第01章 第1次釧路沖会戦 02節
「確認の為、再度編成を述べる。」
伊達幕府軍全艦に対して総司令のシルバー大佐が通信を入れる。
「先に述べた通り、第1艦隊、双海以下空母、駆逐艦艦隊。第2艦隊、神風以下戦艦、装甲艦艦隊。第3艦隊、伊吹以下砲艦艦隊。第4艦隊、旗艦長門以下護衛艦艦隊。第5艦隊、神威以下巡洋戦艦艦隊。第1艦隊を右前衛、第2艦隊を中衛、第3艦隊を中央後方、第4艦隊は各艦隊を護衛、第5艦隊は左後衛へ展開する。突撃戦に移行するまで、艦速は空母双海に合わせよ。全艦、進撃開始。」
彼女の指示した陣形は、通常の輪形陣とは全く異なっていた。
「エドワード少将、敵の艦隊陣形ですが……」
ハーディサイト軍の索敵手が、怪訝な顔をしながら伊達幕府軍の布陣をモニターに投影する。
「不自然極まるな。素人か?」
エドワード少将がそう述べるのも無理ではない。伊達幕府側は明らかに艦種を偏らせて展開しているに加えて、空母を最前列に配置しているのである。空母は通例中央から後方にかけて配置し、護衛艦隊をもって対空対潜防備を固めるはずである。
「いえ。艦隊旗艦には伊達幕府総司令蝦夷の鬼姫ダテの軍旗日の丸や竹に雀、前方の空母には鉄壁将軍スターライトの緑地に星とイルカが靡いています。他にも空軍司令リ提督、海軍司令クキ提督の赤に青と七曜旗もありますから、敵の主力艦隊と見て間違いありません。」
「旗を差し替えているやもしれん。」
索敵手に対してエドワード少将が疑問を投げかける。
「伊達幕府軍はこれまで偽の旗を掲げた事は一度もありませんので、可能性は低いかと。」
「うーむ……。」
エドワード少将が悩むのも無理はない。いくら頑丈ではあるとはいえ、最前面に空母を配置するなど聞いたことが無い。装甲艦ではないのだ。
「ロマロフ少将はどう考えられるか?」
やはり経験の多い者に尋ねることこそ常道である。
「察するに、帝國十八番の強襲突撃陣形ではないのか?奴らは艦の1隻や2隻、簡単に捨ててくるぞ。」
ロマロフ少将自身は伊達幕府軍との共闘の経験は無いが、伊達幕府の強襲戦の強さは先の執権の頃から有名である。現行の提督の中でもクキ提督などは突撃戦の評価が抜群に高く、各国の海軍教本に名前が載る事も少なくない。
「なるほど、強襲突撃の恐れもあるか……」
エドワード少将がそう納得する。空母は足が遅く、伊達幕府がこの布陣のまま突撃を開始すれば、間違いなく他の艦は空母を追い越し、理想的な突撃陣形になる。これまでの戦歴からいっても幕府は流動的な布陣と陣変を行い勝利をおさめている事が多いと、彼れもまた聞き知っているのだ。
「よし。各艦隊、敵の突撃に備えよ。」
「第1艦隊司令、セレーナ・スターライトより命じる。全サイクロプス及び戦闘機発進。」
艦隊同士の砲撃戦が始まれば、サイクロプスや戦闘機の発進は困難になる。味方の火砲に当たる可能性すら出てくるからである。
「戦闘による被弾で帰艦する者は、後方の古譚級軽空母へ着艦せよ。当艦は左甲板で燃料弾薬の補給のみ受け付ける。また、右甲板へは地対空砲の展開を。対空機銃の備え付けは指示通り飛行甲板に溶接及びリベット接続せよ。」
本作戦においては、出撃した戦闘機はその多数が撃墜されるだろう。従って、兵達が戻る場所はこの双海級大型戦闘空母には必要無い。後方の装甲艦代わりに使えない軽空母へ着艦させれば充分である。また、どのみち破損した機体を空母内で修理する時間もなく、拠点を放棄する以上、基地に戻って修理できる可能性も無い。乗り捨てても同じだ。ならば、少しでも対空迎撃力を増して装甲艦としての防御力を上げる方が優先である。
「セレーナが動きましたね。全艦隊交戦用意!全サイクロプス、戦闘機発艦せよ!」
総司令たるシルバー大佐がそう呟き、そう命じる。彼女が気にするのは、やはり勝敗を担うセレーナ少佐の動向と采配であった。
