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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
31/144

第08章 謀反露見 01節

 宇宙世紀0279年5月27日

 地球圏の戦乱は終わる見込みはなく、いやむしろ、地球において巨大な勢力を誇っていた東南亜細亜連合では、その頭目であるナイアス・ハーディサイトが戦死したことでミリタリーバランスが崩れ、政治情勢はより混沌とした様相を示しつつあるとも言える。この混乱状況は世界中の民衆にとっては絶望的な時代の続きでしかなかったが、伊達幕府にとっては束の間の休息になっていた。先の戦闘で伊達幕府の地球方面軍は壊滅的打撃を受けていたが、指導者を失い攻勢の余力を失った東南亜細亜連合とは一時的な休戦がなり、コロニー諸国連合とも同盟協定が結ばれている。このように、伊達幕府によっては有利な外交状況が成ったことに加え、先の先頭におけるキチガイ染みた防衛戦を見た各国においては、単独で伊達幕府残存部隊を殲滅しその所領を占拠しようとするような気概をもつ国家は皆無であった。このような戦況を見据えた上で、伊達幕府軍の元帥であるシルバー・スター大佐は、軍を率いてその本拠である木星に帰還の途にあったのである。

 「仙台には、女神隊師団長にして準王家出身のヤオネ・カンザキ大尉、地球圏周辺の宇宙軍には女神隊軍団長のセレーナ・スターライト少佐を配置し、当面の守備は充分と言えるでしょう。セレーナ少佐の方は要塞イザナミに加えて、中堅国家にやや足りない程度の戦力ではありますが、相応のサイクロプス部隊及び艦隊を有しているのですから、守るだけであれは問題ないでしょう。ヤオネ大尉の方は兵力がやや心配ですが、仙台の戦力は師団長の指揮兵数に遥かに劣る戦力しかないため、彼女の指揮能力でも充分に取り回せると考えましょう。」

 シルバー大佐は、夫であるタカノブ・イシガヤ少佐を前にしてそう話す。

 「ギン、今更悩んだところで仕方がないことじゃないか。良かれ悪かれこの期に及んで地球に戻る予定なんてないしな。」

 やれやれ、と言わんばかりにイシガヤは答えるが、シルバーが考えすぎなのはいつもの事であった。

 「タカノブ、貴方はいつも能天気ですよね。体の方は大丈夫ですか?昏睡状態からようやく回復したばかりじゃないですか。この私も心配しないわけではないのですよ。」

 「心配をかけたが、とりあえずは大丈夫そうだ。医者が良かったんだろうな。しかし、だ。この状況、能天気にでもならなければやっていられんわ。確認しただけでも中々の惨状じゃないか。」

 打って変わってイシガヤは深刻そうな顔をしてそう答える。彼もまたどちらかと言えば考え過ぎな方のタイプではあるのだ。。

 「何か?」

 「木星の家臣の一部と連絡がつかない。向こうで問題が起きていると考えなくてはならんな……。それに、セレーナに地球方面を任せたのは良い判断だと思うが、同時にアレは不安の種でもあるぞ。それは承知しての事なのか?」

 イシガヤが指摘する。軍事能力については圧倒的にシルバーの方が優秀であるが、一方で政治・経済・外交についての彼女の判断能力は、優秀とは言い難い側面もある。

 「セレーナは優秀だし、市井の出身で誰かの家臣でもなく王族間の利権争いもない。女神隊軍団長という点もあり国民の評価も高く、将兵のセレーナに対する信頼もまた篤い。しかしそれはすなわちだれにも頼らず存在している、という事だ。無条件でお前に従い続けるかはわからんぞ。一方で、ヤオネの軍事能力は確かに師団長クラスでしかないが、裏切る様な事はまずありえない分、安心ともいえる。アレは確かに幼少時には民間で育っているが、途中から俺の婚約者にするため親族のオニワ家に引取られ、イシガヤとオニワを繋ぐための駒として生きてきたのだ。今更自由な一般人にも戻れず、オニワ家やイシガヤ家の動向に人生が左右される以上、裏切りなど考慮しなくてもいいという圧倒的な安心感がある。この情勢下、軍事能力だけではなく、そういったことも考慮した方が良いぞ。」

