第05章 敗戦の仙台と宇宙会戦前 05節
かくして、カタクラ長老とオニワ長老を交えて軍議が始まったのであった。
「妹のヤマブキは死にましたが……」
冒頭、シルバーがそう呟いたことに対し、
「お悔やみもうし……」
幕僚の一人として軍議に参加するカリストがそう言いかけるが、
「将は思いの他生きていますね。幸いな事です。さて、軍議をはじめましょう。」
と、シルバーがそう繋げる。身内の不幸を嘆いている場合ではない。
「軍と言うものは、優れた指揮官が生き残っていて、国力さえあれば再生出来る。数多くの将校は戦死いたしましたが、それでも軍団長は意識不明を含めて全員が生存。師団長格も相当数生存しています。先の合戦で兵は失いましたが、軍は維持できる。」
「シルバー大佐、そんな言い方だと、敵を作ります。御控えください。」
「そうか。指摘頂きありがとう、カリスト大尉。」
「シルバー大佐、ヤマブキ様の事で涙の一つも流されても良いのではないでしょうか?例え司令とはいえ人前で泣いて悪いこともないと思います。」
「カリスト大尉、しかし私は指揮官です。他の兵士が死んで涙を流さないばかりか、むしろ死ねというような指揮をしておきながら、妹が死んだ時だけ泣くのは、兵に申し訳が立ちません。そして、我々王族は民の為に命を差し出す覚悟があるからこそ、民よりめぐまれて裕福な暮らしをしている。この戦争で民の為に死んだヤマブキを誇りに思いこそすれ、民の前で泣くなどありません。」
幾らか感情的なカリストが食い下がるが、
「カリストよせ。俺ら王族はそういう風に育てられた。シルバーはその最たるものだ。それに、ギンとて袖を濡らしている。」
イシガヤ少佐がそう伝える。まだ先の会戦の興奮が冷め遣らぬ今、幾らかこういう事態になるのも当然であった。
「それは……すいません。」
「俺も人の事をいえんが、これは幸いだ。ギンを始めとして多くの将が生き残った。幕府はまだ戦える。ついての懸案だが……日本協和国朝廷より連絡が入っている。ハーディサイトの集めた宇宙艦隊と決戦せよ、との命令だ。」
そのイシガヤの発言に全将校が息を呑む。伊達幕府の内閣を飛ばして、朝廷から指示が来るというのは前代未聞とも言える事態であったからだ。朝廷の意思は内閣を通して伝えられるのが通例であった。
「我らが宇宙に上がってから、ハーディサイトは各方面に援軍を要請しており、すでに相当数の味方を確保している。自前の戦力だけでも、汎用機を含めて我が軍とほぼ同等程度を用意しているようだ。」
ハーディサイトが宇宙艦隊をかき集め、諸国から兵力を借り受け、伊達幕府の要塞を攻略しようと考えるのは伊達幕府将校のいずれもが考えて居た事であるが、自前でも想像以上の戦力をかき集めている事については衝撃が走る。それ相応に事前準備を行っていたという事であるからだ。
「……城内決戦であれば勝ち目があります。」
そのように各将校を代表してカリスト大尉が述べる。イザナギ・イザナミ要塞があれば例え倍する戦力差でも難なく押し返せるであろうからだ。
「もちろん城外決戦に決まっている。」
だが、そんな目論見など軽くイシガヤに粉砕される。
「無謀です!情報部が把握している敵の兵力は、最低でもこちらの1.5倍です!勝てるわけがないです!先の開戦ではまだ逃げる場所がありましたが、今この最後の砦を抜かれれば、我が方は木星圏から出ることが困難になります!地球圏に足場が無ければ、幕府の体制やこの国体の維持が困難になります!」
カリストがそう訴えるのはもっともな事であった。伊達幕府は天皇を頭に頂く国家であり、それは地球圏のそれも日本に拠点があるからこそ成り立っているといえるものであるからだ。それが木星に引きこもる羽目になってしまったら、何が日本か、何が幕府か、分けの解らないものになってしまうだろう。
「あぁ。だがしかし、幕府の存続は日本あってこそのものだ。ハーディサイトはどうしても我々を討ち果たしたいらしい。日本に圧力を加えて、我々が戦わざるを得ないよう仕向けてきている。」
そう言いながらイシガヤが資料を投影する。現在ハーディサイトが行っている施策は、北海道における対宇宙迎撃力強化と、対艦攻撃機の強化である。此れが何を意味するかと言えば、日本国に対する宇宙からの補給艦を迎撃できる、という威圧であり、また海上輸送を行っている輸送艦をも撃沈する、という脅迫であった。日本国において現在の食料自給率は50%を切っているため、糧道を断たれると残る民が凄惨な飢餓に見舞われる恐れすらある。本来北海道が日本に残っていれば、この豊かな穀物供給地によって多くの食卓を護る事ができたであろうが、伊達幕府が撤退した今となっては望むべくも無い事であった。田畑や家畜は残っていたとしても、北海道の地から伊達幕府の人員は退去している為、労働力が無いのである。無論、日本に食料の備蓄が無いわけではない。常に戦時にあった日本協和国においてはその危機感から他国よりも食糧の備蓄は多く行われている。公私を含めて、概ね4年程度の食糧はあると見ていいだろう。だが、だからといって安楽に考えていいものではなかった。少なくとも、生鮮食品は大幅に高騰し、そして手にはいらなくなる恐れもあるのだ。生活弱者にとっては難儀な事である。
