第06章 イザナギ・イザナミ要塞沖宇宙会戦 03節
宇宙世紀0279年4月18日
宇宙会戦。この規模の会戦は、約半世紀に渡り無かったモノだ。
「敵は左右に砲艦を配置し、中央部に大楯を配置しています。また、中央前衛にはコロニー諸国軍。鶴翼の布陣状況から見て、まさに迎撃の構えでしょう。」
敵軍は総勢250機のサイクロプスと17隻の戦闘艦。V字陣即ち鶴翼の陣形だ。右手に戦艦1隻、巡洋艦4隻。左手に戦艦1隻、巡洋艦4隻。中央には大型戦闘空母1隻、砲艦6隻の総勢17隻。サイクロプスの数は、これらの艦数から見積もったものだ。対する味方は、△陣即ち魚鱗の陣形だ。前面から装甲艦5隻、砲艦10隻、巡洋艦10隻、戦艦4隻、弩級戦艦1隻の総勢30隻。サイクロプスは約150機である。
「したがって、敵の様子を見つつ砲戦を展開します。」
シルバー大佐は敵を迎撃の構えと読む。それはおそらく間違ってはいないだろう。
「敵が砲戦を採用すると読んだ理由は?」
イシガヤが問う。敵も馬鹿ではない。砲数で劣り且つサイクロプス数で優るならば、通常突撃戦などの全兵力のぶつけ合いを望むはずだ。そのほうがサイクロプス隊に砲撃しにくくなるため砲数の不利を払拭できるし、サイクロプスの消耗戦なら敵が圧倒的有利のはずだ。
「敵は援軍を前面に出していると情報があります。これは恐らく事実でしょう。現状を持って見れば、ハーディサイトはここで自分の兵力をすり減らすことを望まないはずです。順当にみれば、この戦い彼が勝つのは明白ですから。また、彼の部下は宇宙戦に不慣れです。先陣は場慣れしているはずの援軍に任せるでしょう。それが理由です。先陣が援軍になるのならば、いきなりの乱戦よりは砲撃戦で様子見が順当でしょうね。」
シルバーの言うように、ハーディサイトの勝利はまず明白と言って良い。ただ、彼の地盤は地球にあるため、宇宙戦経験のある部下は少ないだろう。勿論、伊達幕府を潰す事を画策したのであるから、それなりの準備はあるだろうが先陣を務める程の戦力はないと見るのは妥当であった。加え、此処で伊達幕府を潰し、それなりの戦力をまだ保有しているとなれば、ハーディサイトは宇宙でも優位な外交を進めることが出来るであろう。
「なるほど。」
イシガヤはそう納得する。戦意の低い援軍を前面に出す。そうなれば、彼らは消耗戦になりやすく、前衛にあっては盾にされうる突撃戦を好まないという事であった。であれば、おのずと当面の間様子見の砲撃戦が展開され得る。それで不利になっても、人というものは目先のことに飛びつくものなのだ……。
「いいか、兵数は劣るとも砲数は我が軍が圧倒的有利である!諸君の奮戦を祈る!」
戦闘艦に関しては数で勝るシルバーが、そう号令を下した。
幾百の砲華轟く音無しの宇宙に瞬く人の魂
この和歌は、この戦いで還らなかった伊達幕府将校が詠んだ歌として伝えられる。
「ハーディサイトの軍は鶴翼に展開しています。砲戦の構えかと。」
「ギンの読みは流石だな。」
配下の報告にイシガヤがそういう。敵も砲戦の不利は察しているはずだ。最初から白兵戦を展開すれば圧倒的有利だろうに、まさにシルバーの読み通りである。
「タカノブ、しかしこう思うまま進んでは不安ではないか?策かもしれん。」
それを慎重なクスノキがたしなめる。作戦通りである事はいいことだが、だからといって調子に乗っては足元を掬われるものだ。
「クスノキ、だがそう心配してもはじまるまい。戦は物語ではないからな。論理的であるかなど関係ないのだ。」
物語は論理的であることが求められる。だがしかし、この現実のセカイは全く論理的ではないし、科学的根拠に基づいているかといえば、ソレすらも怪しい。なぜならば、科学は人間というただの矮小な動物ごときが、自らの疑問を納得させるために、知らないことに感じる恐怖から逃避するために、セカイを再構築したモノなのだから。
「全サイクロプス隊発進!各艦各サイクロプス隊各自砲戦開始!目標は敵左翼!第四陣のみ敵右翼へ砲撃!中央への攻撃は牽制にとどめよ!」