 イシガヤがヤオネに対する言及に対して、若干悪い言い回しをしているのは正妻であるシルバーの前だからである。実際には、そういった事象も踏まえながら、抜群の信頼を置いているのであった。

 「なるほど、気を付けましょう。ところで、ちなみに貴方はどちらで?イシガヤ家はダテ家以上の戦力と財力を有し、ダテ家なくとも存在し得る王族とも思いますが。」

 「そりゃあ、もちろん、だろ?」

 「はぐらかしてもダメです。」

 イシガヤが曖昧な物言いをする。基本的に嘘はつかないが、言いたくないときには曖昧な表現をする彼であった。

 「夫すら信じられないというのは、先が思いやられますね。」

 シルバーはため息交じりに呟く。単なる嫌味だ。

 「ギンは民を思いやり、私もまた王族として民を優先する。4億の民の上に君臨し、その命運を握る我々王族は、悲しいかな、夫婦の事よりも民の事を思いやらなければならないのだ。」

 「実に、模範的な回答ですね。教科書かと思いました。」

 「どうした?今日はやさぐれて……」

 冷静冷徹なシルバー大佐が、このような態度を取ることは珍しい。

 「貴方も模範的な王族ですが、私もまた同じでした。私の妹であり、貴方の側室であったヤマブキの事を思い出して……。あの時、2回目の釧路沖海戦の最後で、貴方がヤマブキが死んだといった時、私は信じられず、指揮官・兵士としての行動を優先しました。。敵の大軍を前にし、自分自身が生き残る事と、貴方を生きて連れて帰る事に必死で……。宇宙に上がる時もそうです。妹の亡骸を供養する事よりも国民の脱出を優先し、遺骸はおざなりに埋葬しただけです。」

 泣いている、と、いうわけでもないが、シルバーはうつむき加減にそう言う。

 「戦場だ。それがどうしたというのだ?」

 「貴方も私も、人間性を何処に忘れてきてしまったのでしょうね?ヒトであればきっと泣き崩れでもしたのではないでしょうか……。そうだというのに、私たちは未だに王族であることを優先し、模範的な行動をとっている。」

 シルバーのそれは自嘲である。

 「そうだな。しかし、お前が人間である必要がどこにあるというのだ?ギン、お前は女神であればいい。美しくて醜悪で人間の運命を弄び定める、そんな女神であればいいのだ。伊達は大日如来の生まれ変わりの末なのだから、太陽の如く野の照らし民を導けばよかろう。」

 「神仏に喩えるなどおこがましい事です。」

 「だがそれが人間というものだ。民草という有象無象は、人間よりも神を求め神に縋る。偶像を用意するのが為政者という人間だ。神性を求めるのも人間であるし、神性を用意して演じるのもまた人間だ。ギン、お前は充分に演じている。人間ではあるさ。」

 励ましになっているのかすら怪しいが、イシガヤがそう言うのは自分に対してでもあるのだろう。

 「タカノブ、貴方はどうなのですか?」

 「俺か?俺は人間じゃないし神でもない。ただの畜生さ。」

 それはきっと、力なく妻を失った男の自分への侮蔑であろう。

 「さておき。ギン、お前には早く子供を産んで欲しい。」

 「子宝に恵まれず、ごめんなさい。」

 「神のみぞ知ることだから、誤ることなどはない。しかし……。」

 イシガヤは少し寂しそうな顔をして続ける。

 「俺にもお前にも家族がいない。勿論、俺らは家族だが近しい血縁、というのが居ない。もっと深い絆は欲しいのだ。ヤマブキは……子を残す前に逝ってしまった。そして、俺もお前も戦乱の中においてはいつ死ぬとも限らない。守るべき大切なものと、帰るべき場所と、そして二人の生きた証は欲しいものだ。」