「ですが、我々が戦った所で何があると言うのですか?」
圧倒的な不利な戦況で戦ったとして、どれだけの意味があるというのだろうか、と言うことである。
「ハーディサイトは禍根を取り払う為、ギンを討ちたいのだ。その為に日本に圧力を加えている。」
「では……シルバー大佐の首を差し出せば、戦は終わる、と?」
カリスト大尉が、そのように極論を言う。それについてはある意味適切な指摘であるから、イシガヤとしてもいったん黙らざるを得ない。
「……その場合、戦争は終わるかもしれんな。しかしギン亡き後誰が奴に対抗できる?ましてや……木星のイーグルとハーディサイトは昵懇。ハーディサイトに国を売り渡して従属するというならば別だがな。」
「それは……」
そう言い返されてカリストが言葉を詰まらせる。命は失わなくても尊厳を失うというのは、死んだも同然であったからだ。他国の事はいざ知らず、少なくとも日本の幕府の文化としてはそうであった。
「いずれにしても、朝廷からの指示である限りはそうそう無視はできまい。」
イシガヤがそうカリストの弁論を封じる。だが、反論があるのは彼女だけではない。
「タカノブ、聞こう。」
「なんですか、クキ提督?」
そのように声を上げるのは海軍軍団長のクキ少佐である。
「それは伊達幕府としての指示か?それとも、日本国朝廷の太政大臣としての指示か?……言い方を変えよう。伊達幕府の国会の承認を得た指示か否かを聞いている。」
「……。」
「ハッキリ応えろ小僧!」
建国戦争こそ経験していないが、幕府黎明期から軍属であり、今や最古参級の将校を務めるクキ少佐にしてみれば、相手が王族当主といっても恐るるに足りない事である。軍議の上での問題など、今まで経験してきた戦場でも問題に比べれば瑣末なものでしかないのだ。
「……日本協和国からの指示であり、国会の承認は降りていない。」
些か言葉を詰まらせながらイシガヤが伝える。それを聞いたクキ少佐は怒気を隠そうともせず続けるのであった。
「国会の承認を得ずに兵を動かせると思っているのか!!我々武官たるものは、国会の承認を得た上でなければ兵を動かしてはならんものだ!先の会戦のように急な防衛戦をする羽目になった時はいざ知らず、今は違う!国会の承認を得るだけの時間はあるはずだ!」
クキ少佐が原則論を唱える。原則論、とはいっても、勝手に兵を動かしてはならないのは軍人として当然の事である。この場合、王族の権限を使って、勝手に兵を動かそうという方が間違っているのが明白であった。彼にしてみれば、国会に死ねと言われれば、死を受け入れるべきものである。
「国会はおそらくこれを承認しない。負ける確率の方が多く、あまりにも冒険過ぎる。国会の判断であれば、ほぼ間違いなく要塞防御に徹するように指示が出るだろう。」
それが国会から許可が下りない理由である。現状で国会はその行動を確定できていないが、対応に揉めている原因がそれであった。
「それが当然だ!我々には本拠木星に第一皇子の雪仁親王がいる、天皇など無視すればいいのだ!」
クキ少佐が怒鳴る。伊達幕府の軍団長級ともなれば歴史にも造詣は深い。当然の事ながら南北朝時代の事なども承知しており、天皇に何か問題があれば、その直系から別に天皇を立てればいい、という発想があるからである。発言は極端ではあるが、どちらかと言えば尊王の士であった。
「クキ提督、暴言だぞ!」
「暴言もくそもあるか!天皇など古今傀儡のお飾りに過ぎないのだ!」
「クキ提督、それは否定しないが、言い方というものをだな!」
クキにしてもイシガヤにしても強硬論派のため、激しい言い合いになる。
「天皇など知った事ではないわ!ギン大佐、幕府頭領としてはどうする気なのだ!?」
クキ少佐が元帥であるシルバー大佐にそう聞く。例え執権であっても軍においては格下であるイシガヤの意見など関係が無い、という態度である。
「私は日本協和国朝廷の指示を支持します。東国鎮守府将軍のタキ左大臣、西国鎮守府将軍のマキタ右大臣の協議の結果でもあるでしょう。同じ国家集合体に属する立場としては、彼らの置かれた戦略上の不利にも頷けます。その不利をどうにかする為には、ハーディサイトを除くなり、その戦力を削り落とすなり、伊達幕府へ引導を渡すなり、それなりの対応が必要でしょう。我々を日本から追放しない限り、伊達幕府へ引導を渡す以外の方法が必要。我々の残存兵力を使ってハーディサイト軍の戦力を削り落とし、我々とも関係を維持しようというのが、彼らの考えでしょうね。」
