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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
20/144

第05章 敗戦の仙台と宇宙会戦前 03節

 明けゆく空の闇

 朝日に匂う無垢な花嫁

 あどけなさを残しながら

 待ち受けるあるいは残酷な運命

 それはまだ決まるべきものではなく

 花嫁のヴェールはまだ純粋に白

 あるいは血に染めるとも

 あるいは真白の雲の如く

 淀むことなく

 我はこの少女に

 残酷な運命を与える夫



 「ヨシノブ様の妻になれるなんて嬉しいです。」

 朝焼けの仙台城下において、そう嬉しそうにはにかんで言うのは、スサノオ・スズキの娘であるシズカ・スズキである。結婚するには些か早いとも言える齢であるから、政略のドロドロした事など与り知るわけが無い。

 「御屋形ほどじゃないが、俺も酷い男だぞ。」

 まるで無垢な花嫁に対して、オニワは罪の意識で、ついイシガヤを引合いに出し言い訳をしてしまう。

 「そんなことあるはずないもの。ヨシノブ様はかっこいいし、その武勇はみんな知ってるし、その忠義心は素晴らしいです。軍才だけじゃなく、政略にも長けているって聞くわ。まるで白馬の王子様みたい。」

 シズカがそう言うのは当然である。伊達幕府には文武に優れた指揮官が多くその中ではオニワもいくらか霞むが、遊撃隊副軍団長として戦場経験は多く、その中でも優れた采配やパイロットとしての技量を見せつけている。特に遊撃隊は女神隊と並んで戦場に投入され、幕府の広報部隊としても役割もあったから尚更である。戦場における政治交渉においてはイシガヤの副官を務め、終戦条件の締結等でテレビなどに登場した事も何度となくある。加え、経済においても伊達幕府を支える一大企業のCPG社の名誉副会長を代襲する家柄であり、家柄としてはCPGの重役を歴任してきたスズキ家やバイブル家よりは、経済力をとっても上位にあるのだ。白馬の王子様、という表現は言い得て妙である。ただ、オニワにとってみればその評はこそばゆいものだ。

 「それは良かった。私は側室は持たないことにしよう。貴女を可能な限り幸せにすると誓おう。」

 そう誓うのもまた、純真な評をされた事による罪の意識からであり、贖罪からの言葉であった。

 「ありがとうございます!私って幸せ者だわ!」

 そのように嬉しそうな彼女を見ながら、オニワは多少、眉に皺を寄せる。将来、彼の酷さというものを知った時に、どういう反応をするのだろうか。ただ、そうは思ってもオニワとしては目先の事を済ませなければならない。そうしなければ将来自体がないのであるから。

 「スサノオ・スズキ殿、後の件、よろしくお願いします。」

 将来の事はさておき、今は政略結婚である。謀議が優先されるのだ。

 「……わかった。娘は任せるぞ。」

 娘の幸せそうな顔を見ながら、スサノオはそう答えるのであった。




 翌日の星海新聞には以下のようにある。『クリスタル・ピース・アース社が独立。本社との確執か!?』「今月8日、CPアース社はCPGから独立し、社名をスズキ・アース・エレクトロニクスとする。当社は、以前から経営資源活用の面で本社との確執が噂されていたが、今回の件でそれが決定的となったと思われる。また、スズキ・アース・エレクトロニクス社の筆頭株主であり取締役代表に就任した準王族出身のスサノオ・スズキ氏は、準王族バイブル家の籍を離れると宣言。国会では急遽詰問使を派遣したものの、スズキ氏は面会を拒絶している。また、スズキ氏の娘婿である準王族当主ヨシノブ・オニワ様は、この件について遺憾の意を示され本件への関与を否定された。スズキ社の経営に関しては、CPG社社長のアークザラット氏にインタビューした所、独立について歓迎はしないが、取引については要請がある限り従来通り続ける、との事であった。また、独立の決裁を下ろしたとされる会長イシガヤ様は、本件に関してコメントしないとの回答であった。