「敵が出撃を開始したか。こちらも全機発進せよ!また、砲雷撃戦用意!」
一方でまた、ハーディサイト軍も展開を始める。いずれも素人集団ではなく手練れの軍人同士の戦いである。
「シルバー大佐、全艦、砲雷撃戦の準備完了しました。」
幕府軍の通信士が告げる。
「では……ビーム撹乱幕ミサイルを前方へ射出準備。合わせて各艦照準合わせい。」
「敵艦発砲!」
この距離ではビームが減衰して充分な火力にはなりえず、被害が発生するほどのものではない。単に練度の低い兵が恐怖に駆られて撃ち始めてしまったのか、または単なる牽制である。
「構うな。命令があるまで各砲手は待機せよ。」
シルバー大佐はそう命じる。ここで迂闊に動いては、兵力で劣る伊達幕府軍に勝機などありえないのだ。幸いにも伊達幕府軍地球方面軍の兵は精鋭揃いであり、シルバー大佐の命令を忠実に再現するだけの力量がある。
「友軍全艦のビーム砲射程に入るまで、このまま前進せよ。全艦、旗艦長門砲撃と同時にビーム砲を放て。伊吹級航空戦闘空母は艦首拡散メガビーム砲を用意。長門砲撃と同時に撃て。よいな、リ少佐。」
「はっ!」
艦隊戦……。隠れる場所があり、兵の離合集散で寡兵良く大兵を破る可能性がある山岳戦などとは異なり、逃げ場所の無いまっ平な海上で行われる、純粋な火力と命中力での殴り合いである。これらにおいては、小手先の技などほとんど意味を持たない。
「敷島の 浜辺に寄せる 白波も 岩に砕けて 散る飛沫かな」
シルバー大佐が吟ずる。
「シルバー大佐、全艦砲撃圏内に入ります!」
直後索敵手から報告が上がる。いよいよである。
「よろしい。長門砲撃開始。全艦ビーム砲並びにメガビーム砲、放てい!」
「敵艦発砲!メガビーム砲来ます!ビーム砲もです!」
ハーディサイト軍の兵士が叫び声をあげる。直後には無数のビームの束が周囲の艦隊に突き刺さり、またあるいは海面を焼き飛沫を打ち払う。もし慣れない者が視れば恐慌をきたすような華やかな惨状である。
「この距離では致命打は少ない!回避運動を継続せよ!対ビームフィールド展開!ビーム撹乱幕散布!」
エドワード少将が指示した対ビームフィールドを使えば、その強力な磁場で、ある程度ビーム粒子の直進を防ぐことが出来る。また、ビーム撹乱幕を使えば、そのガス体がビームを拡散させ威力を減衰させる。艦隊同士のビームによる撃ち合いではなく、サイクロプスによる接近戦で敵を撃破する常套手段である。
「……勝った。」
ビーム撹乱幕を展開した敵を見た直後、シルバー大佐がそう呟く。僅かながら嬉しそうに頬を染めて顔を上げれば、その銀髪が煌めき、その妖艶な様はまさに悪辣な女神のようであると例え得るだろう。
「全艦ビーム撹乱幕一斉展開、並びに前方へ撹乱幕ミサイルを継続して射出。また、全艦、主砲ならびにミサイル用意。」
「エドワード少将、敵もビーム撹乱幕を展開した様子です!」
索敵手が声を上げる。良くある光景で声を上げるほどのものでもないが、これほどの会戦である。兵卒が興奮していてもやむを得ないという所であろう。
「各艦、実弾に切り替えろ!サイクロプス隊突撃開始!敵はビーム撹乱幕を展開している。白兵戦闘で始末しろ!敵より我が軍のサイクロプスは圧倒的に多いのだ!サイクロプス戦に持ち込めばこちらの圧倒的有利である!」
「主兵装の切り替えには5分はかかります!」
「撹乱幕は5分では効果は切れん!やれ!」
些か興奮を隠しけれないハーディサイト軍に対し、伊達幕府軍は鎮まりかえっている。圧倒的優位な状況で狩る側と、狩られる事が決定してしまって死兵となりつつある側の違いと言えようか。
「シルバー大佐、戦闘機隊の進軍許可を。」
そのようにオペレーターが淡々と述べる。
「告げる。戦闘機隊進軍せよ。サイクロプス隊は艦の防備に当たれ。」