シルバーはそう控えめに伝える。いくら政略に疎い彼女であっても、その程度の問題は理解しているものだ。
「だが、それほど奴らに義理立てする必要は無いだろう!奴らが滅んだ後、我々が再度日本を攻め落とせばいいのだ!そうすれば邪魔なやつらを除いた統一国家に出来る!此れではまるで後醍醐天皇が京都に拘り、楠勢を見殺しにした朝廷ではないか!」
そのクキ少佐の言葉は、幕府の各将も内心では思っていることである
「クキ少佐、今上陛下はハーディサイトを…………蝦夷鎮守将軍に任ずると内意を示したとの事です。後醍醐天皇であれば押し込めれば済む話ですが、今上陛下におかれてはそうもいかないようですね。」
シルバーが深刻な問題を伝える。
「なんだとっ!?まさかそんなガイジンを!?」
「クキ提督、先ほどから今上陛下に対する暴言や、今ほどのガイジンなどとの差別言葉を謹んでもらえませんか……」
流石に困るという表情で、先ほどから言い争っていたイシガヤが願い出る。
「暴言もそうだが、ガイジンなどと差別用語は良くないぞ!」
突如そう言い出したのは空軍軍団長のリ提督である。
「リ、貴様などは台湾生まれの台湾育ちだが、いままでそんな差別しておらんだろ!首を突っ込むな!」
伊達幕府は必ずしも大和民族ばかりではなく、混血や一部移民も属する国家である。先の執権イーグル・フルーレなど、その妻こそ伊達家の人間であるが、本人は大和民族の血を引いてはいない。この空軍軍団長のリ少佐にしても幼少時に台湾から移民してきた人物であり、恐らくはガイジン、と、差別された事があったのであろう。それ故にこんな軍議の席でありながら、ふと言葉を荒らげてしまったのであろう。
「クキ提督サイテー」
「小娘!!!!!」
加えてブーイングを入れるカリスト大尉にクキ少佐がキレる。カリスト大尉は大和民族との混血であるからだ。だが、そんな事は差し迫る軍議において語る問題ではなく、やれやれ、といった態度でカタクラ長老が収拾をつけ始める。
「若い衆、良いかの?」
「カタクラ長老、なんだ?」
「クキも血の気が多いのはかわらずじゃの。さればじゃ、いかに天皇が傀儡でもの、伊達は勤皇の家。少なくとも伊達は一人でも出撃せねばなるまい。のぅ、ギンや?」
そのように仲裁に掛かる。
「カタクラお爺様の仰る通りです。」
「ではの、イシガヤ殿のやり方を継承して、義勇兵を募ってその手勢のみで戦う、という方法はどうじゃ。」
シルバー大佐の呼びかけによる義勇兵招集であれば、ほぼ全軍に近い多くの兵が集まるであろう。国を無視するのであるから必ずしも良い訳ではないが、伊達幕府は伊達あっての伊達幕府であるから、そのように考える将校が多く参戦する事が明白であった。
「ではそうしましょう。」
「ギン……もう少し考えよ…………」
「考えました。」
「まぁよいわ。クキ、主はどうする?」
カタクラ長老がそう尋ねる。もちろん結論は解った上でだ。
「カタクラ長老には悪いが、参戦しない!国会の命令を受けずに武官たる私が出撃できるわけがない!」
そういった意味では、クキ少佐は国家に忠実で真面目な良将である。
「リは?」
「クキと同じで出撃するわけにはいきませんな。王族方と違い、我々には特権は少なく、軍法が総てですからな。」
リ少佐の方は幾らか意味は異なるが、やはり国法を重視する将である。義勇兵として国家の法を侵す事などありえないことであった。
「カナンにヘルメスは?」
副司令であるカナンティナント・クラウンと、防衛軍軍団長であるヘルメス・バイブルにカタクラ長老が尋ねる。軍団長級以上の人物から先ずは動向を決めさせ、その上で配下に聞いていく、と言ったところだ。
「私は……」
「カタクラ長老、カナンと私は思うところがあり出撃しません。」
何か言いかけたクラウンの言葉を遮り、ヘルメスががんとしてそう言う。参戦しそうになった夫を抑えたかっこうである。クラウン中佐は内大臣を拝命するなど本来朝廷とやり取りが深い人物であったから、ヘルメスが遮らなければ参戦するとしか言いようが無かった為であろう。
「そうか。では、義勇兵の招集にかからせるとするかの。」
「カタクラの爺、いいか?」
話は纏まったが、イシガヤが不満そうにカタクラ長老に尋ねる。
「なんだタカノブ?」
「なんで俺に参加の有無を聞かん?」
「お前は突撃要員に決まっておるじゃろ。大いに喜べ。」
「……マジで?」
「あと兵を集めるのじゃよ?」
「マジで!?」
幾らかぐだぐだのまま、軍議は閉じるのであった。