第05章 敗戦の仙台と宇宙会戦前 04節
宇宙世紀0279年4月8日
「伊達幕府地球方面宇宙軍師団総長代行ラスター大尉です。皆様方無事ご到着くださり安心致しました。」
中年と言うにはまだ若く、30代後半ほどの将校が伊達幕府元帥であるシルバー・スター大佐を出迎える。伊達幕府地球方面宇宙軍とは、伊達幕府の兵站を担う軍である。地球圏スペースコロニー群ラグランジュポイント6番地の借款地に、宇宙要塞イザナミ・イザナギを建造し、此処を拠点にして木星から地球間の輸送船防衛の任務に当たっている。正規軍であるため民間商船護衛も行っており、この地球圏の宇宙軍の中では評判が良い。なにしろこの乱世である。宇宙海賊などの武装勢力はなかなかに多いのだ。ラスター大尉はその中でも軍団長の任を仮に預かっている、師団長達の主席であった。
「ラスター大尉、ご苦労さまです。先日宇宙軍提督のミタ少佐が急逝されて以来、後任を決める間もなくこの事態となってしまいましたが、難しい舵取りお疲れ様でした。」
「いえっ!」
「暫くは私、シルバー・スターが宇宙軍を含めた全軍を掌握します。ラスター大尉、現行の編成の報告と、周辺の情勢報告をお願いします。また、貴方の配属ですが、暫く私の参謀官を務めてください。細かい指揮は貴方に任せます。」
「了解しました!」
ラスター大尉があっさりと任を外れるのも、彼には如何せん荷が重いからであろう。ただでさえ勢力バランスが崩れてしまった今である。加えてハーディサイト軍が迫っているとなっては、よほどに豪胆な人物で無いとその重責は担えまい。そして元々彼を師団総長に任命していたのは、軍団長未定の為の暫定処置に伴い、適合者がいれば不満を持たずに権限委譲出来る性格を買っての事であったから、当然と言えば当然といえた。一応は委譲に関して懸念をしていたシルバーだったが、当のラスター大尉は既に準備していた引継ぎ資料を広げ始め、いきいきと説明を始める。
「これが今の宇宙軍ですか……。」
そう言うのは、シルバーの横に控えていた幕僚のクオン曹長である。彼女は軍事指揮能力は無いが、軍略はシルバー同等かそれ以上であり、そして女神隊士である事からシルバーの幕僚を兼ねつつも、幕府を監視する軍監も務めている。
「戦力そのものはありますね。兵士も優秀です。ですが将が少ない。ラスター大尉にしてもそうですが、戦略的舵取りは優秀でも、戦術運用に難があります。」
クオン曹長がそう指摘する。宇宙軍は地球とも木星とも離れた飛び地にあり退路が少なく、かつ、無くなっては困る兵站維持を担うため、周辺諸国に対して穏便に舵をとってきた。そのため、将も政治家肌で温厚な者を多く配備し、周囲に脅威と疑惑を与えないため軍事に卓越した将を置かなかった事情がある。しかし、これは実戦闘においては問題であった。特に現行として必要となる将は、敵の大軍を目の前にしても臆せず、正面から切り込めるような猛将であり、そして味方の死を平然と乗り越えられる冷酷な将である。指揮可能兵数はそれほど多くなくてもかまわない。
「クオン曹長、宇宙軍の編成に腹案はありますか?」
シルバー大佐が問う。
「突然言われても……そうですね、差し当たり、退役軍人を召集配備してはどうでしょうか?先の執権イーグル様が宇宙艦隊を指揮していた頃の宇宙軍士官ならば激戦を経験しています。三十年以上前に士官だった者が好ましいかと。」
逆に言うと、この三十年ほどは十分な宇宙戦争経験をしている将が少ないのである。地球自体は争乱にまみれていたが、宇宙方面は海賊の跋扈を除けば比較的静謐であったのだ。
「それは良い。では彼等を集めて後進の指導に当たらせるとともに、各連隊に参謀として配備しましょう。」