要するに、敵の援軍には手を出さない。このシルバーの命令はそういった意味である。
「援軍を叩く方が楽ではないか?」
「クスノキ、敵の援軍はこちらが手を出さなければ、さしたる反撃をするまい。」
イシガヤがそう反論するのは経験則である。加算でも乗算でもなく、ある一定の条件が整う時に出現する単純な、しかし算式外の事象。そこで起きるのは非論理的な事象であり行動だ。
「流石はギンだよ。」
シルバー大佐はイボルブではない。戦場経験が多いかといえば、少なくはないといってもまだ20歳の経験レベルである。だが、彼女にはわかるのだ。それは決して論理的ではなく直感的なものに過ぎないが、わかるのだ。蝦夷の鬼姫の異名を持つ彼女ではあるが、まさに言いえて妙。戦場では鬼神の如き嗅覚をする、ただ一個の鬼才であった。
「ハーディサイト中将、敵の砲艦は我が軍よりやや優勢です。このままでは……」
一方のハーディサイト軍では幕僚の一人が嘆いていた。砲門の数で劣る彼らにしてみれば、砲撃戦を行うことは不利でしかないのである。
「わかっておる。動かないのは援軍のせいであろう?」
それに対してハーディサイト中将はそう冷静に言捨てる。援軍というものは目先のことに捕らわれ、命令に従順ではない。ハーディサイト中将とて長年の戦場経験でそんなことは知っている。だが、常識的に観て彼の軍は敵の2倍弱の純粋な戦力を持つ。これだけの差があれば、多少不利な展開をしたところで負けることはまずないであろう。彼から見ても、敵将シルバー・スターの采配は見事である。現に3倍の彼の先遣艦隊と互角に渡り合い、20倍の彼の主力艦隊を相手に獅子奮迅の働きをし、壊滅的損害を受けつつも彼の軍を一時後退させている。あの戦いでは彼の軍は充分な統率が取れておらず、烏合の衆の戦いであったが、今回は違う。援軍を除き総ての兵力は完全に彼の支配下にあるのである。彼の宇宙軍は彼の命令に従順な親衛部隊であった。
「我が軍を後退、援軍を前方に繰り出させよ。敵は我が軍に攻撃を集中しておる。」
故に、彼の軍は虎の子である。不利な戦術で簡単にすり減らしたくはない、そう考えるのが当然であった。
「援軍の輩も砲戦の不利は知っていよう。自軍に損害を受ければ白兵戦に移る気にもなろう。」
白兵戦になれば、圧倒的にハーディサイト軍の有利であった。
「了解。」
漆黒の宇宙に砲火の華が咲き乱れる。伊達幕府軍からすればこの砲撃戦で少しでも多くの敵を削る事が肝要である。ただ、敵も砲撃戦の不利をいい加減に悟れば、白兵戦に移るはずである。故に、一機でも一隻でも多くの敵をこの機に撃破するに限るのであった。
「イシガヤ少佐、シルバー大佐から伝令です。」
「なんだ?」
サイクロプスによる砲戦を続けるイシガヤ隊に、本陣の通信士から連絡が入る。
「すぐに突撃戦用意せよ!です。」
「……突撃戦だと?他には?」
「それだけです。」
砲戦の有利を捨てるのか?こちらから仕掛ける?イシガヤが疑問を持つのは当然である。
「敵は?」
「敵艦隊・サイクロプス隊は、衡軛陣に再展開中と見えます。」
主力を下げているのであろうか。常識的に考えれば援軍を前面に押し出し、盾にするのが普通ではある。
「総員に告ぐ、突撃戦用意急げ!陣形そのままで突撃銃の準備を!」
有利を捨て不利な白兵戦に移る。しかしシルバー大佐の考えに掛けるしかないイシガヤである。どのみち、このままやってもいずれは白兵戦の圧倒的不利を味わう羽目になるのであるから、鬼才の指揮に掛けるのも一興であった。
「全機に突撃銃の配布完了。突撃戦準備完了した。いつでも行けるぞ。」
情報を共有している副官のクスノキからもそう報告が上がる。
「よし!……南無釈迦牟尼佛。」
艦艇から打ち出された突撃銃に換装したサイクロプス隊が、整然と隊列を整える。
「シルバー大佐より通達、突撃せよ!です。」
その連絡を受け、イシガヤの載る専用機ペルセウスが銀色のランスを掲げる。
「総員突撃ぃぃいいいい!このまま敵を突き崩せ!全機我が純銀のペルセウスに続くべしっ!」
放吼!