 「これはオニワ殿。此処においでなされたということは、我々に組していただけるということですかな?」

 暗室に設えた立体映像装置を通し、そのように声を掛けたのはイングランド王にして欧州連合の盟主、アーサー王であった。先の伊達幕府と東南亜細亜連合との交戦に口先介入してきたこの若き英明な君主は、イギリスにおけるアーサー王伝説のアーサー王の再来のように国民から親しまれ、そして周辺諸国からは畏怖される人物である。彼は、戴冠して後すぐにイギリス全土の権力を手中に納め、周辺の敵勢力を外交力で切り崩し、混乱の続く欧州の戦線では百戦百勝とも言える戦果を挙げ、欧州を席巻し侵略し、いわゆる一つの平和の形を民衆にもたらしている。東南亜細亜連合のナイアス・ハーディサイトと並び称される、当世の英雄であった。

 「えぇ。早速ですがアーサー王、当国は円卓に席を頂きたく存じ上げます。」

 オニワが早速本題に入る。元々彼らは面識があるため、この急場に長い口上を述べる必要などないからだ。欧州連合と伊達幕府の関係は元来そこまで堅密では無いのだが、オニワ家が副会長職を代襲するCPG社はこの欧州連合にも多くの資源を納入している。具体的には木星のヘリウムや衛星カリストで製造される鋼材、衛星エウロパで製造されるアルミ材や穀物である。これらの商売で行われるトップセールスにおいて、地球圏にいるオニワがCPGの代表代理として式典や交渉に参加する事はままある事であり、それ故の知己であった。

 「よかろう。しかし、影を感じるスズキ殿の行動には、何か裏があるのかね?」

 「陽だまりの中に、影は常に付きまとうもの。御身がまぶしすぎるのでありましょう。」

 「日本人はまどろっこしい物言いをする。」

 「英国ジョークには及びませんが。ところで……円卓においては、十三番目の席をいただけますか?」

 そこは、伝説を忌避するため誰も望まない席である。座ったものは呪いを受けるという言い伝えや、キリスト今日においては裏切り者ユダの座った席である。

 「オニワ殿、貴官のブラックジョークには英国ジョークも及ばんよ。その席は、埋めなくとも良い。」

 「ですが、敢えてその席を頂戴致したく。」

 「キリスト教においては裏切り者の席、円卓においては呪いを受ける危険な席を、か。」

 アーサー王がそう言いながらオニワを睨み付ける。ここにおいて意味は前者以外有り得ない。足元では仲間として振る舞うが、いずれは伊達幕府と欧州連合は雌雄を決するであろう、という他にないのだ。

 「よかろう。与えよう。」

 そんなことは承知の上で、アーサー王はそう応える。今は今、未来は未来の事であった。その未来も、伊達幕府の首脳が無事木星までたどり着き、そして軍を再編成出来たら、の話である。