先の執権であったイーグル・フルーレはやはり偉大な将である。シルバーの祖父ブラック・スターの娘婿であり、その子飼いの武将であり後継と謳われた人である。幕府建国時にアジアを席巻し、今の軍事国家体制の基礎を築いたのはシルバーの祖父であるが、それを維持拡張したのはイーグルその人なのだから。戦場にあっては真紅の専用機ヘルと真っ白な乗艦フェンリルを駆って多くの敵軍を粉砕している。人物眼もなかなか優れ、今の若手有力将校を抜擢したのも彼であった。
「ラスター大尉はいますか?」
「はっ!」
シルバーの問いかけにラスターが応える。
「ラスター大尉、宇宙軍退役将校の名簿はありますか?もしなければ至急用意してください。その中から、義勇兵を集めてください。特に必要なのは中尉以上の指揮官クラスで年齢は問いません。参謀部にいた人間や、野戦指揮を務めたことがある人間はより好ましい。」
「承知しました!」
「それに必要なものがあれば、総てこのクオン曹長を使って調達してください。」
「クオン曹長殿に?」
ラスター大尉はシルバーの指示にやや疑問を投げかける。クオン曹長は兵站担当ではないからだ。
「クオンは私の参謀部をまとめていますから、地球方面軍の参謀つき事務官や資金等を自由に使えます。いいですね?」
「しかし、イシガヤ王の奥方ですから……」
それと同時にそう考えるのももっともであった。王族の妻を顎で使えるほど、彼は肝が太くない。
「軍にいる間は私の参謀に過ぎません。そういうつもりで使えばよろしい。」
「しょ……承知しましたっ!」
だが、それでも命令には忠実に従わなければならない、という判断をするラスター大尉であった。
「ふむ……。退役軍人は2000人弱か。」
シルバー大佐はラスター大尉に用意させた資料を眺めつつそうつぶやく。これといってめぼしい将校は居ない。この地球方面での幕府の人間は、軍人とその家族が主である。それ以外の民間人は旅行者や商業従事者で、軍属であった人物は限られているのである。それもこれも伊達幕府は政策として、地球への一般民間人の居住を許可していない事にあった。地球での生活は魅力的である。此れを人口4億を越える伊達幕府が許したとあっては、人類の生活で地球の、そして日本の環境汚染が進む可能性があり、また地球に住む者と住めない者の間に致命的な確執が生じる恐れがあったためである。故に、地球に住める者は、国家に貢献する限られた人物とその家族に限定されているのであった。もちろん、観光については期間的な制限を除けば、誰しも平等に行える機会は設けられていたが。
「シルバー様……」
溜息を漏らすシルバーに対し、クオン曹長が緊張した様子で声をかける。
「なんです、クオン?」
「カタクラ長老とオニワ長老が志願してきています。」
「……志願?」
「志願兵です。」
「……。」
「…………。」
その報告にシルバーはもちろん、クオンもまた口を閉ざす。と言うよりも閉口する、という表現が正しいだろうか。何しろ、このカタクラ長老とオニワ長老は建国戦争以来の英雄であり、シルバーにしてみれば育ての親も同然の人物であり、軍略の師であり、そして筆頭級の重臣達であったからだ。カタクラ長老と呼ばれた方は彼女の家臣であるカタクラ大尉の祖父であり、近年まで遊撃隊軍団長を務め、幕府で最も優秀な軍団長の評を取り続けていた老練の将であった。幕府による諸外国への援軍の総指揮官としては、彼かイーグル本人のどちらかが務めていたといって良いほどである。一方のオニワ長老もまた、建国戦争以来多くの戦場を疾駆した老練の将であった。彼はオニワ大尉の祖父でもあり、イシガヤ家の宿老でもあったから、彼個人としての軍事統率よりも、イシガヤ家の補将としての戦歴の方が長い。また、幕府の組織が安定してからは、CPG副会長職として経済政策を監督し、経済も安定した後は軍政に優れた人物として、後進の育成に当たってきた人物であった。カタクラ長老に学んだ将としては、シルバーを筆頭に、バーン大尉、カタクラ大尉、カリスト大尉、サナダ中尉、クオン曹長などであり、オニワ長老に学んだ将としては、クラウン中佐、ヘルメス少佐、イシガヤ少佐、オニワ大尉、クスノキ中尉などがいる。なお、この両者に学んだのがセレーナ少佐であった。