 「えぇ……」

 この戦乱の世界において、死は常に隣にある。黄泉路は一人行くもので、その道には生きた証など何の意味も持たないであろう。家族の絆も無域であり、自らをむしばむ王族という鎖すら何の意味も持ちはしない。しかし、人が人であるからには、それを望むことも必要であり、また必然なのだ。

 「木星への旅路は長いな……」

 「そうですね……」





 宇宙世紀0279年10月8日

 これまでの伊達幕府軍の木星への帰途はまさに平穏そのものであり、束の間の休日を過ごしていた将士であったが、ここにきて尋常ならざる事態へと発展したのだった。

 「イーグル・フルーレが謀反!?」

 そう声を荒らげるのは、伊達幕府軍の元帥であるシルバー大佐である。

 「御意。木星クリスタル・ピース・グループ社の自衛戦力を糾合し、その数サイクロプスにして1400機程度だと思われます。」

 シルバー大佐は、伊達幕府木星軍のハラダ少佐よりの連絡を受け呆然と立ち尽くす。

 「シルバー大佐、我々の諜報能力では現状確認に限界があり、現在天皇陛下とエウロパのイシガヤ家勢力の有する黒脛巾にも協力を仰いでいる次第です。」

 イーグル・フルーレは先の執権であり、血は繋がらないがシルバーにとって叔父に当たる。彼女の叔母がイーグルに嫁いでおり、その息子がバーン・フルーレという事情があるからだ。しかしそんな事より、イーグルが謀反というのは大きな問題である。現在の伊達幕府があるのは、イーグルの武勇才腕に拠る所が大きいからだ。幕府建国は彼女の祖父であるブラック・スターに拠るものであるが、この乱世に未完成だった幕府の組織と版図を引継ぎ、盤石な大国に築き上げたのはイーグルの力である。彼は乗艦フェンリル狼と愛機ヘルを従え、あらゆる戦場を疾駆し百戦百勝、彼の愛機を見た敵の将軍はたちまち逃げ出し、子供ですら彼の武威に恐れをなす、世界でだれ一人知らぬものなどいない、稀代の梟雄なのだから。

 「シルバー様、いかがなさいますか?」

 ハラダ少佐が問う。

 「木星圏衛星防衛軍軍団長を務め、私の家臣でもある貴方の手勢は、今いかほど残っているのですか?」

 「目下、私の軍団と木星軌道防衛軍軍団長ゴトウ少佐の軍団は無事です。また、木星首都から一部の政治家とそのご家族を連れて撤退している、木星方面軍軍団長のヨシノブ・モガミ中佐と合流の予定ですが、彼の近衛軍は壊滅しているとも噂であてにはならないかと。」

 「撤退先はどこへ?」

 残存兵力もそうだが、撤退先もまた重要な要素である。自体が突発的に発生したというならば、例えばこの艦隊に合流せよと命じても物資が続かないであろう。何れかの衛星や周辺国家に逃げ込まなければならないことは確実であった。

 「現時点では状況を掴めておりませんので……。可能であればいずれかの衛星に籠城し、状況を確認しながらシルバー様をお待ちしたいところです。」

 ハラダが苦悩の表情で答える。それはもっともな事だ。現在掌握が出来る見込みの部隊は、ハラダとゴトウの指揮する2個軍団。モガミの指揮する近衛軍も1個軍団規模であるが、話から察すると数に加えるのは希望的観測にすぎるであろう。木星方面軍は5個軍団規模でサイクロプス1000機で編成されているが、現時点で確保できるのが2個軍団400機だとすれば、イーグルの軍1400機に対抗できるレベルではないのである。これからどれほどの兵力を掌握できるかにもよるが、イーグル程の男が謀反を起こした以上、かなりの数の裏切り者が発生していると考えるのが妥当であり、連絡のつかない軍団はイーグル指揮下に入ったと考える方が順当であった。調略の手も伸びているであろう現状、籠城をするといっても反乱分子を内包していないとは言えず内憂外患が憂慮されるため、そう簡単な話ではない。

 「イーグルの追撃は?」

 「何度か遭遇していますが、撃退しております。今のところイーグル王は兵を散開させて治安の回復と周辺の制圧に力を入れているようで、本人も出撃しているという情報もなく、当面は逃げられるものと思われます。」