ハーディサイト軍にはサイクロプスが多い。しかし……その主力兵装であるビームライフルは、ビーム撹乱幕の前で大きな脅威ではない。一方で伊達幕府軍の戦闘機はどうか?主兵装は対艦ミサイルや魚雷などの実弾兵器である。
「主砲用意。」
そしてまた、伊達幕府の艦艇の主砲は伝統的に実弾が主流である。直線軌道を描くビーム砲に比べ、その命中率は格段に劣り、爆薬を多く積む事で被弾時の爆沈の可能性は極めて高い。連射性もやや劣る。だが、質量の小さいビームと違い、質量の大きい実弾は薄いコーティングや小さな磁場では防げないのである。また曲線軌道のため、甲板という比較的装甲の薄い箇所を狙える。運用の汎用性と攻撃力の安定性については、かなり高めであると言えよう。
「主砲、放てい。」
「魚雷はいかがなさいますか?」
「水平扇撃ち。」
あたりは白煙に包まれ、その雷鳴に空が割れる。波は速やかに流れ、飛沫に海が割れる。
「情報参謀、敵の発砲砲門数は?」
「確認されたもので、実弾砲100門程。ミサイル魚雷180発。」
「そうか。味方が実弾砲180門、ミサイル魚雷発射管200門。」
ビーム砲数ではハーディサイト軍に遥かに負けるが、実弾砲ならば伊達幕府軍のほうが有利である。
「戦術参謀、陣形このまま、斜めに敵の鼻頭を横切る。砲弾は撃ち尽くすつもりでよろしい。」
艦の向きを変更すれば、後部砲が使用可能になる。被弾確率は上がるが、やられる前にやればよい。
「通信参謀、発光信号での指揮を併用せよ。情報量は減るが、細部は各艦長に任せれば良い。」
戦場ではイチイチ細かい采配など振ってはいられない。
「全艦、全力射撃!」
「うっはー!俺ら影薄いな!?シルバーの奴、艦隊だけでケリつける気かよ!?」
一方、伊達幕府艦隊の直援部隊のサイクロプス機を駆る1人が、僚機に話しかける。軽いノリではあるが、伊達幕府軍陸軍軍団長代理師団総長大尉にして、伊達幕府王族のフルーレ家当主、バーン・フルーレその人である。
「そのようですね。バーン大尉、敵機きてますよ?」
そう答えた彼もまた王族の一人であり、ロウゾ家の当主ファーサル・ロウゾである。伊達幕府軍防衛軍師団長中尉を務め、従来は水際防衛用の砲兵師団を指揮下に置いているが、本作戦では師団指揮ではなくサイクロプスパイロットとして従軍している。
「おうよ!俺のケルベロスが火を噴くぜぇっ!!」
バーン大尉専用である金色のサイクロプス、”ケルベロス”から脳波誘導式ビーム砲が放たれる。一部の戦闘能力に特化したサイキッカーにしか使えない武器であり、幕府でもトップのパイロット能力を有する彼ではあるが、艦隊特攻においては直援を務め影が薄い。
「おいファーサル、さっさと行きやがれ。艦隊が突撃するなら、てめぇら航空兵力で援護しろや!」
バーン大尉がファーサル中尉を促す。ファーサル中尉の搭乗するのは”レムス”と呼ばれる機体である。従来は現在参謀総長を務めるカタクラ大尉の搭乗機では有るのだが、彼が出撃しない関係でファーサル中尉が譲り受けたのである。ファーサル中尉にとっては実戦はこれが始めてであり、いくらかでも良い機体を回すという王族への配慮であった。
「了解しました。」
このように伊達幕府の王族は常に前線に立つ。一門から戦死者を出すことは、その采配で死んで行く兵達へのせめてもの罪滅ぼし、という考え方なのだ。
「それにしても……歴史に残る海戦が、艦隊同士の殴り合いかよ……」
バーン大尉がそう漏らす。
「セレーナ少佐、いかがなさいますか?」
一方で、空母艦隊を指揮するセレーナがそう問われる。
「えぇ。通達。各空母は中央へ、護衛駆逐艦はその周囲に円陣で展開。護衛距離は500以内をキープ。戦術参謀の一人は、専任で駆逐艦を管理せよ。」
