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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
23/144

第06章 イザナギ・イザナミ要塞沖宇宙会戦 01節

 思へばこの世は常の住み家にあらず。

 草葉に置く白露、

 水に宿る月よりなほあやし。

 きんこくに花を詠じ、

 栄花は先つて無常の風に誘はるる。

 南楼の月を弄ぶ輩も

 月に先つて有為の雲にかくれり。

 人間五十年、

 下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。

 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。



 それは敦盛という唄である。織田信長が好んだ、世の無常を詠う唄だ。

 「釈迦牟尼佛……観世音菩薩……いずれもくだらんものだ。」

 虚空を見つめながら、伊達幕府の執権たるイシガヤがそうつらつらと述べる。

 「しかし、それでも人は神仏に頼るし、そして、救われる事もある。」

 神仏に力はなく、しかしその幻想に救われるのが人であろう。

 「思えば、思うことも、思いおくとこともなく。」

 宇宙の理の中で、人の存在など虚無と同義に等しい。

 「しかし、そこに確実にある何かを、ただ、思うなら………」

 破壊と混沌とそこから生まれる創造。

 「それは埒もない事であろうな。ただ知るべきは、人も神もその御子も……さほど差は無く、そして同義」

 宇宙の中では虚無に等しく、人の中では等しく存在する。

 「神の狂気は激しく……」

 神代の神々の狂気、人にはないその狂気。

 「我に足りないものは、まさに狂気。」

 狂える何か。切望するもの。野望や欲望ではなく。

 「私には、足りない。その絶望的な衝動……」

 それを得たとして、その先にあるのは何か。

 「イシガヤ少佐?」

 異様な光景を気に掛け、声を掛けて来たのは女神隊副軍団長のカリスト・ハンター大尉である。『神速』の二つ名を持つ彼女は、伊達幕府将校の中では良識派であった。

 「カリスト、か。」

 「はい。」

 問いかけられ、イシガヤが比較的いつものような表情に戻る。

 「セレーナの容態はどうだ?」

 イシガヤが女神隊軍団長のセレーナ・スターライト少佐の事を問う。カリストと彼女はまるで姉妹のように昵懇の間であるからだ。

 「セレーナねぇさんの意識は回復してます。肩の傷は深くて、跡が残っちゃうそうですけど……」

 カリストもセレーナも、イシガヤにとっては古くから戦場を伴にしている仲間であった。王族ではなくとも、何も気兼ねせずに言い合える仲間である。

 「そうか。国民国土を守れぬ、不甲斐無い王ですまないな。」

 イシガヤの気持ちの入らない謝罪の言葉が空虚に響く。

 「それで、イシガヤ少佐はこれからどうするつもりなんですか?」

 カリストが問うのは今後の事である。伊達幕府の国会が最終的に判断する事とはいえ、執権であるタカノブ・イシガヤの意向は重要視されるであろう。動乱が続くのか、小康状態になるのか、それは戦場で疲弊した彼女にとって、取り急ぎの関心事であった。

 「埒もないことだ。」

 カリストの問いに対して、イシガヤがそう言い放つ。

 「埒もないこと?」

 カリストはそう問い返す。

 「畑を耕す。そう……俺には世界の指導者など向かない。一国の王たるにも不足だ。だが、俺には出来る。」

 「なにがですか?」

 「そうさな、まさに畑仕事だよ。あれが俺の畑だ。」

 イシガヤがそう指し示す先は、モニターに映る青い地球である。

 「あの畑は今は荒れ放題であろう?俺には作物を育てる能力はないし、作物を収獲する能力も無い。皆と祭りを開いてその果実や作物を供に味わう気力も無い。ただ……畑の石を取り除き、鋤鍬で耕し、肥料を撒く……それくらいなら出来るだろうし、種はまた別の者が用意してくれるだろう。……まぁいい。そういうことだ。」

 余計な事を言った、というような表情で彼は言い捨てる。

 「ただ敢えて言うならば。ヤマブキの……妻の魂を安堵させ得る世界を望む。」

 それは本心であろう。ヤマブキと彼との時間は短いものではあったが、それでも大切な妻であった事に変わりは無いのだ。特に、親族の居ないイシガヤにとっては大事な人であった。