 「なるほど。ハラダ少佐程の将軍であれば、その程度は充分対応できるな。」

 このハラダはシルバーの父の代からの家臣であり、伊達幕府軍少佐の中では最も中佐の席に近いと尊敬される将軍である。用兵の巧みさでは、クキ、リ、セレーナ少佐などに若干劣る部分はあるが、長年の実績と篤実な性格もあり、部下の絶大な信頼を勝ち得ている。政略も智謀も一国の大将として相応しいものを備え、国家への忠誠心も並々ならぬものであった。

 「モガミの近衛軍が壊滅したとの噂についても報告せよ。」

 「はい。木星首都周辺で交戦があった事は確認しています。はっきりした事はわかりませんが、忠誠心の高いもので編成された近衛軍が寝返るとは考えにくく、モガミ中佐も十分な兵力を有していないとの連絡があったためです。通信は隠密行動のため現在途絶しており、合流地点に向けて行軍中です。」

 近衛軍は、モガミが撤退するために捨て石にしたとも考えられる、という事だ。彼はイーグルの懐刀とも言われていた男で、戦場での用兵はともかくも、政略智謀に長けた冷酷無比な軍団長である。実際そうでなければ木星軍を統率はできなかったし、それはいいのだが、近衛軍を盾にして政府要人を逃がすなどの事は、何の事なく平然とやってのける男には違いなかった。

 「疑ってはきりがないが、モガミ中佐との合流にはよく注意せよ。彼の父はイシガヤ家の宿老だが、故にCPG社とも関係が深くイーグルに抜擢された人物でもある。状況が判明するまで、私の家臣である貴官を幕府軍副司令に任命し、私の名代とする。モガミと合流した際には、私の送る指示書を見せ貴官の指揮下に入るように伝えよ。現状連絡がつくのは貴官だけであるしやむを得ない。もし従わない、というのであれば、遠慮せずに討ち滅ぼせ。」

 シルバーの発する命令は過激なものではあるが、この情勢下ではやむを得ない事でもある。

 「承知いたしました。」

 モガミは信用のならないほどの智謀の将ではあるが、それだけにこの情勢下でそのような対応をしても味方である限りは心証を害する事はない、と、踏んでのことである。それだけ英明で事を良くわきまえている将軍であった。

 「して、シルバー様、我々はどうすればよろしいでしょうか?」

 ハラダが今後の方針について問う。

 「モガミやゴトウとの合流までの時間は?」

 「約2時間で両方と合流できる予定です。先にゴトウと合流いたします。」

 ハラダがゴトウと先に合流するのは保険である。どちらかと言えば信用できるゴトウと先に合流して兵力を増強した方が、仮にモガミが敵対的であった場合でも対処しやすいからだ。

 「では、1時間後に再度そちらから連絡をください。我々はこのポイントを動かず、対策を検討しておきます。万が一連絡が取れない場合には2時間後、其れでも取れない場合には5時間後に連絡を待ちます。更に連絡が取れない場合には、ダミー通信機でも構わないので、通常回線で一度電波を発信しなさい。」

双方が移動中であれば、秘匿回線を使うために調整するのも困難であるが、片方が停止していればそのあたりは簡単である。ハラダの方を止めては追撃の手に係る恐れもあるので、比較的安全なシルバー側が停止する必要があった。

 「承知しました。では、後ほど。」

 敬礼をしたハラダの映像通信が途切れる。自体はそう容易な事ではない。

 「通信手、全艦隊に通達。緊急事態に付き全艦進軍停止。このポイントで指示を与えるまで待機します。また、各艦は周辺に索敵機を展開せよ。最低半日は待機しますので、そのつもりで人員配置を行いなさい。また、直ちに地球のセレーナ少佐に通信を。暗号強度は最大で。司令室に回しなさい。」

 「はっ!」

 艦橋の指示は幕僚のクオン曹長に任せ、シルバーは自室に向かう。司令室からの通信であれば、多少自分が慌てふためいたところで、それを知るのはセレーナだけであるから、艦隊に動揺を与える事はない、という理由からであった。

