさえ出来はしません。故に、CPGが味方であるならば、潜入など簡単に出来るといって過言ではないのです。」
国家のセキュリティとしてどうかとは思うが、今のところイシガヤ家やCPGが善意に基づいて行動しているため、大きな問題が発生していなかった、というところであろうか。しかし現状でそれをどうこういってもどうしようもないというのが現実である。
「しかし……、タカノブを野放しにしては不安に思う人間も多い。将兵の不安が増せば内部から崩壊しないとも限りません。」
「そんなことを言っている場合かよ、ギン。」
イシガヤがそう続けるが、実際に反乱軍に加担していないかを不安視する将兵が多いのは事実である。彼の去就に彼ら将兵の命運は掛かっているのだから。
「せめて人質を要求します。」
シルバーがそういう。
「人質?正室であるギンが人質になればよかろう。」
「私は大将ですからダメです。貴方が裏切れば私が討伐する立場ですし、正室とはいっても私はあくまでダテの人間。イシガヤの人質には不適切です。」
「ではクオンを。」
「クオンもダメです。私の影武者を務めさせる場合もあり得ますから、クオンを幽閉するわけにはいきません。」
クオン・イツクシマには将軍として才覚はないが、智謀に限れはシルバーに優るとも劣らない能力を有している。それに加えて、髪形と髪色を整えれば、外見はシルバーとまるで瓜二つで見分けがつきにくい、という特性があるのであった。この情勢下に、自分の影武者を手放すわけにもいかないというのは、確かではある。
「最低でも、イシガヤの重臣であるマサノブ・クスノキ中尉の身柄を要求します。」
クスノキは遠縁ではあるが、一応はイシガヤの血を引く親族筆頭格ではあり、国民の多くにも知られている人物である。人質としての価値は充分ではあった。
「いやまて。クスノキを捕らえたら誰が黒脛巾の情報をまとめるというのだ。まとめるだけならソラネでも出来るかもしれんが、睨みを利かせるのはクスノキでなければ出来ないことだぞ。」
黒脛巾の裏切りを赦してしまったとはいえ、残虐な実力行使を行い組織を再統制できる人間が居るとすれば、イシガヤかクスノキしかいないのが現状である。
「仕方ない、ソラネ、指輪をしているな?結婚指輪の方だ。」
イシガヤが問う。
「勿論です。御屋形様に頂いた一番大事なものですから。」
ソラネが嬉しそうに答える。
「……ソラネを、我が愛しい妻として、またイシガヤ家宰としてここに残し、人質とする。それでいいな?」
「まってください!御屋形様、いえ、タカノブ一人で木星に行くつもりですか!?」
愛しい妻と言われて一瞬うれしそうな顔をしたソラネであったが、慌てて反論する。
「ギンもクオンもこういう時には役に立たん。石ヶ谷空音、我が愛しい妻として、また一門衆扱いの筆頭家臣として、お前しか頼る者がいないのだ。クスノキなど人質にしてみろ。情報も入りにくくなるし、いつでも簡単に逃げられるだけだ。」
「しかし……」
「一番信用出来るお前を連れて行けないことは確かに困るが、木星には重臣のアークザラットも居る。彼もまた代々の家臣であり、名誉も金も持っていて、これ以上欲を出して裏切るなど考えにくい男だ。彼のこれ以上は、王族クラスしかないが、王族など責任が大きくなるだけで戦場に出て死亡する確率も高い。彼にとっては王族を目指すメリットもないであろうよ。まぁ、何とかなるだろう。ソラネ、頼む。それに……リスクを考えれば、ソラネは此処に残った方が安全だ。エウロパに籠ればそうそう陥落するものではないし、仮に俺に何かあったところでギンはお前を殺しはすまいよ。」
イシガヤはそう説得を行う。
「ギン、良いな?大事なソラネは一番安全なお前の所に預けるぞ?」
イシガヤが珍しく睨みを利かせてそう伝える。
「何か、釈然としないのですが……」
シルバーがそういうのは、妻同士の確執、とも言える感情であろうか。自分を目の前にして、愛しいとか、信用できるとか、イシガヤが言っているからであろう。
「しかし、ソラネの価値ではクスノキ中尉よりだいぶ見劣りがしますが……」
そういうのは、ソラネは一門扱いを受けているが、身寄りのない戦災孤児出身であるからだ。イシガヤの血を引くクスノキと比べれば、出自の面で全く比べ物になりはしない。
「馬鹿を言っちゃいかん。確かにクスノキはイシガヤ一門の扱いを受けていて、黒脛巾をまとめているという重大な価値がある。しかし、このソラネもまた莫大な価値があるのだ。俺の妻、というのも確かに重要だが、俺が健在である限りソラネは家臣筆頭の家宰の役に付いている。イシガヤの家宰ともなれば、CPGへ当主代行として命令権も有するし、それ以上にイシガヤの私有物であるエウロパの指揮権や、農業生産を支えるマーズ・ウォーター社への命令権も持つのだ。黒脛巾への指揮権もまたその一つである。お前の籠ろうとしているエウロパにおいて、行動を拘束されず、十分な命令権を持つのは、ソラネを除けば宿老のレイジ・モガミと、ヨシノブ・オニワだけだぞ?何の不足があるというのだ。」
イシガヤが断言する。CPGへの影響力もそうだが、マーズ・ウォーターも社も完全にイシガヤ家の私有物であり株式100%を有する企業である。これは例えCPG社長のアークザラットをしても対抗できないほどの価値であり、そこまでの権限をもたないクスノキに優る価値であった。
「ソラネがそんなにも……」
「わざわざソラネを表向きは侍女長として家臣扱いしているのは、家臣筆頭として家臣をまとめる家宰としての役割を持たせるためだ。ソラネに価値が無ければただの側室にすれば済む話だからな。このソラネに勝てるだけの価値があるとすれば、それこそ近しい親族くらいになるだろうが、お前たちのいずれにもまだ子供がいないから、どうにもならんのだ。」
恵まれていないだけであるから致し方ないのではあるが、それは若干の皮肉と自嘲を含んだ物言いである。
「しかし御屋形様……」
ソラネがそれでも同行したい、という目でイシガヤを見る。彼女にとっては、イシガヤが総てなのだ。
「ソラネ、俺はそれでも暗殺や隠密行動のスキルを持ち合わせているが、お前はそうじゃない。潜入すれば何があるかわからないし、自分の身を守るのが精一杯になるという恐れもある。お前がエウロパに籠ってくれた方がむしろ安心だ。」
「でも……」
「頼む、ぞ。」
その物言いは、これ以上の反論を赦さない、というような意図を含んでいる。そういわれてしまってはソラネとしてもそれ以上食いつくわけにもいかないのであった。
「ギン、これはターニングポイントだぞ。お前の戦闘行動によっては、俺も呼応してCPG残存兵力を動かす。木星本国で一揆をおこす、というのもあり得る。よくよく注意して采配を振ってくれ。」
政治面では疎いシルバーに対して、イシガヤはそう伝えるのであった。
「タカノブ、わかりました。私たちは取り急ぎエウロパに急行し、今後の対策を練ります。貴方はCPGをまとめ、なるべくイーグルを決戦に引っ張り出すようにしてください。それと死なないでくださいね。」
「善処する。」
確約は出来ないのが、お互いに悲しい所であった。