所謂輪形陣ではあるが、比較的艦同士の間隔を広く取っている。これは1隻が沈んだり艦列を乱した場合に、各艦の衝突を防ぎ且つ距離の調整代を残す事で、残存艦を再度均等に配置しやすくするためである。これらが実施できるのも、伊達幕府軍の艦艇は元々対空防御力も対潜防御力も他国艦に比べて高く、いくらか間をとっても弾幕等に問題が発生する事は無い事による。これは、伊達幕府軍と他国と比べた場合、1隻当りのコストが大きく異なるからである。サイクロプス保有数を地球連邦政府に制限される伊達幕府としては、艦はサイクロプスのキャリアーとしての能力だけでは必要な戦闘力に満たないため、相当の対サイクロプス戦闘力を付加させられているのである。
「また、戦術参謀の一人は、専任で対空機銃を管理せよ。」
指揮系を集中させ分散させるのは、各々重要であるため、より確実な運用をするためである。駆逐艦は駆逐艦だけで綺麗に展開させ、対空弾幕は対空弾幕の展開だけに注意を払わせる。どこそこに移動させて、どのように展開する、よりは、そこにあるものを効率的に展開する、という単純化を意図しているのである。
「索敵手、本陣のクキ少佐の旗は?」
セレーナ少佐が問うが、
「変わりありません。」
との回答を受ける。突撃戦になるならば、当然、クキ少佐の先祖である九鬼家の指物「黒字に金の"あらは"」の旗が翻るはずであるが、今のところ突撃は無し、ということである。
「セレーナ少佐、左翼、双海級空母御陵の損害が増えてきました。」
「箇所は?」
「左舷です。」
「ならば左舷を切り離し、自動航行へ。乗員は中央潜水艇部に移動しなさいな。」
双海級空母は左舷、右舷の各独立した空母部分と、それらを接続し指揮を執る中央司令塔部分の潜水艇部の3部位がある。3部位それぞれが独立行動を取ることも可能ではあるが、一番の目的は、損害が多い箇所を切り離し、乗員の生存率を高める事だ。昨今の伊達幕府の戦闘では、打たれ弱い空母を司令塔にする事が多いため司令部の生存率の向上を意図して、このような特殊な構造となっている。
「ビーム撹乱幕を切らさないように。また、3番艦と5番艦の隊列が乱れていますわ。直ちに元に戻しなさい。」
クキ少佐が動かないとなれば……先鋒のセレーナ少佐指揮する空母艦隊の被害が増大する。軍人としてそれは受け入れなければならないが、ただ死ぬのではなく被害を最小限にする事もまた、軍人の務めであった。
「双海をさらに前へ。」
セレーナ少佐が命じる。
「しかし……」
「この風雲急を告げる合戦で、鉄壁将軍の異名をもつわたくしが怯めば、幕府軍の名折れですわ。わたくし達の背中には、御大将シルバー様、そしてさらに後方には護るべき民がいるのです。兵どもも、わたくし達、空母艦隊が先鋒を務める意味を察してましょう。」
言うなれば、主力艦隊の盾である。敵を討つ火力の無い空母は、必ず負ける艦隊決戦で生き残る必要はない。
「我らが御旗の下に、進め!」
セレーナ少佐が決断をこのタイミングで決断を下す。
「艦長、双海級空母双海、前進します。」
そう伝えられたのはセレーナ少佐指揮下の双海級空母御陵艦長である。
「なんだと!?えぇい!我らが鉄壁将軍の艦は、鉄壁でなければならん!我が御陵も進め!」
「しかし損が……」
「損害!?損害など知らんわ!セレーナ・スターライト少佐を討たせるな!」
双海前進を眼前にして、各艦にその意思が伝播する。
「艦長、双海に続き御陵も前進を始めました。」
「何をしている。この双海級空母撫子も前進せよ!鉄壁セレーナの前に出て、帝国の武名を挙げるのだ!ましてや損傷している御陵の下風に立つなど武人の名折れだ!ゆけ!」
「空母艦隊艦速上昇!海上速度限界まで艦速を上げつつあります!」
「セレーナ少佐を討たせるな!駆逐艦艦隊も前進!いざとなれば敵砲を船体で防げよ!」
一方でまた本陣である。
「シルバー大佐、空母艦隊前進速度上昇。」
「……セレーナが進みますか。」
総司令たるシルバー大佐が呟く。そろそろであろう。