 「困りましたね……」

 元来、伊達幕府木星軍の純戦力は、サイロプスとして1000機ほどしかなく、普段の防衛は企業であるクリスタルピースグループに民間委託されている。これは、幕府がCPGの資金と軍備によって建国された成り立ちに起因しており、その既得権益を剥奪出来なかったため、そのまま防衛任務を任せざるを得なかったせいである。そのCPGの戦力はサイクロプスで4000機を数え、幕府軍の総戦力を遥かに上回っていたのであった。そして、イーグル・フルーレによって1400機余りも強奪された戦力を有するCPGの名誉会長は、シルバーの夫であるタカノブ・イシガヤであった。

 「シルバー様、ごきげんよう。」

 司令室に入ると、既にセレーナ少佐がスタンバイしていた。セレーナ自身も司令室で人払いをしているという気の利きようである。

 「ごきげんよう、セレーナ。さて、前置きは良いでしょう。由々しき事態です。貴女の意見を聴きたい。」

 シルバーが単刀直入に話を進める。元々雑談の得意ではない彼女ではあるが、悠長な話をしている場合でもないからだ。

 「いきなり言われましても……。わたくしにはどれほどの事態か、まだ掴めておりませんわ。状況をご説明くださいな。」

 緊急通信を受けて驚愕の顔をしていない以上、全く知らない、という事もないのだろうが、セレーナが説明を促す。

 「そうですね。先の執権イーグル・フルーレが、CPGの戦力を奪い反旗を翻しました。その戦力はサイクロプスでおよそ1400機。我が方はハラダ・ゴトウ両提督の2個軍団サイクロプス400機を掌握予定で、ハラダの軍とは連絡がつきました。また、政治家を連れて退却中のモガミ中佐は2時間後にハラダ・ゴトウと合流予定との事。イーグルの追撃は現時点では危険レベルにはない様子ですが油断はできません。およそ2時間後にハラダから連絡が入る予定ですので、その時に対応の指示を出す予定です。それ以外の状況は全く不明で、わかっていることは以上です。」

 シルバーがそう伝える。事実、彼女の把握している情報はそれだけであった。

 「なるほど……。それならば、慌てる程でもありませんわね。」

 セレーナが鷹揚に頷きながらそう伝える。若干慌て気味のシルバーとは対照的であった。

 「先ずするべきは、イーグル様ご謀反に関与しているか情報を得ている可能性のある、CPG名誉会長のイシガヤ少佐と、イーグル様のご子息にあらせられるバーン・フルーレ大尉を捕らえるべきです。場合によっては敵との交渉にも使えるかもしれませんし、捕えなければ逃げる恐れもあり得ます。」

 「なるほど。しかし両名が裏切るとは思えません。例え捕えても戦力不足の今、裏切らない限りはこのまま信任して旗下に入れておきたいのですが、セレーナの思案は如何ですか?」

 シルバーは、両名が裏切る事など全く想定していなかった、という事である。彼らに対して何の対処も行わず、この通信を始めたのだから。

 「それ自体はよろしいかと。お二人はまず貴女を裏切ることはありませんわ。しかしながら、先ずは捕え、国民の前で旗幟を鮮明にさせる必要があります。彼等の立場では、法律上、死罪に匹敵する重罪に当たりますし、これを免除させるには軍役なり賠償金なりしかるべき法的手段を用いて恩赦を与える必要があります。伊達幕府は法治国家なのですから、これを曲げるのは宜しくないかと。」

 セレーナが説明する。シルバーは軍事能力については抜群の智謀を持つが、政治的な話はやや疎い面があるのだ。

 「なるほど。法的手続き、というのは失念していました。」

 「はい。とりあえず現時点ではお二人が逃亡できないように、そして情報を得るために彼らを捕らえる必要がありますわ。彼らの今後の処遇については、その後の話で急ぐ必要もありません。」