 「イシガヤ少佐、すごく疲れてるみたいだけど……ヤマブキさんのこと、気落ちしないでくださいね。」

 カリストは政治向きの事にはあまり理解力が無いが、しかし人の心については繊細である。将兵の命を預かり死地に追いやる副軍団長という立場にありながら、人の命を大切に思う稀有な人物であった。

 「あぁ。気落ちしても致し方あるまい。人の死など、遅いか早いか、ただ、それだけだ。」

 気落ちしている人間を無理に励ましてもどうにもならない。優しい言葉は心を逆撫でする茨の棘である。それでも彼は、戦争になれば立ち上がるであろう。そういった男である。

 「……では、ごきげんよう。」

 彼女にして見ればそういうしかなかった。イシガヤにしてもそうだが、艦内は辛気臭い空気に包まれている。カリスト自身は、生きているセレーナの容態が気にかかっている分だけまだマシであって、大事な友人達を尽く失った将兵達にとって、この逃避行は絶望的なものでもあった。もしそういった要素が無ければ、彼女とて自分の命令で黄泉路に送った部下達の事を考えていたことだろう。そんな艦内でありながら、二人の女性が怪しく会話をしているのは、傍目にも少し目立つ。

 「ヘルメス少佐にクオン曹長、こんにちは。どうしたの?二人でいるなんて珍しいね?」

挿絵(By みてみん)

 カリスト大尉が続いて声を掛けたのは、防衛軍軍団長のヘルメス・バイブル少佐と、参謀長などを務める女神隊士のクオン・イツクシマ曹長である。ヘルメスは準王族の人間であり、クオンはイシガヤの側室であった。

 「カリスト大尉、こんにちは。」

 ヘルメスが挨拶を返す。

 「クオンさんとは戦死者数について話していたのよ。」

 また重い話か、と、カリストは一瞬眉をひそめるが、ヘルメスはなんのこととなく続ける。

 「先の大戦で戦死なさった人は述べ32730人。かなりの人数に上っています。出撃した人の戦死率はまだ計算まではしていませんが、50%は軽く超えていますね。釧路沖など90%近くが戦闘中行方不明です。シルバーさんやイシガヤさんが生きていただけ奇跡、というところでしょうか。」

 「そんなに戦死者が?」

 カリストが絶句するが、

 「えぇ。」

 ヘルメスは平然とそう返す。

 「悲しいですね……」

 長門艦橋での凄惨な光景を思い出し、カリスト大尉はそう呟く。

 「私もたくさんの部下を失いました。しかし、そう落ち込んでばかりもいられませんわ。その戦死者家族の生活保護をしなければなりませんからね。そうでしょう?生活保護には多くの予算がかかりますわ。これからも戦を繰り返すなら、これらを考えねばなりません。」

 冷静にそう言うヘルメスも、出撃した直属部隊の生き残りは僅か1名だけであったし、各戦線に配置した部下の戦死者など余りにも無数であった。カリスト大尉の所属する女神隊という、恵まれた兵装を持ち、サイクロプス部隊の精鋭で編成される少数部隊と違って、ヘルメス少佐は防衛軍という軍団一つを任され、国土防衛のための戦車部隊や砲兵部隊を有してるのである。自ずと、戦死者数は多大なものになってしまっていたのだ。

 「でも、命をかけて戦う仲間のことを、お金のような不浄なもので考えるのはどうなのかな……」

 カリスト大尉が呟く。幕府軍人や女神隊士は、国民の幸せと自らの名誉のために命を掛けて戦場に赴くものであって、お金のために戦うわけではない。そのような浅ましい人間は、仲間にはいない、そういう風に彼女は考えるのである。

 「どうもこうもありませんわ。仲間のことを思うなら、後に残された家族の生活保障が第一です。家族が安心して暮らせるから、多くの兵士は戦場に立てるのですわ。そして、その家族を守るために戦場に赴くのです。」