「よし。戦術参謀、空母艦隊が敵側面に出るのはいつか。」
「このままなら約20分後です。」
「全艦全速前進。20分後に、双海の横へ着けよ!クキ少佐、敵の側面に着いたら敵に向かって回頭、突撃を敢行せよ。しばらく指揮を任せる。特別な指示をしない限り、護衛艦の陣形は崩すな。」
「お任せあれ!」
シルバー大佐の傍らに控えていたクキ海軍司令が答える。彼にとって突撃戦はお手の物である。
「通信参謀、戦闘機隊をもって、敵艦の後方を脅かすよう、空軍司令のリ少佐に伝えよ。航空戦力総ての指揮も任せる、と。」
「御意。」
「ギン大佐、どちらへ?」
艦長席を立ったシルバー大佐に対し、クキ少佐が問いかける。
「エオスで出撃する。」
「いやしかし……」
「甲板にて、この旗艦長門の守備をする。そのほうが突撃戦には有用です。」
「ふむ。通信兵!ギン大佐の映像を撮影し、艦上方へ立体映像を投影せい!ギン大佐、お気を付けを!」
「わかった。クキ少佐、艦隊は任せる。」
エオス。太陽の女神の名をもつサイクロプス。その浮き名の如く、女性的で艶かしい美しい装甲を有し、また太陽を顕すに足りる総てを焼き払うような大火力の砲を持つ。味方はこの総司令シルバー大佐の操る美しいエオスの姿に奮起し、敵はこのエース機に恐怖するだろう。
「頭部バルカン砲2門、肩部レールガン2門、脚部三連ミサイルポッド2基、そしてビームサーベル2本、大型ガトリングガン1門。よし。」
見た目には平凡な兵装。しかし、レールガンは戦艦すら軽く穿ち、ガトリングにしても並のサイクロプスなら容易に蜂の巣に出来る代物だ。
「おいシルバー!」
「バーン大尉、艦直援の防衛にあたっている陸軍サイクロプス隊の布陣は?」
「散開してバラバラに戦ってるさ。この弾幕だ、敵はともかく味方は陣立てできねぇ。いやそれよりも、エオスの火器はオーバースペックだぞ!レールガンなどあたるもんじゃ……」
「火力のせいで弾数が少ないですしね。」
そういった直後、エオスのレールガン砲火で敵サイクロプスが3機ほど纏めて大破する。。
「いや……うん、まぁなんだ。」
「バーン大尉は手勢を率いてセレーナの援護へ回りなさい。ここは近衛軍だけで何とかします。」
「だがよ、旗艦が沈むとマズイし。」
「セレーナは今、我が艦隊の盾になっています。艦隊突撃に移るまでは盾が重要です。そして、艦隊指揮は後方の伊吹級空母でも取れます。最悪、駆逐艦でも構いません。」
「参謀がいなくなる。」
「この私に参謀は不要。」
「……ソウデスネ。」
通常の指揮官であれば、戦況の把握や円滑な決断をするために複数の参謀が必須であろう。彼等はただの雑用では無く、指揮官の考えとは別の助言や献策したり、決断を促す事が役割がある。だが、シルバー大佐は違う。彼女の使う参謀は彼女のコピーか、ただの雑用に過ぎない。それだけ聡明で決断力はあるが、それが彼女の限界でもある。
「散ることの 運命を知れど 是非も無く うちよす波と 山桜花」
「ロマロフ少将、伊達幕府艦隊、我が軍の右手に回りつつあります。」
ハーディサイト軍を構成する、ロシア艦隊の司令であるロマロフ少将に指揮下の索敵手が報告する。
「そうか。しかしこちらも下手に回頭はできんぞ、艦速が落ちれば的になる。」
「では?」
「このまま散開しろ。友軍もだ。」
「はっ!?」
そう問い返すのも無理な話ではない。このまま進んで散開したら側舷を晒して的になりかねない。
「トーゴーターンを知っているか?かつて、日露戦争中の日本海海戦に於いて、日本の将軍であるトーゴーは、敵艦隊を面前に艦隊の回頭を行い、全力射撃に移ったのだ。側舷をさらす危険はあるが、前方の主砲、後方の主砲、両方を使えるため火力は増す。やられる前にやればよい。」
「しかし、ロマロフ少将、主砲と言っても撹乱幕が……」