「……2人を呼んでください。」
シルバーが緊張した面持ちでそう伝えるが……
「呼ばれてないが早速来たぞ。」
そのようにずかずかと執務室に入ってきたのがカタクラ長老であり、
「同じく。」
続くのがオニワ長老であった。
「お爺様方!?」
勝手に部屋に通すなよ、と、衛兵に文句も言いたいところであろうが、もはや悠長に座っていられる状況ではなく、シルバーが椅子から立ち慌てて出迎える。冷徹なシルバーにはあまり見られぬ様相である。
「やぁやぁ、ごきげんよう。さてもギン、なかなか厄介なことになったの。」
「じゃのぉ。ハーディサイト中将が攻めかかってくるとはの。」
カタクラ長老にオニワ長老が続ける。
「ナイアス・ハーディサイト中将といえば禿鷹将軍と名高い名将。儂らも彼とはともに戦ったことがあるが……なかなか油断のならん采配を持っておったぞ。」
カタクラ長老がそうしみじみとした様子で言う。
「カタクラのお爺様、ハーディサイト中将の人となりをご存知ですか?」
その様子を見て興味を持ったのか、シルバーがそう尋ねるのであった。
「ハーディサイト殿は、ベトナム軍の兵卒から叩き上げで今の地位を手に入れた名将じゃよ。故に、兵卒の苦労や心を良く理解しており、そのために部下からの信望に厚い。一般には良く知られていないが、彼はイボルブの兵士として戦線に立っていたことがある。若い頃はサイクロプスのパイロットとしてエースだったはずじゃ。その戦功によって士官となったが、小隊長、中隊長……。乱世の時代じゃ。どんどんと軍功を挙げて出世を重ねてのぉ……。30も後半になった頃には、新連邦政府からフィリピン軍に、軍監を兼ねる副総督として派遣されたのじゃ。新連邦政府としては、能力が高く従順な将校だと思っていたようじゃが……。彼は相当な切れ者じゃよ。その若さで周辺の反対もろくに無く、実力だけで副総督になるのじゃからな。副総督になって実績を重ねること約10年。40後半になって、新地球連邦政府の肝煎りでフィリピン軍総督になりおった。ここからじゃ。ハーディサイト殿が牙を剥くのは。10年かけて手をまわしておったのじゃ。総督になり次第、フィリピンをクーデターで軍事制圧しおったのじゃ。政権を安定化させるまで僅か1週間。瞬く間のことじゃよ。新連邦政府から口出しがされる前にの。そして今までに生まれ故郷のベトナムをその保護下に置き、インドネシアを武力制圧、パプアニューギニアへの内政干渉による実質従属国化、マレーシア、シンガポールなどもその影響下にある。じゃが……流石のハーディサイトじゃ。周辺は萎縮して縮こまってはおるが、その治世に反乱を起こそうという民衆は少ない。不満があるとすれば、自国民以外の民族に主権を奪われているという点かのぉ。しかし、それほどまでに治世家としても優れておる。」
カタクラ長老がハーディサイトを絶賛する。事実、欠点と言えるほどの欠点が無い将であるから、たとえ敵であってもそう評するしかないのだ。
「カタクラのお爺様がそうおっしゃるほどの将……。まさしく、稀代の将ですね……」
カタクラ長老とて、世界的に見れば、並ぶ者がほぼ居ないと言えるほどの将軍であったのだ。その将軍をしてこの評である。
「あのハーディサイト殿と戦う羽目になろうとはの……。因果なものじゃ。ただ一つ言えば……」
「一つ言えば?」
「彼は名将だが、単に戦場での戦術運用だけを切り抜けば……兵数が同じならば儂やオニワ殿でも互角程度には戦える。それだけが弱点かのぉ……」
それが弱点と言えるのかどうかは微妙なところであるが、戦場だけで見ればまったく勝てない敵ではない、というところであろうか。最も、圧倒的に兵力不足である以上、その分を加味した将器が必要とされるのである。
「シルバー、お前の祖父である神王ブラック殿であったならば、今の兵力でもハーディサイトに勝てよう。祖父に負けぬよう奮起せよ。」
「お爺様、承知致しました。」