 部下を死なせないようにするのが上官ではあるが、死なせたとしても目的を達成しなければならない事もある。その場合に大事なのは、せめて彼らの家族の面倒をみる、と、いう事であった。それしか出来る事はないのである。ヘルメスの言動は冷酷ではあるかもしれないが、しかし当然の事であった。

 「難しいね……」

 「ですわ。」

 「……それじゃヘルメス少佐、私行きますね?クオンさんもごきげんよう。」

 重い話から逃げるようにカリスト大尉がその場を去る。彼女はそこまで冷酷に判断できる指揮官ではないから、それは致し方の無い事であった。

 「やれやれ、邪魔者は消えましたね。クオン曹長、イシガヤの話は判りました。ですが、こちらはこちらで動きます。よろしいですわね?」

 「わかりました。私は……」

 「貴女もイシガヤとシルバーさんとは別行動をお取りなさい。貴女は幸いにもシルバーさんと容姿が瓜二つです。いざとなれば……。そうですね、私と一緒に来てくれますか?」

 「……わかりました。」

 状況は常に動く。保険というものは常に必要であった。



 「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄……クスノキか?」

 人払いをした艦内の貴賓室で、般若心経を唱えていたイシガヤが、人の気配にそう尋ねる。ボンクラに見えるイシガヤは、暗殺者としては一流の訓練を受けている。私設諜報部隊黒脛巾を纏めているだけはあるのだ。

 「あぁ。タカノブどうした?」

 当座の処理のために同行しているクスノキ中尉が尋ねる。イシガヤが般若心経を唱える事自体はさして珍しい事でも無いが、クスノキを呼び出すという事自体が何か思うところがあるのである。

 「所詮は虚しいものよな。生も死も、伴に在るようで無い様なモノ。だが、目の前にヤマブキがいないことも、また確かだ。」

 「あぁ、確かに……」

 些か面食らってはいるが、クスノキは同意する。彼にとってもまた、ヤマブキは古馴染みであったからだ。

 「体とて、所詮はこの世に借り受けた一時の器。然れども……あの暖かさもまた事実だった。歯がゆいものよな……」

 憎い、というわけでもない様子で、虚脱感に包まれているかのようにイシガヤがそう言う。実際、ヤマブキは彼の妻であったのだから、それだけ失意の中にあっても当然であった。

 「ヤマブキは私にとっても妹分だったから、気落ちするなとは言えないが……。タカノブ、死者に地獄へ引きずりこまれるなよ。」

 「ふん、ヤマブキがあの世に引きずり込もうとするならば、手を掴んでこっちに連れて来て見せるわ。ともあれ、今のことだ。仙台に残るオニワの報告によれば、欧州連合の円卓の騎士とは同盟を結べた。」

 いくらか生気を取り戻しながら、イシガヤは不敵な事を言ってのける。

 「そうか。」

 「あぁ。ただ惜しむらくは、オニワの婚儀に出てやれなかった事だ……」

 イシガヤはそう嘆く。たとえそれが政略結婚であっても、それはめでたいことであったからだ。

 「なに、帰ってくればいくらでも祝えよう。」

 クスノキの言うことはもっともであった。

 「まぁな。」

 もっとも、戻ってこられるのか、或いは戻ってこられるとしてもいつになるのか、それはまだ解るものではない。

 「それで……彼我の兵力はどうなっているか?ハーディサイトは、討つ事が決定した。俺の中でな。」

 「兵数に変りはない。敵は我が方の約2倍だ。」

 フィリピン総統のハーディサイト中将がそれだけの宇宙軍を編成した事自体が驚愕の事実ではある。衛星軌道守備のためにどの国も大気圏離脱可能な戦力を幾らかは有しているものだが、それでも4個師団に相当する伊達幕府地球方面宇宙軍に勝る軍勢を有しているのは稀である。ハーディサイト自身の軍は少なかろうが、相当の援軍を得たに違いが無い。援軍を得られるということは、それだけ敗戦で伊達幕府の威信が低下しているという事実であった。