 「わかりました。次に軍事的な話ですが、私は幕府木星軍とCPG残存兵力を糾合し、イーグル・フルーレを討つつもりです。どれほどの戦力が集まるかはまだ未知数ですが、最悪はハラダ・ゴトウ両将のサイクロプス400機程と、私の持つ帰還艦隊の50機に満たない程度の戦力になるでしょう。従って、最も要塞化が進んでいる衛星イオに戦力を集結させ、私が到着するまで戦力を待機させるつもりです。民間人などについては、3000万人程が居住・往来をしていますが、軍港を隔離すれば反乱分子がいたとしても何とか籠城出来るでしょう。最悪、民間人は余所に避難させます。また、イオは表層に火山が多い灼熱の衛星ですから、人工施設を除けば兵力の運用は難しく防御力が高いため、寡兵での籠城にはもってこいです。」

 シルバーがそう述べる。

 「なるほど。戦力的にイーグルに劣るならば、それも良策かもしれませんわね。しかしながら、CPGの戦力を回収しある程度対抗できる状態と仮定するなら、わたくしであれば衛星エウロパに籠って死守しますわ。エウロパはイシガヤ家の私有衛星ですから、イシガヤ家の協力は必須ではありますが、いくつかメリットがあります。エウロパの人口は、CPGやそのグループでもありイシガヤ家が私有するマーズ・ウォーター社の有する農業プラント従事者100万人程しかおりません。イオは堅牢ではありますが、人口3000万人を避難させるとなるとその手段が難しく、またその食料などをどう確保するのかという問題があります。エウロパであれば人口も少なく主産業が農業であることから、食糧確保の問題は一切ありません。また、エウロパの防衛はCPGも力を入れており、自衛用のサイクロプス製造拠点がありますし、艦隊整備をする基地もいくつか存在します。兵站を整え資材を集めることが出来れば、長期的な籠城に耐えつつ、戦力を増強する事すら可能かと思いますわ。短期戦であればイオでもいいのでしょうが、長期戦を考えるならばエウロパをお勧めします。衛星カリストは人口を億で抱える商業衛星ですから、例え幕府民間人の多くがそこに居住しているといっても、籠城はお勧めしません。」

 セレーナがそう伝える。

 「なるほどエウロパですか。しかしエウロパは一大農業プラント。戦禍で焼ければ木星の多くの民が飢餓に陥るでしょう。幕府以外の国にも多く穀物を輸出しているはずです。外交問題が怖い。」

 「えぇ。しかしながらそれだけに、イーグル様やその他の外国諸勢力もまた容易には手が出せません。農業プラントを攻める軍の方が、外交上窮地に陥る事でしょう。少なくとも従来通りの方針で我が軍の手にある間は他国も心配はしないでしょうが、別の軍がプラントを奪った場合、どのような政策変更を行うかはわかりません。少なくとも、幕府軍には農業プラントの意味を重々承知し経済界に影響力のある人物が指揮官に多数おりますが、イーグル様側にはそのような人物は今のところ居りませんわ。」

 「なるほど。しかし、木星の衛星の中でも最も内側にあるイオであれば反抗作戦を行うにしても戦闘区域を比較的抑える事が出来ますが、エウロパでは想定される戦闘区域が広くなりがちです。」

 「左様ですわね。しかしながら今の木星軍でイーグル様に勝てる指揮官が居ないというのならば、当面の間は引き籠るしかないでしょうし、あと3ヶ月もすればシルバー様も木星に到着されるでしょう。その間にイーグル様が財界に対して充分な影響力を持ち、軍備を増強できるとも思えません。戦闘区域が広いという事は、それだけ帰還も容易になりますし、当面は構わないのではないでしょうか。」

 セレーナはそう続ける。実際問題として、名将中の名将であるイーグルに対抗しようとしたら、シルバー本人が采配を振るわないと勝ち目はないだろうし、そうなれば幕府軍側はひたすら籠城し続けるしかないのだ。シルバーが現地の軍と合流しさえすれば、優れた戦術眼でより好ましい行動をとれると信じるしかないのである。