「もうすぐ効果が切れる。敵にしても無限に撹乱幕があるわけではない。保って後10分だろう。今まで使えなかったビーム砲も使えるようになるぞ!艦隊をはやく展開せよ!」
「了解!」
流石にロマロフ少将は豪胆で聡明である。多少の思惑違いはあったとはいえ、ほぼ完全に伊達幕府軍の戦術を読み切っているのである。そしてまたエドワード少将も、このロマロフ少将の意見を容れるだけの器量がある将軍であった。ハーディサイト軍は伊達幕府軍を迎え撃つため、粛々として艦隊陣形を整え、主砲の照準を合わせる作業に移る。
「ギン大佐、お戻りで?」
旗艦長門より指揮を執っていたクキ少佐がシルバー大佐に声を掛ける。シルバー大佐の出撃時間は10分程と短くはあったが、敵サイクロプスの撃墜数は12機を数え、類稀なる操縦技術を敵味方に見せ付けたのであった。
「うむ。無事で何より。クキ少佐、艦に変化は?」
「無い。予定通り空母艦隊の後方に付き、回頭準備に入ったぞ。1分後に回頭する。全艦敵艦隊に向かい全砲を開け。伊吹の艦首拡散メガビーム砲は?」
「用意完了です。」
「だそうですぞ、ギン大佐。」
「よろしい。」
シルバー大佐の振り向いた先の、壁に架かる軍旗が美しく映える。
「この太陽と海とイルカをあしらった伊達幕府軍軍旗は……」
その旗はまるで戦場には似つかわしくない。生きる総てに恵みを与える太陽と、多くの生き物を育む母なる海、そして知性や協調を意味するイルカである。
「軍旗を各艦に掲げさせよ。」
シルバー大佐が指示を与える。
「御陵、轟沈!また、シルバー大佐より軍旗掲揚の指示が入りました!」
前衛空母艦隊を指揮するセレーナ少佐にそう報告が入る。
「御陵の奮戦に敬意を表します。ゴムボートを射出しなさい、生存者を少しでも助けたい。また、軍旗の掲揚準備。わたくしの”緑地に星と女神隊旗”も合わせて準備せよ。」
海底に沈みゆく巨船。多くの命と伴に、多くの希望と伴に。それはただ絶望の海へ、沈み、逝く。
「セレーナ少佐、各艦損傷が増加しています。幸い、この双海に直撃はありませんが……」
セレーナ少佐にもそれはわかってはいるのである。直撃が無いのは配下の艦隊が身体を張って守備してくれているからに過ぎない。だが……
「今上陛下から押し戴いたこの陣太刀に誓って、ここは伊達幕府国民、日本協和国国民を護るため、一歩足りとも退けませんわ。」
ここで盾役であるセレーナ少佐指揮下の空母艦隊が下手に動けば、全艦隊総崩れの可能性を孕んでいるのである。シルバー大佐はこの空母艦隊をあてにしているのである。だからこそ、全軍の為にここは耐えるしかないのだ。たとえ、数千の将兵を犠牲にしても……
「第3番、左翼、駆逐艦清流轟沈!第8番、左翼、駆逐艦流水爆沈!」
「すくうとも すくうべくなく 流れ逝けば 濡るる袖のみ 残る死に水……」
撹乱幕が切れるまであと僅か。
「空母撫子が左翼に回ると通信あり。」
「撫子に女神の加護を、そして任せる、と伝えなさい。」
「了解。」
まさにいよいよである。
「艦隊、艦首回頭用意!各ビーム砲開け!全砲攻撃用意!軍旗を、伊達幕府軍旗を掲げよ!
「セレーナ少佐、艦首回頭。全砲用意完了。軍旗掲揚完了!」
「よろしい。全艦全将兵に告げる。貴官らに女神の加護を!」
傷ついた残存空母艦隊に、高々と、誇り高く気高く美しい軍旗が掲げられる。その鮮やかなコントラストは、この爆煙の地獄の海を一層と彩る。人は何のために戦うのか、それは愛する人の為か、愛する国の為か、果たしてそれ以外の大事なものか。だが、ただこの刹那は、我らの旗の為にだけ散るのである。
「セレーナ少佐、撹乱幕、効果切れます。」
「栄光ある伊達幕府軍旗の下、全艦全砲門、放てい!」
「シルバー大佐、セレーナ少佐の空母艦隊が砲撃を開始しました!」
そう告げられた銀髪の女性は、ただその時、振り上げた腕を、しなやかに、そして力強く、振り下ろした。