 「はっ、ありがたき幸せ。」

 伊達幕府にしても欧州連合にしても、戦う必要が無いのであれば、その間は同盟を組んでいたとしても問題は無い。欧州連合にしてみれば、欧州制圧の最中に伊達幕府に木星資源の輸入停止をされては先行きが困難になるし、伊達幕府にしても東南亜細亜連合との戦いにおいて邪魔をされてはたまったものではない。これはあくまでも互いの目的を邪魔されないようにする不可侵条約であり、実質的な相互扶助同盟とは異なるものであった。斯くて伊達幕府のオニワはアーサー王率いる欧州連合円卓の騎士と盟約を結んだが、一方で地球圏に留まる事が決定したカナンティナント・クラウン中佐は、その父火星方面軍司令マール・クラウン中佐を介して火星独立軍と何らかの密約を交わしたという。その一方で、カナンティナント・クラウン中佐の義兄であり、オニワ大尉の義父であるアース・エレクトロニクス社のスズキ社長は、東南亜細亜連合と内密の交渉を行っている。例え敵対中の勢力だとしても、交渉の窓口は常に開いておく方が都合が良い。なんらかの和平交渉はいずれ必要になるものである。またもし、伊達幕府の首脳が壊滅した時の保険は必要であった。すなわち……いざとなれば現行の王族は切り捨て、元王族であるスズキ氏を担ぎ上げて伊達幕府と東南亜細亜連合との和平を締結し、幕府存続を図る。そういった事も考えられるシナリオの一つであった。加えて言うならば、日本協和国としては伊達幕府以外の勢力もまた独自に各々の密約を結んでいる事であろう。西国鎮守府将軍のマキタ将軍、東国鎮守府のタキ将軍伴に日本国を構成する勢力ではあるが、彼らは伊達幕府の臣下では無く日本協和国に属する一君主である。当然それぞれの思惑の中で独自の外交は行っているし、ましてやその集合体である朝廷を率いる天皇は、オーストラリア、インド、モンゴル、ソロモン諸島、北米などとあらゆる密約を結びつつある。それぞれが、それぞれの思惑の中で、それぞれの外交を行う、生き残るためには仕方のない状況であった。



 謀議、というものはいつの時代もあるものだ。同じ国に所属していようとも、権力者が複数いれば各々の謀略が交錯する。それは、一つの国としてみた場合多くの選択肢を作り出すと言う組織の保存の観点からすれば必要ともいえるものだが、ある一方ではバラバラの方針によって国政がめちゃくちゃになったりもする。だが、人間が人間である以上、その行為に終わりはないのだろう。

 「陛下、私達にご相談も無くあのようなご決定……。幕府とハーディサイトとの決戦をそそのかすなど酷いことです。」

 そのように御簾を隔てた相手に恨みがましく言うのは、伊達幕府の王族の1人である聖書中務卿経芽守である。もちろん相手は凪仁天皇その人であった。

 「ふん。聖書中務卿、朕は朕なりに動かねばならんのだ。」

 だが、そんな事など知った事ではないという態度で今上天皇はそう伝える。彼にしてみれば伊達幕府の人員は確かに自らの愛するべき民草として大切なものではあったが、同時に地球に残る東国鎮守府や西国鎮守府の人員も大切である。してみれば、可能な限り最大限の民草の安全を確保する策を講じなければならないのであり、伊達幕府だけに気を使えばいいというわけでは無かったのである。

 「それは……そうですわね。しかしながら陛下の玉体に何かあれば、日本の国を維持することは難しくなりますわ。まず間違いなく日本は制圧され滅亡する事でしょう。たとえ私ども伊達幕府が雪仁親王殿下を木星に庇護しているといっても、殿下を日本にお連れするまで時間もかかることでしょうし、帰還可能な兵力があっても外交がどう動くかもわかりませんわ。」

 ここでいう雪仁親王とは凪仁天皇の第一子であり、幼年ではありながら木星圏へ遊学中の親王である。この混迷の時代においては安全と言い切れる地域が無いため、天皇としてもその天皇制維持のために一族の誰かをコロニー諸国や木星に遊学させているのであった。雪仁親王にあっては、広大な木星圏統治の象徴として、また、その統治システムの勉学の為に木星に遊学されているのであった。

 「そうだ。だが、ハーディサイトはそれを見越して幕府に決戦を挑んできた。そして、それを朝廷が認める。その方らとしては国会の意向はともかく戦わざるを得まい?」

 それは愚問であるが故に、

 「左様ですわね。」

 ヘルメスもそう答えざるを得ない。

 「聖書中務卿、その方、朕に従う意思はあるか?」

 「御意。」

 「伊達将軍と朕と比べてなお、朕の命に従うつもりはあるか?」

 「御意。」

 そこで否と答える事ははたして可能であるものか。

 「では方針を伝える。聖書中務卿は、蔵運内大臣を伴い幕府軍の夕凪艦隊を掌握せよ。」

 「何故……夕凪を?」

 よりにもよってイシガヤが隠匿していた旗艦級の艦艇である。

 「長門級超弩級戦艦ならびにその護衛艦を現在指揮しているのは、幕府遊撃隊の面々である。彼等の指揮官の多くは朝廷貴族の子息。朕の意思に逆らうものは少ないはずだ。内大臣や中務卿の官位を以ってすれば掌握しやすかろう。そして、その方らはコロニー諸国各国へ、要塞イザナギ・イザナミへの援軍を要請するのだ。」