 「2倍か。攻めるかどうか迷うな。」

 「冗談だろう?退く気もないくせに。」

 クスノキはイシガヤの顔を見てそういう。

 「人が迷い、人にそれを尋ねるとき、すでにその人の中に答えはある。しかし、それでいてなおソレを聞くのは、ただ失敗した時の言い訳が欲しいからだ。私はお前の言い訳の材料にされる気は毛頭ない。故に励ましもしなければ、慰めもしないぞ。」

 「わかった。流石はクスノキだわ。されば、すまんがしばらく付き合ってもらうぞ。」

 そう言ってイシガヤが貴賓室の通信機を全部隊の放送危機に接続する。こういった事はイシガヤ家と黒脛巾部隊の十八番であった。

 「全兵に告げる。私は伊達幕府執権石谷太政大臣隆信である。これより重要な事を申し伝えるから、静かに聴いてもらいたい。」

 少佐の号を使わず、執権の号を使うのは、自らが頭となって旗を振るという事である。肩書きというものは、あったからといって人が付き従うものではないが、無いよりはある方がこういうときに自由に行動できるものだ。

 「告げる。これより、余は義勇兵とこの命を以って、我々を追撃してきたナイアス・ハーディサイト中将を討つ。これは余が決めた事で、内閣国会の承認を得ずに行う私戦である。確認したところ、敵の戦力は我が方の2倍程であり、兵数は我が方が大いに劣る。だがしかし、兵質は先の戦いで20倍の敵を打ち破った我々の方が優れており、ましてや先に20倍の敵と戦った事と比べて、2倍などたかが知れた小兵力であろう!故に、余は法を冒しても、我々の愛するべき者が住む伊達幕府の存亡を賭け、奴を討つことに決めた!これは私戦である!ついては、法を冒しても奴を討つ気概がある者のみ、余に続くが良い!他の者はここを退き、幕府の法を護り、後に備え富国強兵に励むべし!退くものにはシャトルを用意しておるから、それで一旦宇宙要塞に向かうべし。残るものには追って指示を下す!今は英気を養い各艦艇に待機するように。願わくは余が愛する民に再びまみえんことを!」

 イシガヤが埒もない演説を終える。

 「ふっ、生きては還れまいよ。クスノキ、お前はここを退き、向後に備えてくれ。兄とも思うお前でなければ頼めんことだ。俺は死ぬ。」

 「タカノブ、お前を殺させはしない。」

 そうクスノキが真顔で言う。

 「ほう?」

 「お前には生きて生き地獄を味わって貰おう。多くの将兵を地獄に送った罪は購って貰わねばならんからな。」

 「ほぅ……それは一理あるな。だが断るっ!」

 そうキメ顔で言ってのけるイシガヤではあったが、

 「いつにもまして我侭ですね。タカノブ、先ほどの演説聴きましたよ。」

 クスノキとイシガヤのやり取りに、イシガヤの正妻であるシルバーが割って入る。わざわざこんな所にやって来るというのだから、単に軍令を無視した彼を捕まえる為に来た、というわけでは無いだろう。

 「ギンか、愛してるぞ。俺は黄泉路に突っ込むがな。」

 「凄く……投げやりです。まぁ、そんな事は、この際どうでも良いです。貴方が執権とはいえ、軍権を握る征東将軍の私を無視して戦争が出来るとお思いですか?ましてや国会の許可も取ってませんよ。」

 シルバー大佐の言う事はもっともである。彼女が一声掛ければ多くの兵が集まるし、逆に制止すればかなりの数の兵士が参戦を見合わせるであろう。それ程までに、伊達幕府の征東将軍の名前は重い。ましてや国会を無視した行動であれば、どれほどの兵が付いてくるかは疑問であった。それ故、イシガヤは死ぬ、と言っているのである。集まると想定出来る兵は、彼の息の掛かった兵達と、そして復讐心に駆られた兵達くらいであろうから。

 「シルバー……この期に及んで兵の多寡など重要ではない。そもそも兵数などを考えれば、必ず負ける事が明白である。今此処で問題とするのは、執権自らが先頭になって幕府の誇りを天下に示す。仮に死んでも幕府がそうそう屈しない事を天下に示せるし、俺が死んでも幕府の王族はまだお前を含めて多数が生きている。その場合、内政の問題が早々起きる事はないだろう。ついでに言えば、王族当主一人くらい死なないと、黄泉路に逝った多数の兵士達に、王族が顔向けできんだろう?」