 「そうですね……。ではセレーナ、貴方がイーグルであれば、今後どのような戦略を取りますか?」

 シルバーがセレーナに聞くのは、何も戦術的な話を聞きたいからではない。彼女の有する政治・経済的な判断力に基づき、戦略判断を確認したいからだ。

 「そうですわね……。わたくしであれば、先ずは重要な人物を抱き込みに掛かりますわ。火星方面軍司令のマーク・クラウン中佐、地球のカナンティナント・クラウン中佐、ヘルメス・バイブル少佐、この方たちは特に近しい親族関係ですし、イーグル様に不足している政治経済を担う人物ですから、特に急ぎ交渉をすることでしょう。また当然ながら木星方面軍司令のヨシノブ・モガミ中佐にも調略の手を加えるでしょう。彼はイシガヤ家とも関係は深いですが、お父上は宿老とはいえご本人はイシガヤの家臣ではありません。軍事的にはイーグル様に大抜擢された経緯もあり、どちらかと言えばイーグル様とは親密な関係のはずです。そして、地球方面軍司令代行のわたくしを抱き込みに掛かります。」

 セレーナは自分の事についてもつまびらかに指摘する。あまりにも正直なシルバーに対して、含んだ物言いはする必要がないからでもある。

 「調略の成功確率、セレーナはいかほどと考えて?」

 「五分、と言うところでしょうか。クラウン家かバイブル家が寝返れば、後は芋づる式と言えるでしょう。わたくしから寝返るという事はあり得ませんので御心配には及びませんが、しかし趨勢が完全に翻ってしまえば、わたくしとしてもいつまでも抵抗をし続けるのは不可能ですわ。直ちに手をうたれるようにしてくださいまし。」

 「なるほど。助言感謝します。それとセレーナ、貴女はこの戦い、イーグルはどのような戦術を取ると考えていますか?」

 「戦力比にも拠るのでしょうが、基本的にはシルバー様との短期決戦を目指すはずかと。イーグル様は既にご高齢。あと10年も戦場に居るのは不可能というお歳でしょう。加え、イーグル様は確かに名将の誉高いですが、一方で長きにわたる戦乱を指導し、その中で30万人を超える戦死者や120万人を超える被害者を出しています。百戦百勝は善の善なるものにあらず。民の恨みも買っているため、内戦が長期に渡ればその時の不満が再噴出する恐れも多いため、いち早く敵の大将を討ち政権を安定させる必要があります。しかしイーグル様に勝てるような将などシルバー様くらいなものですから、シルバー様を討ち取るのが最優先課題かと愚考いたしますわ。」

シルバー大佐自身、既に4万の将兵を戦死させているため、その発言は耳に痛い所ではある。

 「セレーナ、貴女でも充分勝機はあるでしょう。」

 「ご冗談を。わたくしは王族ではありませんし大した財力も持ちませんので、民や兵が私のためには参集いたしませんわ。いずれにしても、イーグル様は、可能な限り謀略外交でシルバー様を追い詰め、戦場で一蹴するか暗殺を狙うはずかと。」

 「なるほど。しかしそうであれば、こちらが決戦を急ぐ必要は無いのでしょうか。」

シルバーの疑問ももっともである。イーグル側が速戦を求める際に、こちら側が速戦を避ければ勝てる、というのであれば、それに越したことはないからだ。

 「いえ、そういうわけにも参りません。シルバー様側が籠城を続けて入れば国民はいずれ失望致します。時がたてばたつほど、国民はイーグル様に懐柔されシルバー様への不信を募らせるでしょう。そうなっては帰る所が無くなり、軍は維持できなくなりますわ。彼我共に速戦即決を求めざるを得ない戦になるかと存じます。」

 「なるほど。ありがとう、セレーナ少佐。貴女は引き続き地球圏に睨みを利かせていなさい。ひとはいさ 君は護れよ その関を 鶏のそら音に 惑う事なく。」

 「承りましたわ。君がため 関を閉ざさむ 鶏の音を 聞くとも君の 声のある迄。」

 この状況においても、そういったところは優雅な二人であった。

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