 天皇がそういうのも最もではある。朝廷貴族の子弟が天皇の命令に逆らうなど、普通では考えられない事である。そう考えれば一理ある事ではあったが、現実にどうかと言えばまた別である。

 「なかなか……ご無体な。」

 「朕と欧州連合と入魂のコロニー諸国連合と話を政府の方でつけておる。少しずつでも兵力を借りて、イザナギ・イザナミに集兵させよ。期限は決戦日の午後4時迄。丁度決戦が終わる頃だ。」

 「戦後に集めていかがされます?」

 戦争に仕えない兵がそれほど必要であろうか。

 「幕府が勝った場合、凱旋するにしても兵力が僅かになっていよう。これを借り物の艦隊を使って華々しく演出する。幕府が負けた場合、少なくとも木星まで撤退の準備をする時間が必要だ。借り物の艦隊とはいえ、要塞に拠っていればハーディサイトもようよう攻めては来れまい。これで得る時間をもって、幕府軍は地球圏から退去せよ。」

 要ははったりをかますための兵力、という事だ。

 「兵を借りるといっても、コロニー諸国に益が無い。たとえ戦わない援軍でも、もらえるかどうか……」

 「幕府が勝てば、イザナギをコロニー諸国連合に引き渡す。この2要塞は、戦力微力の幕府宇宙軍が篭って組織を維持できるほどに優秀な要塞だ。対価としてはそれなりのものだろう。」

 確かに宇宙要塞は魅力的ではある。特にイザナギに搭載される要塞砲の威力は、中規模艦隊程度なら軽く吹き飛ばせるほどのものである。もちろん撃つためにはそれ相応の準備が必要になるし、コストも膨大ではあるが。

 「ですが、動機が弱い。それにイザナギを幕府が手放すかどうか……」

 だが、そうはいっても火中の栗を拾うほどのものであるかは微妙なところであった。同時に、それだけの要塞を伊達幕府が簡単に手放すとも限らない。

 「幕府の方は、内閣府首相の遠藤に言い含めておる。それに……ハーディサイトの息が掛かった軍が、宇宙にまで手を伸ばすのは、彼らにとっても面白い事ではあるまい。それ以外にも多くの資源や資金供与などで国会が話をつけつつある。故に聖書中務卿には夕凪をもって、コロニー諸国連合の尻を叩いて援軍を連れてきて欲しいのだ。諸国との密議は朕に任せるが良い。」

 「……御意。」

 もはや既にお膳立てはなされている。後はどれほどの軍事力を、ヘルメスの弁舌をもって集めてこれるか、だ。それにしても、今上天皇の外交手腕は、あらゆる幕府政務官に勝るほどのものである。ハーディサイトの侵攻を見抜けなかった陛下ではあるが、それはそもそも外交を担当していないのであるからやむを得ない事であった。そういった中で、ましてやこの苦しい戦況の中で、これだけの手を回して事後策を講じている。

 「陛下……さすがとしか言いようがありませんわ。」

 謀議には自信のあるヘルメスをしても、そう嘆息をせざるを得ない。

 「ふん。世辞を言われようと、既にお前達幕府は窮地にあるのだ。今更ではあるな。何にせよ、この件は伊達大納言には秘匿しながら、なお強行せよ。良いな?朕は朕で、この日ノ本に残り、そしてしかるべき政を行う。数多くの民草を護らなければならないからの。」

 「御意。聖書中務卿、内命承りました。」

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