 「まぁ、一理ありますね。ですが、そんな思惑など無駄です。何故ならば、貴方の動かせる兵は居ないのですから。」

 「なんだと……?」

 そのようにシルバーが淡々と伝える。

 「貴方経由で集めさせていた兵隊は、私が完全に掌握しました。貴方は、この戦いで私を前線に出したくないようでしたが、これはハーディサイトと私の雌雄を決する戦いでもあります。賢き所からの指示については、タカノブ、貴方の首一つでは足りませんよ。」

 事実、天皇からの密命は、幕府の総力を以ってハーディサイトと決戦せよ、である。その戦場にシルバー大佐その人が居なければ総力とは言えないし、当然執権であるイシガヤも参戦する必要があった。別に天皇の密命など無視してもいいのであるが、しかしそれは勤皇のイシガヤにしたら心苦しい所であり、ましてやシルバーにとっては無視しえない物であったのである。ただ、それをごまかして……シルバーだけでも逃がし、イシガヤのみが決戦に向かう……その思惑は、一枚上手の彼女に粉砕されたのであった。

 「シルバー大佐!」

 その状況の中、参謀長を務めているカリスト大尉から緊急の連絡が入る。

 「どうしました、カリスト大尉?」

 「長門級戦艦『夕凪』がクラウン中佐、ヘルメス少佐によって奪取されました。合わせて、サイクロプス5機、護衛駆逐艦なども奪取されています。一応、兵士に被害等はありません。」

 奪取と言うからにはかなり強行に事を運んだ事と想定されるが、被害が無いのは彼が王族当主であったからだろう。王族がその名を出したのならば、早々逆らえるものは居ないのである。

 「クラウンは何か言っていましたか?」

 「藤の花 橘の花 それぞれに 匂い彩る 敷島の春、と。」

 カリスト大尉がクラウンから託された和歌を伝える。和歌や狂歌は、直言するには問題がある際に、伊達幕府の指揮官が良く使う文化であった。

 「……クラウンももう少し歌を作る余裕を持つべきですね。伊達はもちろん藤原、クラウンは楠木氏の血を引いて橘姓を名乗ってます。それが、それぞれに日本のために対応する、と言う事ですから……思うところがあるのでしょう。その件了解しました。」

 「はい。それと大佐……。クオン曹長の姿も見えません。おそらく御二人に同行したのかと……」

 「……まぁいいでしょう。直ち部隊を編成、ハーディサイト討伐軍を組みます。タカノブには第三陣を任せます。編成予想はこんな感じです。」

 シルバー大佐はそういいながらイシガヤに資料を手渡す。そこには既に確保した兵器の明細とその配置予定が組まれている。将兵は確保中であるから、幾つかのパターンで陣組みが施されており、それはもう……いつから用意していたのか問い詰めたくなるほどの出来であった。

 「それとタカノブ……死ぬなとは言いませんが…………勝手に死んだら、私は再婚しますからそのつもりで居てくださいね。」

 「ちょま!?それじゃ死ねないじゃないか!」

 シルバーの冗談にイシガヤも乗る。そうでも言わなければ、この無謀な戦に出撃出来る気力など沸こうものでも無いのであった。

 「ふふっ。では私は司令部を開設しますから、また部屋で。ごきげんよう。」

 「わかった。また後でな。」

 そのシルバーを見送りながらイシガヤはクスノキとの話に戻る。

 「それはともかく、クスノキ、外交交渉はどうなった?」

 イシガヤが生気を取り戻しながら指示していた交渉の結果を催促する。クスノキ自身には特筆する外交の才は無いが、才の有るものを纏めている黒脛巾の頭領であるからだ。

 「やはり味方に引き込むのはなかなか難しい。」

 イシガヤが指示していたのは、コロニー諸国家の抱きこみである。伊達幕府には宇宙要塞イザナミ、宇宙要塞イザナギがあり、また若干の宇宙軍が存在するが、それらの主な役割は木星圏や火星圏からの輸送艦艇や商船の護衛任務であり、規模的にはコロニー諸国の1国に劣るか劣らないか、と言った程度に過ぎなかった。その状況において、少しでも多くの味方を得ることは重要な事である。