朱眼瞬き敵穿つ声
砕ける魂彷徨う視線
白銀の騎士ただ一直線に進み行く
守るべきを見捨て、仲間を見捨てて
ただ一直線に進み行く
対峙するは打ち崩れ
思考の間無く逃げまどう
ただ進み来るは激流
積みし土嚢押し流す奔流
何をもって其れ押しとどめ得るや
その鎧砕けるとも
その躰引きちぎれ得るとも
命尽くともただ進むのみ
ただそれのみが未来なら
ただ、修羅の道を、逝く
「各小隊、散り散りになったら隣の小隊にくっついて再編成せよ!一時後退し、前衛のカタクラ・オニワの部隊を右手から迂回し、敵側面に出る。」
イシガヤが突撃部隊に指示を下す。正面で敵を抑えつつ、側面から騎兵を突入させるのと同じ戦術である。
「はっ!」
「そん後はそのまま敵陣に突っ込んで、敵の壁を横断!撃墜に拘らずともいい!我らが敵をかき乱せば、カタクラ・オニワの隊が確実に敵を減らしてくれるだろ!?問題なし!」
長年の戦場往来でカタクラ長老もオニワ長老も息のあった戦術展開を見せる。イシガヤが突撃によって敵をかき乱し動揺を誘えば、その隙を突いて敵を討ち取るであろう。絶対の信頼であった。
幕府軍が攻勢に入る直前のことである。ハーディサイトは臆病な味方の動きにやや倦んでいた。
「敵軍突撃戦に移った模様!来ます!」
「機先を制されたが、これで……」
索敵手の報告にもはや勝ちは見えたな、と、ハーディサイトが続ける。白兵戦に移れば数で優るハーディサイト軍の有利だ。
「全軍に突撃戦を命じ……」
そう告げたハーディサイトの周りで騒ぎ声が上がる。
「ハーディサイト司令!友軍の前衛艦隊が逃亡を開始しました!」
「バカな!?何を逃げる必要がある!!敵が砲戦を放棄したならばこちらが圧倒的有利だ!バカか腰抜けども!」
冷静なハーディサイトにして珍しく、怒気を含んだ声でそう怒鳴る。有利な状況になった所で陣形が崩れてしまったら作戦が台無しである。
「敵は損害を気にせず突撃してくる様子です!猛攻に耐え切れないといっています。」
「この程度でなにが猛攻なものか!落ち着いて迎撃させよ!敵の攻撃もそう長くは続かん!」
ハーディサイトの目算の違いがあるとすれば、それは援軍のコロニー諸国軍の戦争経験が少なかった、と言う事に尽きるであろう。敵の攻撃など、兵力で防衛側が勝るのであれば、普通どうとでも守れるものである。あれやこれや攻めなければならない攻撃側と違い、防衛側は守るべき陣地に構えて悠々と迎撃すれば良いだけの事であるからだ。だが、敵の兵力が多いか多くないか、猛攻か猛攻ではないか、それを判断するのは兵士達の主観である。かつて武田の騎馬軍団がさしたる数もなく恐れられたのは、集団で迫り来る騎馬武者の威圧感に、諸卒が恐れて浮き足立ったせいであるとの説がある。戦場では兵士達の主観による士気の変化が重要であった。無論ハーディサイトとしてもその程度はわかっているが、だがしかし、長年の戦場往来で戦闘に慣れた彼と、全くと言っていいほど戦場経験の無いコロニー諸国軍とはあまりにも戦場認識の差が大きかったのである。
「ムリです!もはや前衛艦隊が言うことを聞きません!潰走中!」
ハーディサイトの軍士官が悲鳴を上げる。
「ちぃっ!やむを得ん、前衛の援軍を無視して、自前の戦力で敵を叩く!」
「自軍も崩壊中です!だめです!崩れた友軍に巻き込まれています!指揮系統が混乱中!」
実に厄介なのは、敵よりも味方、まさにその状況であった。
「早く建て直しを計れ!」
久しぶりの宇宙戦闘でもあり、いつになくハーディサイトは焦るのであった。