 「さもありなん。旗幟を鮮明にするのは危険だと思っているのだろう。」

 イシガヤがそういうのももっともで、既に戦に敗北している伊達幕府についてハーディサイト側を敵に回すと言うのはそれなりにリスクである。もっとも、ハーディサイトの軍勢も宇宙軍としては大した勢力ではなく、それ故に各陣営旗幟を鮮明にせず、動向を見極めたい、と言ったところなのであろう。

 「ハーディサイトもコロニー諸国家に威圧を加えているようだ。加え……我ら以外にも我らに付くように働きかけているルートがある。」

 そうクスノキが告げる。

 「クラウンか?」

 「いや……クラウン中佐なら黒脛巾ルートに掛かるのだが……」

 クスノキがそういうのは、クラウンもまた黒脛巾を指揮する権限を持つ人物であり、そして謀略を施す際にはこの力を必要としているからである。

 「となれば、賢き所か……。まぁいい。クラウンたちがどういうつもりかわからんが……コロニー諸国のできるだけ多くの国から、軍旗を借りるように伝えてくれ。そのためには、我が軍の補給艦などを略取させてもいい。我々が軍旗を奪ったという芝居をしても良い。軍旗は我々がハーディサイトを討った時のみに使用する。約束して良い。また、軍旗を差し出せば当方勝利の時、宇宙要塞1つくれてやる。仲良く使えと言ってやれ。」

 イシガヤが求める軍旗は、戦勝後にどれほどの味方がいるか、と言う事を誇示するパフォーマンスの為の旗である。が、問題はそんなところではなく、クスノキがイシガヤの言葉に驚愕しながら続ける。

 「宇宙要塞!?まさかイザナミかイザナギを与えるというのか!?」

 そういうのも無理は無い。宇宙要塞イザナギ、イザナミは、地球軌道周辺にある要塞としては稀に見る規模の要塞であり、コロニー諸国を見渡しても、これほどの要塞を持っている国家は無かったのである。これは、木星を主要な勢力地とする伊達幕府がわざわざ木星から運んできた要塞用のアステロイドであり、コロニー国家が稀に有する資源採掘用アステロイドを改造した簡易要塞とは、その岩盤組成からして大いに異なっているためであった。故に、この価値は計り知れないものがある。

 「そう驚くな。ハーディサイトを討てば、そんなもの後で充分回収出来る。時間は掛かるがな。が、ハーディサイトを今討たねばイザナミ・イザナギ両方を奴に奪われることだろう。どうせ何もしなきゃ無くなる要塞だ。くれてやれ。勝てれば片方は我が軍に残る。安いもんだろ?」

 イシガヤはそう言捨てる。思い切りが良いというレベルを超越した内容だ。

 「だが、いかに連合しているとはいえ宇宙要塞だ。コロニー諸国内において、その主導権を誰が握るかで問題が起きないか?」

 「なお好都合だ。ハーディサイトを討っても、他の勢力が台頭したら元も子もあるまい。お互いに牽制しあって身動きが取れない状態のほうが、当国には好都合。いいな?」

 「……御意。」

 イシガヤの言にクスノキが承知の意を伝える。必ずしも良策とはいえないかもしれないが、今の時点において反論するほどの別案を持ち合わせていないのだから致し方ない。

 「カナンやヘルメスにもそう伝えておけ。」

 既に戦線を離脱している彼らが、果たして何を企んで居るかまではイシガヤの与り知るところではない。しかしながら、彼らにしても私利私欲よりは国家のために動いている事は明白である。それが当代の伊達幕府の王族であった。

 「クスノキ、茶だ。茶にしよう。酒は飲まないからな。」

 もはや、賽は投げられた。止まる事など出来はしないのである。

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